6) パーティーでの決闘
引き続き前夫が屑っぷりを発揮中。
「これで終わりだ!」
勝ち誇ったサンドルの声が響く。待って!とエルバが悲鳴をあげるよりも先にサンドルが剣を振り下ろす。
あの距離で思いきり剣を振り下ろされたら間違いなく肩を痛め下手をすれば後遺症が残るだろう。刃物ならば間違いなく致命傷の距離だ。
サンドルはニヤリと笑ったがその次の瞬間、レーヴェン様は体をずらしギリギリ逃げきると近くにあった燭台を掴み反動を使ってサンドルの頬を殴った。
サンドルの剣は足下のテーブルを真っ二つにできるほど威力があったがレーヴェン様の攻撃に反応できず無様に転がっていった。
「卑怯だぞ!!騎士同士の試合で剣以外や魔法を使うなんて!!テメーそれでも騎士かよ!!」
「魔法は使っていないし、お前の言葉を借りれば『剣だけが騎士ではない』のだろう?お前は勝つためならその場にあるものはなんだって使うんだよな?」
起き上がったサンドルは鼻血を流し吠えたが言い返され舌打ちをした。
本来の試合形式は剣技だけで競い合うものだから剣以外の武器を使うのは減点対象になるのだそうだ。
だがサンドルは審判が見ていないところでよく足を使ったり目潰しで砂をかけたりとズルをするためレーヴェン様と相性が悪かったようだ。
だけど格上のレーヴェン様がサンドルと同じ土俵に立ってしまえば勝敗は歴然だ。
剣を拾ったレーヴェン様はさっきよりも早く、強く剣を振りサンドルを圧倒する。
対処しきれなくなったサンドルはどんどん後ろに下がりそしてついに剣を弾かれ尻餅をついた。鼻先に剣を突きつけられたサンドルは引きつった顔で両手を上げた。
「お、俺の負けだ。つ、強くなったじゃねーかレーヴェン様よぉ」
「当たり前だ。お前が訓練や仕事をサボっている間も常に私は鍛練を積み重ねてきたからな。そんなことよりもさっきの発言の撤回とエルバに謝罪をしてもらおうか」
前の夫の視線がこちらに向いてギクリとしたが平静を装い見つめ返した。逸らしたらまた侮られると思ったからだ。
じっと無表情に見ていれば『真面目ちゃんは暑苦しくてうぜぇ』という顔で斜め上を見た後、へらりと嗤って「さっき言った言葉を撤回しまーす。すみませんでした~」と小馬鹿にした言い回しをした。
認めたくないけど仕方なく謝罪してやるって感じの態度に周りも眉をひそめたがレーヴェン様がこちらを見てきたので頷いた。
反省していないのはわかったがこれ以上荒立てたところでまともに謝罪してくれないだろう。それよりもパーティーを壊したことの方が重大だ。
個人的には頬が腫れるくらい往復ビンタをしたかったけどわたしが感情のままに暴力を振るうのもよろしくない。『これだから平民の出は』と言われてレーヴェン様に恥をかかせるわけにはいかないのだ。
しかしエルバよりも平民らしいサンドルは、レーヴェン様が背を向けたところで靴底に隠していたナイフを取り出し、背中に向かってレーヴェン様に突き刺そうとした。
「死ね!!」
サンドルがレーヴェン様にぶつかり悲鳴が上がった。エルバも真っ青になり固まっていると、ゆっくりとサンドルが離れていく。
顔は下卑た笑みを浮かべ「テメーが大人しく負けてればこんなことにはならなかったのによ、」と身勝手な言葉を吐いて嗤った。しかしその笑みもすぐに消え、困惑した表情になり汗を流した。
「騎士同士の殺生沙汰は御法度だ。そんなことも知らないのか?」
立ったままピクリとも動かなかったレーヴェン様が溜め息と一緒にサンドルを拳で殴った。さっき殴った同じ頬をだ。
吹っ飛ばされたサンドルはテーブルに落ち悲鳴を上げた。割れたグラスやら皿で血塗れになったらしい。
「なんでだよ?なんでテメーは傷もなく、刺されても無事なんだよ?!」
刺された背中を見れば衣装すら切れた形跡はなく、落ちた仕込みナイフは刃先がひしゃげていた。
「エルバに付与魔法をかけてもらったお陰だ」
え?付与魔法??わたし魔力ないしかけた記憶もないんだけど。え?どういうこと?
