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父の顔は存外、変わっていなかった。
私たち家族にとって悪虐の限りを尽くし
記憶の中では、顔の中央が黒く抜け落ちていたため
拍子抜けにすら感じた。
元の記憶の顔と再会する。
もう、他人だ。
そう思うと、鼻奥が騒ぎ出した。
理由がわからなかった。
父との別れが悲しいなどとは一切思っていなかった。
憎しみや怒りもないではなかったが、
母とこの地を去る喜びの方が大きかったはずだ。
離婚などという形式ばった切れ目とは別に
音が聞こえるほど、父との関係が終わる瞬間を目の当たりにした。
それが少し痛かったのだ。
そう思うことにしよう。
「久しぶりだな。」
「どうだろうね。」
「怒っているか。」
「どうだろうね。」
その先は覚えていない。