3話
半ギレで待ち合わせ場所。つまり初期スポーンの場所へ移動した俺と毬は、地面に座って必死に火を起こそうとしているレイを発見した。
どうやら煙は出ているが、この青々とした森の中では火種になるものが少なく、手こずっているようだ。
「ただいまー」
「われの帰宅であるぞ」
「あぁ、二人ともお帰り。飲み水と人は見つかったかい?」
「もちろんだ。両方見つけた」
「え?両方?」
「毬が見つけてんで」
童貞スキルを手に入れた腹いせに、甘える毬と褒めちぎるレイに対していつもより多めに嫉妬の視線を送りつける。着払いじゃボケぇ
「でもなぁ、水場は占拠されてたんだ」
「あー現地の方が?交渉とかできそう?」
「無理だろうなぁ。近づいただけで襲われるぞ」
「え、そんなに排他的な村なの?」
「あぁ。棍棒とか持っているし」
「棍棒…」
「緑色やしなぁ?」
「あ、植物とかを纏った原住民っぽい感じ?」
「地肌がやで」
「地肌が⁉」
水場を占拠されているだとか、近づいただけで襲われるとかの知識はゲーム産のものだ。
インフィニティ・ユニバース・ユートピア(インユ)には
こちらが攻撃することも、攻撃される事もない『友好NPC』
こちらから攻撃するまで敵対されない『中立NPC』
近寄るだけで襲われる『敵対NPC』が存在するのだが、水場を占拠していていた緑色のちっこい奴らはゴブリンと言って『敵対NPC』の為、近付いてはいけないことが分かるわけだ。
「じゃあ水はまだ確保できていないんだね。後でもう一度皆で探しに行こうか」
「その必要はあらへんで」
「その通り。あくまで占拠されているのは水場だけであって、飲み水は確保したんだ」
「えっ!本当?雨水とかが溜まっているのを見つけたりとか?」
俺と毬はお互いに顔を合わせると悪い顔をして、取りあえずついて来いと伝える。
しばらく歩くと例の如く木の上からスライムが落下してきた。
べちゃりという音と共に水をまき散らし、どうだ!驚いたか!と言わんばかりにレイに向かってプルプルと震えている。
「ヒィ!」」
短く叫んだレイだったが、意外と早く順応したようで、
「あっ!コウ!スライムだよ!実在したんだ!」
などと宣っているが、そんな訳あるか。
「レイ、そいつに触ってくれへんか?」
「え、大丈夫?溶かされない?」
「大丈夫だ。毬も一度、俺に関しては2度触っているが問題はない」
「うーん結構かわいいしクラゲみたいな感じかな?」
そういってスライムを抱きかかえるレイ。是非とも壺を買わされないように気を付けてもらおう。
ブチャ
レイがスライムを持ち上げた途端、それは手元で水と化した。呆然とたたずむレイがゆっくりとこちらに振り返る。
「はい。その服に染み込んだ液体が飲料水です」
「いやそれよりレベルアップとか聞こえたんだけど」
にへらと嗤う二人組からここがゲームの世界だと聞かされたレイは、今日一番あほな声を出したという。
◇◆◇
さて、幾ばくかの時間を掛けてどうにかここがゲームの世界だと信じてもらえたのは良いものの、騙して水浸しにした事は許されず、みっちり説教を食らった。
「ステータス…おーぷん……」
「あーいいねぇ!でもまだまだ表情が硬いよ!ほら、笑って!」
「ええでんがな!この恥じらいは素人にしか出せんけぇのぉ!わてらはこれでガッポリ儲けさせてもらいまんがな!」
長い説教を食らった腹いせにセクハラじみた事をする二人。
レイのステータスはすでに3度開かれているが関係ないと、リテイクを要求する。
「じゃあ次は腰を横に突き出して、サンデーナイトフィーバーのポーズをとってくれ!」
「いい加減にしようか!」
笑顔で背後に般若を具現化させたレイに平謝りをし、どうにか事なきを得た。
「それで、ステータスにはなんか書かれとったん?」
「ええと、剣聖って書かれてるけど、なに?これ……」
「はぁぁぁまたですかぁぁぁ?」
剣聖は俺もよく知るスキルだ。正確にはパッシブスキルなのだが、剣を装備時、攻撃力が一割増しになる効果と、剣に魔法を乗せることができる効果が付いている。
