尊い生き物
19時。
メンマを連れて中目黒の実家に帰ってきた。
俺のミッションはまだ終わっていない。
一度実家に足を踏み入れたら、食事も作らなくてはならない。
それが俺と父さんの暗黙のルールだった。
「メンマ! パパが帰ってきまちたよー。寂しかったでちゅかー?」
父さんが赤ちゃん言葉でメンマに話しかける。
厳格な父は、実の息子に一度もそんな言葉で話したことはない。
愛猫の前では、父さんは別人のようだ。
メンマの餌は父さんに任せて、俺は夜ご飯を作った。
カプレーゼと、キャベツのペペロンチーノ。
汁物がないと怒られるので、余ったキャベツで簡単にコンソメスープを作る。
両親が離婚してから、料理担当はずっと俺だ。
最初の頃は一緒に作ってくれたが、小学校高学年になると、父は何もしなくなった。
家事も全部俺。
父さんは母さんを家政婦のように扱っていたが、その後釜が息子になった。
家では父さんが皇帝。
俺はそれに従うしかない。
母さんは父親に引き取られた俺を、よく気にかけてくれたが、全く苦ではなかった。
家事さえやって、学校の成績も悪くなければ、父さんはガミガミ言ってこない。
褒めることも無いが、父さんが人を良く言うことなんてまずないのだから、そこは期待しない。
欲しいものは何でも買ってくれるし、毎年旅行にも連れて行ってくれる良い父親だ。
「たまにしか帰ってこないくせに、こんな簡単なものを父親に食べさせるのか」
俺が作った食事を見て父さんが不満そうに言うが、これは挨拶のようなものだ。
何を作っても、文句しか言わないのだから。
二人で食事をとろうとダイニングテーブルに座ると、メンマが父さんの膝の上に乗った。
「メンマは甘えん坊でちゅねー」
俺に負けないくらいいつも無表情な父さんが、猫相手にこんなに表情が緩むなんて。
やはり猫は素晴らしい。
尊い生き物だ。




