65回目の君と
<64回目>
「昨日、県立高校の生徒が校内で銃を発砲する事件が発生しました、警察によりますと、近くの派出所に生徒が押し入り銃を強奪。ワイヤーカッターなどの工具も用意していたことから計画的な犯行と思われます。なお……」
スマホのニュース画面が犯人の生徒の顔写真を映し出している。目のところには黒い線。
-65回目-
「またタイムリープの話?」
リサのピアニカのような声が、二つ後ろの私の席にまでしっかり届いてきた。
クラスの番付では大関といったところか
リサ、あずさ、カトコの3人が新作映画の話をしている。
「なにかっていうとタイムリープしちゃうか異世界に召喚……」
「それな」
「急に異世界飛ばされてるのに、みんな馴染むの早すぎだっちゅう」
「それな」
「元の世界に帰りたがらないし」
「それな」
「あ、あたし生理来ちゃった」
「あたしもそれ」
あずさの相槌はそのトーン、タイミングが完璧だった
私はそれほど興味のない彼女たちの話を、聞くような聞かないような感じで
黒板の『ここテストに出る!』という先生の予言書をスマホに保存していた。
北関東の東、県立雪ヶ谷高校
県の中では2番目くらいの進学校。
私のように、将来の展望が見えていないような子たちが集まっているホンワカしたした学校だ。
3限目数学ⅡBが終わり、各々が次の現代文の教科書を机に並べはじめている。
ガララ!教室の扉が勢いよく開くと、見慣れない男子が飛び込んできた。
「あれ?春道じゃんどうしたの?」カトコがその男子を見て言った。
「隣のクラスの澤井春道、あたしたち小中同じクラスだったんだ」カトコはリサとあずさにそんな説明をはじめた。
カトコの事を全く視線にとらえないまま澤井春道はまっすぐ私に近づいてきた。
「サナ!」
春道は突然私の下の名前を呼び捨てた。『えっ?呼び捨て?』
私が驚く前にカトコが絶叫した
「なに?あんたたち付き合ってんの?」
いやいやいやあたしゃ初めて見ましたよ、この男の子のこと。
春道はやにわに私の手を取って教室の外に連れ出そうとする
突然のことで反射的に拒んだが、教室内で押し問答したりそれをクラスメイトに見られるのも恥ずかしいと感じて
ある程度すんなりと従ってしまった。
廊下に出るまで、教室内には私たちをはやし立てる悲鳴のような声が響き続けた。
おいおい春道とやら、この誤解は後でしっかりと解いてもらえるんでしょうな?
「サナ!相川サナ!ごめん、突然」
思い出したように私のフルネームを口に出すと謝りながら小走りで、それでも私の手首をグッと引きながらズンズンと進んでいった。
廊下の端まできたところで4時限目の予鈴が鳴った。
「澤井……くん、あの、授業が始まっちゃう……」私は、喉が詰まって蚊の飛ぶような声しか出せなかった
「ごめんサナ!」
『また呼び捨て?』
私たちを忘れてしまったかのようにそれぞれのクラスが静けさを帯びてゆき、4時限目の授業が始まった。
春道くんは私の手を掴んだまま、教師たちの目をかいくぐって、渡り廊下のくぼみに身体をおさめた。
くぼみといっても二人がちょこんと座るくらいのスペースはあった
シンとした空気の中、季節外れのクビキリギリスのジーッという音だけが耳に纏わりつく
一呼吸二呼吸おいて彼は私の目を見て話し始めた
春道くんの口から出てきた言葉を聞いて私はなんとも言えない顔をしてしまった 『はぁ?』
「ごめんサナ、信じられないというのはわかってる。俺は何度もこの時間をやり直してるんだ、今回が65回目」
まるでカトコたちの話の続きを聞いているようだ。なになに?あんたもタイムリープしてるって言いたいのかい春道さんよ……
私がそんな顔を露骨に出しても春道くんの話ぶりにはいささかの躊躇も見られなかった。
「もうこのやりとりも5回目だからだいぶ端折っちゃうけど。サナは12月12日生まれ射手座。お風呂嫌いのお父さんは源一さん。お母さんは事故で3年前に……今はお家の事は幸子おばあちゃんにいろいろやってもらってる。飼っているハムスターの名前はポッチー……」
私は顔から火が出るほど恥ずかしくなって
「だ、誰から聞いたの?なに?怖い!」危うく他の教室にも届きそうな声を出してしまった。
「サナから直接聞いた」
春道くんは顔色ひとつ変えずにそう答える。
「ちょ、っと待って。わ、私たちって はじ、めて会うよね?」訳が分からずしどろもどろしてしまう。
春道くんは私の両肩をガシッと掴んで顔を近づけてくる。
「サナ!時間があんまりないんだ」
もともと男子に免疫のない私、春道くんの長いまつ毛が影を落とした綺麗な瞳に
血液が沸騰してしまいそうなくらい熱くなった。
しっかり見てしまうとかなりカッコいい。この春道という男子
そして、突然巻き起こった非日常のこの事態は一体なんなのだろうか
私の脳みそはきっとソロバンくらいの処理能力しか持ち合わせていない、とても理解が追いつかないのだ。
