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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

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110 第八部・スイジン〈異変〉


◆異常領域


 隕石の落下から数日。〈スイジン〉周辺の環境は、静かに、しかし確実に変容していた。川沿いを調査していた傭兵たちは、これまで確認されていなかった変異体や植物を次々と目撃するようになった。


 湿地帯と化していたクレーター群に流れ込む水には、油膜を思わせる構造色が浮かびあがり、陽光を反射して奇妙な輝きを放っていた。水面は虹色に揺らめき、まるで自然の摂理を逸脱した異界の入り口のようでもあった。


 傭兵たちが最初に遭遇したのは、不死の化け物として恐れられていた〝人擬き〟だった。しかし、それは従来の感染体とは明らかに異なる変異種だった。


 皮膚は半透明となり、内部の筋繊維や血管が淡く発光していた。体表には見慣れない植物やキノコが繁茂し、蔓状の根が皮膚に食い込み神経系と融合しているように見えた。葉は青紫色に染まり、胞子を放つたびに周囲の空気が霞んで見えた。それは、もはや生物と植物の境界を越えた存在になりつつあった。


 クレーターにより形成された湖から姿をあらわしたのは、発光器官を備えた巨大な両生類だった。その姿はオオサンショウウオに似ていたが、体長は三メートルを超え、ヌメリのある体表からは常に悪臭を放つ粘液が滴っていた。背部には光を放つ気門が並び、周囲の生物を威嚇するように明滅を繰り返していた。


 この個体は、〈人擬き〉も捕食対象としていた。傭兵たちは、その捕食の瞬間を目撃し、即座に後退を余儀なくされた。


 また泥濘の中には、鋭い棘を持つ甲殻類型の変異体が潜んでいることも確認された。その外殻はセラミック質に近い硬度を持ち、通常の弾丸では傷をつけることすらできなかった。


 鋭い棘は、接近する対象に向けて問答無用で射出されることも判明した。この個体は地形に擬態する能力を持ち、泥の中に完全に身を沈めて待ち伏せを行っていて、傭兵たちにとって厄介な存在になっていた。


 多脚車両(ヴィードル)で接近したさい、車両の脚部に棘が突き刺さり、制御系が瞬時に破壊されたこともあった。車両はバランスを崩し、泥の中に沈みかけた。傭兵たちは変異体の存在が、この地の自然環境を根本から塗り替えつつあることを、日々その肌で感じ始めていた。


 クレーター群を徘徊する水棲生物も確認されていたが、大きな群れだったこともあり、傭兵たちは調査を断念していた。それらの異変の多くは、隕石が衝突した〈浄水施設〉から吐き出される雨雲と関係しているのかもしれなかった。


 環境の変化に伴い、かつてこの地に生息していた在来種の姿は見られなくなっていた。代わりに出現したのは、大型の食虫植物だった。空気中の胞子濃度に応じて体色を変化させ、視覚的なカモフラージュを行うその植物は、まるで意志を持っているかのように傭兵たちの動きを追っていた。


〈スイジン〉から派遣された調査員を伴った傭兵たちが、侵食された領域に足を踏み入れたとき、そこはもはや見慣れた湿地ではなかった。目の前に広がっていたのは、人の背丈を優に超える異形の植物が密集する異様な密林だった。


 植物の茎は太く、表面は粘膜のように滑り、触れると微かに脈打った。キノコの傘は青紫から赤へと変わり、空気中に細かな胞子を絶え間なく放出していた。その胞子は霧のように漂い、傭兵たちのマスクのフィルターを瞬く間に飽和してしまう。


 それらの菌類は、廃車の残骸、朽ちた動物の骨、そしてスカベンジャーたちの亡骸――あらゆる〝死〟を苗床として根を張り、栄養を吸収していた。金属を腐食させ、骨を分解し、皮膚や筋肉を取り込む。まるで、死を喰らって成長する生命だった。


 ある個体は、廃車のエンジンブロックを貫通し、内部に根を張っていた。別の個体は、倒れたスカベンジャーの胸部から芽を出し、頭部を覆うように葉を広げていた。その姿は、死者が植物に変わり果てたかのようだった。


 地面は柔らかく、沼のように沈み込み、足を踏み入れるたびに粘性のある液体が靴底に絡みついた。その液体は、植物の根から分泌されたものと推測され、微細な酵素を含んでいた。


 調査員の分析によれば、それは有機物を分解するための触媒であり、周囲の環境を〝再構築〟するためのものだった。


 傭兵のひとりが、倒れた木の陰に隠れていた小型の植物に触れた瞬間、葉が開き、胞子が爆発的に放出された。空気中の濃度が一気に上昇し、センサーが警告音を鳴らす。その場にいた全員が、即座に退避行動を取ることになった。


 生態系への侵食は、日に日に領域を拡大しているようだった。異様な色彩を帯びて発行する植物群が、環境そのものを塗り替えていた。


 相変わらず、隕石が衝突した〈浄水施設〉は燃えるような光を帯びていた。雨による洪水も頻繁に起きていて、地上は異形の植物に覆われていた。それは、隕石の衝突によって始まった静かなる侵略だった。


 そして、傭兵たちは理解し始めていた――この地は、もはや人間の領域ではないのだと。川沿いの環境は、もはや〝自然環境〟と呼べるものではなかった。


 隕石の衝突以降、〈スイジン〉を取り巻く環境は劇的に変質していた。空は燃えるような光を帯び、雨は止まず、地表は粘性のある液体に覆われていた。植物は死骸を苗床にして繁茂し、空気は胞子で満たされていた。そして生態系そのものが、何か異なる法則に従って再構築されていた。


 傭兵たちが目撃した生物のなかでも印象的だったのは、草食動物の鹿だった。その個体は、体表に青紫色の蔓植物を纏い、眼球は濁った赤に染まっていた。蹄は異常に肥大化し、筋肉は不自然なほど発達していた。傭兵のひとりが双眼鏡でその動きを追っていたとき、鹿は突然、廃墟のなかで立ち尽くしていた〈人擬き〉に襲い掛かった。


 しばらくすると、廃墟の奥から咀嚼音が響いてきた。鹿は〈人擬き〉の肉を引き裂き、生きたまま咀嚼していた。植物の根が鹿の神経系に侵入し、異常な行動を引き起こしている可能性があった。それは、捕食者でも被食者でもない、第三の存在だった。さらに奥地からは、奇妙な鳴き声が響いていた。


 最初は、高層建築群の共振による風の音のように聞こえた。だが、それは明らかに〝人の声〟だった。助けを求めるような、誰かを呼ぶ悲痛な叫びだった。その声は、湿地帯の奥から微かに響いていた。傭兵のひとりが反応し、声のする方へ向かおうとした瞬間、別の傭兵がそれを制止した。声の発生源は、植物と昆虫の融合体だった。


 二メートルほどの生物で、頭部を思わせる花冠には複数の共鳴器官が並び、空気振動で人間の叫び声や呻き声を模倣して再現していた。その音は、過去に見聞きした人間の悲鳴や助けを求める声を断片的に再構成したもので、意味はなく、ただ誘導のために発せられていた。


 傭兵たちはその声に誘われるように、湿地の奥へと消えていった。後に発見されたのは、植物に覆われた遺体だった。顔は驚愕に歪み、口元には植物の根が入り込んでいた。彼らは声に導かれ、その過程で原因不明の死を遂げ、そして苗床とされたのだろう。


 死と再生、捕食と融合、記憶と模倣――それらが混ざり合い、ひとつの〝異常領域〟として機能しながら、徐々に生息域を拡大させていた。

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