114 第八部・スィダチ〈タカクラ〉
◆スィダチ
警備隊の詰め所を後にしたタカクラたちは、案内役の兵士に従って無言のまま歩を進めていた。そこで彼は、居住区画の外縁に広がる〈廃品置き場〉を目にすることになった。
旧型の多脚車両が未知の寄生植物に覆われたまま放置され、車体の表面には、区画全体を呑み込むほどに成長したツル状の植物が絡みつき、装甲の継ぎ目から内部にまで侵入しているのが見えた。車両はすでに稼働不能であり、機械というよりも、森に取り込まれた鉄屑のようにも見えた。
放置された大量の輸送コンテナも同様だった。耐候性に優れた旧文明の合金製であるにもかかわらず、表面は腐食が進み、識別コードは判読不能になっていた。コンテナ内には、未開封の物資が残されているモノもあるのかもしれないが、周囲に人の気配はなかった。大量の資源が手付かずのまま眠っているようにも見えた。
ナグモ・マイの話によれば、その考えは、あながち間違いではないという。しかし廃品置き場にある鉄屑の多くは、すでに再利用するための選別が始まっているようだ。彼女の視線は、コンテナの奥に積まれた鉄屑に向けられていた。
「放置されていた車両や資材は、最近になって鳥籠の外に運び出されているの。どこかで、大量の素材が必要になっているみたい」
資材の移動は、〈スィダチ〉が募集している戦士たちの動きにも関係しているのかもしれない。防衛施設の建設か、あるいはもっと別の目的があるかもしれないが――それはまだ見えてこなかった。
一行は、そのまま居住区画へ向かうものと思っていた。入場ゲートでは、厳格な警備体制が敷かれていて、居住区画が〈スィダチ〉の中枢だと理解できた。しかしタカクラたちが案内されたのは、その手前に設けられた仮設住宅だった。
旧文明のモジュールを再利用した簡易居住ユニットで、壁面パネルには植物の侵食を抑える特殊な溶剤がコーティングされているのか、そこだけツル植物の繁殖が見られなかった。内部は最低限の設備しかなく、情報端末を利用した通信も制限されていなかった。
まず〈ミツバ〉の呪術師だけが、〈スィダチ〉の族長に面会することになった。老婆は何も言わずに部屋を出ていった。彼女が羽織っていた厚手の布には、部族の象徴でもあるハニカム構造を模したシンボルが刻まれていて、その姿は交渉人というよりも、重要な儀式の使者のようにも見えた。
タカクラ、アンナ、そしてナグモ・マイは、仮設住宅の一室に通され、警備隊の監視下で待機することになった。
幸いなことに、換気された部屋の居心地は悪くなかった。しかし室内に窓はなく、天井には監視用カメラとセンサーが埋め込まれていて、彼らの動きは常時記録されているようだった。
◆タカクラ
ナグモ・マイは、仮設住宅の薄暗い室内で落ち着かない様子で周囲を見回していた。壁に埋め込まれた監視センサーの微かな駆動音、外から聞こえる変異体のカサカサとした足音、そして〈蟲使い〉の無言の視線――どれもが、彼女の神経をじわじわと削っていた。
ふと視線を向けた先に、タカクラの姿があった。彼は、いつもと変わらない態度で椅子に腰を下ろしていた。背筋を伸ばし、両手を膝に置いたまま、まるでこの状況が日常の延長であるかのように呼吸を整えていた。彼の真っ黒な瞳は、何かを見透かすように宙を見つめていた。
その瞳を見た瞬間、マイは小さく息をついた。それは安堵だった。彼がそこにいるというだけで、状況が制御可能な範囲にあるように思えた。
タカクラは、三十代後半から四十代前半に差しかかる壮年の男性だった。前線で戦う傭兵としては、すでにベテラン、あるいは老兵と呼ばれる域にある。しかし文明の崩壊した世界において、その年齢まで生き延びてきたという事実が、彼の実力を何より雄弁に物語っていた。
