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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

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105 第八部・侵食帯〈抗争〉


■地域:侵食帯

 集落:灰の裂け目


◆抗争


〈廃墟の街〉と〈大樹の森〉の境界に広がる〈侵食帯〉――その中心に位置する交易集落〈灰の裂け目〉は、探索者や傭兵、流れの商人たちが集う活気ある拠点だった。かつての文明の残骸を利用したこの集落は、再生資源や遺物の取引で繁栄を築いていた。しかし、その発展に目をつける者は少なくなかった。


〈商人組合〉もその組織のひとつで、〈灰の裂け目〉への進出を密かに計画していた。表向きには交易の拡大と経済支援を掲げていたが、実際には競合する〈傭兵組合〉の排除を狙っていた。


 そこで〈商人組合〉が接触したのは、〈猟犬〉を名乗る傭兵団――掟に縛られず、報酬と殺戮に忠実な戦闘集団だった。


〈商人組合〉は〈猟犬〉の野心を巧みに煽り、裏取引を持ちかける。報酬は高性能な兵器と希少な医療物資。条件はただひとつ、〈鉄壁連隊〉の排除だった。


 その頃、〈大樹の森〉では〈鉄壁連隊〉と呼ばれる傭兵団が旧文明の遺構を探索していた。地中に埋まった施設は保安システムが未だ稼働していて、警備用機械人形や自動攻撃タレットが容赦なく侵入者を排除していた。


 傭兵団の施設攻略は失敗に終わり、多くの負傷者が出た。隊長(ジェネラル)アントニオ・ルースは、負傷兵の収容と部隊の再編を急ぎながらも、森の奥で孤立していた。通信は不安定で、〈鉄庭(アイアンヤード)〉との連絡も途絶えていた。


 この情報を掴んだ〈商人組合〉の豪商〈マスター・トレーダー〉は、即座に動いた。彼は〈猟犬〉に対し、〈鉄壁連隊〉が孤立し、〈傭兵組合〉からの支援が届かない状況にあることを密かに知らせた。


〈傭兵組合〉の掟――仲間殺しの禁忌、それを意に介さない〈猟犬〉ならば、証拠を残さず任務を遂行できる。森の奥で誰が死のうと、それを確認する者はいない。生存者を残さなければ、記録にも残らない。〈マスター・トレーダー〉は、彼らの耳元で(ささや)いた。


〈商人組合〉は、極秘裏に〈猟犬〉に物資の提供を行った。〈販売所〉で手に入る高品質な消音狙撃銃から簡易光学迷彩シールド、そして短距離電磁パルスを搭載したアンチドローン兵器など、いずれも夜間攻撃に特化した装備であり、奇襲において圧倒的な優位をもたらすものだった。


〈猟犬〉はこれらの装備を受け取り、即座に隠密特殊部隊を編成。隊員たちはデジタル迷彩処理を施した軽装戦闘服に身を包み、〈大樹の森〉で使用する装備の調整を行いながら、森に潜む脅威ついて学んでいく。足音を立てることなく森を移動できるよう訓練を受けた隊員たちは、月のない夜を選び、〈鉄壁連隊〉の野営地へと潜入を開始した。


 夜の森は静かだった。風もなく、葉の擦れる音すらない。〈鉄壁連隊〉の野営地は、旧文明の遺構を背に設営されていた。赤外線センサーと監視ドローンが周囲を警戒していたが、〈猟犬〉は電磁パルスやライフル装着型ジャマーよって、ドローンの回路を瞬時に焼き切り監視網を無力化した。


 そして奇襲は〈猟犬〉の狙撃手によって開始された。消音ライフルで監視兵をひとりずつ排除され、野営地に潜入される。攻撃が察知されるとテントに閃光弾が投げ込まれ、視界を奪われた〈鉄壁連隊〉の兵士たちは混乱の中で応戦を試みるが、すでに四方を囲まれていた。


 アントニオ・ルースは即座に反撃を指示。しかし通信は妨害され、指令は各隊員の情報端末に届かない。〈データベース〉との接続も一時的に強制遮断され、外部との連絡は完全に断たれていた。


〈鉄壁連隊〉のドローンは起動不能。熱源探知も妨害され、敵の位置すら把握できないまま戦闘は続けられた。銃声は断続的に響き、閃光が森の闇を裂いたかと思えば、再び沈黙が訪れる。まるで森そのものが〈猟犬〉の一部となり、獲物を呑み込んでいくかのようだった。


