無糖の苦さ
小学生の頃のように毎日家に来るようになったダミアンは突然、「聖奈の家庭教師になる」と言った。
高校受験を控えているくせに、余裕があるのか、私の勉強を見てくれた。
先生の話はつまらなくて、頭に入ってこないのに、好きな人の話は聞いてしまう。
私は一気に成績が上がった。
我ながら単純である。
ダミアンは「給料払って」と冗談でよく言っていた。
私の成績が著しく上がったので、父は感謝して、テスト期間が終わるとダミアンにお小遣いをあげた。
いくら渡したのかは知らないけれど、中学生が貰うには多い金額だったらしい。
最初は受け取ろうとしなかったが、勉強を教える前と後のテストの点数差に驚き、ダミアンは気を良くして、遠慮なく頂いていた。
お金の使い道は、観劇だった。
彼は小学生の頃に、学校の行事で初めてミュージカルを観に行ってから、舞台の虜になったらしい。
年に数回、ダミアンは父親に頼んで観劇に連れて行ってもらっていた。
小説や映画など、彼は物語の世界に入り込むのが元々好きなタイプではあったから、ダミアンらしい趣味だと思う。
勉強を教えて得た小遣いで、ダミアンは私を観劇に誘った。
私にとっては、勉強を頑張ったご褒美だ。
父が払ったお金は、そのまま娘のデート代になった。
相変わらず学校で友達はいなかったけど、ダミアンがいたから私は幸せだった。
彼が卒業してしまったら、寂しさに耐えられるか不安でしょうがなかった。
しかし実際は、私の幸せは長く続かなかった。
ある日、いつものようにダミアンが勉強を教えに家に来ていた。
私は彼を部屋で待たせて、台所でコーヒーとお菓子の準備をしていた。
お手伝いさんはいたけど、私が淹れたコーヒーを飲ませたかった。
気分はダミアンの奥さんだ。
私はコーヒーとお菓子を乗せたお盆を持って、階段を上がる。
兄の声が聞こえた。
自分の部屋で勉強していた筈の兄が、私の部屋に入ってダミアンと話している。
「お前、彼女いないの? 隠してるんだったら言えよ」
私は階段を登っている途中で足を止めた。
この会話を聞いていいのかわからない。
「いないよ。いたら毎日来ないでしょ」
ダミアンの返事に私はほっとした。
それはそうだ、彼女がいたら私に時間を使う筈がない。
「彼女作んないの?」
何故兄はそんなことを聞くのだろう。
「うーん...付き合いたいと思う人、いないんだよね」
ダミアンは相変わらずのようだ。
まだ恋が何かわからないのだろうか?
こんなに私と一緒にいるのに。
私のことは好きじゃないの?
「俺の妹とかどう? お前ら仲良いじゃん。俺はオススメするけど」
私は兄の意図がわかってしまった。
兄は、私の気持ちに気付いている。
そして煮え切らない私とダミアンの関係を見て、後押ししようとしているのだ。
「聖奈? 良い子だし可愛いよな。でも...」
私は手が震えた。
褒められているのに、なんだか雲行きが怪しい。
ダミアンの沈黙が怖い。
「...聖奈とは結婚出来ないな。付き合ってもいいけど、俺がいつか結婚相手見つけたら別れるよ。
それってどうなの? それでもいいなら彼女にするけど」