剣聖スキルの利点として、剣で魔法の行使が出来る点、剣が当たれば物理と魔法の2段攻撃になる点がある。
また、魔職や弓職では必須の『命中』にステータスを振らなくても、剣が当たれば魔法が必中する点。
一応は他にも小さな効果があるのだが、主にこの3つが強い。デメリットといえば、取得条件が面倒くさい程度のものなので、前衛、後衛問わず所有される廃人御用達スキルだ。
俺はというと、いいなーうらやましいなーと言いながら上半身を左右に揺らしていた。
とりあえず剣聖スキルの利点をざっくりと話しながら今後の方針を固める。
直近にしなければならないことは、
1.ステータスを振る。
2.魔法を取得する。
3.人里に降りる。
まぁ、こんなところかな。正直、ここがチュートリアルの森だと分かってしまえば火や住処など必要ないしな。がはは!なんて言っているとレイに「無駄なことをさせていたのか!」と、文句を言われてしまった。
「そういえばさっきから美波を見ないのだが、別行動していたのか?」
「あー…」
レイは言いにくそうに顔をしかめると、ゆっくりと口をひらいた。
「まぁ、火を起こすのに2人もいらないからね。その間に食べ物を探してもらっていたんだ。」
結局火はおこせてへんかったけどな。という要らない合いの手を入れた毬にチョップを食らわせて、その後の説明を催促する。
「結構時間がたったから僕も迎えに行ったんだけどね。木陰で子犬とじゃれてたんだ…」
「あぁ…」
「そら、見られたないわな」
美波はかわいいもの好きなのだが、普段周りに対してツンケンしている反動なのか、それが露呈すると顔を真っ赤にして恥ずかしがるのだ。
余り触れてほしくないのだろうと察した人達は、美波が何を愛でていても基本的に見なかった事にすると決めていた。
そのためここにいる者たちは皆、また美波のあれか。といった具合で特に気にした様子はない。
しかし、いつまで子犬と遊ばれても、俺たちの腹が膨れることはないため、残念ながら誰かが美波を呼びに行かなければならない。
お互いに何かを察したのか、腰を低くして臨戦態勢に入った。
「じゃんけん…!」
◇◆◇
はい。負けました。あいこになる事すら無く、一発で決まりましたわ。
俺は初期スポーン位置から少し離れた丘にまでやってきた。
丘の周りだけは何故か木々が生えておらず、一面に背の低い植物が広がっていた。
そのせいで、森の中とは思えないほど日に照らされているため、こんな状況でなければピクニックでもしたくなるような場所だ。
そんな丘の頂上にだけは一本だけ木が生えており、どうやら美波はそこの木陰にいるらしい。
太陽が随分と傾いてきたため、辺りはほんのりとオレンジ色に染まり始めていた。
なるべく大きな足音を立て、口笛を吹きながら丘を登る。
思春期の息子がいる部屋に入ろうとする親と同じ気持ちだろう。
「美波!」
俺は頂上から少し離れた位置で美波を呼んだ。
「おい、そこにいるのか?」
頂上に近づくに連れ、木の裏側にいる人影が見えてくる。
それと同時に頂上に生息する植物の一部が地面ごとひっくり返っているのを確認した。よく見れば紫色の液体がそこらじゅうの植物にかかっている。
とにかく尋常ではない雰囲気を感じ取った俺は、急いで丘を登り切ると、不吉な匂いの元、木の裏側へと回り込んだ。
夕方とはいえ、未だ暑さが残る季節だからか、俺の汗ばんだシャツの隙間を生ぬるい風が通り過ぎる。
「は?」
木の根元にはぐったりと力なく倒れている美波がいた。
服の至る所が破けており、一見しただけでも10以上の箇所から流血している。
いつも綺麗に整えている髪はぼさぼさになり、そこから少しだけ覗かせる顔からはまるで生気が感じ取れなかった。
更に、美波の左手は以前の様相からは想像することもできないほど腫れ上がり、指先から首筋までが毒々しい紫色に染まっている。
俺の心臓は、美波を発見した時から今まで感じたこともない程の動悸に襲われている。
唇が乾き、全身の血管が収縮する。視界がぼやけて体に力が入らなくなるが、それでも俺の脳みそは何をするべきかを的確に見出していた。