ここから始まるふたりで生活
リーヴァスの一件はすぐに話題となった。
学園内は騒然とし、授業どころではなくなっている。
「なんということだ……我が校で、死人が出るだなんて。しかもあのお方のご子息。あ、あぁ! 私は、私は悪くないぞ……そうだ。学園外で起きたことじゃあないか。なんにも関係ない。落ち着け。落ち着くのだラタノア。私は名誉ある学園の長だ。堂々としていればいい」
そう言いながらも身体中から嫌な汗が吹き出る。
首筋に鋭く冷たいものを当てられたような感覚がずっと離れない。
かつては英雄として戦場を駆け抜けた彼も、今ではここまで臆病になっていた。
そしてその激震は『ふたり』の心を大きく揺さぶっていた。
「リーヴァス……クソォォォオ!!」
主犯格キルザイヤの苛立ちは頂点に達していた。
校舎裏で壁を何度も蹴る。
それをビクビクしながら見ているのはリーヴァスと同じく取り巻きのフレッド。
リーヴァスが死んでから、目に見えて臆病になっていた。
「なぁ、リーヴァスを殺したのって……もしかして、アイツが酒場で飲んでたときによぉ」
「そうに決まってんだろうが!! クソォ……ふざけやがって」
「……ッ」
「おい行くぞ!」
「行くってどこへ」
「決まってんだろ! 俺たちを舐めるとどうなるか。思い知らせてやんだよソイツによぉ。……金はいくらかかってもいい。兵隊ありったけ集めろ!!」
キルザイヤたちはもうルプスどころではなかった。
血眼になって犯人を探すことに専念する。
皮肉にもルプスにとって平和な時間があった。
(リーヴァス……僕を苛めてた3人組のひとり。死んだんだ……)
授業は午前中まで。
彼はフラフラと学園を出る。
リーヴァスが死んだという事実を聞いてもなにも感じなかった。
ルプスの心はかなり疲弊していた。
もう学園へ行く気力さえカツカツの状態だ。
しかし、自分を送り出してくれた施設のことや学園長の命令で板挟みになっていた。
多少ではあるがリーヴァスの死は気になったものだが、それどころではない。
ルプスのことを見下している生徒はほかにもいる。
そのうちの誰かが穴埋め要員として、自分をいじめるのだろう。
終わりのない螺旋階段を延々と昇っているような、そんな感覚。
トボトボと寮のほうへと歩くルプス。
そして偶然を装いそっと出てくるフリーデ。
「ルプス君」
「あ、フリーデ先生」
心なしかルプスの表情が明るくなる。
それを見てフリーデの心もフワフワとしてきた。
「今から帰り? ずいぶん早いわね」
「あ、はい……」
「もしかしてサボりぃ?」
「ち、違いますよ!」
ワタワタするルプスに微笑みながら近づき、そっと頭を撫でる。
「あ、ルプス君。お昼まだなんじゃない? 一緒にご飯食べない?」
「え、先生と? ……でも」
「いいからいいから。……私と一緒じゃ、イヤ?」
「そんなことないです! 僕でよかったら、その……はい」
「うん、じゃあ行こうか」
ルプスはフリーデに微笑まれ安堵しただけでなく、食事にまで誘ってくれて嬉しさを感じていた。
罪悪感は抜けきれていないが、こうして優しくしてくれると心が洗われる気分になる。
(よかった……ちょっとは気晴らしにでもなればと思って誘ってみたけど)
(先生……僕なんかよりずっとひどい目にあったのに……僕に優しくしてくれて……)
訪れたのは静かな雰囲気の料理店。
そこでゆっくりとふたりだけの時間を過ごした。
「遠慮しなくていいからね。ホラ、このお肉料理なんてどう?」
「でも、ちょっと高いですよこれ!? 僕お金が……」
「お金なら心配しないで。美味しいもの食べて元気出してほしいの」
「じゃあ、えっと、その料理で」
「フフフ」
ふたりで同じものを頼み、その味を堪能しながらポツポツと会話をしていく。
楽しい時間を過ごし、彼の表情もだいぶ和らいだ。
そろそろ帰る時間になったと席を立とうとしたとき。
「どうしたのルプス君?」
「いえ、その……」
もう終わりと思うと、ルプスの心は沈んでいった。
「……先生に話してごらん?」
「あの、その、僕実はもう……」
「うん……」
ルプスは今の自分の気持ちを話す。
いじめのことはもちろん、板挟みになって疲弊した精神。
しかし、学園を辞めるわけにはいかない。
施設は自分を信じて、金を出して送り出してくれた。
ここで辞めれば彼らを裏切ることにはならないか。
そんなことが許されるのか。
ルプスは自分の目指す場所がわからなくなっていた。
そんな心情を察したフリーデは思案ののち、思いきって大胆な提案をする。
「ルプス君」
「……はい」
「そんなに戻るのがイヤなら……ウチに来る?」
「え?」
「その調子で寮に戻ったって、気が滅入るでしょう? 私は別にいいわよ。しばらくはウチにいなさい」
「え、でも、……えぇ!?」
顔を赤らめて激しい動揺する。
そんな彼を見て微笑みながらも、内心は不安で放ってはおけなかった。
「ひとりでいるのはよくない。大丈夫、アナタは私が守るわ」
「で、で、でも、その……いいんですか? 先生女の人で、その、あんなことがあったのに」
「ルプス君、もういいの。私はアナタを守りたい。言ったでしょう。全部先生に任せていいって」
元々押しに弱いルプスは、とりあえず提案を受け入れた。
終始照れているようだったが、フリーデにとっては関係ない。
むしろこうしたほうが手っ取り早い。
「学園だって行きたくないなら、行かなくていい。そこまでして行く必要がないわ」
「え、でもそれは……」
「勉強がしたいなら、私教えてあげる。ひと通りは教えられると思うから」
「……じゃあ、その、よろしくお願いします」
正直、もう学園へは行かせたくない。
だがそこは彼の判断に任せる。
まず彼には心の拠り所が必要なのだ。
「はい。じゃあ決定ね。……荷物はどうする?」
「その、色々準備してきますので、時間かかっちゃうかもです」
「じゃあ、夕方、この店の前でね」
「わかりました」
ひとまずは解散。
彼を見送ったあと、フリーデはスンと表情を固め、河原近くの広間まで歩く。
ベンチに座り、次の計画を練っていた。
キルザイアは最後にとっておくとして、次はフレッド。
どう料理すべきか思案していたとき。
「よぉ、精が出るな」
「アルマンド? なんでここに」
「お前に会いに来たんじゃねぇか。上手くいったようでなによりってな」
「まぁね。軽くあんなもんよ」
「上々。……よっこいせっと」
「なんで隣に座るのよ……」
「堅いこと言うなって。ちょっと話あるんだ。聞けよ」
「話……?」
アルマンドは耳を疑うことを言い始めた。
「オレ、明日からお前ンとこの学園で働くことになったから。アルマンド先生だぜ?」
「ハァ!?」
フリーデは眩暈を起こしそうになった。