 数時間後、野営地は焼け落ち、通信記録は消去され、生存者の姿はなかった。森は再び静寂に包まれ、ただ湿った土に染み込む血の臭いと、焦げた硝煙の香りだけが漂っていた。


◆秩序の崩壊


〈鉄壁連隊〉が〈大樹の森〉で壊滅したその夜、〈商人組合〉の豪商〈マスター・トレーダー〉は、次なる一手を静かに打っていた。彼の狙いは、単に一傭兵団を潰すことではない。標的は、〈傭兵組合〉の根幹――運営を司る長老〈エルダー〉たちによる統治機構〈評議会〉そのものだった。


〈猟犬〉による〈鉄壁連隊〉への奇襲は、〈傭兵組合〉の掟に背く蛮行である。組合の規律では、組合員同士の殺し合いは厳しく禁じられていて、違反者には制裁が科されることになっていた。


〈商人組合〉はこの事実を利用し、〈評議会〉に対して匿名の通報を行う。情報は暗号化された通信端末を通じて届けられ、添付された証拠映像には〈猟犬〉の隊章が鮮明に映り、戦闘中の音声記録には各隊員の声がハッキリと記録されていた。


〈評議会〉は激怒した。掟を破った〈猟犬〉の行いに対し、責任を問われたのは戦団長〈ウォーロード〉――傭兵組合の軍事部門を統括する重鎮だった。彼は〈猟犬〉の暴走を黙認したと見なされ、組織統制の強化を余儀なくされた。もはや沈黙は許されなかった。〈ウォーロード〉は即座に動いた。


 彼は、最精鋭とされる数名の傭兵〈懲罰部隊〉を招集する。隊員は過去に数々の粛清任務を遂行してきた者たちで構成されていて、任務に私情を挟まない冷徹な実行者たちだった。彼らは夜明け前に〈侵食帯〉へと潜入し、〈猟犬〉の拠点を包囲した。


 作戦は、わずか数時間で完了した。〈懲罰部隊〉は容赦のない奇襲を仕掛け、防衛網を突破。拠点内部に突入した数名の隊員は、標的をひとりずつ排除していった。逃亡者は出ず、生存者も目撃者も残されなかった。そうして〈ウォーロード〉は、掟の名のもとに秩序を回復した。


◆商人


〈猟犬〉の殲滅によって、〈傭兵組合〉の秩序は一時的に回復された。だが、その代償はあまりにも大きかった。


 一連の報復劇は、組合内部に深い亀裂を残した。掟を破った者への制裁は迅速だったが、その過程で多くの資源と人員が失われた。〈鉄庭〉――組合の戦略拠点のひとつでは、活動が全面的に停止され、補給線は遮断された。


 探索任務はすべて延期となり、現地に展開していた部隊は――森の深部で活動するタカクラの特殊部隊を含め、任務の停止を余儀なくされた。


 拠点は沈黙し、格納庫の照明は落ち、ドローン発着場には風だけが吹き抜けていた。戦術端末は再編命令を待ち続け、医療ステーションには負傷者の記録だけが残された。〈傭兵組合〉は、秩序の再構築のために時間を費やしていた。


 その隙を〈商人組合〉は逃さなかった。豪商〈マスター・トレーダー〉は即座に動いた。彼は多数の商人を〈灰の裂け目〉へと派遣し、廃墟の一角に交易所を設置した。設営は迅速だった。モジュール式の天幕やコンテナが展開され、わずか数時間で店舗と倉庫が立ち上がった。


 持ち込まれた物資は潤沢だった。医療物資は、抗生物質や止血剤、簡易医療キット、携帯型の止血スプレーまで揃っていた。保存食には、高カロリーの〈国民栄養食〉、真空パックされた調理済み食料、そして浄水装置で濾過された清潔な飲料水が含まれていた。


 もちろん、小銃や弾薬、防弾ベスト、光学照準器も用意されていた。旧文明の通信規格に対応した情報端末には、地形解析ソフトまでインストールされていて、探索任務において有用な機能が備わっていた。さらに、ソーラーパネル式の充電ユニットや燃料電池式発電機など、各種エネルギー供給装置も持ち込まれていた。


 商品の価格は現地のモノよりも抑えられていて、〈商人組合〉は利益よりも影響力の拡大を優先していた。探索者や傭兵たちは、〈傭兵組合〉の支援が途絶えた今、〈商人組合〉の供給網に頼らざるを得なかった。


 組合の交易所には人が集まり、情報が流れ、次々と契約が交わされた。〈灰の裂け目〉は静かに〈商人組合〉の影に染まり始めていた。市場では欲望と物資が交差し、傭兵たちの不在を埋めるように、商人たちは笑みを浮かべていた。

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