7話
「いやぁ、コウも隅に置けないなぁ」
ニタニタと下卑た笑顔ですり寄ってくるレイを手であしらいつつ、そういうんじゃねぇよと一応弁解しておく。
「そのお肉マルコげだねぇ?何処かにアツアツのお二人さんがいるからかなぁ?」
「おい、その白々しい反応と喋り方をやめろ」
「これは失敬!お二人の邪魔をする気はなかったんだ!ただ、あんまりにも焦げた匂いをまき散らされると、此方としても無視し続けるのは難しいのさ!」
レイは自らのおでこをぴしゃりと叩き、わざとらしいオーバーなリアクションをとって見せた。
なんだこいつ
「それでぇ?二人して焚火の前でナニ乳繰り合っていたんだい?」
「その先は慎重に言葉を選べよ?」
「沙魚川君が一人でフォレストサーペントを倒しに行こうとしていたから止めたのよ」
「抱きついて?」
「え、えぇそうよ」
「まぁ僕ずっと起きていたし事情は知っていたんだけどね」
ほんと。こいつ。許せねぇ。
「んで、どうしてまたこんな夜に行こうとしてたんだね?」
「…蛇とかの変温動物は夜になると動きが鈍るからな。今なら暗殺できるだろうと思ったんだよ」
「いや、それは知ってるけど。なんで僕らが起きている間に行こうとしなかったのかっていう話だよ。それに物でもなんでも大きいもののほうが冷めにくいからね?あれだけ大きかったら夜でも普通に動けるかもしれないよ?」
「うるせぇ!ゲームではそうだったんだよ!」
「うわぁ……逆切れしだしたよこの人」
「沙魚川君、もう一度聞くわよ?そんなに私たちのことが信用できないの?」
「それとこれじゃ話が違うだろ…」
「ふぅん?それじゃあ質問を変えようか。美波を襲ったっていう蛇に対して怒っているのがコウだけだと思っているのかい?」
俺が怒っていたのと同様にこいつらも俺と同等かそれ以上に怒りを覚えていた。というより友人をめちゃくちゃにされて怒らない奴はまずいない。少し考えたら分かることだったはずだ。
どうやら俺は自分が思っていた以上に視野が狭いのかもしれない。
「……すまなかった。お前らのことも考えず自己満足のために一人で行動するところだった」
「まぁ、僕はコウが見張りを云々言い始めた時点でおかしいと思っていたけどね」
「そうね。俺はこのゲームを知り尽くしている!という顔をしておきながら安全地帯のひとつも知らないのだとしたら無能もいいところよ」
「おい!人には信用しろとか言っておいて自分たちは俺の一言一句を疑問に思っているんじゃねぇか」
「私が感じたのは疑問というより違和感かしら。なんというか沙魚川君らしくなかったのよ」
「おい、こう!……らしくねぇじゃねぇか!」
「どんなに言葉を並べてもお前らが俺を信用せず、引き止めたり、話を盗み聞いたりした事実は消えないけどな?」
「僕らはコウが一人で行かないことを信用していたんじゃなくて、一人で行く事を信用していただけだよ」
いや、だからそれを信用していないっていうんだよ
「もういいよ!ここは初期スポーン位置だからモンスターは寄ってこないしフォレストサーペントは明日全員でお礼参りだ!」
「コウならそう言うと思っていたよ!」
「異論ないわね」
「なぁ、盛り上がってるところ悪いねんけどそのゴブリン肉もう食べれる場所ないくらいに真っ黒やで」
「「あっ」」
目を擦りながら現れた毬はそれだけいうと寝床に戻っていく。
ただただ燃やされ炭になってしまったゴブリン肉に手を合わして、俺たちは眠りについた。
◇◆◇
さて、僕たちは今大きな洞穴の前にいます。時刻は四時過ぎといったところでしょう。明朝も明朝。最早夜中ですが全員元気いっぱいです。ところでこの洞窟の中には現在ぐっすり眠っている糞蛇がいるのですが、皆さんはこれから何をするかもうお分かりでしょうか?そうです!寝起きドッキリです!ですが肩を叩き、ウィスパーボイスでおはようございますと囁くような、生ぬるい物ではありません。何をするかというと……
「よし、毬。そのスライムを蛇の鼻にぶち込んでこい」
「ほんまにやるんか?なんやぱっちいなぁ」
そういいながら毬はスライムに幾つかの命令を与えると地面に下した。
スライムもとい毬の精霊は地面を這いずりながら蛇へと近づいていく。
さて、今朝分かったことなのだが、あのスライムは精霊とだけあってやはり普通のスライムとは別物であった。通常のスライムが、突けば破裂する水風船なのに対して、毬の精霊スライムは我々が一般的に想像するような弾力と柔らかさを両立した流動体な方のスライムなのである。
何故分かったかというと、我々が起きた時、そのスライムは毬の下で潰れていたのにも関わらず外傷はおろかHPが一つも減っていなかったのだ。不思議に思った俺がさらにステータスを調べてみると【物理攻撃無効】の文字が。というかこのスライムのHPは一しかないのでそれくらいじゃないと精霊にしては糞雑魚過ぎる。そしてこのスライムは更に【自由変形】というスキルも持ち合わせていた。
俺バカだから良く分からねぇけどよぉ!とりあえずスライムを鼻から入れて肺を塞げば楽に倒せるような気がするんだよ。
窒息して殺せるならよし。それがだめでも昨日の美波によって幾つも鱗が剥がれ落ちているため、そこに木の棒でも突き立ててやれば倒せる。たぶん!それすら失敗したら作戦を練り直すために毬がスライムを回収して撤退だ。
俺が自らの完璧すぎる作戦を振り返っているとフォレストサーペントが突然暴れ始めた。
フォレストサーペントのステータスには【窒息】のデバフがついている。恐らくスライムが肺を塞ぐ作戦は成功したのだろう。
ステータスを見る限り、緩やかにHPが減っている様子なので、放っておいたら勝手に死ぬはずだ。
暴れるフォレストサーペントを遠目に眺めながら俺たちは朝食の準備を始めた。
◇◆◇
「さぁ、できたよ!今日の朝ご飯はフォレストサーペントのステーキに、フォレストサーペントのかば焼き、フォレストサーペントの刺身だ!」
え?フォレストサーペント生で行けるの?