「今からおよそ2時間後、昼休が終わって5時限目の途中で……この学校は壊滅する」
春道くんの口は確かにそういうふうに発した。
突拍子のない言葉だったが、なぜだか少し説得力があった。
そう思える自分が不思議だったが
「ちょっと待って、もし、万が一、恐ろしい確率でそれが本当だったとして……もしもの話でね……でもどうして私に言うの?」私はありのままの気持ちを伝えた。春道くんがとても冗談で言っているようには見えなかったし、私はとにかくこの場を離れてクラスのみんなのもとに戻りたかった。
「さっき、65回やり直してるって言ったよね」
春道くんは私の肩を掴んでいた手を下ろしてゆっくりと話し始めた
「まず、最初の最初 1回目の話ね。事故が起こったんだ 5時限目の途中で その時は俺も巻き込まれて命を落としたらしい。でも、気がついたら2時間前に戻ってた。俺だけ……」
春道くんは肩から斜め掛けしていたバッグを開いて、中から一冊のファイルノートを取り出した
ページをめくりながら
「初めは夢を見たのかと思ってたんだけど、同じ繰り返しを4度経験して、自分だけが時間を戻ってるんだと理解した。少しずつ状況がわかってきて、20回くらいループを繰り返してきた時に時系列をまとめてみようと思ったんだ
「それが……このファイル?ってこと?」私はまだ不思議な世界の入り口に立ってるような状態だったのだが
ファイルに目を通し、中に書いてある生々しさを見ていくうちに恐ろしい世界に吸い込まれていった。
ファイルの最初は箇条書きで始まっていた
ー何が起こってる?
ー死んだのか?
ーまた3時限目だ、なんだこれ?
<5回目> これは俺だけに起きている事みたいだ
最後、なんで爆発が起こったんだ?
<6回目> 今、5時限目に入った 爆発の理由がわかるように、教室から いや、学校の外に出てきた
なんか空の上でものすごい音がした。マジか、ヤバい。ここも
<7回目> 校舎の外から見て初めて何が起こったのかわかった。5時限目の途中、校舎の時計は17時20分
空から旅客機が落ちてきた。この後スマホのニュースで確認した→小型飛行機と旅客機が空中で接触
旅客機は尾翼付近を損傷して墜落。ここ雪ヶ谷高校に
校舎目がけて落ちてきた飛行機は東棟と本棟を巻き込み大炎上している。同級生たちが火だるまになって転げ回ってる。あぁ
春道くんが描いたのだろう、校舎を上から見た俯瞰図が書いてあり飛行機が墜落して燃え上がった範囲が斜線で塗り潰されていた。
項目はもちろん64回目まで書かれていたが、私は胸が苦しくなり思わずファイルから目をそらした。
身体が震える
「ほ、本当なの?これ?」
春道くんは言葉を発さず頷いた。
まだ、私の質問には答えていない
『どうして私に話すの?今日初めて会った私に!なんで?』
「サナだけが、信じてくれた」
「えっ?」
春道くんはファイルを一旦閉じて私の目を見て話を続けた。
「学校が壊滅する事、自分だけが時間を戻っている事、もちろん初めは近しい友達に話まくった。でも、誰一人信じてくれなかった。どういう冗談だよ?って、みんな相手にしてくれなかった」
おそらく何回もこの話をしているのだろう、悲しい顔をするわけでもなく心が動いていないような語り口だった
「もちろん先生にも言ったし、校長先生のところまで行ったけど、ふざけたことを言うんじゃないって一蹴されて、俺は誰か信じてくれる奴がいるだろうと思って、同級生一人一人に説明して、自分のクラス、隣のクラス、ほんとに全員に……」
疲労困憊の春道くんの表情を見ながら、これは嘘じゃないのかもと私は思い始めていた。
「たくさんのやつに説明したけど、結局俺の話を信じてくれたのがサナだけだったんだ!」
私は、まるで告白をされているような緊張を感じつつ、彼の話のつじつまを心の中で検証していた。
『どうして彼だけ時間を戻れるんだろう?』『何かトリガーのようなものがあるの?』『そもそもタイムリープってなんなのよ?映画や小説の中のご都合のいい設定でしょ?』『じゃあ救えなかった64回のその後はどうなってるの?みんな死んじゃってるって事?』『マルチバース的な?』ぐちゃぐちゃになった頭を抱えていると
真っ直ぐに私を見つめている彼の眼差しを感じた。
「サナ!時間がないんだ」
私の中でパッと何かが弾けた。『あー、もうどうでもいいや!一回乗っかってみるかこの話に!』
石橋を叩きもしない私が、自分でもびっくりするくらい危ない橋に足をかけようとしている。
元来私という人間は超がつくほどの現実主義者なのだ。こういった類の話を右から左に信じるようなタチではない。
ただ、この人生において こんなにも真剣な目を見たことがなかった、この春道くんの目を……
「何をするつもりなの?」まだ半信半疑だったが春道くんにそう尋ねた
「先生たちを含めた学校内の全員を外に連れ出す!」
「全員って、、うちの学校400人くらいいなかったっけ?」
「先生たちを含めると、今学校内にいるのは368人」
