011 変異体・人擬き
■変異体〈人擬き〉
旧文明期以前の人類は永遠の命を求めて不死の薬「仙丹」を開発しました。しかしその薬は安定せず、服用者の多くが後に未知のウイルスに感染し、恐ろしい化け物に変異しました。死を拒絶する肉体は自らを修復し続け、やがて肉体の形を保つための限界を超え、異形の生物〈人擬き〉に変貌しました。〈第五話参照〉
◆身体的特徴
・外見
腐敗した皮膚と肉腫に覆われた化け物です。〈人擬き〉の皮膚は腐敗し変色していて、ひび割れや瘡蓋に覆われている個体もいますが、多くの場合、粘液質の腐敗液を滴らせています。無数の傷口からは膿が滲み出ていて、強烈な腐敗臭が漂います。
骨格は歪んでいて、四肢は左右非対称で長く変形していることが多く、肩や背骨が異常に突き出ています。一部の個体は関節が逆向きに曲がり四足歩行になり、人間だったころの面影をほとんど残していません。
多頭や多肢の個体は珍しくありません。変異を繰り返した〈人擬き〉は複数の頭部や手足を持ち、それらが身体のあちこちに不規則に配置されています。男女の頭部同士が融合し、どちらとも判別し難い異形になっている場合もあれば、複数の手足や、無数の眼や口を持っている個体もいます。
〈人擬きウィルス〉に感染後、時間の経過とともに身体に異常があらわれます。例えば、皮膚の一部が腐っていくこともあれば、昆虫の外骨格のように硬化したり、目が退化して光を感知しなくなったりします。逆に感覚器官が過敏になる場合もあり、触覚や嗅覚が常人の域を超えることが確認されています。
・能力
〈人擬き〉の多くは、驚異的な生命力を持ち合わせています。〈人擬き〉は攻撃を受けた瞬間から損傷個所の治療が開始されます。しかし治療は、既存の器官や組織を修復するのではなく、新しい細胞の形成により失われた部位が置き換えられる形で行われます。
たとえば、切断された腕は元の腕が接着されるのではなく、完全に新たな器官として時間をかけて形成されていきます。これにより、元々の形状や機能とは異なる異形の形態となることが一般的です。
そのため、戦闘時には頭部や脚部など重要な部位を攻撃して一時的に動きを止めたり、無力化したりすることが求められます。完全な殺傷は極めて困難であり、時間が経つと頭部や脚部に代わる器官が形成され、再び活動を開始します。
◆感染能力
〈人擬き〉の爪や牙から、〈人擬きウィルス〉に感染することがあります。このウイルスは、触れるだけでは感染しませんが、体内に侵入した場合――傷口を通じて侵入すると、急速に全身に広がります。
感染してしまうと細胞の異常な増殖を引き起こします。ウイルスが細胞核に侵入し、遺伝情報を書き換えます。その結果、細胞が急速かつ制御不能な分裂を始め、元の人体の組織が急激に変質します。この過程で、新たに形成される組織は異形の肉塊や硬化した外骨格など、既存の遺伝子に存在しない器官を形成するようになります。
・感染の進行
ウイルスの感染後、短時間で症状が進行するため、早期発見や治療がほぼ不可能です。また〈廃墟の街〉には抗ウイルス薬が存在しないため、感染者の救済は事実上不可能とされています。
・初期段階〈数時間〉
感染者は激しい発熱――体温が40℃以上に達する場合もあります――と震えに襲われます。体内では急速に細胞の分裂が進んでいて、これに伴い免疫系が暴走し、自身の組織を破壊する症状が発生します。精神面では混乱や錯乱、苛立ちによる強い攻撃性があらわれることが一般的です。正常な判断力が失われるため、理性を保つことはほぼ不可能です。
・中期段階〈数日〉
感染者の身体は急速に変化を見せ始めます。皮膚の腐敗や硬化が始まり、徐々に変色していきます。遺伝情報の改変により筋肉や骨格が異様に肥大化し、一部の部位が変形を始めます。意識はさらに曖昧になり、記憶の混濁や人間らしい理性はほぼ失われます。ただし、単純な本能的行動、食事や排せつなどの行為は維持されることがあります。
・最終段階〈一週間〉
感染者は人間の姿を失い、完全な〈人擬き〉に変貌します。元の人格や意識は完全に消失し、凶暴性と捕食本能だけが残る状態になります。最終段階における身体的特徴は個体差が大きく、一部の個体は驚異的な再生能力を持つことで無数の手足が生え、特異な能力――超感覚的知覚など――を発現することもあります。
変異の過程で感染経路が多様化することもあります。爪や牙による傷だけでなく、体液――血液、唾液、嘔吐など――を通じて感染する可能性があります。そのため、戦闘での接触は極めて危険です。
◆行動と習性
・本能的な行動
〈人擬き〉は目的を持たずに〈廃墟の街〉を徘徊します。しかし、その動きは完全な無秩序ではなく、一定のパターンが観察される場合があります。たとえば、夜間に活動が活発になる個体が多く見られます。音や光の刺激を感知する能力に優れているため、爆発音や銃声のような大きな音、またはライトなどの光源に対して敏感に反応するようになります。
変異の過程で多くの耳を獲得した個体などは、微かな足音にすら反応して近づいてくることがあります。対照的に視覚や聴覚を失った個体は熱や振動を感知する場合があるため、〈廃墟の街〉で探索を行う際には、あらゆる事態を想定して行動する必要があります。
・食欲と破壊衝動
〈人擬き〉は驚異的な再生能力を持つ反面、それを維持するためには膨大なエネルギーと栄養素が必要になります。そのため、つねに飢えていて食物を求めて暴力的な行動をとることが多くなります。餌として認識される対象は、主に動物や人間、昆虫などですが、時には腐敗した死体や周囲の有機物さえも摂取対象になります。
飢えが満たされない状態が続くと破滅的な破壊衝動に駆られますが、それは一時的な行動であり、やがて冬眠するように深い眠りにつきます。
・棲み処と群れ
一部の〈人擬き〉は、特定の場所を棲み処に変える習性を持っています。この際、〈人擬き〉の身体から分泌される腐敗物質がその場に蓄積されることで、おぞましい巣が形成されます。この腐敗物質は有毒ガスを放出し、周囲の環境を変化させることがあります。
棲み処の多くは異臭を放ち、近づいただけで目や鼻が痛むほどの刺激臭になって漂います。毒性の腐敗ガスで淀んだ廃墟の多くは、人が生存できない環境になっています。その結果、巣の周囲は人間にとって近づき難い危険地帯と化します。それらの棲み処には、冬眠状態の〈変異体〉が潜んでいることもあります。
また特定の建物や区画に集まることが確認されています。その理由に関しては、いくつかの仮説がありますが、正確な原因は未だに解明されていません。記憶の残滓、あるいは人間だった頃の潜在意識の残っているため、馴染みのある場所に自然と引き寄せられているとも考えられます。
あるいは、湿度や温度といった身体に適した条件が整っているからだとも。いずれにせよ、その生態は謎に包まれています。
〈廃墟の街〉では、毎日のように略奪者たちと〈人擬き〉の間で戦闘が繰り広げられています。これは縄張り争いや廃墟探索の過程で、〈人擬き〉の棲み処に迷い込んでしまうことが原因だとも考えられますが、偶発的な戦闘が絶えることはありません。その戦闘で〈人擬きウィルス〉に感染してしまことがあるため、〈人擬き〉の数が減ることはありません。




