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学園長の苦悩の始まり

 アルマンドが教師として働く。

 それだけでも信じられないというのに、しかもルプスのいるクラスを受け持つというのだ。


「ダメ! 絶対ダメ!!」


「なんでぇ?」


「アナタ絶対ルプス君になにかしようって気でしょ?」


「まだ学園に行かなくなったってわけじゃないんだろ? じゃあ保護者がいるよなぁ?」


「それは……」


「取って食やしねぇよ多分」


「あ?」


「待てやめろ!」


 しかしルプスが学園にいる際に誰かが見てくれているというのは心強い。

 学園には彼の味方はいないにひとしいのだから。


「ルプスってガキを見守るだけじゃあない。学園内の情報もキッチリ教えてやる。そうすりゃ色々動きやすいだろ」


「……それは確かに、そうだけど」


「ま、アンタからすりゃ学園を辞めるってのがモアベタ―な道なのかもな。でも、その決断はルプスに任せたんだろ?」


「……えぇ、そうよ。いくら有名校でも、あんな腐った場所にいつまでもいる必要はない」


 ルプスへの思いから両手を硬く握りしめるフリーデ。

 彼の持つ優秀さなら、時間こそかかるが大成はするだろう。


 自分がひと通り教えたあと、どこかの魔術師に弟子入りでもすれば……。

 そんなことを思っていたときだった。


「しかし惜しいねぇルプスの奴。やり返しも言い返しもしないなんてよ」


「……なんですって?」


 フリーデの目がきつくなる。

 いじめられたらなぜやり返さないのか。 

 なぜ戦おうとしないのか。


 こといじめ問題において、何度も出てくる無神経な疑問文。

 

「アナタ、前にも言ったじゃない。標的になった奴は大抵やり返してこないのがわかるって」


「あ~、言ったな。じゃあ言い方を変えよう。アイツの本来の実力なら、あの3人なんざ目じゃない。鍛えりゃかなりの逸材になるだろうにな。もったいねぇ、報復ができない人生なんて」


「そんなこと、彼がする必要はないわ」


「あん?」


「あの子が復讐に手を染めなくていい。そうしないためにも私は戦うのよ」


「……そうかねぇ。オレから見ればよぉ、むしろアイツにも復讐の権利があるって思うんだがなぁ」


「だからその必要はないの! ……今まで苦しんだ分、これからは希望に溢れた人生を送ってほしいんだから。だから、学園で余計なことはしないでね」


「……ふぅん」


 それだけ呟いてアルマンドは立ち上がる。

 約束したかどうかは不明という、不確かな空気がフリーデを不安にさせた。


「ホントに……ダメよッ!」


「それはアイツが決めることだ。無理強いはしないし……まぁ努力するよ。すまんね。職業柄、ついつい他人の事情に首突っ込んじまうんだ。じゃあな」


「え、えぇ」


 砂の混じった風が吹き、ほんの一瞬視界が塞がる。

 目を開いたときにはもう彼女の姿はなかった。


 しばらく座っていたが、フリーデは夕方の準備をするために一度自宅へ戻ることにする。

 アルマンドは相変わらず怪しいが、味方であるという点を見ればまだ心強い。


(考えすぎ、かしら)


 妙に騒がしい表通りを避けながら帰路につく。

 だがこのときフリーデは気が付かなかった。



「さっきの女の人、誰だろう?」


 ルプスが隠れて見ていたということを。

 別れたあと、ひとりで帰ろうとするフリーデを心配し、あとをつけていたのだが、そこでアルマンドと話していたのを目撃し陰でコッソリと見ていた。


(夕方、聞いてみようかな。……いや、フリーデ先生の友達なのかもしれない。今は変な詮索はやめておこう)


