126 第九部・部品工場〈ツチグモ〉
◆部品工場
工場の正面入り口は瓦礫によって完全に塞がれていた。歪んだ鉄骨とコンクリート片が折り重なり、その隙間からは植物の蔓や草が繁茂していた。根は金属を侵食し、構造物を絡め取るように固定していて、物理的に動かすことはほとんど不可能だった。
〈ツチグモ〉は正面からの侵入を諦めると、半ば地中に埋没した工場の周囲を移動しながら、侵入可能な経路を探索した。
かろうじて動いていたレーザースキャナーを用いて地形を計測し、瓦礫の隙間や崩落部分を解析する。やがて、天井の一部が崩落して形成された開口部を発見した。人工知能は即座に最適な進入経路を計算し、ワイヤーロープを射出し、機体が落下しないよう固定する。
滑りやすい苔に注意を払い、脚部の関節に負荷をかけないように姿勢制御を行いながら、慎重に内部へと降下していった。
内部は暗く、湿気を帯びた空気が漂っていた。組み立てラインの一部は完全に潰され、巨大なプレス機や搬送レーンは瓦礫に押し潰されていた。床面には水が溜まり、腐食した金属片が散乱している。
〈ツチグモ〉は施設の管理AIとの通信を試みたが、応答はなかった。建物の損傷に伴い、自己判断による休眠状態に移行している可能性が高いと推測された。損傷時にシステムを保護するフェイルセーフ機能は一般的で、標準プロトコルとして採用されていた。
それでも〈ツチグモ〉は探索を続けることに決めた。腐食した金属が散乱する地面を四脚で静かに進み、工場の中枢区画を目指す。センサーは微弱な電磁波を検知していて、施設にまだ稼働している機器が存在する可能性を示していた。
それは補給や整備に必要な部品を得る唯一の希望であり、〈ツチグモ〉はその信号を追って慎重に行動した。
◆コントロールルーム
機体に登録されていた権限を用いて、〈ツチグモ〉は閉鎖されていた区画に侵入する。通路は外界から完全に隔絶されていて、汚染の痕跡はなく、森の湿気や胞子に満ちた環境とは対照的に、旧文明の技術によって守られた静謐な空間になっていた。
その通路に入ると、天井の照明が自動的に灯った。工場のリアクターは依然として稼働しているのか、電力供給は途絶していなかった。
〈ツチグモ〉のカメラアイは無機質な通路を捉え、赤外線、動体センサーを用いて生命反応を探知したが、やはり生物の痕跡は一切検出されなかった。それでも壁面に埋め込まれた配線や冷却管には微弱な熱源が残っていて、システムの一部がまだ生きていることを示していた。
通路を進みながら、〈ツチグモ〉は工場の案内図を〈データベース〉からダウンロードし、現在の地形情報と照合して正しい地図を再構築した。
崩落や浸水によって失われた区画を除外し、利用可能な経路を自律的に更新する。その過程で、施設の中枢に至る経路が一本だけ残されていることを確認した。
まるで巡回警備するように、〈ツチグモ〉は時間を掛けながら工場の〈制御室〉に到達した。扉は厚い気密扉で閉鎖されていたが、事前に取得していたアクセスコードを用いて電子ロックを解除する。
油圧機構がゆっくりと作動し、重い扉が開いていくと、内部には無数の端末が整然と並んでいた。〈ツチグモ〉は即座に走査を開始し、目的の端末だけを選別する。古い液晶パネルは経年劣化で故障していたが、一部のホログラム投影機はまだ応答を返した。
人工知能はメインシステムの起動に成功し、必要な部品が保管されている区画を検索する。やがて、機体整備のために設計された専用の部屋が存在することを突き止め、その扉を開放した。
◆機体整備
ここまでは順調だったが、いくつか問題が残されていた。関節部など緊急性の高い箇所は修復、整備できたものの、一部の装甲は在庫がなく、交換が不可能な状況だった。
セラミックベースの装甲は耐久性に優れていたが、森で遭遇した変異体からの度重なる襲撃によって表面に亀裂や欠損が蓄積していて、早急な交換が必要とされていた。
そこで〈ツチグモ〉の人工知能は、工場の設備を用いて自ら必要な部品を作製することを決断した。これまでの調査で、森に生息する変異体――特に大型昆虫の外殻などが高い強度を持つ生態素材であることを確認していた。
キチン質や鉱物由来の結晶構造を含むその殻は、加工すれば装甲の代替素材として利用可能だった。さらに工場内に設置されていた〈リサイクルボックス〉は、旧文明期のナノ分解技術、再構築システムを備えていて、投入された素材を分子レベルで分解し、再利用可能な素材へと再構築できることも分かっていた。
最低限の整備を済ませた〈ツチグモ〉は、つぎの行動を決定する。それは、素材確保のための地上に向かい、森に潜む昆虫の素材を回収することだった。
人工知能は行動のシミュレーションを開始し、ワイヤーロープによる拘束、短距離レーザー砲による攻撃、そして回収後の迅速な搬送経路を計算していく。そうして〈ツチグモ〉は、腐食した装甲を軋ませながら再び地上へと脚を踏み出すことになった。