春道くんは散々調べたのだろう 即答した
それを聞いて私が真っ先に考えたことは、放送室に行って避難を呼びかける。って事だった。
でも何かを思い出して、春道くんの手の中にあるファイルに手を伸ばした
パラパラとめくると、さっき見た時にチラッと視野に入っていたその項目があった。
<9回目>
放送室に行ってみんなに呼びかけようと考えたが、放送室の鍵は施錠されていて 鍵はきっと職員室だ。
なんとかドアをこじ開けられないかと試したが、物音を聞いた物理の矢野先生に捕まって、生徒指導室に連れて行かれた 抜け出したかったが生徒指導のマンモス戸田が来たから詰んだ。
<10回目>
放送委員の日下部からなんとか聞き出して、放送室の鍵は職員室に入って右側のキーボックスにあることがわかった。
昼休みのザワザワに紛れてなんとか鍵を手に入れて放送室には入れた。
けっこう放送機械が複雑で、どうやれば学校全体に放送できるのか、のちのちのために記載しておく
マスターキーを放送機右側の鍵穴に差し込んで回す。マスター電源をオン 絶対触るなというシールの左側のカフ3個を全部上にあげる スピーカーのスイッチをオン マイクのダイヤルを少し絞ってハウリングしないように マイクスイッチオン 喋る
「みんな!この学校に飛行機が墜落するというニュースが入ってきた!全員外に出て!なるべく校舎から離れて!たのむ!これは冗談なんかじゃないんだ!急いで!」
40秒くらい叫んでいると放送室のドアが激しく叩かれて、外から「やめなさい!」という先生たちの怒号が聞こえた くそ!やめるもんか!
しかし、あえなく予備の鍵で扉は開けられて、俺はまた生徒指導室に連れて行かれる。 その途中で窓から外を見ると5〜60人くらいの生徒がグランドに出ていた。生徒指導室で説教を受けながら、どうしたら全員を避難させられるのか考えた
このファイルの内容を信じれば、春道くんも放送室からの呼びかけを試している
でも6分の1の生徒しか避難させられていないということだ
私だって、そんな放送聞いたからってすぐに行動に起こせるかどうかわからない
『正常性バイアス』というものがある
どんなに危機的な状況が迫ってきていても、周りの様子を見て『ここだけは大丈夫だろう』『自分が巻き込まれるなんてありえない』などと平常を保とうとする心のメカニズムだ
368人の正常性バイアスを振り切ってまで行動にうつさせるなんてこと、どうやってやれば?
私は大急ぎでパラパラとファイルノートのページをめくってゆく
64回目、つまり前回ではなんと春道くんは交番を襲って銃を強奪して学校内発砲事件まで起こしていた
もう完全に犯罪行為だ
私がその項目を読んでいることに気づいた春道くんは目をそらして窓の外を見ていた
なんか私はグッときていた、春道くんは たった一人でこんなことを何回もやってたんだ
気持ちが揺さぶられる
「17時20分なのよね?」
「うん」
「あと、1時間40分しかない」
「うん」
「わかった、春道くんと行動する!今回は何をやるつもりなの?<57回目>では春道くんカッターナイフを振り回して学校中を走り回ったって書いてあった。そんなことしてもみんなは避難しないってことよね?」
「うん」
私はとても怖かった質問をした
「事故が起きると、どのくらいの被害者がでちゃうの?」
春道くんが少し感情を開いた。唇を振るわせながら
「本棟は3年3組が一番ひどくて、2階の2年1組と その2クラスはほぼ全滅。避難しようとしていた他のクラスの奴らも建物が倒壊してたくさんの生徒たちが犠牲になる。東棟の被害はもっと大きくて 職員室はたぶん壊滅 1年生の全クラスもおそらく全滅だと思う。 あたり一面ジェット機の燃料が燃えて火の海になって、きっとわずかにいた生存者たちも……」
春道くんはその地獄のような光景を何回も何回も見てきたのだ
言葉が出なかった。
「俺は事故の直後、意識を失って時間を戻るから実際の被害者の総数はわからずじまいなんだ、ただおそらく300人以上の犠牲者は出ていたと思う。わからないけど旅客機にも乗客がいただろうしそれも含めたら何人被害にあったのか……」
私は呼吸するのを忘れるほどに、彼の話を受け止めすぎていた。
「ど、、どうすれば?」
「俺がやれそうな事は全部やってきた。でもみんなを避難させることができない!サナ!どうしたらいいんだろう?」
春道くんの目から葡萄くらい大粒の涙がボロボロと溢れてきた
きっと、理解してくれる人もいなくて、たった一人でここまで頑張ってきて
やっとそれを目の前にいる私に吐き出せたのだろう。私も何故か涙がとめどなくあふれていた。
「う、、う、、みんなを信じさせるにはどうしたらいいんだろう?」
「俺、墜落の瞬間の動画を撮って、、みんなにメッセージで送ろうと思ったんだけど、、」
二人とも涙声になってしまう
「時間を戻った時にはスマホの中からその動画は消えていたんだ」