とは思いつつ、昨日のゴブリンに比べると随分ましなため、かば焼き位なら大喜びでかぶりつこう。というかこれを抜いたら昨日の昼から3食も食べていないことになるので、流石に腹ペコだ。
いや、まてよ?
「おい、これ味付けって……」
「こんな森の真ん中に調味料が落ちていると思うかい?」
「「・・・」」
「俺、そういえば断食ダイエット中だったわ!大変惜しいが、これは毬にやろう!」
「無理無理!ウチ、ベジタリアンやからな!肉は食べへんねん!」
「成長期の子供がたんぱく質を取らないとどうなるか分かっているのか!?」
「コウ、人が作った料理にケチを付けるとは偉くなったものだねぇ?」
「いやいやいや!地球でも蛇とか無理なのにこんな得体のしれない世界のよく分らん蛇だぞ!?せめて味付けくらいないと無理だって!」
「大丈夫。毒はないから」
「ならまずはレイが食えよ!料理が下手な奴に限ってろくに味見もせずに自信満々で食わせようとするんだよ!いい加減にしろ!」
「失礼だな!じゃあ自分で調理したらよかっただろう!でも僕は今朝からお腹の調子が悪いので止めておきます!」
「やめなさい。食べ物を粗末に扱ってはいけないわ」
ここにいる美波以外の全員がゴブリン肉を炭にした奴に言われたくない。そう思ったはずだ。
だが少し考えてほしい。これは押し付け合いではなく譲り合い。おなかが減っている皆へ、俺からのささやかな優しさなのだ。
「誰も食べないのならこの子にあげてもいいかしら?」
その声に合わせたように、丘の上で美波と一緒に転がっていた、生まれて数週間程度の小さな白い犬が現れた。
「ワンッ!」
いや、お前も食べないのかよ。
「その犬、連れていくのか?」
「えぇ、もちろんよ」
「ちっこい犬やなぁ?親はおらんのか?」
言われてみれば確かにそうだ。まだ乳飲み子であろうサイズの子犬に親が付いていないのはおかしい。
「とりあえずステータス調べてみるか」
そういって子犬に手をかざす。ゲーム内では相手が拒否しない限り、簡単にステータスを見ることが出来たはずだ。俺はソロプレイが主だったためほとんど使用したことはないが。
バチ!
【レジストされました】
俺の手が青い静電気のようなもので弾かれる。
レジストだと?
