7) 夫婦円満です
「あれはもうダメだな」
王子様の一言でパーティーが再開され、賑やかさが戻ってくるとエルバ達の元に王子様がやって来た。そして一言目がこれである。怖い。
パーティーを中断させて決闘紛いなことをしたことを罰せられるのかとドキドキしながら最敬礼をすれば、レーヴェン様がわたしを見てニコニコしていた。
その保護者目線で眺めるのやめてもらえないでしょうか。
「その、娘を見守るような生温かい目線うぜぇ。お前何様だよ」
「お、夫ですよ!エルバの夫です!」
「その伴侶が父親面して夫人のカーテシーを喜んでるの、有り体に言ってキモいのでやめてください」
「だって一生懸命な僕の奥さん可愛いじゃないですか!角度も深さもあそこまで綺麗にできる人少ないんですよ?!エルバが今日のために筋肉痛になりながら覚えたんです!」
やめて!それ以上言わないでレーヴェン様!!わたしの顔の温度が上昇して化粧が落ちてしまうわ!!
「話を戻していいか?」
その一言で口を閉じる夫達。レマーレ様まできゅっと黙ったのには驚いた。徹底した調教がされているようだ。
変な褒められ方をされ、恥ずかしさで逃亡したくなっていたエルバだったがタイミングを逸してしまった。仕方ないのでとりあえず息をひそめ、レーヴェン様の側に控えた。
国王様にもお目見えめでたいはずのサンドルだったが、王都の騎士団では悪評が前々からあったらしい。
エルバとの離縁前から素行に問題があって王子様がずっとマークしていたのだそうだ。だけど寮外の情報は入りにくく決め手になるものがなかったらしい。
「サンドルは子爵家と離縁が先日成立した。理由は不倫と浮気を繰り返し、不倫相手のご令嬢と家に対しての慰謝料や揉み消しが追いつけなくなった。
最近は高位貴族の使用人にも手を出していたようで、どんなに実力があってもこれ以上の尻拭いはできないと匙を投げさせた」
家の名誉を守りたければサンドルを捨てろと王子様が伝えたらしい。それ上からの圧力というやつでは……と遠い目になった。
「予定では辺境に飛ばして一から鍛え直してもらうことになっている。私がいる限り奴を辺境から出すことはないから安心するといい」
はい、と言うには恐ろしい話を聞いた気分になってしまい神妙な顔で頷いた。離縁しても騎士は続けられるんだからいいんだよね?きっと。
「結局、サンドルは気づきませんでしたね」
「ん?どういうことだ?」
ポツリと呟いたシエル様を見ると王子様の前だというのに酒を飲みだしたレマーレ様が問いかけた。
「サンドル・グラースと呼んでいたのに気づかなかったんです。もしかしてまだ離縁したことを知らないんじゃないですか?」
え、そうなの?とつられて王子様を見てしまった。
「一緒に住んでいて尚且つ話をしていれば気づくはずだが?」
「つーことはあいつ全然帰ってねぇってことか」
本当ならこのパーティーに子爵夫人が来ていてもおかしくなかったが、マジコット伯爵家とテレーヌ子爵家を敵に回したことで社交界に居場所がなくなり家に閉じ籠っているらしい。
以前会った時はとても横柄で、不貞をしていることに悪気も罪悪感もない態度だったから、一人でも男漁りに来ているものだと思っていたけどそこまで傲慢でもなかったみたいだ。
それだけ義姉や義母達が怖かったのかもしれないけど。
「どのみち辺境に送る時には伝えるつもりだ。離縁したと言われても奴が嫌だと拒否することはないだろう」
むしろギリギリまで伝えない方が子爵家も絡まれずにすむだろうしな、とぼやく王子様にそうかもなと遠い目をした。サンドルはそういう奴だった。
「そういえば、わたしに魔力があるのですか?初めて聞いたのですが」
なんで教えてくれなかったの?とレーヴェン様を見上げれば彼はなんとも言えない顔でレマーレ様を見た。
「いや、こっちに振ってくんなよ!」
「単にあなたの価値が上がるから言いたくなかったんですよ。レーヴェンは嫉妬深いですから」
「ちょ!!誤解を招くような言い方しないでください!」
「希少ではないが重宝はされるからな。私の妃も夫人が刺した腹巻きを毎月……寒い日は毎日使っているようだからな」
「それは、光栄でございます…?」
確か義母や義姉、マジコット家の使用人達に好評だった刺繍を依頼されて献上したものだったはず。
生理の時に巻くととても温かくて楽になるのだそうだ。
腹巻きなのだから当然では?と思いつつ、貴族の人がつけても恥ずかしくないように刺繍したのだけど好評ならなによりだ。
ただ扱いは下着だからここで言う話ではないのだけど、それだけ喜んでもらえてるということでいいのかな?