「タイムリープのルールがわかんないね」
「うん」
私はずっと冷たい廊下にペタンコ座りをしていたせいでお尻が痛くなってきたので、少し立ち上がって身体を伸ばした。5メートル先に見える火災報知器を見て『これもきっと試したよね』そう思ってまた座り直す。
「あっ!」私がそう発すると、春道くんが覗き込んできた。顔が近い
私はあるイベントを思い出した。
「私、科学部なんだけど二週間後に『とくじろう先生』がうちの学校に来るの知ってる?」
「サイエンスプロデューサーの?」
「そう!」
春道くんはきょとんとした顔で私を見つめる
「それがなにか関係してるの?二週間後のイベントが?」
私はスマホの中のメモアプリを立ち上げて、内容を確認する
「とくじろう先生はイベントでいろいろな実験をする予定でね、ほとんどの実験材料は先生の持ち込みなんだけど一部の薬品は消防や警察への届出もあってうちの高校で調達したんだ」
メモアプリの中に当日使う薬品の一覧があった、それを春道くんに見せながら
「過酸化水素!マンガン酸カリウムとヨウ素これらは酸化剤ね あと理科室の金庫にナトリウム、カリウムもあるはず!」
春道くんは目を丸くしながら「これで何ができるの?もしかして爆弾!とか?」
私は少しだけ前のめりになりながら答えた
「爆弾というか爆発を起こせる!大きな煙も出るし、もちろん火災報知器も鳴るし 本物の爆発が起きれば流石に先生たちも避難を指示するでしょ!」
「ど、どのくらいの爆発を起こすの?俺も一回ガス爆発を起こしたらどうかと思って理科室のガス栓を開いて着火したら、自分も巻き込まれるくらい大爆発しちゃって」
私もさっきファイルノートでちらっとその項目は見ていた
「ガスだとどのくらいの威力になるかコントロールが難しいからね 薬品を使ったほうが調整しやすいと思う」
それを聞くと春道くんが私の手を取って、初めて明るい表情を見せた。私は手のひらにぐっしょり汗をかいていたのでめちゃくちゃ恥ずかしい。
なんだろう、何回もリープして私と過ごしてきたからか春道くんの距離感が近すぎるんだよなぁ。
だいたい下の名前で呼ぶくらい親しくなってたって事?なになに?
「やろう!」
春道くんが立ち上がり私に手を差し伸べる
彼の手を握り私も立ち上がる『何?手を繋ぐくらいはデフォって事なの?』
そのまま手を繋ぎながら理科準備室へと向かう
残り時間は1時間と20分
幸いにして今の時間、理科室を使った授業は行われていなかった
ただ、お決まりの『鍵』がない状況 職員室に取りに行くか?いや、まだ4時限目の途中だし怪しまれることこの上ない。
だが、たとえ理科準備室に入れたとしても薬品の収められている金庫の鍵がなければどうしようもないのだ
金庫の鍵は『劇物取り扱い』の資格を持っている科学の山田先生が管理している、あとは学年主任か教頭がおそらくスペアをどこかにしまっているはず
そんな事を考えているうちに春道くんが器用に窓をよじ登り、上側についている回転窓(おそらく空気調整用の)をくるりと回した
「何回もやっててわかったんだけど、この回転窓の鍵さ、50%くらいの確率で開いてるんだ」
春道くんの胸の厚みがギリギリ通るくらいの隙間を通って、器用に彼は忍び込んでいった
「どうぞ」内側から扉を開けてくれる春道くんは得意げな顔をしていて、なんだか子供みたいで可愛かった。
理科準備室に入れたはいいものの、爆発の元は金庫の中だ まあ何百万円も入れるような頑丈な金庫ではないのだが
それでもどうやって鍵なしで開けたものかと思案した
ボォーーー!突然隣で明るい炎がたった
春道くんが理科実験用の酸素バーナーに火をつけたのだ
「何?何するの?」
「このバーナーで金庫の鍵を焼き切る!」
「金庫の中身は爆発物の元なんだよ!!」
つい大きな声を出してしまって。慌てて廊下の様子を伺いながら二人は身体を潜めた
「そっち」
私は棚の奥に入っているドリルのケースを指差した
「わかった」春道くんはバーナーの火を消しドリルのケースに手を伸ばした
私は近くにあった白い紙に金庫の構造を描き始めた
「この間ね、YouTubeで『あかずの金庫』を開ける鍵師の動画を見てたんだけど、この手の金庫はこういう構造になってて……」ひとしきり説明をして、実際の金庫に印をつけた
「こことここに穴を開けるの」
「わかった!えーっと刃は『金工用4ミリ』ってのでいい?」
「うん」
春道くんはおぼつかない手でドリルを握ると印めがけてドリルを高速回転させた
ギュルンパキッ!1秒もたたないうちにドリルの刃が折れてしまった
「ヤベ!」
私はネットで検索してみる、グーグル先生曰く「硬い金属にドリルで穴を開ける時は低速回転で油や水を差しながらゆっくりと進んでゆく」とある
先っぽが折れて金庫の表面に埋まってしまったので4ミリの刃を外して5ミリの刃をドリルにつけなおす。
「ゆっくりね」私はスポイトを片手に春道くんの隣で見守った
