4) パーティーでの騒動
揃いの衣装を用意してパーティー会場に向かった。
本日は明日から始まる剣術大会の顔合わせも兼ねた前夜祭が行われる。
参加者は騎士団に在籍している団員の他、腕に自信がある者が名乗りをあげていて顔繋ぎや伝手作りの意味もあるのだそうだ。
レーヴェン様曰く、
『基本は参加自由。平民嫌いな貴族は不参加だし媚びへつらうのが嫌な平民出の者もわざとその日に仕事を入れて出てこない。
……なんだけど、隊長クラスは強制参加だからたくさん着飾って行こうね』
ととてもいい笑顔で捕獲された。
パーティー当日は朝から丹念に磨かれ、微調整されてレーヴェン様の予告どおり華やかな装いとなった。
徹底した食事管理のもと、身長も肉付きも年相応になれたエルバはオフショルダーのAラインのドレスを身に纏っても恥ずかしくない姿になっていた。
色は深めの青色で、白いレースや手袋がとても品があり大人に見せた。アクセサリーやポイント刺繍は金色でどこからどう見てもレーヴェン様色に染められている。
そのレーヴェン様も深めの青色の礼服を纏いシャツやベストは白だがハンカチやカフス、ピアスがエルバの目の色であるペリドット色を使っている。
上質な生地や豪華な刺繍だけで及び腰になるのに見た目のクオリティ最高値のレーヴェン様とお揃いのドレスなんて全世界に申し訳がたたないと辞退させていただきたかったが、奥様……いえお義母様包囲網から逃れられる術はなかった。
「エルバ、とても似合ってるよ。私の色を身につけてくれているのが凄くいいね。母上に感謝しなくては」
「レーヴェン様も素敵です。わたしの色は……照れますが」
髪の毛は明るい茶色だったから目の色を採用してくれたことにホッとしたがそれでもわたしの色を身につけてもらうのはかなり気が引けた。
もっとこう華やかだったりレーヴェン様に似合う色みだったら良かったのに。生地もデザインもいいだけに悔しいなぁ、とうちひしがれていれば「うーわ」と聞き覚えがある声がやたら大きく聞こえた。
「お前らお揃いかよ。こんなとこまで見せつけんじゃねーよ」
「こんにちわ。レーヴェン、マジコット夫人。すみません、彼またフラれてへこんているんです」
「へこんでねーよ!余計なこと言うな!」
振り返るとそこには野性味溢れる目つきの悪い、頬に傷がある騎士とひょろっとした細身のいかにも文官っぽい青年が立っていた。相変わらず仲がいい。
どちらもレーヴェン様がお世話になってる人達で、前者はレーヴェン様がライバル視をしてる方だ。
ちなみにこの方、とんでもなく口が悪い。
細身のシエル様がフォローをしてくれなければ悪印象にしかならない言葉をポンポン言ってくる。結婚式で初めて話した時は面食らった。
レーヴェン様は慣れたのか気にしていないのか楽しそうに話している。
まあシエル様の辛辣なつっこみのお陰でレマーレ様に悪意はなくただただ素直なだけだと知ることができましたが。それでもあの顔に凄まれるとちょっと怖いと思ってしまう。
悪い人ではないんだよね、とレーヴェン様達を眺めていたが手持ち無沙汰になった。
あれ。この場合ただ立ってればいいのかな?下がった方がいい??それとも何か食べ物や飲み物を用意した方がいいのかな?
ううん。使用人の癖が抜けてないのかソワソワしてしまう。
「今度僕と試合をしましょうよ!」
「はあ?いや、隊長になったんだからそういうのもうよくね?つーかお前、」
どうしよう、と考えていたらレマーレ様と目が合い肩が跳ねた。じっとわたしを見て、それからレーヴェン様を見て、最後に盛大な溜め息を吐いた。失礼な。
「やだ、面倒臭い。お前と戦いたくねぇ」
「え、なんで?今までなら気軽に受けてくれてたじゃないですか」
「そりゃあお前、そんながっちがちに付与魔法かけられてる奴と戦ったら削るだけでこっちが疲れるじゃねーか」
なぁ、と隣のシエル様に同意を求めると彼もわたしとレーヴェン様を交互に見て「あ、本当ですね」と頷いた。ん?付与魔法?
