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4話


「美波待っていてくれ。すぐに助ける」


そう一言零すと、木を支えにしながら美波を背負うように担ぎ上げる。

本来、毒に侵されている人間を動かすのは危険だが、戻ってくる時間を考えると連れて行った方がいいと考えたのだ。

驚くほど簡単に持ち上げる事が出来たのは俺のレベルが上がったからか、それとも火事場の馬鹿力か。


「ピィ」


立ち上がろうと膝に力を入れた瞬間、俺の後ろから小動物の鳴き声が聞こえてくる。


咄嗟に振り替えると手のひらサイズの真っ白い子犬が此方を向いていた。

最近ようやく歩けるようになってきたのか、世界が希望に満ち溢れているのを信じて止まないような目をしながらぽてぽてと近づいてくる。


こいつのために…


何とも言えない怒りを覚えながら子犬の首根っこを掴み上げると、ポケットから取り出したハンカチを強引に巻き付ける。

端で括ると、結び目を咥えてゆっくりと立ち上がった。


転ばぬように気を付けながら急いで丘を駆け降りていく。残念ながら口の先で跳ねるハンカチには一切の配慮を払わない。

美波の毒は既に首の浸食を始めており、もう時間がない事を示していた。この毒が脳にまで達したら解毒はできなくなるのだ。

俺はゲーム時代の知識を思い出しながら脳内で計画を組み立てる。




集合地点にはすぐに着いた。

毬による指導の下、レイが木片同士をこすり合わせているようだ。

先ほど見た時よりも煙の量が多く、火が付くのも時間の問題かもしれない。


ドタドタと走っているからか、口のふさがった俺が声を上げるまでもなく二人には気づいてもらえた。


「コウ!どないしたんや!?」


俺は担いでいたレイを地面に降ろすと、ハンカチに包まれた犬っころを解放してやる。


「美波が【フォレスト・サーペント】の毒にやられた!」


「ど、毒!?」


二人はハンカチから出てきた子犬を見て不思議そうにしているが、気にせず話を続ける。


「丘の上で【フォレスト・サーペント】と何かが争った跡があった。おそらく三波は巻き込まれたんだろう。」


「そんな…森の中じゃ毒なんて…」

「…解毒の方法ならある。だが説明をしている暇はない。」


俺と毬は先に行くから、レイは美波を連れてスライムがいる場所まで行ってくれ。

そう続けると、レイは何か言いたげな顔のまま頷いてくれた。



◇◆◇


「パーティー申請、毬」


集合場所から走り出してすぐ、俺は毬に対してパーティー申請を飛ばす。

パーティーを組めば互いの位置が分ったり、クエストを共有したりすることができるのだが、今回利用するのは別のものだ。


「了承と言ってくれ」


「了承」


「これで俺たち二人、どちらかが得た経験値を分けることができるようになった」


「そ、そないな機能が…」


美波を見た時の衝撃が残っているのか、毬はいつになく塩らしくしていた。


それもそのはず。流血はほとんど止まっていたが、俺が最初に見た時よりも腕の腫れがひどくなっており、見るに堪えない状態だった。

寧ろよくパニックにならないで居てくれたと思っている。


二人はここへ来てからというもの驚き続きのはずだ。

それでもお互い励ましあって頑張っていたところへあの仕打ちはあまりにも辛すぎる。


「毬、これからやる事を言うからしっかり聞いてくれ」


「了解や。毬にまかしといて」


「毬には精霊の召喚を行ってもらう。狙うは水の精霊だ。攻撃性能が低い代わりに回復なんかの支援をしてくれる。だが、今のままでは魔力量が足りないからレベルを上げるんだ」


正直、プレイヤーには精霊召喚なんてスキルを持っている奴はいなかったため、どれくらいの魔力でどれほどの精霊が召喚できるかは分からない。


だが、クエストであのハイエルフのババアとマグマに潜った時、マグマから上がって来たババアは強力な“火の精霊”を従えていた。


こんな機会はなかなかないからねぇ…イッヒッヒ……


その時は大して気にしていなかったが、もしかしたら精霊召喚の特性として、召喚する時に触れているモノによって召喚できる精霊が変わってくるのかもしれない。いや、きっとそうだ。

