大事な時に限って
意を決して店内に入る。
「あ、あの...これ」
俺は胸ポケットから、予め用意していた名刺を取り出してマリアに渡した。
良かったら連絡してください...そう言おうとしたが、先に彼女の口が開いた。
「駐車券ですね? 何か購入されたレシートはございますか?」
...駐車券?
マリアに渡したものを覗いてみると、確かに車を停めた時の駐車券だった。
しまった、渡すものを間違えた...!
「い、いえ...何も買ってないです」
マリアは駐車券をレジの方に持って行く。
割引処理された駐車券を返してもらうと、彼女は他の客に呼ばれて、その対応に向かってしまった。
完全に名刺を渡すタイミングを逃した。
婦人服売場に男一人でいるのはあまりに不自然で、これ以上留まる勇気がなかった俺は、出直すことにした。
日を改めよう...。
スマホの通知音が鳴って、画面を見る。
聖也からラインが来ていた。
『体調大丈夫か? なんの病気か言いたくないなら無理に聞かないけど、もし俺に出来ることがあるなら言ってくれよ』
なんて良い奴なんだ。
返事を返そうかと思ったが、やめた。
これは俺の問題だから、聖也に出来ることなんて何もない。
そして何より文字を打つのが面倒くさい。
俺はいつものように既読無視することにした。