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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

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117 第八部・防衛拠点〈樹海〉


◆機密施設


〈大樹の森〉の地下深くにあるプラットホームでは、多関節アームを備えた建設用ドローンと、多数の作業用機械人形が大量の物資を黙々と運び込んでいた。食料品や建材、バッテリーなどの補給ユニット――それらは整然と並べられ、指定された場所へと運ばれるのを待っていた。


 ドローンが縦横無尽に飛び交うなか、タカクラたちは〈蟲使い〉の案内で施設の上階へと向かうことになった。彼らが乗り込んだのは、テーブル型の巨大な昇降機だった。グレーチング加工が特徴的な床面は旧文明の合金で構成され、重量物の移送に特化した設計が施されていた。


 その錆ひとつない昇降機には、資材と建材が整然と配置され、まるで無言の軍隊のように、次なる指令を待っているようだった。


 昇降機は、〈蟲使い〉の操作で傾斜のあるトンネルを通って地上へと向かっていく。トンネルの壁面は、旧文明の鋼材を含むコンクリートで補強されていたが、ところどころ岩肌が剥き出しになっていた。自然の侵食というよりも、建設途中で放棄されていたように見えた。


 照明は最小限で、昇降機の進行に合わせて順に点灯していく。光と闇が交互にあらわれ、まるで過去と現在が交錯するような錯覚を抱く。


 上階に到着すると、そこには仮設の検疫通路が設置されていた。壁面は白いパネルで覆われていて、外の様子は一切見えなかった。通路は狭く、無機質で、旧文明の廃墟で見られるような、かつて旧文明の軍が用意した感染者の侵入を防ぐための隔離設備を思わせた。空気は冷たく、澄んでいて新鮮だった。


 先行していた〈蟲使い〉は、訛りのある聞き取りにくい言葉で説明を始めた。彼の言葉は不明瞭だったが、意味は伝わった。この先にある施設は、機密扱いであり、外部者の立ち入りは許されない。


 どうやら、〈スィダチ〉は部外者の協力のもと、樹海の近くに防衛施設を急ピッチで建造しているらしい。地下のプラットホームに続く施設は、その組織が利用していて、〈蟲使い〉たちも立ち入りを制限されていようだ。


 施設の目的は明かされなかったが、何らかの研究が行われていることだけは分かった。しばらくして検疫通路を抜けると、隔壁が設置されていたが、それが開放されると周囲の空気が一変した。


 目の前に広がっていたのは、鬱蒼と植物が生い茂る〈大樹の森〉だった。霧が漂い、胞子が舞い、巨大な樹木が空を覆っていた。静寂から自然のざわめきの中へ――その境界を越えた瞬間、タカクラは無意識にガスマスクの位置を調整していた。


◆樹海


〈大樹の森〉は、異様な静けさに包まれていた。百メートルを優に超える巨木が林立し、空を覆うように枝葉を広げていた。地表にはほとんど光が届かず、つねに薄暗く、湿った空気が漂っていた。


 かつて青木ヶ原樹海と呼ばれていたこの場所は、文明崩壊後の変異と侵食を経て、森の中でも異質な領域へと変貌していた。肉食性の植物や、昆虫型の変異体、胞子に侵された植物――それらが、森の奥で蠢いていた。生態系は崩壊し、代わりに〝何か〟異質な環境が再構築されていた。


 アンナは、すぐさま〈プロト〉を戦闘態勢に移行させた。戦闘用機械人形でもある〈プロト〉は、周囲の索敵と警戒を自律的に開始した。センサーが大気中の微細な変化を拾いあげ、熱源と動体を検知しながら、最適な戦術を構築していく。その動きは静かで、人間では持ちえない冷静さで確実に周囲を掌握していた。


〈蟲使い〉の案内で防衛拠点へと向かうなか、途中で加わった別部隊と、彼らが使役する黒蟻の群れに護衛されながら、タカクラたちは鬱蒼とした森を進んでいく。


 そこでタカクラは、〈スィダチ〉で呪術師に聞かされた話を思い出していた。樹海の奥には、旧文明期の特殊な〈シールド発生装置〉が広範囲にわたって設置されているという。その装置は、高密度の力場と粒子障壁を用いて、凶悪な生物の侵入を防いでいたのだという。森の民が生活圏を維持できているのは、その装置のおかげでもあった。


 しかし、その装置の管理は完全ではなかった。装置は老朽化し、メンテナンスできる人間も設備も限られていた。稀に、シールドの境界を越えて、恐ろしく危険な生物が〝こちら側に〟やってくることがあった。それは、単なる変異体ではない。知性を持ち、群れを率い、環境を侵食する存在――森の均衡を崩す災厄だった。


 その脅威に対処するために、部族は特殊部隊を編成した。防衛拠点は、〈蟲使い〉たちの前線基地であるとともに、森と文明の境界に立つ最後の防壁であり、部族の存続を賭けた場所でもあった。


◆防衛拠点


 しばらく進むと、樹海に異様な構造物が姿をあらわした。それは、〈シールド発生装置〉と呼ばれる巨大な円柱と向かい合うように建造された巨大な防壁だった。


 滑らかで傷ひとつない紺色の外壁は、鬱蒼とした緑の中で不自然なほど際立っていた。その高さは優に六十メートルを超え、頂上には各部族から派遣された戦士たちが配置された監視所が設けられていた。彼らは〈混沌の領域〉とも呼ばれる樹海の奥を、厳格な体制のもとで監視していた。


 その光景に、アンナだけでなくタカクラも言葉を失った。これまで数多の異常を見てきた彼でさえ、この構造物の存在には圧倒された。自然と人工物が衝突するような風景。森の中に突如としてあらわれた巨大な壁は、この世界の理を拒絶するかのようだった。


「いつの間に、こんなものを……?」

 その言葉は、タカクラだけのものではなかった。案内役の〈蟲使い〉も、同様に驚きの色を隠せずにいた。彼の表情には、警戒と困惑が混じっていた。やはり、この建設には外部からの協力者――〈スィダチ〉が接触した〝異常な存在〟が関与しているのだろう。


 防壁の建設は、旧文明の建設人形によって進められていた。人型を模した機械――多関節の腕を持ち、寸分の狂いもなく資材を運び、壁面を組み上げていた。周囲では、作業用ドローンがひっきりなしに飛び交い、資材の補給と配置を繰り返していた。その空間は、まるで巨大な建設現場のように機能していた。


 タカクラは、これまでの〈傭兵組合〉での任務や活動を思い返していた。都市の廃墟での資源の争奪、変異体との交戦――それらは確かに過酷だった。だが、目の前にあるこの光景は、それらすべてを凌駕していた。規模、技術、目的――何もかもが他とは比べられないほど異質だった。

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