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縁生  作者: たると
29/29

3-1

視点が変わります。

1話目の「彼女」視点です。

ご留意ください。

 私が何を言っても祥貴の気持ちは乗っていない。

風船のように受け皿から浮き零れているようで、必死に引き戻しては押し付けている。

出会った頃はどうしても離れてしまう心を、彼の方から力いっぱい押し付けてくれていた。

私はそれが彼なりの抵抗だと知ったのは、彼が何もかも諦め始めてからだった。

今の場所から彼との記憶を顧みると私を愛すために心を握りしめている彼の姿ばかりが浮かんでくる。


 ちょうど同棲の話が挙がったころから繋ぎとめる彼の手が緩むのを感じ始めた。

部屋の希望も家賃の希望も引っ越し時期の希望も、すべて私から口火を切っていた。

ふとした瞬間にそのことに気づくと、無性に恥ずかしくなり怒りに似た悲しみで彼を眺めた。

彼はすぐに気づいてくれたが、一度客観視された私の視界には彼の取り繕った態度はひどく不愉快に感じた。

私の不愉快そうな顔も彼はすぐに感じ取り、またすぐにすべてを放棄してしまった。

私のことを嫌いになったのではなかった。

最初から彼の目線の先に私は居なかった。誰がいるのかなんて見当もつかない。

彼は出身地や高校や大学の専攻、そんな履歴書のような過去しか与えてはくれなかった。

ひた隠しにしている様ではなく、むしろ聞き出して欲しいと叫んでいるようなあからさまな影をその瞼に宿していた。





    ***





 祥貴の車で家まで送ってもらった。

普段から落ち着き払った態度が常である彼から異変を感じ取るには、相当の注視を向けなければならなかった。

然し、助手席から彼を見つめるだけで彼は私から疑心を感じ取ってしまう。

彼の奥深くを覗こうとするとその表面で即座に追い払われてしまう。

それでも、私は覗き込まなければならなかった。

後の祭りを羨み惜しむことしかできなくなる前に、土足で踏みにじっても入り込まなければいけなかった。

全てを知り絶望したとしても、過去は過去として共に歩んであげられれば彼はとうとう完全に手放すこともなかったかもしれない。



「美里、じゃあまたな。」




「うん。次の休みね。」




「ああ。」



 辺りを赤く照らしていたテールランプが消え、彼の車は行ってしまった。

突き当りの曲がり角で再び赤く光るランプは、私の視点を柔く焼いた。

強く瞼を閉めて、涙を瞳に行き渡らせる。

部屋に戻ると彼の影が移ったように孤独が一際大きく私に迫ってくるのを感じた。

すぐにでも祥貴に電話をかけたかった。

彼の手放した得体の知れない一切が、留まることを忘れて私の部屋にまで流れ込んできている様だった。

ただ不安という単純な言葉を握りしめて、携帯を手に取り連絡を試みた。



(祥貴。送ってくれてありがとうね。)


 なるべく何も悟られないように慎重に内容を選んだ。



(次の休みは何するか考えておくね。)



(どっちかの部屋で何もせずにのんびりしてもいいかもね。)


 彼の負担にならないよう、返信が苦にならないよう。

心がけて祈るように送った。

しばらくは返信はないかもしれない。しばらくは運転の途中だから。

家についてもすぐには返信しないかもしれない。だっていつもそうだから。

明日の朝には何か返信がある。そう思う。

ひと眠りすれば何もかも杞憂に終わるはずだという希望を手繰り寄せる。

私も全てを諦められれば素直に眠ってしまえるが、私の心がそれを許さない。

頭で幾度となく指示をしても、無駄であることを改めて頭で理解するだけだった。

乾燥する空気の中で、妙に汗ばむ布団の中で、汗が冷たくなるほど寒い部屋の中で気を失うように眠るまで形のない憂いに惑わされていた。




 目を覚ますと重たい水の中に居るように体を起こすことが難しかったが、ゆっくりと息を吐きながら携帯を手に取った。



(美里の来れるときでいいから、俺の部屋に来てくれないか。)



(俺に全てを伝える機会を与えてほしい。)



(嫌ならば来なくていい。恨むかもしれないがもう会うこともない。それが君にとって最善であるとも思う。)



(ただ君の慈悲を俺に与えるかどうかだけで決めてくれていい。)



(君が全て忘れて生きていくことを望んでいる。もうどうしたらいいかわからない。)



(なにもかも君が決めてくれ。)






    ***






 選択を間違え、もう間に合わないことが頭蓋にぶつかったように響いてきた。

慌てることもせず、覚悟も決めずにただ上着を羽織って部屋を出た。

住宅街をゆっくり歩いて出ると落ち着いてタクシーを拾う。

窓から空を見るように涙を堪え、30分ほど車に揺られていた。

祥貴の部屋には3通の手紙が机に並べれられ、部屋の中央で首を括った彼がぶら下がっていた。

視界が暗転し、玄関で崩れるように突っ伏して泣いた。

どれほどの間経ったかわからないが、異変に気づいた隣人が警察を呼んだ。

それからは何も覚えていないが、私は何もしなかった。

彼の家族の連絡先すら教えられていない。挨拶どころか顔を合したことすらなかった。

あの3通の手紙はまだ読んでいない。手元にもない。

いつか私に届くだろうか。弔いも出来なかったわたしに。



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