今度はドリルを低速回転させながら、私はそれにスポイトで水を差していく
ギリギリと音を立てながらドリルの刃が少しずつ内部へと吸い込まれていく、何より音が大きくて心配になる
あと15分もしたら4限目も終わってしまう、そしたら誰かがここにやってくるかもしれない
ドリルは一度軽い音に変わったのち、また次の層を掘り始めた
「うん、壁を貫通して鍵の機構部に届いたね」
しばらくギリギリと進んだのちパキンという感触と共にドリルが軽く突き抜けた
「うんOK!もう一個もやろう!」私たちは2個目の穴のミッションに入った
4時限目の終了を知らすベルが鳴り、校内がざわざわと騒がしくなってきた
お昼休みに入ったのだ40分の休憩
私と春道くんは薬剤とそれを混合するための磁乳鉢や空き缶、ビーカーなど必要なものを袋に詰めて屋上へと向かっていた
金庫からくすねた薬剤を混合中に爆発でも起こしてしまったらとんでもない事になるので
被害が出ないように屋上で作業する事にしたのだ
ドラマやアニメだと屋上に行くのは簡単そうに見えるが、現実はそうではない。
生徒の安全を守るため、屋上への扉は固く施錠されているのだ
だが、もちろんそんなことは百も承知
実験室からバッテリー付きのドリルを持参している。金庫とは違って今回は鍵穴の中にドリルを深く掘り進んで開錠した、金庫より数倍楽に出来た。
金属製の重い扉を開けると、思ってもみなかった真っ青な空が向かい入れてくれた。
「うわぁー、今日天気よー」横を見ると春道くんの顔もほころんでいた
私たちは風で薬剤が飛ばないように、あと、誰かに見つからないようにくぼみを見つけて腰をかがめた
「私たちってくぼみ好きよね」
春道くんが笑う
どうして世界は春道くんを選んだんだろう?私は神様とか前世とか守護霊とかUFOとか宇宙人とか……この世界がどういう仕組みで成り立っているのかなんて全くわからないけど
時間というものがどういうものか全くわからないけど
春道くんが何故か時間をさかのぼって、みんなを救う努力をしているっていう事は正真正銘事実なんだと今は信じてる
「昼休みが終わるまで30分はある、それまでに爆発物を作って」
「どこに仕掛けるの?」
春道くんが袋から薬剤などを取り出しながら聞いてきた
「5時限目に人が来なくて、職員室から見えるところ、だね」
「どこだろう?」
「社会科の資料室はどう?あそこってほとんど人がいたのを見た事がない」
「うん、職員室からも中庭越しに見えやすいね!」
「春道くんは……」
いけない、つい調子に乗って澤井春道を下の名前で呼んでしまった。心の中でずっとそう呼んでいたせいだ
「春道でいいよ」彼は優しく笑った
「春道……くんは、私とこのミッションをするのは何回め……なのかな?」
「6回目」
その数字に何故かドキッとしてしまった、最初に聞いた気もするが、その時は春道くんのことをまだ信じていなかったから。今はググッと受け止めてしまった
変な空気になっちゃわないように、とにかく自然にとりつくろわなきゃって思って、会話を繋げた
「前の5回は……その……うまくいかなかった……って事だよね?ミッション」
春道くんは下を向いてしまった
私の知らない5回分の私。それは私なの?その5回分の私は今どこで何をしているの?
「全部俺が悪いんだ、サナはうまくやってくれてた」
「そうなの?」
「…………俺は結局、失敗しても2時間前に戻ってまたやり直せばいいや、って思っちゃうんだ」
確かになぁ、そう私は思った
「サナたちにとっては1回目のことなのに」
私は薬剤を精密はかりにのせながら聞いた
「春道くんのタイムリープは、やっぱりこの惨事を防げればエンド……なのかな?」
春道くんは少し投げ捨てるように呟いた
「そうでなければ、気が狂っちゃうよ。唯一頑張ってるのはその目標があるからだし!」
「うん、そうだよね」
私は素朴な疑問を思いついたが、春道くんには投げなかった
このタイムリープが、結局のところ惨事を止めるところまで続くんだとしたら、最終的には必ず惨事を回避して終わるっていう事だ。だったら時間の流れとして惨事はそもそも起こらなかったとも考えられる。
いや、そうでもないか
ここの生徒たちは避難できても実際飛行機は落ちるんだろうし、その中には乗客も何人か乗っているのだから
そう思うとまた春道くんのファイルノートが見たくなり
彼の斜めがけバッグから勝手に拝借した
パラパラとページをめくり、はぁーっとため息をつく
「やっぱり、試してるよね……30回目に春道くんは空港に爆破予告の電話をかけてる。旅客機の発着を止めようとして。でもあえなく春道くんの携帯の番号とGPSから、警察に秒で逮捕されてる」
そう簡単に旅客機の発着を止めることなんてできないのだ
薬剤の中のアルカリ成分が手に飛んできて思わず「あつっ!」っと手を引っ込めた
「大丈夫か?サナ」春道くんが近寄ってきて私の手を取る
いやー、だから距離が近いよう。男子に免疫ないんだから!
