2-6
故郷の記憶からもしばらく離れていた。
思い出した記憶すら思い出せなかった。
同郷の将大とこうして定期的に会ってはいるが、
その影は意識的に見ないと感じられないほどに薄まっていた。
「俺は毎年帰っているが、知っての通り何もないところだろ。
時間が余って仕方ないんだよ。俺の実家に何泊かして始業前に一緒に帰ればいいじゃないか。」
私は気乗りしなかったが、断ることも粗末な気がして酒を唇につけて時間を稼いだ。
ただ、生まれ育った田舎へ何泊かするだけのことだ。
そう開き直って決心しかけては、彼女との約束を忘れたふりをしてきたこの数年間が重く降りかかる。
忘れていたと嘯くことはできなかった。
偽った先の人間が、私の本質であると。
そう彼女に理解されることが何よりも恐ろしかった。
「お前の故郷嫌いは知っているが、そう考え込むことでもないだろう。
最近は、高速道路も通って時間もたいして要しない。車も俺が出すから。」
あまり気乗りしないと思われても悪いと感じ、半ば強引に同意した。
将大は、明るい声色で年末にまた詳しいことを連絡すると言った。
その後も、吐いて捨てるような議論をいくつかしたが、
私はただ、彼女への一言目だけが片隅にぶら下がっていた。
ひとしきり腹も酔いも満ちると店の者に勘定を願い出る。
我々のテーブルの皿や酒を見ながら、器用に電卓を叩いている。
勘定を終え、店を出る。外に出ると、入店を待っている客が列を作り、
いつの間にか、店内が賑わっていることを知った。
「次の店は考えてないぞ。」
「いや、これで俺は帰るよ。遅くなると怒る女ができてな。」
「なんだ、聞いてないぞ。」
「つい、昨日の話だったからな。」
「それで帰郷を渋っていたのか。それなら、尚更話を聞かねばならんな。
もう一軒付き合え。黙っていた罰だ。」
最寄りの駅に着いた時には22時を回っていた。
顔が赤く腫れ、脈が首から頭の先まで波打つのがわかった。
彼女の部屋の扉を開けるとまだ明かりはついていた。
「おかえりなさい。」
「ああ、すまない。少し遅くなった。」
「まぁ、ちゃんと帰ってきましたから、許すとしましょう。
そのかわり、今日はもう煙草はよしてくださいね。
それほど酔っては、お風呂も身体に毒でしょうから、そのまま眠ってくださいな。」
「そうさせてもらうよ。」
ベッドに横になると、甘い匂いがアルコールに混じって香る。
帰郷のことも、嘯いた数年間も何も考えず、ただ心臓の脈打つのを聞きながら眠った。