「はあああ?!?!エルバはカス付与しかできねぇはずだろ?!
防御だって打撃を少し弱めるくらいが限度で打撃そのものをゼロにできねーし服まで切れてないなんてありえねぇ!」
付与魔法じゃなくて防御力が高い魔物の糸を使ってるとか、他の奴にこっそり身体強化をかけてもらってたんだろ。卑怯者!と詰ったがレーヴェン様は否定した。
「確かにエルバの魔力は弱いけどないわけじゃない。エルバがしたのは付与の重ね掛けだ。私自身と着ている服の枚数分、小物にも付与がかけられている。
お前の言う効果が弱くても重ねれば〝シールド〟にも匹敵するんだと授業で習わなかったか?」
「はあぁ?!」
「エルバに目をつけたのはその付与効果があると見えたからだろう?お前は一応騎士爵の出だししょぼいけど土魔法が使えるからな。
だがお前は付与がなんたるかも魔法がなんたるかも教えないままエルバを一方的に利用し貶した。私はそれがとても不愉快だ。
自分だって魔法をろくに扱えないくせに、役に立たないからと当時十五歳の妻に冤罪を吹っ掛けて離縁したよな?騎士として恥ずかしくないのか?」
ええぇ~……わたしに魔力なんかない役立たずって散々言ってたくせに。サンドルもたいしたことないと知り半目になった。
こいつ弱いものいじめがしたかっただけでは?と思った。やっぱり屑は屑ね。
そんな目で見ているのはエルバだけではなくパーティーに参加している人達も不審な目でサンドルを見つめた。
大半は面白がって見ている節があったが、レーヴェン様に意見する者もサンドルを擁護する者も出てこなかった。
マジコット伯爵家に逆らう者がいないというのもあるだろうが、サンドルに人望がないのでは?と思うには十分な光景だった。
「ダサ…」
「なんだと?!」
思っていたことが口から漏れ出たのかと思ったが別の誰かが呟いたらしい。その言葉にサンドルは激昂したがエルバと目が合いこちらに駆け寄ってきた。
「エルバ!俺に付与魔法をかけてくれ!な、いいだろう?俺はお前の夫だったんだから!お前だって俺が負ける姿なんて見たくないだろう?強い俺が好きだったよな??」
何を言ってるのこの人。近づこうとするサンドルに身を引けば、レーヴェン様が割って入って来てくれたのでホッと息を吐いた。
「サンドル・グラース。私の妻は嫌がっている。曲がりなりにも貴族なら礼節を弁えたらどうだ?」
「はあ?たかが一歩後ろに下がっただけだろう?!何してんだよエルバ!パパッと付与をかけろよ!そしたらそいつをボコ殴りにしてやるからよ。
ほら、早くしろって!早く付与かけろよテメー!!」
「……エルバの付与は呪文を唱えるものではないよ」
「は?付与魔法は付与魔法だろ??」
まったくわからない、という顔のサンドルにレーヴェン様がこちらを見てきたので彼の手を握りしめ一歩前へ出た。
「お断りよ。なんで夫を侮辱した赤の他人に塩を送らなきゃならないの?あなたの借金をわたしが返済したのよ?それだけで十分尽くしたはずでしょう?」
「い、いや、だが、それとこれとは別だろ?お前の才能を見いだしたのは俺なんだ!俺に尽くすのは当然だろうが!」
「は?わたしはあなたにずっと魔法も使えないと言われ続けてきましたけど?」
あの頃はサンドルはとても大きくて威圧感があって怖い存在だったけどレーヴェン様のお陰かそんな怖さはもうなかった。
手から伝わる温かさにレーヴェン様と微笑みあえば伝わる温度が少し上がった気がした。
もしかしたらサンドルしか頼る人がいなかったから捨てられたら困る、という恐怖があったのかもしれない。サンドルの言う通り、わたしは子供だったもの。
なら今のわたしはサンドルを卒業して大人になれたということかな?
