5話
毒が抜けたおかげか、小石に躓いた程度で死んでしまいそうな貧弱なHPはゆっくりと回復し始める。
「よかった、よかったよぉぉぉ!」
皆は押し殺していた感情が噴き出したのか様々な反応を見せるが、一様に疲れた様子をしている。
親しい人間が変わり果てた姿になり、死の淵を彷徨っていたのだから無理もないだろう。
「ッフゥゥゥゥ…」
何時からか無意識に呼吸が止まっていたのか、深い深呼吸をする。同時に目頭が熱くなった。
ここはゲームの世界だが紛れもない現実だ。怪我をすれば痛いし、涙だって出る。人だって……死ぬのだろう。ゲームと同じようにリスポーンが出来るとも限らないし、傷口から感染症にだってなるかもしれない。
ゲーム故に色々な時代のフィールドが広がっているこの世界は、酷くちぐはぐだ。
乾燥地帯の隣にあるフィールドは当たり前のように雨が降るし、SFチックな国があれば、中世時代の様な国もある。
地球では考えられないような動植物に自然現象。ダンジョンやモンスターのような地球には絶対に存在しないもの。
そんな人知を超えた危険が蔓延るこの世界で俺は、こいつらを元の世界に戻してやる事ができるのか?
ゲームの世界をよく知る俺だからこそ、この世界の危険を理解している。
はっきり言ってここに来た頃の俺は何も分かっていなかった。はしゃいでいたと言ってもいい。恋焦がれた世界で血沸き肉躍る冒険がしたいという、誰もが一度はした妄想が目の前に現れたのだから。
だからこそ、元の世界に戻らなければならない。大切な仲間をもう二度と美波と同じような目に合わせてはならないから。
もしもそうなりそうな時は俺が何とかする。俺にしか出来ない事だから。
だから、俺は……ヒーラーになる。
◇◆◇
辺りが暗くなり、焦った俺たちは急いで火を起こすとそれを取り囲むように座った。
しばらくして目が覚めた美波はレイと毬から状況の説明を受けると深々と頭を下げて謝罪する。
俺はすかさず土下座をした。
コミカルな表現ではない。ガチ土下座だ。
今回の事件は俺が現実逃避をして、説明をしていなかった事が原因で、それによって大切な仲間の命が脅かされたのだから、土下座は妥当だろう。
俺は土下座をしたままここがゲームの世界だという事と、危険な生き物が沢山いる事、そして、現状地球に戻る手段が無い事を伝えた。
「頭を上げて頂戴。毒を受けたのも蛇を倒しきれなかったのも私自身が弱かったせいですもの……元の世界に戻る手段は追々探せばいいわ」
よかった、土下座のおかげで許してもら……は?今こいつ、倒しきれなかったっていったのか?
初期エリアとはいえ、ボスモンスターをレベル1で?
「美波……間に合ったと思っていたがどうやら脳にまで毒が回っていたんだな」
何ということだ。すっかり美波を助けたつもりでいたが、こんな後遺症が残っているなんて……ッ!
「何を言っているのかしら。毒なら毬のせ、精霊?が吸い出してくれたのでしょう?」
あぁ…うん。そうだね
「それよりもフォレストサーペントを倒しきれなかったって言ったけど、それって結構良い所まで行ったってことか?」
フォレストサーペントの推奨討伐レベルは7だ。レベル7になると元のステータスとは倍近くの差が出るのだが、そうなるともはや別人と言っていい。
「良い所というにはお粗末だったけれどもね、最初に毒を受けてしまったし」
なによりこの子がいたから。と、いつの間にか美波の膝の上で眠っている子犬を撫ぜながら付け足した。
つまりなんだ?最初に毒を受け、子犬を守りながら善戦したと?
化け物かな?
「まぁまぁ、全員無事やったんやし、今はこれからの事を考えようや!」
目を赤くて、未だに瞳がうるんだままの毬が表れてそういった。
「そうだね、じゃあ明日は山を下りるのかな?」
「はぁ?そないな話は後でもええやろ……夕飯、どないするん?」
ど、どないしよ……やばい。何も考えていなかったぞ?