説明文にはランダムと書かれていたが、“このゲーム”では別におかしな話ではない。



べちゃり…


物思いにふけっていたため気が付かなかったが、どうやら例のスライムが集まる大木までやって来たらしい。

地面を這いずるスライムとの遭遇はこれで四回目だ。


「毬!ここでスライムを狩っていてくれ。十匹倒したら川まで来てほしい」

「じゃああと九体やな!」


威勢よくスライムを蹴り飛ばした毬を尻目に、俺は俺の仕事を全うする。


既に息の上り始めた呼吸を整えようともせず小川へと向かう。

確かここからはそこまで時間はかからないはずだ。



毬を置いてきた理由は経験値稼ぎの意味もあるが、それよりもゴブリンとの戦闘で足を引っ張ってほしくないから。

弱者から倒すのは戦闘の基本だ。戦闘経験のない毬をかばいながらゴブリンと戦っていたらあっという間に囲まれてしまう。


ゴブリンは小さいとはいえ、五体全てが武器持ちとなれば侮ることなどできない。


そんな事は理解しているためしっかりと戦闘のプランを考える。


まずは一匹だ。


一匹を早々に倒して武器を回収する。


後はヒットアンドアウェイで囲まれないように各個撃破を…


「んな訳ねぇだろ」


そんなちまちまと戦っていたら三波の脳にまで毒が浸食してしまう。あの様子ではあと十五分が限度だろう。


スライムは大体一分ごとに地面へ落ちていくため、毬に頼んだスライム十匹の討伐は時間を測る役割も孕んでいるのだ。


精霊召喚と美波の処置が5分以内に終わることと、支援系の精霊を引き当てられるかは祈るしかないのだが。


だがまぁ、不可能ではない。

チュートリアル用の森に薬草や人間なんて“いるわけがない”し、一番近くの町に向かうのだって“不可能”だ。


だから現状であそこまで症状の進んだ毒をどうにかできる可能性があるのは毬の精霊だけだという訳になる。そんな毬を危険な場所へ連れて行かないという選択はやはり正しだろう。



「グギャギャギャ」


小川のせせらぎと共に獣の鳴き声が聞こえてくる。

インドア系の俺には五分のマラソンでも拷問のようなものだ。悪態をつきながらバクバクと鳴る心臓を落ち着かせるべく呼吸を整える。



未だ煩い胸の辺りを服ごと掴みながら、木陰から顔だけを出して小川を覗いた。


そこには幅1メートルほどの緩やかな川があり、それを中心に五匹のゴブリンが集まって生活をしていた。


人間でいう石器時代レベルの生活をしており、ある程度の加工ができる知性を有していることがわかる。


中でも比較的体の小さな個体にあたりをつけると、茂みの中を通ってゆっくりと近づいていく。

ばれないように少しばかり遠回りになってしまうが、ゴブリンとの距離がある程度にまで縮んだ途端、


「オラァ!」


ゴブリンの頭部に向かって全力の飛び蹴りをお見舞いする。


「グギャ……‼」


バギッ!


俺の足音に気が付き、運悪く振り返ったゴブリンの顔面には靴の踵がめり込んでいる。


思いのほかゴブリンが軽かったためか、傍から見れば先程茂みから現れたコウが勢いよくゴブリンと縺れ、そのまま茂みに帰っていったようにも見えただろう。


茂みの中でもひと悶着あったようで幾度か殴打の音が聞こえたが、しばらくすると静かになりガサゴソとコウだけが出てくる。


ゴブリンが元いた位置には雑に作られた木の棍棒が落ちており、それを拾い上げたころには既に他の四匹に取り囲まれた後であった。


ゴブリンたちは互いに顔を見やるとすぐに俺の方を向き、手を叩いたり、武器同士を打ち合わせて馬鹿の様に騒ぎ始める。


「ダメな奴だこれ」


そのうち、一匹のゴブリンがコウに向かって襲い掛かってきた。


バコッ…!


避けることもできず、棍棒がコウの足に直撃する。

すぐに腹を棍棒で突かれた。痛みに膝から崩れる。

丁度良い位置にでもあったのか、頭を殴られた。目の前で火花が散り、咄嗟に頭を手で覆う。

体を丸め、小さくなった背中を棍棒でガンガンと殴り付けられた。


パリピ状態のゴブリンにサンドバック状態のコウ。


「第一印象は最悪だったんだよ。睨みつけてくるし。なんかレイとベタベタしてるし、何かと暴言が多いしよ」


突然ぶつぶつと呟くコウを不思議に思いながらも、陰キャを馬鹿にするゴブリンの手は止まらない。


「レイの幼馴染だか知らねぇけど、俺はレイが生まれた時から一緒にいたんだ。どっちが上だとかねぇだろうが」


地面と体の隙間から腹を蹴られた。痛みに転げると3匹に体を仰向けで固定された。

他よりも少し体の大きなゴブリンがニタニタと下卑た笑みを浮かべ、コウの顔に棍棒を振り下ろす。


バキ……


「……でもあいづびじんだし……せいかくわるいげど……あだばいいじ…」


何かが折れた音と共に鼻血が止めどなく溢れてくるため、まともに喋ることができない。


「めづぎわるいげど…りーだーしっぶあるし…そのぐせひといぢばいかわいいものとかすぎだしよぉ」



どうせそんな性格だから【フォレスト・サーペント】を前にしても“逃げなかった”んだろうが。

親に捨てられたか知らねぇけど、そんな子犬を庇って自分が死にかけてるようじゃ世話ねぇよ。


“二t”もあるくそデケェ蛇から子犬を守り抜いたからか?

