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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

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113 第八部・大樹の森〈スィダチ〉


◆スィダチ


 難民たちの天幕が雑然と張られた場所までやってくると、数人の子どもたちが〈多用途輸送車両〉でもある多脚車両(ヴィードル)を見ようとして集まってきた。難民の子どもたちなのだろう。かれらの衣服は擦り切れ、顔には泥と煤がこびりついていた。


 タカクラたちの車両は〈傭兵組合〉が運用する六脚式の自律走行型輸送車であり、僻地での物資輸送に特化した装備ということもあって、彼らにとっては珍しかったのだろう。子どもたちの好奇心を刺激するには充分だった。


 しかし、それも束の間の出来事だった。空気の冷え込みと周囲に漂う緊張感が、彼らを現実へと引き戻した。しばらくして子どもたちは親が待つ天幕へと戻っていった。その天幕は鳥籠の壁に沿って無秩序に並び、難民の流入が制御不能になっていることを物語っていた。


 タカクラは〈ミツバ〉の集落から同行していた呪術師の老婆と、車両の影に身を寄せながら、これからの対応について静かに相談していた。彼女は、かつて巫女として部族の中心的な存在だったこともあり、〈スィダチ〉の混乱にも動揺していないように見えた。


 日没が近づくにつれ、〈スィダチ〉の周囲には厳格な警備体制が敷かれていった。高い壁の上部には監視用の各種センサーと照明が設置され、監視塔では部族の戦士たちが定期的に巡回している様子も確認できた。


 その壁の周囲では、赤トンボを思わせる昆虫型の変異体が飛び交っていた。体長は三十センチほどで、薄闇の中で複眼は照明を反射し、飛行軌道は不規則だった。その挙動は、単なる昆虫のそれではなく、何らかの外部制御を受けているようにも見えた。守備隊の中に〈蟲使い〉がいるのだろう。


 彼らは生体制御技術を応用した装備――ツノにも似たアンテナを頭部に埋め込み、腕部には神経接続型の操作端末を装着していた。その端末は、昆虫の使役を可能にするインターフェースとしても機能し、脳波と筋電信号を変換することで、昆虫の行動を制御しているようだった。


〈蟲使い〉たちは、壁の上から静かに周囲を見渡し、鳥籠に近づく者たちの動きを逐一監視していた。その警備体制は、明らかに外敵を想定したものだった。


 外敵の中には、〈スィダチ〉に押し寄せている難民も含まれているのだろう。他部族でもある彼らを警戒する理由は理解できる。しかし丸腰の人間を監視するには、些か厳重すぎるように思えた。外部との接触を最小限に抑え、難民すらも制御下に置こうとするその姿勢は、単なる防衛とは異なる意図――支配や隔離のようなものを感じさせた。


 入場ゲートに近づくにつれ、空気が変わった。冷たい泥濘を踏みしめる多脚車両の振動が、警備に立つ者たちの足元にまで伝わったのだろう。つぎの瞬間、無数の戦士たちが音もなく姿をあらわした。彼らは警戒の色を隠そうともしなかった。視線は鋭く、動きは統率されていたが、すでに手元の武器を握りしめていた。


◆警備隊


〈スィダチ〉の戦士たちは、甲虫の外骨格を加工した鎧を身にまとっていた。艶を失った黒褐色の装甲は、光を吸収するように暗黒に沈み夜の森と同化していた。肩や胸部には節のある殻が重ねられ、関節には柔軟な繊維が編み込まれていた。それは金属ではない。生物資材を再構築した異質な防具だった。


 彼らの背後には、さらに異様な存在が控えていた。〈蟲使い〉――〈スィダチ〉の警備を担う特殊技能者たちだ。


 彼らは主に〈黒蟻〉の変異体を使役していた。個体差はあるものの、体長は六十から九十センチに達し、艶のない黒色のキチン質の外皮に覆われていた。群れでの行動に特化したその生き物は、〈蟲使い〉から指示を受けると一斉に動き、地面を這い、壁を登り、敵対者に襲い掛かるように訓練されていた。


 その〈蟲使い〉たちも、神経接続型の制御装置を装備していた。装置は微細な脳波を変異体に伝達し、群れの挙動を制御する。彼らの目は、黒蟻の変異体と同じく感情を持たず、ただ闇の中に沈んでいた。