 ルプスもまた寮へと戻る。

 その足取りはいつもより軽やかで、恐怖と不安が薄れていた。


 憧れの美人教師に家に招かれる。

 彼の鬱屈した人生に突如として華が咲いた。



 ふたりの絆が深まっていく最中、学園ではさらに悩ましいことが起きていた。

 主に学園長の胃が痛む出来事が。


「学園長! 私たち名家の人間が揃ってお伺いさせていただいた理由。おわかりですね!」


「は、はい。存じております」


 いじめグループ3人組の母親たちだ。

 般若のようにクチャクチャに歪んだ顔に、まるで似合っていない衣装や宝石の数々。


 今にも金切り声で叫び倒しそうなオーラを放ちながら、学園長を問い詰めていく。


「ワタクシの可愛いリーヴァスがあんな可哀想な目にあうなんて、一体どういうことですかッ!! 学園はなにをしていたのよぉぉぉおおお!?」


「申し訳ございません。ですが、リーヴァス君に関しましては学園外で起こったことでございまして、私どもも事態を把握したのが、リーヴァス君が襲われたあとになってしまいまして、その……」


「言い訳をしないで!! ワタクシはッ! どう責任を取るのかとッ、聞いているのよぉおおおおお!! ……うぅ、リーヴァス」


「学園長、どうやらアナタには子を思う母の思いを汲み取る感情が欠如しているようですわね。英雄が落ちたものですこと」


「まったくですわ。こんな精神破綻者が学園長だなんて……」


「あぁ、その、なんと申しますか。リーヴァス君が襲われたあと、国に衛兵の増員、並びに下手人の捜査を依頼させてはいただきました。もちろん我が学園からも選りすぐりの魔術師を派遣し捜査をさせましたが……まさか、別荘にまで手を伸ばすとは」


「だからアナタの責任じゃないのよぉおおおおお!!」


 堂々巡りの会話による空気の悪さが、より時間を遅く感じさせた。

 なにを言っても、どう答えても、結局はリーヴァス殺しの責任を問われる学園長は意識が朦朧もうろうとしそうだった。


 そんなとき、主犯格キルザリアの母親が違う話題を切り出す。


「ハァ、まったくお話になりませんわね学園長。こないだのことを思い出しますわ」


「と、申しますと」


「まぁ! もう忘れましたの!? 私たちの子供が! いじめをしていたということと、女性教員に乱暴をしたという件ですわ!!」


「あ、あぁ。あの件でしたら、はい。もちろん覚えております。あの件に関しましては、我が校が厳粛な対応をさせていただきまして……」


「そういうことを言っているんじゃありません!! あのときもモゴモゴと言いにくそうに。危うく私の可愛い息子と親友が、ロクデナシ扱いされるところでしたのよ!!」


「は、はい! おっしゃるとおりです。対応が遅くなってしまい、そのぉ……」


「キルザリア君は勿論、私のフレッドがそんなゲスなことをするはずがないでしょうが!!」


「は、はいぃい! もちろんでございます!」


 母親たちは裏でどのような動きがあったのかは知らない。

 ただ息子たちを盲信しているだけだった。


「確かその女性教員はお若い方でしたわね。仮にッ! 手を出しかけたのだとしてもッ! 子供たちが悪いなどということはありえませんッ! きっとその女性教員がたぶらかしたに決まっています。発情した若い女を教員として雇っていただなんて……この学園はどうなっているのでしょうかね!?」


「そ、その教員に関しましてはですね。不審者に襲われたのを、その、キルザリア君たちに襲われたのだという妙な言いがかりをつけましてね。ハハハ、すぐに解雇いたしました。はい、これで我が校にいるのは清廉潔白にして品行方正な教員たちでございますとも。はい。それにですね、キルザリア君たちはその被害者とされる生徒を虐めていたのではなく、歳相応にじゃれ合っていたと言いますか、身分の差に関わりなく接していたのです。天地神明に誓いまして、いじめなどはありません」


「だったら……だったらなんで……ウチの息子が……うぅぅう」


(クソッ、クソッ、クソォオオオオオッ!! なんで私がこんな目に……そうだルプスが悪い、フリーデが悪い……アイツらが私の人生を滅茶苦茶にしやがったんだ。あぁ……また腹の痛い日々が始まるのかッ!!)


 大人の会話が続く中、自分たちの未来に取り除けないほどの暗雲が立ち込めているのを予知できなかった。

 それほどまでに、追い詰められているということも知らぬままに。

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