睦まじいわたし達を見てショックを受けるサンドルに、そうだったらいいなと彼に向かって微笑んだ。
周りから失笑されてることに気づいたサンドルは顔を怒りで赤くし睨みつけたが誰も嘲笑をやめなかった。
その蔑むような目に耐えられなくなったサンドルはエルバに手を伸ばした。奪い返せばまだレーヴェン様と対等に戦える、とでも思ったのだろう。
「何をしている」
だがそこへ割って入ってきたのはこの国の王子様だった。とんでもない人の登場にその場にいた全員が一斉に最敬礼をする。エルバも遅れながらも頭を深く下げた。
彼は瞳を鋭く動かすとそれだけですべてを把握したような表情になり、まっすぐサンドルを見つめた。
「サンドル・グラース。今日は警備をしているはずだがなぜここにいる?
ここは交流する場だ。正装の意味がわからない者を招待したつもりはない。さっさと持ち場に戻れ」
「ま、待ってくれよ!話はまだ」
「立ち去らないなら明日の大会の参加資格も剥奪するぞ。そうでなくとも貴様は前の結婚で家族手当を酒や娼婦に使い込み、本来使われるべき家族に使われていなかったことが調べでわかっている。
その程度なら隊長からの厳重注意で済ませるが貴様の行動は騎士団の品格を著しく下げていることには変わりない。
また冤罪で訴訟を起こし夫人に貴様の借金を背負わせたことも弁護士を買収したことも判明しているが、すべてここで詳らかにしてほしいか?」
静かだが強い言葉に慌てたサンドルがぐりんとこちらに向いた。
「っエ、エルバ!!俺はお前の最初の夫だ!三年も大事にしてやっただろう?今こそ俺に報いる時だ!!
お前は俺がいなきゃなんにも考えられないダメな女だ!俺に見てほしいからケバい化粧をして大人アピールしてたもんな?!」
縋るというよりも脅しに近い顔と大声に眉をひそめる。ケバい化粧で悪かったわね。あんたが生活費渡してくれなかったからそういう化粧が必要なお店で働くしかなかったのよ!
「俺達は円満離婚だったよな?」
ニヤリと歪に笑うサンドルに怖気がした。
だから王子様に釈明しろと言われてるみたいで腹が立った。チラリとレーヴェン様を見れば問題ないと頷いた。
「わたしがあなたに感謝するとしたら白い結婚だけです。貴族が三年も白いままだなんて醜聞でしかありませんが、平民だったわたしならいくら傷がつこうと問題ありませんものね?
むしろあなたに幼女趣味がなくて良かったと心底思っています」
十五歳で離縁された上に子持ちだったらサンドルに縋りつき土下座してでも捨てないでくれと懇願しただろう。
友人も頼れる人も帰郷もできないくらい何も持たないまま追い出されたのだ。それだけでサンドルの屑度合いが推し量れる。
プラス押しつけられた同じ金額の借金まであったら子供を孤児院に押しつけて自殺か娼婦に身を落としていたかもしれない。
そうならずにすんで本当に良かったと思ってる。
「それで、円満離婚、ですか?大事にしていたら冤罪でわたしを罰しないと思いますけど。話し合いもなく調べもせずわたしを糾弾し離縁を突きつけたのはあなたよ?
わたしは何度もあなたの不貞現場を見てきましたし、それに対してやめてほしいとも伝えました。でも子供では食指がのびないからと浮気をやめなかったのはあなたよね?
現在の子爵夫人も浮気相手のお一人で顔を合わせたことも情事の後の湯浴みを手伝わされたこともありましたが……円満とはどの辺のことを言うのでしょうか?」
こてん、と首を傾げるエルバにサンドルは口を開けたまま固まった。周りがざわりと騒ぐ。
今まではエルバに口答えされても言い負かせられた。なのでエルバも文句を言わなくなった。ただ黙々とサンドルに従うだけ。
今回も『サンドルの言う通りですね』と折れると思い込んでいた。
しかし今のエルバは貴族然としていて隙を感じれずサンドルはたじたじになった。誰だ、こいつは。と後退った。
恐れを滲ませたサンドルに王子様が指示を出すと、護衛がやって来てサンドルはそのまま連れて行かれた。
せめて王子様には挨拶すべきでしょうに、最後まで不敬な奴。
読んでいただきありがとうございます。
※誤字修正連絡ありがとうございました。