「コウ、大丈夫かい!?」
「それよりその犬の心配するやろ?普通は」
「沙魚川君、なにか分かった事はないかしら?」
「あ、あぁ、俺がこの犬のステータスを見ようとしたらレジストされた。電気のエフェクトは見た目だけだからダメージこそないものの、レジストができるのはボスモンスター。それも全十一等級のうち九等級以上、上から三番目以降にいる伝説上のモンスターが持つような特殊スキルなんだ」
「えーっと…つまりどういう事?」
「この犬はただの犬じゃない。ドラゴンとかユニコーンに肩を並べる超やばい犬だということだ」
「ドラゴ…」
この世界にやってきた事よりも驚いているレイは目を見開き、口をパクパクさせている。
わかる。わかるぞ。そんな特殊なモンスターを前にして思うことは全人類共通なのだからな。
「つまり、こいつを倒せば莫大な経験値が手に入る」
「え?」「頭ええなぁ」
「長谷川君、それはだめよ」
そういうと美波は怒気を孕んだ目で俺のことを睨みつけた。
「そ、そうやな!見る限り敵意もないし美波に懐いてるようや。長い目で見たら戦力として期待できるんとちゃうか!?」
一瞬で手のひらを返した毬に呆れつつ、しかし俺の考えは覆らない。
「まて、そいつがまともな戦力になるのは何年後だ?その間お前たちはこの世界から帰るつもりがないのか?」
俺と美波の間にピリついた空気が流れる。正に一触即発といった雰囲気を察知したレイが間に入った。
「まぁ、ちょっと落ち着こうよ。とりあえず話をまとめようか。このワンコについては後でもいいでしょ?」
「あぁ、そうだな、すまなかった」
「私こそ早計だった」
「とりあえずはっきりさせておかんとあかんことは3つやな。一つ。この犬っころの正体について。二つ。元の世界に帰る方法。三つ。今後の食糧問題について!ぶっちゃけ三つめが一番重要や!毬、こんなゲテモノばっかり食べてられへんで!」
こいつ昨日の晩からそればっかりだな。
「まずこの犬についてだな。神話級のモンスターに犬系は少ないからすぐに分かったのだが、こいつの種族名は『フェンリル』犬というより狼だが、成長すればサバンナのゾウ並みに大きくなる」
「でたらめやな」
「ゾウって…」
「次に元の世界に戻る方法だな。結論から言うと、存在する。詳しくは言わないがストーリーを進めていくと、エルフの賢者に連れられてパラレルワールドに行くことになる。その世界のボスを倒すとなんでも一つ願い事を叶えて貰えるんだが、その力を使えば元の世界に戻ることもできるだろう」
「よくあるやつやな」
「まぁ、ゲームでは貰えるものが決まっていたが、特に問題はないだろう」
「最後に…」
「いや、それはまぁ、あとでもええわ」
「いいのか?この世界は飯が旨いんだぞ?」
「気になるけどその時になったら聞くわ。それより、なんでそんなに帰りたがってるんや?」
こいつは一体何を言っているんだ?元の世界では曲がりなりにも高校生で、自分たちの生活があったはずだ。
「毬は帰りたくないのか?」
「帰りたいか帰りたくないかで言えば帰りたいけど、そういうことじゃなくて、なんでそんな急いで帰りたがっているかっていう話や」
「あぁ、毬には俺が急いでいるように見えたのか」
「違うんか?」
「いや、急いでる。それも超急いでいる」
「何をいっているんだい?」
こいつらに説明するには俺のステータスを見せる必要がある。だが正直ものすごく嫌だ。
「沙魚川君、大丈夫よ。何があっても驚かないわ」
「……はぁ、もうわかったよ!見せりゃいいんだろ見せりゃ!」
今まで毬やレイにステータスを見せろと言われても頑なに拒否し続けたのだが、流石にもう逃げられないため、覚悟を決めて白状した。
数秒後…
「え、いや、噓でしょ?」
「めちゃめちゃ面白いやん!そりゃステータス覗こうとしたら拒否するわ!」
「驚いたわ…」
お前らもうちょっと自重しろよ!あと美波はちゃんと約束を守れ。なに開口一番驚いているんだよ
こいつらが言っているのは俺の【童貞】スキルのことだろう。まぁ、俺も他の誰かがこのスキルを持っていたら爆笑するとは思うが。
「なるほどな。それで帰えりたがっていたんや」
「人の行動を制限するなんて糞スキルだと思うだろ!?」
「でもコウって元の世界に戻っても彼女いないじゃん」
「グハッ…!」
「考えれば考えるほど、どうして帰りたがっていたのかしら」
「グヘェ…」
「でもレベルさえ上げ切っちゃえばデメリットはないんやろ?諦めたらあかんで!」
「お前ら他人事だと思って好き勝手に言ってるけどな!プレイヤー一体を無課金でカンストさせようと思ったら一年はかかるぞ!最後のほうになれば必要経験値も多くなって、一か月に一度レベルが上がればいい程度になる。それが更に五つもレベルキャップが解放されてるんだ。最後の一レベルだけでも一年かかるわ!」
「それは頑張れよ」
「この世界はゲームだから日本人プレイヤー向けに美形NPCが溢れるほどいるんだ。村人Aですら芸能人レベルだぞ!?俺は俺を自制できる自信がない!」
「じゃあ適当なところでやめちゃえばいいんじゃないかな?」
「バッカお前!馬鹿野郎か!出来ると分かっていてやらないのはゲーマーの恥だぞ!甘えは許されねぇんだよ!」
「どないやねん」
「というか、レイと美波は直ぐにでも帰りたかったりしないのか?」
「僕は別にかな?どうせ帰ってもこの四人でいつも通り遊ぶだけだろうし、いずれ帰れるなら帰りたいなぁ位だね」
「私も帰りたいけれど急かしても意味はないのでしょう?なら安全に行きたいわね」
楽観的というかなんというか。強かな奴らだ
「まぁ、とりあえず最終目標は出来たね。じゃあこれからどうする?」
チュートリアルのステージから近い国はいくつかあるが、今回は難易度が低く、利便性の高い『ケフィア王国』に向かう事にする。
「これからチュートリアルのステージを抜けて街に向かうが、歩きだと二時間位掛かる。道中でモンスターと戦う事もあるだろうが、それ込みでも半日あれば着くはずだ」
「戦うのならご飯は食べておいたほうがいいよね?」
そういって含みのある笑いを浮かべたレイは、俺たちに肉を渡すと、残った肉に噛り付いた。