020 番外編・メタ・シュガー
■薬物
◆メタ・シュガー
メタ・シュガーは、文明崩壊後の荒廃した世界で広く流通している合成薬物です。
透明で純度の高い結晶体であり、光に当てると虹色に輝くため、一目でソレと分かります。舌に乗せると、砂糖のような甘さが広がりますが、その甘さは自然なものではなく、どこか人工的な後味を残します。その結晶からは微かな甘い香りが漂いますが、長時間嗅ぐと頭痛を引き起こすことがあるため、扱いには注意が必要です。
メタ・シュガーは、使用者の好みに応じてさまざまな方法で摂取されます。たとえば、粉末状にした結晶を専用の溶剤に溶かし、注射器で直接血管に投与します。この方法は即効性がありますが、感染症のリスクが伴います。
粉末を吸入器にセットし、霧状にして吸い込む方法を採用した商品は人気があり、〈ジャンクタウン〉でも多くの商品が出回っています。粉末を直接口に含み、唾液で溶かして摂取する方法は手軽ですが、効果があらわれるまでに時間がかかるため好まれていません。
一度の摂取に必要な料金は、食事一食分相当であり、とても安価に入手可能です。これは、注射器や吸入器が繰り返し使用できることが要因のひとつです。ただし、感染症や未知の病気に対するリスクを考慮すると、繰り返し使用することは推奨されません。
メタ・シュガーは覚醒剤を凌駕する効果を持つとされ、摂取後には以下のような作用があらわれます。
・精神的覚醒
摂取すると頭が異常に冴え渡り、思考が高速化します。また、時間や距離の感覚が変化し、周囲の状況を異様に鮮明に感じるようになります。さらに使用者の中には、色や音を視覚的に感じられるようになったと語る者もいます。
・幻覚と快楽
摂取した者は鮮烈な幻覚を体験し、それに伴う強烈な快楽を得る。この幻覚は、現実と非現実の境界を曖昧にし、摂取した者を一時的に現実逃避させる効果を持ちます。
・疲労感の消失
眠気や疲労感が完全に消え、長時間の活動が可能になります。これにより、過酷な環境下での生存率が向上すると信じられています。
◆それは副作用のない〝夢の薬物〟なのか?
メタ・シュガーが特別視される理由のひとつは、従来の覚醒剤に見られるような副作用がないとされている点です。覚醒剤の効果が切れた際に生じる激しい虚無感や疲労感がほとんどなく、摂取者は通常の生活にすぐ戻ることができるとされています。しかし、これが完全に真実であるかは議論の余地があります。
メタ・シュガーという名が広まった背景には、レイダーギャングに所属する科学者――いわゆる、マッドサイエンティスト――が経験した出来事を喧伝したからだと言われています。
荒廃した都市の片隅で、ある科学者がこの薬物を初めて完成させたさい、何を思ったのか――奴隷にではなく、試験的に自らに薬を投与しました。その瞬間、彼の舌先に広がったのは、まるで砂糖菓子のような甘さだったという。その甘さは脳内に直接響くような感覚であり、彼はその驚くべき作用に魅了されました。
そして決定的だったのは、薬物の効果が他のどの薬物とも一線を画していたことでした。他の覚醒剤を超越するその効能は、時間や空間の感覚を歪め、摂取者に新たな次元を体験させるかのようでした。そのため、科学者はこの薬物を〝メタ(超越)〟と〝シュガー(甘み)〟という二つの要素で命名したとされています。
このシンプルな名前はギャング内で瞬く間に広まり、メタ・シュガーは〝甘美な超越〟を象徴する薬物として知られるようになりました。しかしその甘さの裏には、昆虫型変異体を引き寄せるという恐ろしい代償が隠されていることを、略奪者たちはまだ知りませんでした。
◆薬物の普及と危険性
メタ・シュガーは、旧文明の販売所で入手できる〝エナジードリンク〟を凌ぐ効果を持ちながらも非常に安価であるため、レイダーギャングをはじめとする荒廃した世界の住人たちに愛用されています。