黒く短く刈られた髪、浅黒い肌に彫りの深い厳つい顔立ち。〈廃墟の街〉では珍しいほど純粋な日本人の血を感じさせる容貌だった。まるで、古い任侠映画のフィルムから抜け出してきたような、時代錯誤の風貌だった。けれど、人種のるつぼでもある港町〈ヨコハマ〉では逆に異質で、強い印象を残すことになる。
装備もまた、彼の生き方を物語っていた。銃身を短くしたショットガンが背中に斜めに掛けられ、肩の弾帯には予備の弾筒が整然と並んでいた。太腿には、刃渡りの長いコンバットナイフが差してある。いかにも傭兵らしい実用本位の装備だったが、彼を最も特徴づけていたのは、その背にある日本刀だった。
それは、彼の祖先が使っていた由緒正しい名刀なのだという。詳細について語ったことはないが、彼がそれを、ある種の〝験担ぎ〟として携行していることだけは、マイも知っていた。実戦で抜かれることは稀だが、彼がその刀を手にしたとき、周囲の空気が変わるのを彼女は何度も見てきた。
「どうしたんだ、ナグモ・マイ」
じっと彼のことを見つめていると、タカクラがゆっくりと彼女に視線を向ける。
その声は忍耐強くもあり、穏やかな声だった。芯が通っていて、忍耐と規律に裏打ちされた彼の力を暗示しているようでもあった。無駄な言葉を削ぎ落とし、必要なことだけを伝える意味では、あまり好まれないが、ナグモ・マイは彼の声を聞くだけで安心できた。
彼女は思わず微笑んでしまう。この男性は、〈データベース〉の中でしか見かけないような存在だ。古い時代の武士のように、静かで、しかし混沌の只中にあっても、揺るがない心を持つ唯一の人間だ。
◆アンナ
対照的に、タカクラのとなりに座るアンナは、ナグモ・マイにとっても異質な存在だった。
彼女が優秀な技術者であることは、〈情報局〉にいた頃から知っていた。解析能力、技術応用、理論構築――どれを取っても一級品だった。しかし、あまりにも優秀だったために、彼女を理解できる人間がいなかった。
それに、彼女は周囲の空気を読むことができなかった。それが嫉妬を呼び、反感を買い、結果として何度も部署を追われることになった。
マイは、それが単なる性格の問題ではないことも理解していた。ある種の人々だけが持つコミュニケーション能力の欠如や、思考構造そのものが異なるという問題点。アンナは、そうした境界に立つ者だった。
実際に彼女を目にすると、言葉にできない違和感と、同時に強い印象が胸に残った。年若く、二十代前半。スラブ系の血を引くその顔立ちは、青い瞳とくすんだ金髪によって、どこか寒冷地特有の冷たい雰囲気を与えた。
美人なのに、髪は適当な長さに切り揃えられ、機械の整備に適した野暮ったい戦闘服を身につけていた。今も油汚れや黒い染みが目立っていて、奇妙な印象を受ける。
彼女は美しかった。しかしその美しさは、誰かに見せるためのものではなかった。才能と孤独が、彼女の輪郭を形作っていた。そのせいか、彼女がタカクラと並んで座っている姿は、どこか寓話的だった。美女と野獣――そんな言葉が脳裏をよぎる。
けれど、ナグモ・マイはすぐにその比喩を否定した。このふたりは、チームとして互いに補完し合っている。タカクラの沈黙と規律、アンナの分析力と直感。それぞれが欠けた部分を埋めるように、静かに並んでいた。ふたりの間の言葉は少ない。けれど、そこには確かな信頼があった。
マイは、彼女の横顔を見つめながら思った。この世界で、誰かを信頼できるということは、ほとんど奇跡に近い出来事だった。アンナは、その奇跡を見つけられたのかもしれない。そしてそれが、タカクラの部隊を唯一無二の存在にしていたのかもしれない。