「サナ、いい匂いするよな」
春道くんが薬剤の触れた私の腕をガーゼで拭きながらそう呟く
「いい匂い?じゅ、柔軟剤……かなぁ。ははは」
私はアホな答えしかできない!
男子って、何、こんなに優しいの?誰にでも?
「サナが、前々回俺の腕をこうやってガーゼで拭いてくれたから、お返しだな」
「えっ?」
春道くんは「あっ、」と言って言葉を詰まらせた
「えっ?ガーゼって、もしかして。前々回にも同じように理科準備室に忍び込んで爆発物を作ったの?だから回転窓の鍵が開いてたことも知ってた?」
「サナ」
「それってやっぱり私の発案だったんだよね!でも、でも……結局失敗したって事……だよね」
肩の力が抜けた
「違う!サナ、聞いて!途中までうまく行ってたんだ!」
「どうしてこの計画を話した時にそれを言ってくれなかったの?失敗するって」
「大丈夫だから!今度は上手くいくって!」
春道くんが私の肩に触れようとしたのを振り払った
「そんなこと言って私と一緒に、もう5回も失敗してきたんだよね!?」
「サナ」
「春道くんはたとえ失敗してもまたやり直せるからいいけど……」
あ、この状況下ではたぶん言ってはいけないワードを繰り出してしまった
春道くんがうなだれる
「ごめん。…………春道くんは、うんと頑張ってるよ。ごめん」私の、こんな言葉では彼のこれまでの苦労に報いる事なんてできない、わかってる
今回のミッションが失敗して、春道くんが2時間前に戻ってしまったら
ここに残された私はどうなってしまうの?消えてなくなるの?
「もう、やめようか」
春道くんが空を仰ぎながらそう言った
「何をやっても、防げなかった。俺は58回目では自殺もしてみた……けどまた2時間前に戻された」
校庭ではしゃいでいる生徒たちが少しずつ教室へと帰っていく
昼休みが終わってしまう
「もう、なるようになる……そう思って諦めようよ」
春道くんが屋上の手すりに上半身を預けて力無く笑った
「いや!絶対嫌だ!」
自分でもびっくりするくらいの声が出た
「春道くんと違って、ここにいる私はこれ1回キリなの!戻った春道くんが出会う次の回の私は私じゃないもん!」
びっくりした顔でこちらを見ている春道くんに、ズカズカと近寄って行って彼の肩を掴んだ
「やろうよ!この回で決着をつけよう!」
3秒間、彼は私の顔を見つめ
ゆっくりと頷いた
昼休みがあと5分で終わる、生徒たちは皆教室に戻っていく
残り時間がそんなにない
私と春道くんは社会科資料室の前まで来ていた、この部屋は隣の社会科室と繋がっていて
社会科室のたくさんの窓の中から施錠されてないものを見つけて忍び込んだ
「私たち、授業をいくつもバックれてるけど、これって内申書に響くよねきっと」
「学校を救っても評価はガタ落ちになるってこと?割にあわねぇー」
春道くんがケラケラと笑う
「俺さ、もう10時間くらいサナと過ごしてる事になる」
「それって、今の私にとっては別の女よ!他の5回はね、浮気者ー!」
ふざけて春道くんに軽口を言ってる自分にびっくりした。
こんな状況なのに、なんだか胸がフワッとなった
社会科資料室の扉を開けると目の前に大きな物体がいた
直径1メートルくらいはある巨大な全天球儀。我が校4大宝物の一つだ
銅と鉄で出来ていて、ヨーロッパ製とかいう触れ込みで重さも30キロほどある
太陽や地球だけではなくさまざまな惑星とその軌道が精密に作られている
太陽系の惑星たちは金属の球で表され巨大な太陽は30センチくらいの大きさがある
その骨董品の下をそっとくぐりながら資料室の中心まで進む
周りは地図や歴史年表なんかの類で埋め尽くされていて肩身は狭かった
「めっちゃ燃えやすいものがたくさん」
「でも、きっと貴重な資料とかもあるんだよ」
私たちはこれから起こす自分たちの犯行に緊張してムダな話ばかりが増えていった。
キーンコーンカーンコーン
5時限目の予鈴が鳴った。本当に時間がない
全員を避難させるのに10数分はかかるはずだ、一刻も猶予がない
屋上で仕込んできた爆発物をバッグから取り出す
Aと書いてある袋とBと書いてある袋を隣合わせに置いて
その間にサナ特製着火プラグを置く
これは理科準備室で私が用意したものだ、電気コードの先にソケットがついていて
今時珍しい白熱球を装着している。LED電球じゃなく白熱球が置いてあるところがさすが理科室って感じ
白熱球の中にはフィラメントという電気を流すと熱くなる線が入っている。白熱球のガラスを割ってフィラメントを露出させればその熱で爆発物に点火することができる。