しかし、メタ・シュガーには重大な欠陥が存在します。常用者が昆虫型変異体の標的になるという報告が後を絶たないことです。摂取後に体内から分泌される汗や体液に、昆虫を引き寄せる特定の化学物質が含まれている可能性が指摘されています。この現象により、メタ・シュガーの使用者は〈廃墟の街〉で命を落とす危険に晒されることになります。
メタ・シュガーはその驚くべき効果により、一見すると夢のような薬物に思えますが、その裏には――多くの薬物がそうであるように、危険が潜んでいます。それでもなお、安価で、手軽に手に入るという理由から、人々はこの薬物を手放すことができません。
◆メタ・シュガー製造工場の現状と脅威
現在、多くのレイダーギャングがメタ・シュガーの製造工場を運営しています。これらの工場は、〈廃墟の街〉に林立する廃墟や瓦礫が散乱する公園、さらには地下道などで見られ、ギャングたちの主要な収入源となっています。しかし、その多くが昆虫型変異体の襲撃や、競合するギャングからの攻撃により深刻な被害を受けています。
昆虫型変異体は、メタ・シュガーの製造過程で排出される化学物質を含んだガスや、使用者の体液に含まれる特定のニオイに引き寄せられるとされています。そのため、工場周辺では常に警戒が必要であり、余裕のある組織は〈傭兵組合〉と秘密裏に契約し、熟練した傭兵たちを雇って工場を警備させています。
しかし、それですべての脅威が排除されるわけではありません。警戒すべき脅威は変異体だけでなく、競合するギャングもまた大きな脅威になっています。メタ・シュガーの市場を巡る争いは熾烈を極め、工場の襲撃や破壊工作が頻繁に行われています。
さらに〈廃墟の街〉の秩序を維持してきた守護者〈人造人間〉たちも、メタ・シュガーの存在を快く思っていません。彼らは昆虫型変異体の大量発生を引き起こす原因となる薬物を〝秩序を乱す要因〟のひとつとして認識していて、工場を襲撃し、ギャングたちを壊滅させる行動に出ることも確認されています。
これらの脅威に直面しつつも、レイダーギャングはメタ・シュガーの製造を止めることはありません。〈商人組合〉が提供する薬品と、レイダーたちが採掘する特殊な鉱物を使って製造されるこの薬物は、その効果によって、荒廃した世界で絶え間ない需要を生み出しています。
しかし工場を守り、維持するためのコストやリスクが増大している現状では、ギャングたちは新たな防衛策の導入や、より安全な製造拠点の確保を余儀なくされているのが実情です。
◆製造
メタ・シュガーの製造には、〈ヴォイド・エッセンス〉と呼ばれる透明な結晶体が使われます。この結晶は、青白い燐光を放つのが特徴です。エッセンスは汚染地帯で採掘される希少な鉱物がもとになっています。これらの鉱物は、微量の放射性物質と未知の化学物質を含んでいて、極めて不安定で取り扱いには細心の注意が求められます。
採掘作業は高いリスクを伴い、放射線防護服を身につけた奴隷たちが日々命を賭けて行っています。鉱物はそのままでは加工が難しいため、特定の化学処理を施してヴォイド・エッセンスで知られた結晶体に精製されます。この結晶がメタ・シュガーの効果の鍵となっていて、特有の覚醒効果と幻覚作用をもたらしています。
エッセンスのもとになる鉱物は、手に取るとひんやりと冷たく、光を当てると内部で小さな粒子が踊るように見えます。触れるだけでごく微細な粒子が空気中に飛散するため、直接吸い込むことを防ぐための厳重な防護策が必要とされています。
その美しい見た目とは裏腹に、それ自体に毒性があり、取り扱いを誤ると致命的な結果を招くこともあります。実際に、多くの略奪者と奴隷が命を落としています。このような危険な鉱物から、なぜ人体に影響のない薬物を製造できると考えたのかは不明ですが、このようにしてメタ・シュガーは作り出されました。




