023 第三部・変異体・考察
■変異体
◆坑道に潜む異形の捕食者について
以下の考察は、〈廃墟の街〉で回収されたデータパッドに残された未完の調査記録より抜粋したものです。
シロアリの研究を続けるなか、私は坑道の奥深く、光の届かない暗闇の中で未知の生物の生態を観察する機会を得た。これまでに報告されたどの種とも異なる、恐るべき捕食者である。私はこの変異体を便宜上、〈闇に潜む光蟲〉と名付けることにした。
この生物は、かつて洞窟などで確認されていたヒカリキノコバエの幼虫〈グローワーム〉に酷似した特徴的な尾を持つ。その尾は天井から垂れ下がりながら青白い光を放ち、幻想的でありながら、どこか異様な不気味さを孕んでいる。
そして、この発光器官こそが罠であり、近づいたものを捕食するための巧妙な仕掛けであることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
発光器官に惑わされ、気づかぬうちに接近してしまうが、この生物は昆虫の変異体を思わせる巨大な身体を持ち、全長は大型自動二輪車ほどにもなる。
頭部の先には複数の歪な複眼が輝き、その中心に鋸歯状の牙を備えた巨大な顎が構えている。黒く光沢のある外骨格が胴体を包み込んでいるが、脚部や長大な尾は飴色のブヨブヨとした皮膚で覆われ、柔軟性と耐久性を兼ね備えている。
尾の先端には発光器官があり、目を奪われてしまうような幻想的な青白い光を放つ。この光によって暗闇の中でも獲物を誘導し、近づいたものを捕食の対象としているのだろう。
〈闇に潜む光蟲〉は極めて危険な雑食性の捕食者であり、人間を含め――おそらく〈人擬き〉も――あらゆる生物を餌としている。
その主な狩りの方法は、天井に潜みながら発光器官を揺らし、獲物を引き寄せることにある。光に魅了された生物が接近すると、一斉に群れで襲いかかり、強靭な顎と尾を使って獲物を捕らえる。特筆すべきはその群れでの行動であり、個体同士が協力して獲物を確実に仕留める習性があることだ。
また、傭兵から手に入れた情報だが、通常の炎や熱に耐性を持つ外骨格を有していて、火を使って撃退しようとしてもほとんど効果がないようだ。この生物の繁殖については、母体が巣を形成し、幼生を吊り下げながら成長させることで群れを維持していると考えられる。しかし、これを裏付ける充分な証拠はまだ得られていない。
暗く湿った洞窟や汚染地帯と化した坑道に生息し、外部からの侵入者を排除するかのように行動するため、スカベンジャーや傭兵が安易に近づくのは危険だろう。彼らは一匹ではなく群れで行動するため、遭遇した際の生存率は著しく低い。可能な限り接近を避け、発光器官を見かけた場合は速やかに退避するべきだ。
ここに記録を残しつつ、私はこの奇妙な坑道のさらなる研究を続ける。だが、果たして次回の調査で生きて戻れるかどうかは分からない。坑道の暗闇の中、青白い光が揺らめくのを視界の端で捉えているが、あの光は我々を魅了してやまない。
◆坑道に潜む異形の捕食者について
未公開調査記録より抜粋。
すでに二週間ほど、汚染地帯の地下坑道に潜む生態系を調査してきたが、この怪物ほど恐ろしい生物に遭遇したことはない。人知れぬ闇の底で支配者として君臨する巨大な四足獣、その姿はまるで地獄の番人のようである。私はこの生物を便宜上〈深淵の吼獣〉と名付けることにした。
この生物は四足歩行の大型種であり、クマのような逞しい体格を持つ。しかし、その大きさはクマをも凌ぎ、圧倒的な威容を誇る。立ち上がった際には容易に四メートルを超え、片腕でサソリ型の変異体を――我々を苦しめた〈闇に潜む光蟲〉を掴んで放り投げるほどの巨体と力を誇る。
その動きは予想に反して俊敏であり、闇の中を駆け抜ける姿は目で追うことすら困難なほどだ。
この獣の体表は、厚く、荒々しい毛皮で覆われていて、自動小銃の弾丸では傷ひとつつけることができない。毛皮の下にはさらに強固な筋肉と分厚い皮膚が存在し、恐るべき防御力を誇る。そのため、外部からの攻撃によるダメージは極めて限定的なものになる。
脅威を感じたさい、この獣は後肢で立ち上がり、耳をつんざく咆哮を轟かせる。その動きはどこか猿の威嚇行動にも似ているが、単なる動物的な習性ではなく、明確な戦略的意図を感じさせる。
この生物の最も驚くべき特徴は、異形の姿や物理的な脅威だけでなく、精神へ直接干渉する能力を持つことだった。我々が坑道でこの獣と対峙したさい、突然、頭の中に言葉が響いた。『たすけて、たすけて』と……それは確かに、人の言葉として聞こえた。しかし、周囲には誰もいない、あの獣を除いて。
そこで私はすぐに気づいた――傭兵たちの噂は本当だったのだと。助けを求めるこの声は、獣が発するモノなのだと。
この現象は、単なる言語の模倣ではなく、ある種の〝超感覚的知覚〟によって引き起こされ、直接我々の脳へと伝達されるものだ。獣が発する〝言葉〟は、実際に声を発しているわけではないにも関わらず、あらゆる言語の壁を超えて理解できるようになる。
まるで獲物の心に訴えかけ、錯乱させるかのような能力だ。さらに、一部の個体は人間の言葉を模した鳴き声を発することも確認されている。生物の少ない地底で、効率的に獲物を捕食するための能力だと思われるが、その真の目的は未だ不明である。
現段階で判明している生息地は、我々が調査している汚染された地下坑道だけだと思われる。現在では人間が容易に立ち入ることのできない場所となっていて、これまでの唯一の遭遇報告は、命知らずの傭兵たちによるものだけだった。すでに廃棄された汚染区域に生息が限られているのは、人類にとっていいことなのかもしれない。
この獣を排除する方法は極めて困難であり、戦闘は避けたほうがいい。通常の武器では致命傷を与えることができず、撃退のためには強力な銃弾を至近距離で撃ち込むか、頭部を完全に破壊するしかない。しかしそれを実行できる者はごく僅かであり、多くの傭兵がその獣を目撃したあと、生きて帰ることはなかった。
もちろん、それは我々も例外ではないのだろう。今後も数日間にわたる調査を続ける予定だが、果たして生き残ることができるのか――それは、まだ誰にも分からない。