電気コードを伸ばして隣の部屋まで引っ張ってゆく、コードの長さは15メートル
なんとか隣の社会科室の端まで持ってこれた
これをコンセントに差し込んでこの場から立ち去れば
フィラメントの熱でA、Bの袋が溶けて薬剤が混ざり合い大きな爆発と煙が出るはず
シンと静まり返った学校、5時限目が始まり、辺りに人影はない
「やるよ」コンセントに差し込んでも袋が溶けて化学反応が起きるまでには2分くらいの猶予があるはず
その間に二人で非常階段目がけて走ることを決めた
「よし!」
春道くんと目を合わせ、私はコンセントにプラグを差し込んだ
まさにその時、社会科資料室の向こうの階段を降りてこっちに向かってくる二人の人影が見えた
「うそ!」
ピアニカのような声と低い完璧な相槌のあの声が近づいてくる
「大丈夫リサ?あたしはどっちかっていうと頭痛にくるやつだからリサみたいにお腹に来たらしんどいよね」
リサとあずさ!どうして?私は振り返った
社会科室の隣は保健室。生理が辛いリサに付き添ってあずさも来たってことか
「ダメ!こっちに来ないで!」私は大きく手を振りながら彼女たちに向かって叫んだ
「あれ?相川サナじゃん何やってんの?っていうかさっきの授業もいなかったよね?」
ダッと春道くんが走り出した
「春道!」私はここに来て彼を呼び捨てにして後を追った
薬品の匂いがする、袋が溶けて化学反応が始まるヤバい
春道くんはリサとあずさを両手で遮り反対側の方へと押し返す
「なんなの?」リサとあずさはパニックになっていた
「逃げてー!」私の声帯が生まれて初めてくらいの大声を発した
その時社会科準備室が光った。およそ目が眩むほどに
ちょうど春道くんが階段奥に二人を押しやったのを見た私は準備室の真横にいてしまった。
「まぶし」
66回目
俺はまた、2時間前に戻された
涙が次から次へと溢れてきた、65回目のサナの最後の顔が脳の中、網膜の裏に焼き付いている
だが、こうしている時間はない
俺は立ち上がって教室を飛び出す。古文の先生とクラスメイトは『えっ?』って感じで俺を見るが関係ない。
3時限目の授業を放り出すのは66回目だし、内申書に響くのだってどうってことない
ただ、もう二度とサナを巻き込まない、傷つけない
廊下を走っている時にマンモス戸田とすれ違ったけど、秒で駆け抜けた
校庭脇に職員用の駐車場がある
42回目と43回目の時に、キーが座席下のレザーポケットに入れてあるバイクを見つけてあった
キーを拝借してバイクのエンジンを吹かす。ついでにヘルメットも拝借
スマホを取り出してナビをセットする
「サナ!絶対これで終わらせる!」
俺はバイクで国道に飛び出した。
65回目の時、社会科資料室で俺とサナは地図を見ていた
「ねぇ、春道くん事故の事をネットで調べたって言ってたよね?」
サナは薬剤の袋をセットして、地図を横目に聞いてきた
「うん、俺が調べた時は小型機が旅客機に接触したってニュース。墜落した後のニュースは2時間前に戻っちゃうから見られなかった」
「ここからだと旅客機が飛び立つ羽田空港まで、どんなに急いでも4時間はかかるもんね。実際空港に行ったって飛行機を必ず止められるわけじゃないし」
サナは地図を食い入るように眺めて
「小型機の方は?」
俺は少し作業の手を止めて答えた
「うん、ニュースでは小型機のパイロットが心臓発作を起こして操縦不能になったんじゃないかって事だけど、どこから飛び立ったかまでは調べられなかった」
サナは少し微笑んで
「ふーん、春道くん、私の家の事をあれこれ知ってるわりに、肝心なことは知らないんだ?」
「知ってるったって、全部サナが教えてくれたことだろ!」
「私のお母さんパイロットだったの山岳救助ヘリの!」
「えっ!?じゃあ、もしかして事故でお亡くなりになったっていうのは……あ、ごめん変なこと聞いて」
「ううん、大丈夫。そう、遭難者の救助の時に、乗っていたヘリが突風にあおられて……」
「そうだったんだ」
サナは空元気を全力でふりしぼり話を続けた
「私がその時に2時間前に戻ったってお母さんを救えなかっただろうしね、神様がいるのやら生まれ変わりがあるのやらなんだかわからないけど、お母さんは帰ってこなかった」
俺はサナの肩に少しだけ触れた。小さく震えていた
サナはまっすぐ俺を見て
