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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

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104 第八部・侵食帯〈傭兵団〉


■地域:侵食帯

 集落:灰の裂け目


◆傭兵団の侵攻


〈廃墟の街〉と森の境界に広がる〈侵食帯〉を越え、濃密な胞子の霧と異形の生態系が形成された〈大樹の森〉へと、傭兵組合の精鋭部隊は侵入した。部隊を率いるのは、かつて〈廃墟の街〉で略奪者(レイダーギャング)を相手に目覚ましい戦果を挙げたアントニオ・ルースだった。彼は自ら前線に立ち、部隊を指揮する隊長(ジェネラル)だった。


 彼らの目的は、観測所から入手した断片的な地形データと、地上の探索記録をもとに発見された旧文明の施設を調査することにあった。その施設は、森の奥深く――昆虫型の変異体が跋扈(ばっこ)する危険区域の近くに位置していた。


 潜入の初期段階として、部隊は周囲の脅威を排除するための掃討作戦を開始する。森の地表を這う昆虫型変異体――金属光沢を帯びた翅を持ち、酸性の体液を分泌するそれらの群体は、通常の弾丸では貫通できない外骨格に覆われていた。


 傭兵たちは、対機械人形用の〈フレシェット弾〉――鋭利な金属片を散弾状に放つ特殊弾を使用し、群れを分断したあと、各個撃破していく。その間にも、赤外線センサーと動体検知ドローンを併用し、夜間でも敵の接近を察知できる体制を整えていた。


 さらに、地面に根を張る食虫植物――触手のような蔓を伸ばし、熱源に反応して獲物を捕らえるそれらの変異種に対しては、携行型火炎放射器と除草剤散布装置を使用する。植物の神経系を麻痺させ、根から焼き払うことで安全を確保した。


 掃討が完了すると、部隊は野営地の設営に取り掛かった。野営地は、多脚車両で運搬されたモジュール式テントを中心に構成されていた。テントは耐火、耐水、放射線遮蔽素材で作られていて、内部には空気清浄機、簡易ベッド、通信端末が備えられていた。


 野営地の周囲には赤外線センサーと振動検知型地雷が埋設され、変異体の接近を自動で警告するシステムが構築された。


 指揮所には、アントニオ専用の戦術端末が設置されていた。通信は〈データベース〉を経由して行われ、観測所から受信するデータをもとに、部隊の位置、敵の動向、気象情報がリアルタイムで表示される。


 傭兵たちは、旧文明期以前の信頼性の高いアサルトライフルを携行し、サイドアームには取り回しの良いハンドガンを選択。近接戦闘用にはコンバットナイフと予備弾薬を装備し、変異体との遭遇に備えていた。


 通信は〈データベース〉を介して暗号化され、各隊員が所持する情報端末と、拡張現実対応型スマートグラスおよびヘッドセットによって、戦場の情報は瞬時に共有された。


◆潜入準備


〈大樹の森〉の奥深く、地中に半ば埋もれた高層建築物の屋上部分が、霧の中に静かに姿を現す。かつて都市に聳えていたその構造物は、今では森に飲み込まれ、忘れられた遺構として眠っていた。


 傭兵団は、ヘリポート跡に前哨基地を設営する。苔と植物に覆われたコンクリートの床には、旧文明のマーキングが微かに残されていた。緊急離着陸場の横を通り、彼らは閉鎖された施設の扉へと向かう。扉は厚い合金製で、腐食の形跡もなく、今も整備されているかのような気配を漂わせていた。


 扉の開放には、〈技術組合〉に多額の〈クレジット〉を支払って入手した暗号コードが使用された。コードは傭兵団の戦術端末に入力され、扉の表面に埋め込まれた認証パネルに接続される。数秒の沈黙のあと、重厚な扉が音もなく開いた。


 しかし、傭兵たちはすぐには侵入しなかった。まず投入されたのは、小型の多脚ドローンだった。蜘蛛のような形状をしたこの偵察機は、赤外線カメラ、空気成分分析装置をはじめ、各種センサーを搭載していて、狭所や暗所でも高精度の探索が可能だった。ドローンは床を這い、壁に張り付きながら、施設内の様子をリアルタイムで指揮端末に送信する。


