校庭の中心に缶コーヒーを置いた
ある日の夜、僕は校庭の中心に缶コーヒーを置いた。普通の、ブラックの缶コーヒーを。
翌日の朝、クラスの誰かが見つけた。
「おい、あそこに空き缶があるぞ」
残念、空き缶じゃないんだよね。心の中でほくそ笑んだ。
昼休みになり、校庭まで行ってみると、もう無くなっていた。だれかが退かしたのだろう。
今日の夜も、僕は缶コーヒーを置いた。
「またあるぜ、あれ」
窓辺で、第一発見者の声がした。
何人か集まってきて話をしている。誰が置いたのか、どんな缶コーヒーなのか、そんな話をしているのだろうか。
僕は眼鏡を拭きながら、そんな想像をしていた。
昼休みには、また無くなっていた。
その夜も、また置いた。
この悪戯を何日続けただろうか。
今日は、誰も缶コーヒーを見つけなかった。いや、見つけても、知らんぷりをしているのだろう。
昼休みには、相変わらず校庭の中心から消えていた。
校庭の縁に横倒しにされた缶コーヒーを見つけた時、確信した。もう誰も相手にしていないと。
こんなもんか、な。
僕は、今日でやめようと思った。
両親はほとんど毎日、深夜になるまで帰らない。静かすぎる自宅で夜を過ごすのは、退屈だった。だからこんな悪戯を思いつくんだろう。
気が付くと、僕はその夜も校庭にいた。缶コーヒーはまだ縁に残っている。
近所の自販機で、たまに買ってる缶コーヒー。ボタンを押し、スマホをかざせば落ちてくる缶コーヒー。結局これは、ただの缶コーヒーなんだ。
そう思いつつも、僕はもう一度だけ、その缶コーヒーを置きたくなった。
街灯の光でわずかに照らされているだけの校庭を歩き、中心に缶コーヒーを置く。
振り向き、帰ろうとして、思った。
僕は、何で――。
「吉田君?」
人のいないはずの校庭で声がした。その方向には、同級生の女子がいた。
「や、山川さん?」
「ああ、やっぱり吉田君ね」
僕は固まってしまったが、彼女は気にする様子もなく、缶コーヒーに近づいていった。
「またあるね、この缶コーヒー」
「そ、そうだね、僕も気になって見に来たんだ」
幸いにも、犯行はバレてないようだ。
「いつも真ん中でぽつんと、きっと寂しいよね」
彼女は肩掛けバッグから、何かを取り出した。缶コ……カフェオレだ。
「山川さん、それは……」
「ん? これね、塾帰りの自販機で当たりが出ちゃって」
ブラックの缶コーヒーの横に、それは優しく置かれた。
「これで、少しは寂しくないかな」
頭の中心に、甘いミルクが注がれたような気分になった。
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