天才はうわの空
「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。使用キーワードは『天才』。ファンタジー世界の天才の日常のお話です。1000文字以内にまとめるって難しかったです。
あたしが腕によりをかけて作った、ラビットボアのソテーとコーンスープは冷めていた。二時間前に置いた時と同じ場所で、ずっとむなしく湯気を上げていたんだろう。机の右側に積まれていた本は、大分左側に移動している。けれど放っておけば、ニールは朝までずっと読書しているだろう。
「ニール、いったん本を置いて。食事しないと、脳が鈍って作業効率が落ちるよ」
ニールの青い目が、ようやくあたしに移る。美味しそうな料理の匂いとか、体調を心配する優しい心とか、そんなものでニールは動かない。ニールは馬鹿だ。止めなきゃ限界まで、いつまでも集中してる。
「おはよう、ソフィ」
「今は夜よ」
あたしが閉めたカーテンと、あたしが付けた蝋燭は、ニールの目に入っていないらしい。本を脇に置いたのを確認して、あたしはトレーを前に差し出す。温め直すつもりはない。離れたら、また本に没頭するのが目に見えるから。
「食べさせてよ、ソフィ」
「あなた、今いくつ? 子どもじゃないんだから」
「今……いくつだったかな?」
「26歳よ」
ニールは、真っ先にパンを齧り出す。この豪華な料理を見たくせに、よりにもよってパンから手をつける神経に腹が立つ。あたしはスプーンを手に取ると、スープをすくって口に突っ込んでやった。
「ついさっきまで25歳だった事は、覚えてる?」
「……そうだっけ?」
「そうよ」
あたしがスプーンを置くと、ニールは眉をひそめる。
「ソフィが食べさせてくれたら、その間も本が読めるのに」
「駄目よ。で、味はどう? 美味しい?」
「パンとスープを一緒に食べると、水分で食べやすくなっていいと思う」
この男を殴らないあたしは聖人だ。そうだと思わなきゃ、やってられない。
「誕生日おめでとう、ニール」
ニールは顔を上げると、目を瞬かせる。そしてあたしの手を取ると、早口で捲し立てた。
「おめでとう、ソフィ! いや、忘れてた訳じゃないんだ、喜ばしいと思う。プレゼントは、その、また今度だけれど、本当におめでたいと思う」
「……あたしの誕生日は、三ヶ月前よ」
「え?」
薄暗い部屋に、しばし沈黙が走る。
「今日って、何月何日だっけ?」
今日の日付を教えれば、ニールはなるほどと呟き頷いた。自分の誕生日も覚えていない、うわの空な恋人。それでも、あたしはニールの世話を焼く。
実は、作中では『天才』のキーワードを一度も使っていないのですが……『タイトルにキーワードを入れる』とは明記されているけれど、本文にキーワードを入れるように、とは書いてなかったので、ひとまず入れないまま出してみました。本文にも入れないと駄目なのかな? 教えてえらい人。