「でも、この学校は救わなきゃ!絶対救える!……あのね、お母さんの知り合いに常田さんというおじさんがいて、その人に聞けばこのあたりの軽飛行機が発着できる飛行場を教えてもらえると思う!」
サナはそう言って常田のおじさんに電話をかけたが不運にも繋がらなかった。一応メッセージを送っておくと言って
俺たちは爆発物をセットしてケーブルを15メートル引っ張った
コンセントにプラグを差し込もうとしたその時、サナの携帯がプルッと鳴った
きっと常田さんからのメッセージに違いなかった
しかし、その瞬間俺は向こうからやってくる女子二人に向かって走り出した
「春道!」
俺の後方からサナの最後の言葉が聞こえた
「救って!」準備室が眩しく光る
「小山絹!」
眩しい光がサナを包んでいった。そして俺の意識も薄れていく。
『わかった、サナ。ありがとう。次で終わらせる』
66回目のバイクの上。国道をひた走る
サナが最後に伝えてきたのは『小山絹滑空場』小型飛行機の離着陸場だ。もちろん常田のおじさんからのメッセージ。
しかし、ここからだと1時間ちょっとかかる
旅客機と接触するまでの飛行時間もあるからおそらくギリギリ
だけど、もうこれしかない
警察に捕まらないよう祈っててくれサナ!俺は無免許だ!
どこまでも青く広がる空
滑空場の周りには建物はなく、全天の空という感じがした
バイクでここまで来る道すがら
飛行機の離陸を遅らせるかやめさせる理由を考えていた
薬剤を少しくすねてくればよかったかなとも思った。
でも、なんということはなかった
滑空場に着いたら、それとわかる小型機が一機
エンジンを吹かせながら滑走路にゆっくりと入っていこうとしている。
俺はバイクで滑走路に侵入してその小型機の前に立ち塞がった
「なんだ!あんた!どういうつもりだ!」
パイロットがゴーグルをずらして俺を睨む
「話を聞いてください!」俺は完全に停止した小型機に近づき、高齢のパイロットのもとに走って行った
「申し訳ありません、ちょっとだけお話を聞いてください!」
その時点で俺は思った。おそらく数分小型飛行機の離陸を遅らせるだけで、旅客機との接触は防げる。
だが、このままこのパイロットを飛行機に乗せれば、心臓発作を起こし今度はどこに墜落するかもわからないし
何よりこのパイロットの命を救うことができない。
俺は斜めがけしたバッグの中からファイルノートを取り出して高齢パイロットに話し始めた
「信じてもらえないのは重々承知なのですが……」
そして66回目は続いた……
青い空がうっすらと赤みを帯びてきた時
ようやく学校に戻ってこられた
ガソリンもほとんど使い切ってしまった。持ち主の先生ごめんなさい
正直何時間動き続けてるんだろ俺、66回×2時間を過ごしてきたから……あーもう、計算したくない
とにかく、もう時間は戻らないみたいだ
校舎の時計を見ると17時52分を差していた。
「ほんとに、終わったんだな」
さすがに5時限目の最後の方の時間だ、教室に戻る気にはなれなかった
校庭の木の根っこに座って自分のクラスをぼーっと眺めた
そして、隣のクラスにも視線を移した
窓際の席にサナの姿が見えた
一瞬サナがこちらを見たような気がしたが、この回のサナとはもちろん面識がない
「あぁ、サナ、俺、やったよ」泣けてきた。泣けて泣けて仕方がなかった。
この喜びを君と分かち合いたいと思った。でもそれは叶わない
65回目のサナはここにはいないんだ。
「君のおかげで、君がいてくれた、君が信じてくれたおかげでやり遂げられたんだ!
あぁ、涙が止まらない、サナ……君に逢いたい」
ドッと何かが自分の中から込み上げてきた、でも、この気持ちを表現するのはやめようと思った。
ふと見ると、涙の向こうのサナはなぜか起立していた、授業中だし周りの生徒は着席したままなのに
そして突然、サナは窓を乗り越えて教室を飛び出してきた
「えっ?」
サナは俺の前までズンズンと歩いてくる
「サナ、もしかして俺のこと覚えて……」
サナは突然俺の両肩をガシッと掴んでこう言い始めた
「春道くん!もうこのやりとりも7回目だからだいぶ端折っちゃうけど。春道くんは6月4日生まれ双子座。綺麗好きなお父さんは義彦さん。お母さんはマイマートで12時から18時までパートタイマーされてる、美術系大学に通うお兄さんは一馬さん。飼っているワンちゃんの名前は……」
俺は、俺は、言葉がなかった
「春道くん!絶対信じてもらえないと思うけど30分後に銃を持ったテロリストがこの学校にやって来て……」
「ウソ、まだ続くの……マジ?」
おしまい