自分を顧みずに守りたいもん守って“幸せそう”な顔しながら気絶しやがってよ。



俺はゆっくりと体を起こすが、上半身が起き上がったタイミングで三匹に体を押さえつけられた。

構わず下卑顔のゴブリンに向かって棍棒を投げつける。


カラン…


憎らしいほど小気味のいい音が鳴る。俺の投げた棍棒は、ゴブリンに届くことすらなく地面に落下した。



………

……



【レベルが上がりました】


「……この瞬間を待ってたんだよ!ボケ共が!」


一気に体から痛みが抜けて行くのを実感しながら、俺を抑えているゴブリンを振りほどく。


呆気にとられている三匹を気にも留めず、地面に落ちた棍棒を拾いながら少し大きな個体へと走っていく。


「よくもバンバンバンバン好きな様に殴ってくれたなぁ⁉」


「オラァ!」


勢いよく振り下ろした棍棒は、相手のゴブリンが持っている棍棒によって防がれた。

鍔迫り合いになるのは人数的に不利だ。そう思った俺は



ゴブリンの股間を蹴り上げた。



ムニュ…


「ギ…?」

「あぁ。分かるよ」



痛みというのはすぐに来るものじゃない。

特に“そこ”はな。経験した事が無いと分からないと思うがゆっくりと来るんだ。


ゆっくりと、しかし、実に鮮明な痛みが。


体中から汗をかいたゴブリンが白目をむきながら地面へ倒れる。


周りの子分っぽいゴブリンの目など気にせず地面をのたうち回る姿は、さながら沖に上がった魚の様だ。



さて、群れをなす動物はボスを倒されるとやる気になる種類と、そうではない種類がいる。

が、このゴブリン達はどうやら後者らしく、誰の目にも完全に戦意を失っているように見えるはずだ。


動きを止めたゴブリンの内、一体にボスゴブリンから回収したこん棒で袈裟斬りをお見舞いすると、残りの2体は森の奥へ逃げてしまった。




◇◆◇



「コウ!大丈夫なんか!?」


 ゴブリンとの戦闘を終えた頃、10体のスライムを倒し終えた毬とレイ、先ほど見た時よりも衰弱し、顔の一部までもが紫色に侵食され始めた美波が到着した。


「早速で悪いがこれから毬に精霊の召還を行ってもらう。狙い目はサポート系の精霊だが、はっきり言って確率は低い。ゲーム時代ですら精霊召喚の取得条件が分からず、どんな精霊が現れるかも分からなかったからな」


「それに……もし失敗したとき毬は「ええよ」」


最悪のケースを視野に入れ始めた俺の声を毬が遮った


「別に失敗しても誰も恨まんやろ。美南は。それに」


「やる前からうじうじ言うなや。男やろ」




そう言うと毬は小川の中へ入っていくと左手を胸に置き、深呼吸をしてから右手を正面に突き出した。

途端、毬の右手に光が集まって行く。白く、小さな光が何処からともなく表れては毬の右手に集まっていくのだ。最初は石ころ程度だった光が徐々に大きく、淡い青に彩られていく。


ある瞬間にソレはぽとりと地面に落ちた。


精霊というにはあまりにも情緒の無い出現方法。そこにいる誰もがそう思ったはずだ。


文字通りこの世界に産み落とされたソレは、二度三度と体を震わせると地面に横たわる美波の元に近づき、左の腕に寄り添った。

ぴったりと体を密着させると、密着した部分に小さな窄み(すぼみ)が作られた。その窄みはゆっくりと後方へ移動していく。何度も、何度も窄みが流れ、消えていく。


そんな光景を見ているとあることに気が付いた。

ソレの半透明な体が徐々に紫ががっている。それだけではない。美波の左半身を蝕んでいた毒々しい紫が端の方から薄くなり、消えていくのだ。


そこでようやく気が付いた。


「毒を吸っているのか」


ゲーム時代ではヒーラーが杖を掲げて「キュアポイズン」と言うだけで毒は消えていた。

一瞬で、何事もなかったように。ソレが同じような事をしないのは「キュアポイズン」の魔法を所持していないからだろう。ゲームでは行えない、()()だからこそ行える、ゲームシステム外の行動だ。



気が付いた頃には既に美波の体に毒は残っていなかった。


美波に残されたHPは1。

それに気が付いたとき俺は全身の毛穴から脂汗が噴出したことを覚えている。

原因は分からないが、奇しくも()()は美波を救ったスライムという種族のHPと同じであった。




 『フォレストサーペント』

 ・チュートリアルステージ『アンティーク・フォレスト』に存在する蛇型のエリアボスモンスター。

 ・大木のような太さを持ちながら、25メートル以上にも成長する。

 ・その巨躯から繰り出される一つ一つの動きが即死級でありながら、獲物を衰弱させる毒をも有する。

 ・巨体に見合わぬ静かさとスピードで獲物の背後から忍び寄る。別名【森の暗殺者】


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