「武器や防具に付与魔法をかける人はいますが、ここまで繊細に付与できる人は早々いませんよ」
「しかも見ろよ。前はハンカチとか小さいものだったのに全身丸々だぜ?背中なんか刃物絶対通さねぇくらい分厚いんじゃねーか?これ。どこの戦地に行くんだよ」
「あれですかね。お揃いな上にお互いの色もつけていますからそれがバフになって……もしかして今日の衣装を縫ったりしましたか?」
「へ?は、はい。少しだけですけど」
どんどん進んでいく会話に置いていかれ、よくわからないまま頷いた。そしたら二人に『うわぁ』という顔で引かれた。なんで??夫人は針子をしたらダメなの?!
「あーはいはい。ご馳走さま~。そして爆発しろ」
「負け犬の遠吠えにしかなりませんよ。だから言ったじゃないですか。土下座してでも頼んだ方がいいって。
そうすれば僕ではなく女性をパートナーとして面目が保てたのに」
「土下座しなきゃならないパートナーなんてこっちから願い下げだっつーの!つーかよくわかんねぇ女連れてきたら間違いなくコイツに持って行かれるわ!」
「あ、それはそうですね」
騎士団きっての入れ食い男、と言われてレーヴェン様の顔が引きつった。引いた顔以外すべて無表情で毒を吐いていくシエル様なんか凄い。
「風評被害やめてくださいよ。僕は妻一筋なんですから」
肩に手が回ったと思ったらぐいっと引き寄せられ『ね?』と凄んだレーヴェン様の笑みが恐ろしく格好いい。
それも含めて結婚したので肩を竦めて苦笑すると二人から憂いを帯びた目で見られた。あれ、同情されてる?
「……レーヴェンが鬱陶しいのは仕方ないが、嫌だと思ったら躊躇なく殴って逃げろよ」
「そうですね。レーヴェンはねちっこくしつこいので一人になれる時間が欲しいと思ったら相談してください。いつでも力になりますよ」
「待って!僕そんな風に見られてたの?!」
ショック!とうちひしがれるレーヴェン様にレマーレ様が追い打ちをかける。
「そいつと別れたくなったら俺が貰ってやるよ。お前みたいな女は大歓迎だ」
「何言ってるんですか!!僕は絶対に別れたりしませんよ!」
剣術大会の景品でもいいな、とニヤつくレマーレ様にレーヴェン様はわたしを背に隠して威嚇した。
酷い言われように顔をしかめたくなったが裏が無さそうなレマーレ様にもしかして、と思う。
これからかわれてるやつでは?とシエル様を見て気づいたがレーヴェン様はレマーレ様への威嚇を止めなかった。
どうしよう。止めた方がいいのかな。
「オルト。自分の人気が底辺だからってレーヴェンの足まで引っ張らないでください。ご夫人が困惑してるじゃないですか」
「はあ?!なんでだよ。見ただろ?俺の格好いい口説き文句を!」
「今のは口説いたというより脅しですね。出るとこ出たら捕まりますよ」
多分それくらいでは捕まらないと思うけどレマーレ様は衝撃を受けた顔になった。
そういえば結婚式の時シエル様が『この人脳筋で事務処理が溜まる一方なんですよね』と溜め息を吐いていた気がする。
「俺の好感度が低いのはシエルのせいだぞ!」
「何を言っているんですか。僕というマスコットがいるからオルトはイキってる三枚目でいられるんです。
僕がいなくなったらあなたはただの抜き身のナイフ。女性の心を射止めるどころか握り潰して泣かせる屑に戻りますよ」
「お前みたいな毒舌無表情がマスコットなわけあるか!」
「そうですか?僕年上の女性からよく可愛がられているのですが」
「聞いてねーよ。そんな話!!」
自慢かよ!!と憤慨したレマーレ様だったが何かに気づいてわたしの後ろの方を見遣った。だがその表情が剣呑としていてドキリとする。
「よぉ。楽しそうじゃねぇか」
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