こんな真っ暗な中、どこにあるかも分からない山の幸を探して彷徨うのはごめんだ。第一、それが食べられるものか分かったものではない。つまり残された道は
「か、霞でも食べるか?」
「お前、毬のことを仙人か何かだと思っとるんか?」
「仕方がない。俺たちは我慢するからさ、そこにいるスライム……お前にやるよ」
俺は毬の足元にいる少し紫がかったスライムを指さすと、ニヘラと笑った。
「元々毬の精霊や!食べないし!食べられないやろ色的に!」
毬は食料として見られたスライムを抱き寄せると俺に対して睨みをきかせる。
大丈夫?その子はじけ飛ばない?
「コウ、倒したゴブリンからは何もドロップしなかったのかい!?」
存外ゲーム脳らしいレイは目をキラキラさせながら俺に聞いた。
この世界はゲームと同じく倒したモンスターの死体は残らないようで、代わりとしてインベントリの中にドロップしたアイテムが自動で収納される。
そういえばまだ確認していなかったなぁ、などと言いながらインベントリを漁っていると
「あ、肉見つけた」
その一言に毬は物凄い勢いで首をこちらに向けて飛びついてきた。
いや、怖いから、そういう人形に見えるから。
「肉や!肉を出せぇ!」
「えーっと……はいこれ…」
【ゴブリン肉】
ゴブリンの肉。固く、筋張っているが栄養価は高い。
なんの親切心なのか、大きな葉で包まれたそれを毬に手渡す。
手に持つと同時に現れる説明を読んだのか、真顔の毬が無言で肉をスライムに……
「まてまて!早まるな!」
毬の手を掴み、肉を回収する。
確かに、緑色とはいえ人間に近い見た目のゴブリンを食べるのは嫌かもしれないが、サバイバルの達人、エドモンドさんなら「貴重なエネルギー源です!」と言いながら食べるぞ!
「これは俺がリンチされながらもなんとか手に入れた肉だ。本当は緊急時まで置いておきたかったが、毬がどうしてもと言うから出したんだぞ。食え。」
正直俺も食べたくないので、これ幸いと毬に食べさせようとする。
もし、食えたものなら俺も貰うかもしれないが。
「コウ、それは流石に……」
目に涙を浮かべ、首を横に振り続けるイヤイヤマシーンと化した毬を庇うため出てきたレイに、じゃあお前が食えと言う。
「い、いや、それゴブリン…」
「俺の肉が食えないっていうのかッ!!」
「食べられないよ!二つの意味で!!」
「食べ物で遊ばないで頂戴」
肉を押し付けあう俺たちに美波の厳しい声が飛んだ。
「誰も食べないなら私が食べるわ」
どうして?
「ほら、早く寄こしなさい」
どうして美波のMPが減っているんだ?
よく見れば美波の体にあった痛々しい傷はすっかりなくなっている。HPも全回復だ。
どうやら体に傷があるのに、HPは元通りなどという矛盾は起きないらしい。
通常であれば傷を治す為にエネルギーは必要不可欠だ。それもあれほどの傷となると……
だが美波に痩せたり、やつれたりといった様子はない。それが表すところはエネルギーの前借り、もしくは別のエネルギー源……それがMPと言う訳か。
恐らくあの異常な速度の自己治癒はHP回復魔法と同じような原理で働いていたのだろう。
それ故のMP消費、そしてMPの回復に食事が必要なのであれば、
「俺たちはいい。全部美波が食べるんだ」
美波は今物凄くお腹が空いている!多分!
【HP】
生命力を表し、攻撃等でダメージを負うとことにより減少する。残りが0になってしまうと死亡してしまいまうが、時間経過の他、アイテムなどで回復ができる。
【MP】
魔法力を表し、魔法やスキルを行使することにより減少する。残りが0になってしまうとHPと運以外のステータスに下降補正が掛かるが、食事やアイテムなどで回復ができる。
【食欲】
隠しステータスとして存在しているが、生理現象のため普段は見ることができない。
HP、MP回復の他、生命維持や、体を動かすために消費される。一定値を超すと全てのステータスに下降補正が掛かるが、食事をとることにより満たされる。