 荒廃した外観とは対照的に、施設内部は驚くほど整然としていた。足元の絨毯には塵ひとつなく、壁面には光沢のあるパネルが並び、周囲の様子を映し出すほど磨かれていた。まるで、誰かが今も建物を管理しているかのようだった。


◆潜入


 ドローンによる安全確認が完了すると、混成部隊の突入が開始された。前衛には戦闘経験豊富な〈マーセナリー〉、後衛には技術と装備を担う〈オペレーター〉が配置され、彼らは施設内に拠点を築くという任務に就いた。


 建物内には電力が供給されておらず、照明は落ち、廊下は静まり返っていた。エレベーターは停止していて、部隊は非常階段を使って階下へと向かうことになった。階段では、避難誘導用のホログラムが淡く投影されていたが、それ以外は完全な暗闇に包まれていた。


 各階層に設けられた隔壁は厳重に閉鎖されていた。文明崩壊時の混乱の中で、施設を管理するAIはロックダウンを実行したのだろう。非常階段から各階層へ通じる隔壁はすべて閉鎖されていて、〈技術組合〉が提供したアクセスコードも通用しなかった。


 ようやく非常用隔壁が解放されていた階層を発見したが、それは施設の保安システムが意図的に開放した〝罠〟だった。


◆機械の罠


 傭兵たちが通路に侵入すると、警告音が突如として鳴り響いた。赤い警告灯が点滅し、天井のパネルが開く。収納されていた自動回転砲身を備えたタレットが、無音のうちに展開された。タレットはAI制御で、赤外線と動体センサーを併用し、標的を瞬時に識別。弾倉からは毎分六百発の銃弾を発射することが可能だった。


〈オペレーター〉たちは即座に携行式の楯を展開する。カーボン複合材とセラミックプレートを組み合わせたこの楯は、ライフル弾や散弾には耐えられるが、タレットから撃ち込まれる徹甲弾には限界があった。携行型障壁展開装置(アーマーパネル)を展開し、通路の両端に遮蔽フィールドを形成するが、背後でも天井のパネルが開き、無数のタレットが展開された。


 挟撃された部隊は、応戦しながらも徐々に押し込まれていく。地上との通信は妨害され、容赦のないマズルフラッシュの中で、ひとり、またひとりと倒れていった。最後に残った傭兵が手榴弾を投げ込もうとした瞬間、タレットからの一撃が彼の胸部を貫いた。


 施設は再び沈黙し、タレットは収納され、警告灯は消えた。まるで何事もなかったかのように、施設は整然とした姿を取り戻す。


 施設内に投入された偵察用ドローンは異常を検知できなかった。通路は静まり返り、センサーの反応もなく、まるで施設そのものが眠っているかのようだった。しかしそれは罠だった。施設は、侵入者を迎え撃つために沈黙を装っていた。


 傭兵団を率いるアントニオは、前線からの報告を受けると即座に後続部隊の撤退を命じた。しかし部隊が撤退を開始しようとしたその瞬間、通路の壁面に嵌め込まれていた金属製パネルが音もなく展開する。


 黄色と黒のストライプテープで囲まれたパネルからは、ホログラムによる警告表示が浮かび上がり、〈保安警備システム三型〉の文字が投影された。旧文明の防衛機構――それは、企業テロなどから施設を守るために設計された自律型戦闘ユニットの格納庫だった。


 複雑な機構によって展開されたパネルの奥から、複数の機体が姿をあらわす。それらは警備用の機械人形であり、装甲は旧文明の合金とセラミックプレートによる複合構造。通常の銃弾では、かすり傷すらつけることはできなかった。


 傭兵たちは応戦したが、機械人形は脱出経路を先回りして封鎖していた。赤外線で位置を把握し、音響センサーで傭兵たちの声を解析し、行動パターンを予測して攻撃を仕掛けてくる。銃撃、閃光、悲鳴――すべてが、わずか数十秒のうちに終わった。


 地上で部隊を指揮していた〈ジェネラル〉は、モニターに映る映像が途切れるのを見届けると、無言で端末を閉じた。そして生き残った兵を集め、別の潜入方法を模索することになった。


 施設の正面突破は不可能――それが、旧文明の保安システムが突きつけた答えだった。〈大樹の森〉での探索は、精鋭が所属する傭兵団であっても一筋縄ではいかない。

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