 その緊張の中、〈ミツバ〉の呪術師が姿をあらわした。老婆は、ゆっくりと車両の影から歩み出た。肩にかけられた厚地の黄色い布には、ハニカム模様を思わせる特殊な加工が施され、胸元には旧文明の医療用端末が埋め込まれていた。


 顔には〈ミツバ〉特有の刺青が刻まれていた。幾何学的な模様が皮膚に沿って走り、目元には風化した青の染料が残っていた。


 彼女の姿を見た戦士たちは、一様に驚いた。その反応からは、驚きと困惑が見て取れた。辺境の部族〈ミツバ〉は〈スィダチ〉にとっても未知の存在でありながら、自然と調和し、森と共に生きる者たちとして、密かに敬意を抱かれる存在だった。呪術師の姿は、彼らの記憶の奥にある何かを呼び起こしたのだろう。


 すぐに責任者と連絡が取られた。通信は、壁に埋め込まれた旧式の情報端末を通じて行われた。数分の沈黙のあと、ゲートが開いた。音もなく、重厚な扉が左右に滑り、タカクラたちの前に〈スィダチ〉の内部が姿を見せた。


◆混乱


 入場ゲートを越えてすぐ、タカクラの視界に入ったのは警備隊の詰め所だった。壁の内側に設けられたその施設は、旧文明の廃材を再利用したもので、外装には耐腐食性の壁面パネルが使われていた。その無機質な構造の前で、何やら騒ぎが起きているようだった。


 詰め所の前では、警備隊と大勢の人間が口論していた。あちこちから怒声が聞こえてくる。これまで抑え込まれていた不満が、今まさに爆発してしまいそうな不穏な空気だ。確認すると、〈スィダチ〉に滞在していた部外者――いわゆる〝異邦人〟と呼ばれる人々の退去手続きが進められているようだった。


 彼らの多くは、〈廃墟の街〉からやってきた行商人や傭兵たちだった。都市の残骸を渡り歩き、物資と情報を運ぶ者たち。だが今、〈スィダチ〉は彼らの存在を拒絶していた。理由は明かされていない。しかし壁の外に広がる難民の天幕と〈スィダチ〉の混乱が、その理由を語っていた。


 行き場のない者たちは、当然のように反発した。声を荒げる者もいたが、警備隊の冷静な対応と、背後に控える〈蟲使い〉が使役する変異体が、彼らの行動を抑えていた。艶のない黒蟻が群れで地面を這い、詰め所の周囲を囲んでいた。その動きがただの威嚇ではないことは、この場にいる全員が知っていた。


 その混乱の中で、タカクラはひとりの女性の姿を見つけた。ナグモ・マイ――傭兵組合の諜報部門〈情報局〉に所属する調査員だ。〈情報局〉は組合の敵対組織を調査し、優れた情報網を構築していた部隊でもあった。


 その彼女も、組織改編の混乱の中で任務を失い、今後について思案している最中だったのだろう。〈スィダチ〉には調査目的で滞在していたが、今では異邦人として退去を求められていた。


 彼女の表情は、いつもと変わらないようにも見えた。冷静で、感情を表に出さない。しかしその目には、わずかな焦燥が滲んでいるようにも見えた。


 ナグモ・マイは個人的にも信用できる人間だった。過去、一緒に参加したレイダーギャングの掃討作戦では、先行部隊の崩壊を前にしても冷静に情報を整理し、部隊の撤退を支援した人物でもあった。


 今、彼女が手にしている情報は〈スィダチ〉に関する重要なものだった。そして情報は武器になる。〈大樹の森〉という過酷な環境では、その貴重な武器を持つ者だけが生き残れる。


 タカクラは、〈ミツバ〉の呪術師に目を向けた。彼の意思を察したのか、老婆は無言でうなずいた。彼女の存在は、〈スィダチ〉において特異な意味を持っていた。辺境の部族であり、森と調和する者として一定の敬意を受けていた。その彼女の言葉により、ナグモ・マイは警備隊から解放され、その場で〈ミツバ〉による保護が決まった。


 詰め所の騒ぎは続いていたが、タカクラたちは静かにその場を離れた。〈スィダチ〉で何かが動き出そうとしていた。そして彼らは、その動きの中心に、また一歩近づこうとしていた。

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