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縁生  作者: たると
28/29

2-16

電車を乗り換え、終点近くまで彩音からの文字を眺める。



(すまんな。従妹が名古屋に引っ越すことになったから、様子を見に行ってたんだ。)


(旅行先はまた考えておくよ。)


 嘘ではなく曇りきった事実を投げた。

嘘だとバレてしまった方が全てを話す機会にもなるが、やはり体裁の崩れる恐ろしさは毅然として目の前に立ちはだかる。

気まずい緊張感に似た霧靄が、騒がしく痒い血液を心臓に流し込んだ。

待ち望んだように電車から降り、隠すように携帯電話をポケットにしまい込む。

叱りつけるような光の差す天候の中、彩音の部屋へと歩みを進めた。

ほとんどの服は彩音の部屋に持ち込んでしまっている。

不貞の痕跡を一番近くに残してしまう息苦しさが、靴に染み込むように私の足を重くした。

彩音のアパートの外観も家具の配置も彼女の残り香も、私に襲い掛かるすべてが懐かしみを帯び始め、郷愁に潜む悲しみのそれに似た感情が沸き起こった。

身体の周りを取り囲む言いようのない悲しみが、一歩動くたびに私の寿命を削り取っていた。


 下着やら洋服やらを数枚ずつ紙袋に詰める。

全てを持ち去らないどころか、持ち去ったことさえなるべく気付かれない数だけに留めた。

たとえ命を削られようと、最後の時を先延ばしにする自身の感情と言動の矛盾がさらに罪や羞恥の奥深くまで引きずり込んでいた。

紙袋を手に持ち、息を止めていたかのように慌てて部屋を後にした。



 再び陽菜の部屋へ戻るころには、太陽は一番高いところから私を見下していた。

部屋に入ると陽菜は横になっていたベットから飛び降りて、短い廊下を駆けてくる。

共に持ち合った暗い影に怯え、歓び、心から笑って私に飛び込んできた。

二人では背負いきれないものとは、押し付けることができないほど愛し合ってしまった間に生まれる物なのだ。

いつまでも膨らんでいく影に押しつぶされながらも、盲目に愛すことしか道が残されていない。

全てを文章に起こして、いくら理論的に組み立てようが、いつまでも天秤は陽菜に傾いていた。

幼さの残る尖がった唇と、透明に光る頬の産毛と、芳醇に香りつけられた髪越しに香る頭皮の脂の匂い。

私は彼女を愛している。彼女を愛していない。





   ***





 しばらくは陽菜の部屋で過ごした。

大学生活ではほとんど遊びにも行かず、ただ無関心にアルバイトで金を作っていったため3年間で結構な額が貯まっていた。

私は何処へも行かず、ただ陽菜の存在を傍に感じていた。



「ねぇ、祥貴。明後日にちょっと寮の方に戻るね。」




「そうか。わかった。」




「またすぐ戻るから。部屋の鍵渡しておくね。帰ったら出迎えて。」




「ああ、待っているよ。」






   ***





 数時間ぶりに彩音からの言葉に目を通してしまった。



(祥貴さん。二日後に母と一緒に戻ります。)



(大事なお話がありますので、時間を取ってくださいな。)



(心配しなくとも悪い話ではありませんよ。心積もりも必要かと思いますので先に言っておこうかと思います。)



(妊娠したかもしれません。)







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