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高校に進学すると同時に故郷を離れた。
母と姉とともに名古屋に移った。
私にとって故郷は、幼少期を過ごした場所でしかない。
実家が残っているわけでもない。
同郷の友人はいるが、「故郷の友」という枠は
とうに薄れている。
故郷の住人は嫌いだった。
故郷を捨てて、月日が経つごとにそれを確信していった。
町全体がまるで友人かのごとき仮面を張り付けて
近づいてくる。
その仮面から発せられる言葉の流れに沿うように
腹の底の黒雲が纏わりついている。
山と海に囲まれた美しい町だった。
棲む人間の恐ろしさを引き立てるためのように。
父と顔を合わせなくなったのは、中学二年の終わりからだった。
思春期だとか反抗期だとか、そんなものは私には訪れなかった。
ただ、隣町に女を作り、仕事もろくにせず、家のことなど
最初からなかったかのように手放していったのだ。
母の電話の声や食卓の眺めからも家計がひっ迫していることは
明らかだった。
母は、精一杯、私の学校や友人間での体裁を守ってくれた。
黒い人間が取り囲むこの町で、私の味方は母のみであった。
父を経由して往来していた叔母の家には、次第に寄り付かなくなってしまった。
祖母や祖父は、父と縁を切ると憤り、私や母に謝罪の限りを尽くした。
そんなものを受け取っても何も変わらないことは、誰にでもわかることであったが
母は笑顔で受け取った。
その時だけは、母も仮面をつけていた。
正式に離婚の話を聞かされ、受験校も決まったころ
姉だけが先に母方の実家に離れていった。
母と二人で暮らし始めてすぐに、父から連絡があった。
「祥貴、お父さんが話がしたいって言っているけど。」
私は、心底、興味を失ったように了承した。
感情はあったが、判別を諦めていた。