「燃やすではなく温めるところで温度を止められるんですか?それは興味深いですね」
「アザラが好きそうな話だな。あのオタク魔道師も面倒臭いから目をつけられないように気をつけろよ」
「それは無理だろうな。妃は嬉しさのあまりいろんな者に話しているから自ずと耳に入るだろう」
「嘘!マジですか?!」
嫌ぁ!と頭を抱えるレーヴェン様にそのアザラという魔道師様が苦手なのかな?と思った。
「つーか、その前に明日の大会で詰め寄られるんじゃないか?お前今まで魔法使わないようにしてただろ?
なのに背中だけそんなガチ付与してたら何があったんだ?て聞かれるだろうぜ」
「夫人の付与は薄く繊細なのでパッと見ではバレないでしょうけど彼は目ざといですからね。御愁傷様です」
「そんなぁ~…」
「わざと付与させて話さなかったテメーが悪い。面倒くせーアザラくらいテメーでなんとかしろ」
「うぅ~わかりましたよ。でも嬉しくありません?可愛い奥さんが無意識に僕のことを守ろうと付与をかけてくれるんですよ?嫌なんて思うはずないじゃないですか」
「うっせ!リア充はぜろ!!」
「……あの、すみません。質問なんですが、なんで背中の付与が分厚いんですか?」
どんどん進んでいく話に今聞いておかなくちゃいけない気がして勇気を振り絞るとそこにいた全員が固まった。
あれ?割って入るタイミング間違ったかな??
もしかして王子様がいる前で話したらダメだった??と汗を大量に流していると「あ、俺用事思い出したわ」と最初にレマーレ様が背を向けた。
「私も挨拶回りの途中だった。マジコット夫人、引き続きパーティーを楽しんでくれ。それから後日妃から感想と追加注文の手紙が来るかもしれないから心しておいてくれ」
「え?え?」
「僕も失礼します。オルトを放っておくと何をするかわからないので」
「あ、あのシエル様!」
レマーレ様や王子様はともかくシエル様まで?!と縋るように見れば、彼はレーヴェン様を見てから答えた。
「夫婦の話だと思うのでレーヴェンに聞いてください」
僕からは以上です。とさっさと行ってしまった。
残されたのは苦笑しているレーヴェン様とエルバだけ。どういうことですか?と困惑気味に聞けば、レーヴェン様は身を屈め内緒話をするように顔を近づけた。
「エルバの付与はね、呪文ではなく手から直に伝わるものなんだ。だから刺繍された糸や生地に付与がかかるんだと思う」
湯タンポ代わりの腹巻きは赤い糸と模様が一種の魔方陣になっているのでは?とレーヴェン様が予想した。
ちょっと意味がわからないが、役に立ててるならいいんだよね?と事実を無理やり飲み込んだ。
「それならなぜ背中の付与が厚くなるんですか?シャツの刺繍は前面だけですし、縫い目も前の方が……」
疑問を口にするとレーヴェン様は目を泳がせ頬を掻いた。答え難いことを聞いたのだろうか?
「ほら、僕が出かける時や帰ってきた時によくするだろう?……あとはあの時とか、」
出かける時や帰ってきた時していることと言えば頬にキスとハグで……そこで、ハッとした。
まさか抱き締め背に手を回した時に付与がかかったの?!そんなまさか!自由過ぎませんか?わたし何も考えてないよ?!
自分に魔力があることも付与をかけていた自覚も何もなかったから混乱した。
それ以上に他人様に夫婦仲を大公開してるみたいで顔が熱くなった。そりゃ皆さん濁しますよね。
そこまででも十分羞恥心を煽られたのに『あの時』と聞いて奇声を発しそうになった。あの時と言ったらあの時しかない、よね?
耳元で囁かれたので他人に聞かれることはなかったけど覗き見たレーヴェン様の顔も赤い。
「エルバが応援してくれたらきっと優勝も夢じゃないと思うんだ。だから……」
熱を帯びた色気のある視線と掠れた声色にゴクリと唾を呑んだ。握られた手に言葉の続きは言わなくてもわかってしまう。
レーヴェン様は赤い顔のエルバをじっと見つめ可愛い口が開くのを待った。
読んでいただきありがとうございました。