寂しがり屋の鏡さん
次の日の昼休み。
私はまた女子トイレに籠る。
この時間帯は誰も来ないことを、ここ2日で学んだ私。
個室の中で隠れる必要はない。
私は鏡の前に立って、自分を見ていた。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?」
なんて言ってみる。
一人はやっぱり、寂しい。
「それは3年生の帝翔ですよ」
心臓が止まるかと思うほど驚いた。
私の質問に答えたのは、勿論鏡なんかじゃない。
トイレの入口は、ドアがないけれど、中が見えない造りになっている。
手洗い場にいる私からも、入口の外は見えない。
「先輩? そこにいるんですか?」
私は入口の方に声をかける。
独り言聞かれたなんて...恥ずかしい。
「いやいや、俺は鏡です。先輩じゃないよ」
ダミアンの声でしかない。
私はトイレの入口まで行った。
そこにはダミアンが、本を片手に一人で立っていた。
「聖奈。奇遇だな」
偶然会ったかのように装う。
白々しい。
「会いに来ないで」
「俺のことは気にせず。鏡と喋ってろよ」
私は手洗い場まで戻った。
さすがにトイレの中には入ってこないようだ。
「トイレの中に一人でいて寂しくない?」
「どっちが喋ってるの? 先輩? 鏡?」
「鏡です」
鏡のフリをするなら、せめて声を変えるか、口調を変えて欲しい。
「寂しくない」
嘘、本当はさっきまで寂しかった。
だからダミアンが来てくれて、ちょっとだけ嬉しい。
はあ...素直じゃないな、私。
「...聖奈ちゃんは一人が好きなの?」
私を「ちゃん付け」したということは、鏡が喋っているという設定かな?
「...一人の方が楽だもの」
「そうなんだ...」
それから暫く沈黙が続いた。
もう教室に戻ったのかな?
私はダミアンがいるか確認する為に、トイレの入口を覗いた。
まだいる。
その場に立ったまま本を読んでる。
ここで読まなくてもいいのに。
「...何読んでるの?」
私は話しかけた。
まだそこにいたことが本当は嬉しかった。
「高慢と偏見」
「...罪と罰みたいな題名。なんか、難しそう」
昔、「罪と罰」を読まされたことがあったけど、あれは私には難しかった。
「お前が恋愛小説を読めと言うから読んでるんだぞ。まあ、罪と罰も恋愛要素はあったけど。
聖奈はあまりハマってなかったな。俺はあれを読んで、主人公の側にソーニャのような人物がいることを羨ましく思った。
聖奈が俺のソーニャになってくれたらいいのに。俺のこと見離さないでくれよ」
申し訳ないけど、どんな話だったか覚えてない。
確か、老婆を殺してお金を盗んだ話だっけ?
主人公の側に女性がいた気がするけど...読んだのは小4の頃だし、難しいし長いしであんまり記憶に残ってない。
...高校生くらいになったら読み返そう。
「高慢と偏見は、まだ途中までしか読んでないけど...面白いよ。聖奈は好きだと思う。
読み終わったら貸すよ」
よく見ると図書室から借りた本ではなかった。
後ろに学校名のシールが貼ってない。
「買ったの?」
「うん。昨日父さんに小遣い貰って、本屋に行ったから」
ダミアンは何故か私の頭を撫でた。
「明日も鏡に会う?」
鏡...?
明日もダミアンは鏡のフリをするってこと?




