Agnus Dei
あまりの光景に絶句した。
壁にもたれかかるように倒れているルプスの姿があった。
周囲には破けた教科書やノートが散乱しており、ところどころ血が付着している。
彼の顔は腫れ上がり、グッタリしていて早急な手当てが必要な状態だった。
「ルプス君! ルプス君しっかり! ……待ってて、すぐに回復するから」
彼を抱き上げ魔術で癒す。
激痛で唸っていたルプスの表情は徐々に落ち着いていった。
「ぁ、せ、せん、せい……? ……ッ!」
ルプスはすかさず立ち上がり、フリーデから逃げようとする。
暗闇に押し込まれたような怯えた表情。
それを見た瞬間にフリーデの表情も凍りつく。
だが手を伸ばして彼の腕を掴んだ。
「待って!」
「うっ!」
「ルプス君……お願い、待ってほしいの」
「……はい」
お互い落ち着いたところでふたり並んで座る。
ルプスは俯いたままで、なにもしゃべらない。
そんな彼の隣で背中をさするフリーデ。
しばらくして彼が口を開いた。
「フリーデ先生、もう、大丈夫なんですか」
「えぇ、その……ルプス君……」
「あの、僕は大丈夫、です」
気まずさ。
そのひと言がふたりの間を巡回していた。
被害者ふたりに重い空気がののしかかる。
「どうして……」
「え?」
「どうしてここへ戻ってきたんですか?」
「私は……君が心配だから」
「やっぱり、僕ですか」
「やっぱりって?」
「先生は優しいですね。あんなヒドいことされたのに、まだ僕のことを心配してくれる。僕は……僕はそんな先生に、なにもできない。そればかりか、ずっといじめられっぱなしで……こうして心配までしてくれて」
「ルプス君……」
「なんにもできない。僕がいるせいで、先生は……先生は……!」
「ルプス君、自分を責めないで。私がアナタを心配したのは、私がそうしたかったからで……」
「でも!!」
ルプスの大声に一瞬肩を震わせた。
それを見てルプスはハッとなり、再び泣きべそをか始めた。
「すみません。先生は、なにも悪くない。僕が悪いんだ……全部、僕が」
「そんなこと、……そんなことない!」
「でも、やっぱり……やっぱり、辛いです。悔しいんです。ボロボロにされても、泣いてるしかできないなんて……先生に、ヒドイ思いさせるしかできないなんて」
「ルプス君……」
そして彼は涙を流しながら悲しげな表情で笑んで見せ。
「僕思うんです。……僕、生まれてこないほうがよかったんじゃないかって。僕が生まれなければ……誰も、不幸にならなかったんじゃないかって……」
自分の人生、そしてフリーデを巻き込んでしまったことへの罪悪感。
生きることへの絶望と呪いを一身に受けて、今にも押し潰れそうな背中。
その姿を見た瞬間、フリーデの表情はかたまった。
それは逆鱗。
目力だけで岩石をカチ割るが如し
なんの罪があって、彼をここまで追い込んだのかという届かぬ庇護の思い。
そして、それを肴に笑いこけ、日常を謳歌する連中への静かなる激情。
「せん、せい?」
異様な気配を感じ取り、ルプスは再び俯けた顔をフリーデのほうに向ける。
すると彼女は女神のような微笑みをたたえていた。
そっと彼女はルプスを撫でる。
「大丈夫、全部先生に任せなさい。私がなんとかしてあげる」
「なんとかって、一体どうやって……」
「大丈夫よ。もう君が悲しむ必要はないの。……今日はもう帰りなさい。大丈夫、ルプス君は私が守るから」
「え、先生……?」
フリーデの突然の反応に困惑するルプスだったが、彼女の笑顔を見て安心したのか、言われたとおり寮へと戻っていった。
「……ルプス君、ごめんね。私がちゃんと守ってあげられなかったから……。でも大丈夫。もう君が悲しい思いをすることはないの。今度はちゃんと守ってあげる」
ルプスの背中を見送りながら、フリーデはメガネの奥の瞳に妖光をたずさえながら、うっすらと微笑んだ。
次回復讐開始!
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別のも投稿してますので是非是非!