6話
「やめたほうがいいんじゃないかなぁ?」
レイはそう言うが、ここで少しでもカロリーを取っておかないと後々に響くかもしれない。今日ほとんど働いていないレイはともかく、多くの体力を消耗した美波にはゴブリンの見た目を教えずに肉を焼いてやることにした。
300グラム程度の肉塊を棒に突き刺し、火にかける。
独特な匂いの煙を出す肉塊を微妙な顔で眺める4人と2匹。元の世界ではこれが夕飯だと言われたらブチ切れていたかもしれない。
「毬、そろそろ眠くなってきたわ」
「そうだな。毬は早く寝ないと大きくなれないもんな」
「馬鹿にしてるのか!」
体感的には20時頃だろうか?この時間ではまだ眠れないが、今日は色々な事があったから流石に疲れてしまった。
「大丈夫だとは思うが一応順番に警戒に当たるか?」
「そうだね。じゃあ今から2時間交代で行こうか」
「それなら私が最初でいいかしら?お肉も焼いているし、まだ眠れそうにないわ」
あんなことがあったのだから美波は寝ていてもいんじゃないか?と言ったが、本人たっての希望のため、もし眠たくなれば俺に交代して寝るということになった。
そこは全員で負担しろよ……
健康優良児のレイと毬は先に眠るらしいが、まだ暑い季節だからか焚火から少し離れた場所で横になった。
「あなたはまだ眠らないの?」
「まだ眠たくないしな。まぁ、直ぐに眠るよ」
美波は気を使って言っているのだろうが、俺は普段からこんな時間に眠れる程健康な生活を送ってきた訳ではない。夜更かし、徹夜は得意分野だ。
「そういえば美波はどうやってフォレストサーペントと戦ったんだ?」
「フォレスト…あの蛇の事かしら?そうね、説明し辛いのだけれど戦うと決めたとき、目の前に刀が現れたの」
詠唱なしに、ねぇ?
「美波、ステータスオープンって言ってみてくれ」
「ステータス?何を言っているの……か、し…」
まぁ、別に口で言う必要はないしな。思い浮かべただけで現れた文字列をみて驚いているのだろう。
「言いたいことは色々あるだろうが、スキルって書かれた場所になんて書かれている?」
「ローマ字でSAMURAIと……それよりこれって?」
【SAMURAI】そんなふざけた名前のスキルはゲーム時代に発見されていなかった。俺の【童貞】と同じユニークスキルなのかもしれない。
「今、美波の目の前に現れたモノは【ステータス】といい、自分の体力や力の強さを文字に起こしてくれる機能だ。毬とレイはゲームをやるからあまり説明をしなくても理解していたが美波はゲームをプレイしないしな」
「その順応性はゲームをしていたとしても身につかないと思うのだけれど」
「こういう世界に飛ばされる系の設定はどこにでもあるんだよ」
「し、知らなかったわ……」
思考の渦に捕らわれた美波を見て思わず笑みが零れてしまう。
「いつにも増してひどい顔ね」
「おい、そのいい方は誤解が生まれるだろ」
「本当の事よ?」
だったら尚更気を使うべきだろ。
そんな何時ものやり取りを何度か繰り返していたある時、
「あなた、気を使っているでしょう?」
「さっきまで死にかけていた奴に気を遣うのが不思議か?」
「いえ、私だけじゃないわ。他の2人に対しても」
「そう見えるか?」
「えぇ、いつもと違って」
それだといつもは気づかいのできない奴みたいになるだろ。いや、実際にそうだわ
「ここがあなたの好きなゲームの世界だというのは聞いたわ。だからかしら?自分にしかできない事があるとでも思っているんじゃないの?」
「だったらなんだ?この4人の中に俺以上にこの世界を熟知している奴がいるのか?こんな危険な世界の中で大切な仲間を守れる奴が…俺以外にいるのかよ。」
「……」
「それに自分にしかできない事があると思っていたのは美波も同じだろ?レイから聞いたぞ、少しでも効率を図るために食料を自分だけで見つけてくると言っていたってな」
「…そうね。不用意にレイと別行動をとったのは良くなかったわ。だからこそ、この世界に来たばかりの私と似ているあなたのことが心配なのよ」
「……」
「こう見えてあなたにはとても感謝しているの。だから、その…ありがとう」
「別に、今回に関していえば俺がやった事は精霊の召喚のために水場を確保しただけだ。あとは全部毬のおかげだろ」
「あら、丘の上の事を覚えていないのかしら?」
「なんだよ、意識あったのか」
「えぇ、意識なんて簡単に飛ばないわよ。もちろんあなたがボロボロの私を見て凄く興奮していたのも覚えているわ」
「言い方!合ってるけど、「心配して」の一言が抜けたらド変態みたいだろ!」
「そう、「心配」してくれていたのね?」
「…嵌めたな?」
「それに先程は大切な仲間なんて、あらあら随分と情熱的になったものね」
「やめろ!そういう詰め方はずるいだろ!」
「だってこうでもしないと心の内を明かしてくれないじゃない」
「俺を挑発したのもその一環かよ」
「心配しているって言ったじゃない。あなたはいつも一人で悩んで一人で突っ走って行くでしょう?」
「そんなことは…」
「あら、この世界の事を全く知らない貧弱な私達を置いて何処かへ行こうとしているのに?」
「……」
「似ているって言ったでしょう……大方日中にしか活動できないどこかの変温動物の寝こみでも襲おうとしていたんじゃないかしら?」
「…良くわかったな」
「誰でもわかるわよ。あなた私と話しているときずっと棍棒を握りしめているんですもの」
「……」
「言っておくけれど、あなたに夜這いなんて100年早いわよ!」
「…だが、今なら確実に仕留められる」
「あなたはいつもそうよ!か弱い私達を置いて知らない女のところへ行ってしまうのね!」
「知らない女って誰だよ!それにフォレストサーペントをレベル1で撃退できる奴が弱い訳がないだろ」
「そういうことよ、私たちは無知だけど弱くはない…だからもう一人で抱え込まなくていいのよ?」
そういって美波は俺の肩に手を回すとそのまま両手で引き寄せた。
「…!?」
まるで泣きわめく子供をあやす母のように優しく抱擁した美波は、更に俺の背中をゆっくりと撫ぜはじめた。
「なにすんだよ」
「あら、嫌なら突き放せばいいじゃない?数時間前まで死の淵を彷徨っていた私にそんな事ができるなら」
既にHPは回復したと言うのに何を今更。とは思いつつも、ここで美波を突き放したら俺の負けな気がするので自由にさせておく。
やれやれ。元の世界ではクソ陰キャの俺もこの世界では立派な陽キャだやれやれ。おかげで心臓が今までにないほど激しく脈動している。
……これ絶対美波にも伝わってるよな?あれ?これって俺も美波の背中に手を回した方がいいのか?いや、まて俺。女子高生に触れるとか犯罪だろ?死刑ものだよな?危ない危ない日本国憲法を破るところだっ……ここは、ゲームの世界だ…つまり治外法権!合法!合法JKだ!
俺が震える両手を美波の背中に回そうとしたその時
「お肉ぅ…焦げてますよぉ?」
悪い顔をしたレイが俺の耳でそう囁いた。
「うぉぁあああ曲者ぉぉ!」