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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

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109 第八部・スイジン〈隕石〉


◆異変


 鳥籠〈スイジン〉のそば、川沿いに浮かぶ巨大な浄水施設に異変が起きていた。かつては一定の周期で川の水を汲み上げ、上空に雨雲を形成していたその構造体は、今では明らかに異常な挙動を見せていた。


 汚染水の吸引頻度は増し、雨雲の生成が繰り返された。周辺一帯では雨が止むことがなくなり、水没による被害が増えていた。


 その結果、集落の農作物は壊滅的な被害を受けることになった。過剰な湿度と日照不足により菌類が蔓延し、根腐れが広がる。畑は泥沼と化し、かつて緑に覆われていた菜園場は、今や黒ずんだ水を湛えるだけの死地となっていた。


 人々の体調にも変化があらわれ始めていた。長雨による低体温症、関節痛、免疫低下――とくに高齢者や子どもたちの間で、原因不明の倦怠感や呼吸器系の不調が報告されていた。〈医療組合〉は、空気中に含まれる微細な胞子や低温多湿環境による慢性的なストレスが原因ではないかと推測していたが、決定的な対策は見つかっていなかった。


 その間にも、空中に浮かぶ巨大な施設からは重低音が響き渡っていた。その音は地鳴りにも似た振動を伴いながら、川沿いの地面を震わせる。そして川の水は重力を無視するかのように逆流し、施設の下部へと吸い込まれていく。まるで水そのものが命令を受けたかのように、抗うことなく構造体に飲み込まれていくのが確認できた。


◆浄水施設


 その建造物は、正十二面体で構成された幾何学的な外殻を持ち、表面は金属質の特殊な建材で覆われていた。


 遠目には滑らかで無機質な構造物にも見えたが、近づいてみると、それが複数の可動パネルと巨大なユニットの集合体であることが分かる。各パネルは、自己修復機能を備えた旧文明の未知の合金で構成されていて、損傷や腐食に対して自律的に再構築を行っていると考えられていた。


 水を汲み上げていないとき、施設は地上から約四百メートルの高さで静止していた。浮遊機構の詳細は不明だが、旧文明の重力制御技術、あるいは地磁気を利用した反重力推進システムが内蔵されていると推測されていた。いずれにせよ、それは現代の技術では再現不可能な構造だった。


 しかし、今やその施設は制御を逸しているように見えた。誰が、何のためにこの施設を設計したのか。なぜ今になって異常をきたしたのか。〈スイジン〉の人々は答えを持たず、ただ雨の下で、崩れゆく日常を見つめていた。


◆発端


 原因と考えられていたのは、隕石の衝突だった。空を割るような轟音とともに、その隕石は降ってきたという。


 雷鳴とも爆発ともつかない音が空全体に響き渡り、鳥籠〈スイジン〉の住人たちは思わず空を仰いだ。灰色の雲の向こうから、光を纏った物体が降下してくるのが見えた。つぎの瞬間、空に浮かぶ浄水施設――正十二面体の巨大構造体に隕石が衝突した。


 衝突の衝撃は凄まじく、大気が震え、川面が波打った。けれど構造体は崩れることなく、衝撃を吸収するかのように静止状態を保っていた。破片は周囲に飛散せず、集落への直接的な被害もなかった。


 人々は口々に言った。

「旧文明の遺構が、〈スイジン〉を守ってくれたのだ」と。


 それは、神の加護のようにも思えた。天からの災厄を受け止め、地上を守ったのは、空に浮かぶ浄水施設――旧文明の遺構だった。祠には供物が捧げられ、雨の中で祈りの声が響いた。


◆異常事態


 けれど、それから数日もしないうちに、空に異変があらわれ始めた。雲の色が変わり、灰色の中に微かに赤みを帯びた光が混じり始めた。夜になると光は強まり、まるで何かが燃えているような、赤紫色がかった不思議な輝きを放つようになった。厳密には炎ではないが、確かに熱を感じさせる光だった。


 その光は、浄水施設の周囲に集中していた。施設の表面には、隕石衝突の痕跡らしき微細な亀裂が確認され、そこから断続的に微弱な放射線が検出された。〈技術組合〉から派遣された調査員の解析によれば、隕石の衝突によって、構造体の内部システムに何らかの反応が起きている可能性があるという。


 浄水施設は、旧文明の技術によって設計された〈環境制御装置〉とも考えられていたが、今やその制御は失われつつあり、空は不穏な光に染まり始めていた。雨は止まず、気温は下がり、空気は重くなっていた。


 そして、誰もが気づき始めていた――あの隕石は、ただの災厄ではなかった。何か、恐ろしいモノを目覚めさせてしまったのではないかと。


◆調査隊


 事態の深刻さを受け、〈スイジン〉の評議会はついに決断を下した。上空に浮かぶ旧文明の浄水施設――その異常を調査するため、傭兵部隊を派遣することが決定された。


〈傭兵組合〉との関りや接触を最小限に抑えつつ、独立行動が可能な少数精鋭の部隊だった。彼らは鳥籠周辺の地形に精通していて、接近経路の確保を目的として、川沿いの調査を開始した。しかし調査は開始早々、困難を極めた。


 まず、施設そのものに接近する手段がなかった。高度約四百メートルに静止する正十二面体の構造体は、従来のドローンや多脚車両では近づくことすら困難だった。施設周囲の空間には嵐が発生しているだけでなく、強力な電磁干渉が発生していて、飛行制御システムが著しく不安定になる。まるで、施設が侵入を拒んでいるかのようだった。


 その頃、地上でも異変が加速していた。川の周囲では、これまで確認されていなかった危険な水棲生物の変異体が出現し始めていた。半透明の皮膚を持ち、発光器官を備えた魚類型の個体。鋭い棘を持つ甲殻類のような生物。中には地上に這い上がり、湿地帯と化したクレーター群を徘徊する両生類型の個体も確認された。


 自然環境そのものも、急速に変わりつつあった。川岸には、見慣れない植物が繁茂していた。青紫色の葉を持ち、生物の体温に反応して動く蔓植物。赤く脈打つように光る花弁を持つガマのような植物。いずれも既知の植物とは異なる遺伝構造を持ち、川沿いに異常繁殖していた。


 これらの植物のなかには、高濃度の重金属や汚染物質を吸収、蓄積し、開花とともに放出する性質を持ち、周囲の生態系に深刻な影響を及ぼしていた。


 そして、高層建築群の間を飛び交う異様な変異体が見られるようになった。それらの生物群は、これまで見られなかった大型の昆虫であり、雨の中を低く飛び交っていた。羽は金属光沢を帯び、複眼は赤く輝いていた。一部の個体は、ドローンに反応して攻撃的な行動を取ることも確認されていた。


 傭兵たちは調査を進めるたびに、かつての自然とは異なる〝何か〟がこの地に浸透しつつあることを実感していた。空は相変わらず不気味な光を帯びていた。〈スイジン〉は事態を収拾するため、〈ジャンクタウン〉で活動する傭兵団に支援を要請することになった。

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