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炎と鉛筆と引き金と

 フリーデはあらかじめ油をまいておいた本の山にピンとマッチを弾き飛ばした。


 ────ボォォウッ!!


「ぎゃああああ!! な、なにしやがるぅ! 正気か!?」


「正気? ルプス君を散々いじめた挙げ句、私にあんなことまでしておいて。アンタがそんなこという資格ある?」


「な、な、な、なんだと!? まさか、これやったのも!」


「私よ。そしてこれは、復讐……。どう? 逃げれそうかしら?」


「待て、待てって!! ゴホッ、ゲホッ! ……お、俺じゃない。アンタを犯そうって言い出したのは俺じゃない! 俺はやめたほうがいいって言ったんだ。でも……」


「この期に及んで言い逃れでもする気? どういう神経してるの」


「なん、だよ。悪いのは俺だけじゃないだろ!! なんで、俺だけがこんな目に……!!」


「そんなことも言わなきゃわからない? ……ホント頭悪いわね。未来ある生徒、ねぇ。こんなのに一体どんな未来があるのか……もう、ホンット気持ち悪い。でもね、チャンスをあげる」


 火の手は広がり勢いを増し始める中で、フリーデは怒りを含んだ微笑みを見せる。


「この薬を飲めば多少は症状がマシになる。……テストを受けさせてあげるわ」


「て、てす、と?」


「問題は授業で習ったことばかり。それを解答用紙に書くだけ。正解すれば次の扉が開かれる。間違えたり無解答だったりしたらアウト。脱出ゲームみたいで面白そうでしょ?」


「ふ、ふざけてんのか!? 火ィつけておいてテストだと!?」


「急いだほうが良いわよ? あんまりモタモタしてるとイロイロ火ィつけちゃうから。……じゃあね」


 フリーデは踵を返し、薬を火の手が回りつつある部屋の隅に投げ捨てた。

 バタンとドアがしまると同時にベッドからなんとか身を起こし、這いずりながら薬のほうまでいく。


「熱ぃい! 熱ぃぃいいいい!! クソ、熱い、熱いよぉお!!」


 水を被せられたとはいえ部屋は高温に達していた。

 藁にもすがる思いで薬を飲み、ドアへとズルズルと移動する。


 ドアを開けると、ひんやりとした空気が頬を伝った。

 勢いよくドアを閉め、なんとか立ち上がる。


 本当に歩けるぐらいには回復した。

 だが力がほとんどはいらない。


 これでは窓も割れそうにない。

 そもそも窓は特殊な造りのものでそう簡単に割れはしない。


「クソ! こんなときに……あんの、アマぁ……」


 怒りを原動力になんとか次のドアへ。

 そこは騎士の間だ。


 騎士の鎧がいくつも飾られた広間の中心に、それはあった。

 学園で使われている机とイス、そして解答用紙と鉛筆。


 そして今まさにその騎士の間にも火をつけたフリーデがいた。

 だが止める間もなく彼女はドアの向こう側へと行ってしまった。


「待てよ! 待ちやがれクソがぁあああ!!」


 ドアを開けようとするが特殊な術式で鍵がかかっている。

 これを解除するには問題を解くしかない。


「うわっ! 火が! お、おい!! 開けろ! 開けてくれ!! 開けてくれぇぇええ!!」


「開けたいのなら問題を解きなさい」


「ふざけんな! さっさと開けろ!!」


「ハァ、リスニングもできないの? なるほど、成績がかんばしくないはずだわ。……いい、もう一度言うわね? 開けたいのなら問題を解きなさい」


「ふざけんなぁぁぁあああぁぁああああ!!」


「……急ぎなさいよ。次、火をつけておくから」


「待てぇぇぇええ!! 待てぇぇえええええええ!!」


「あ、用紙燃えないように注意なさい。鍵を失くしたらドアが開かないのと同じように、解答用紙が燃えたらこのドアも開かないわ。それじゃ」


 パニックを起こし何度もドアを叩きながらわめき散らすリーヴァスにうんざりしながら、フリーデはドアから離れていった。

 彼女のパンプスの音を聞いて、オロオロし出すリーヴァスはイスに座り、解答用紙に向かい合う。


『問題:魔術協会で指定されている火属性魔術の魔方陣として、正しいものをA~Eの中から2つ以上答えなさい』


「……はぁ? なんだよこれ。わかるかよこんなの! ンだよ2つ以上って!」


 しかし迷っている間にも火の手は迫る。

 ぼんやりとだが、こんな授業をしたという記憶はあった。


「A、は確かそうだ。間違いない! ……でも、ほかは? ほかにあったか魔方陣なんて! くそ、どれだ。どれが正解なんだ!!」


 2つ以上と書いてある。

 2つかもしれないし、3つかもしれない。


 極限状態の中ですべてが疑わしくなってくる。

 だが燃え広がる炎は待ってはくれない。


 壁を伝い、鎧を飲み込み、辺りに黒煙を振りまいている。

 呼吸もしにくくなってきた。


「あぁぁああ、ヤバい、ヤバいよぉ、ど、どうすりゃいいんだ……ッ!」


 こんなときに左手が痛み始めてきた。

 薬の効き目が薄れてきたらしい。


「う、う、うわぁぁあああ!! イヤだ!! イヤだぁあああ!! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! もうしません! 反省します! 心を入れかえますから許してください!!」


 炎の勢いにかきけされ、リーヴァスの命乞いは虚しく響いた。

 左手がからは血と膿を、股間からはジョワジョワと。


「くそ、くそ……え、A、と……C、そう、このふたつだ! このふたつに間違いないきっとそうだそうに決まってる大丈夫落ち着けでも間違ってたら俺は炎にまかれていや大丈夫だ落ち着けもう四の五の言ってられねぇんだ」


 解答欄にそれを書いた直後、カチャンと鍵が開いた音がする。

 

「やった! 正解だ! はっはー! ザマァみやがれ! この調子でやれば────え?」


 ドアを開く。

 だがすでに遅かった。


 すでに大広間は一面炎に包まれていた。

 机とイスにも炎が覆い、解答用紙が消し炭になりかけていた。


「う、うわぁあああ!! やめろぉおおおおおおおおお!!」


 階段を転げ落ちながらも解答用紙を拾い上げる。

 もう問題文も見えないほどに焼けてしまい、テストを受けることは不可能になった。


「あ、あぁぁああ、ど、どうしよう……どうすればいいんだ。お、お、おーい!! 誰か、誰か!! 俺はここだ! 誰か俺を助けてくれぇええええ!!」


 炎の世界に取り残され、あとは死を待つしかない状況。

 なんとかしてここを脱出しなければと必死こいて色々と動いた。


 すると、キィィィと音をたて、まだ炎の勢いがマシなほうの隅にあったドアが開く。

 それを見た直後、リーヴァスの顔がニヤァアッと輝いた。


「やった……やった……やったぁぁあああ!!」


 アドレナリンが全身に駆け巡り、激痛も熱さもすべて忘れたようにダカダカと走り抜ける。

 ここまでは火の手が及んでいないのか、だんだんと呼吸しやすく、涼しく感じられた。


 もうすぐで外に出られる。

 希望がよぎった。


 そして次のドアを開いた直後、彼の眼前にあったのは満天の星空と広大な大地。

 自分は助かった、そういう咆哮をあげようとしたそのとき……。


 ────ズドォォォオオオンッ!!


 死の轟音からタイムラグはほぼゼロで、弾丸は彼の左膝を撃ち砕いた。


「ギィヤァァアアアアアアアアアアアアア!!」


 希望から絶望へ。

 その変化からなる断末魔はより一層勢いと甘美さが増す。


 もっとも、今のフリーデからしたら耳障りこの上ない。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


「うるさいなぁ。ホント品のない声……ルプス君をいじめるんだもの、女を集団で襲う奴だもの。当然かもしれないけどやっぱりうるさい」


 彼が問題をロクに解けないことはわかっていた。

 だからこそ、こうして待ち伏せしていたのだ。


 言うところの出来レース。

 初めからフリーデは自分の勝ちを確定させた上で、リーヴァスを掌の上で踊らせていた。


「いや……だぁ……死にたく、ない……死にたくない……」


「いいえ、アナタはここで死ぬの。誰も助けに来ないわ」


「ごめん、なさい……許ひて、ください……もうしません、からぁ」


「絶対に許さない」


「痛い……いた……い。薬が……切れて……た、助けて」


「ホンッッットに人の話を聞かないのね。許さないって言ったでしょう?」


 そうして取り出したのは庭師が使っていた鉈。

 別荘を包む炎に照らされる刀身に憎悪を込めて、リーヴァスの右足に振り下ろす。


「ギャアアア!!」


「うわっ、ばっちい……。やっぱり刃物はダメね。合わない」


 飛び散った血を蔑みの目でみたあと、フリーデは踵を返してその場をあとにする。

 激痛と諸々の症状、並びに出血多量で確実に死に向かっていた。


「いや、だぁ……誰か、たす、け、て……だれ、か……」


 燃え盛る建物はバランスを崩し、死にかけのリーヴァスにのしかかっていく。

 まずはひとり、狂気の夜の始まりを告げる炎と狼煙。


 その光景を今宵の満月が黙って見ていた。 

 

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