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13話

「その村には今から向かうのかしら?」


「そのつもりだったが、何か用があるなら待つぞ」


「いえ、その。私たちがこの世界へやってきてから三日になるのだけれど、まだお風呂に入れていないの」

「勿論井戸の水で体を清めたりはしているけれども…」


 まぁ、日本人だし風呂が恋しくなるのも分かる。かくいう俺もそろそろ熱い風呂にゆっくり浸かりたくたってきている。


「残念ながらこの世界の人間は基本的に浴槽にお湯を溜めてそれに浸かるという文化は殆どない」


 ガクリ…と。3人からそんな効果音が聞こえてきた気がした。


「おい、俺が何も考えずにこんなパッとしない依頼を受けたと思っているのか?」

「なんにも考えてへんのと違うん?」


 こいつ二度と背負ってやらねぇからな


「…このトージ村はこの世界では珍しい、温泉のある地域だ」


「温泉!あるのかい?」

「あぁ、ゲームではちょっとした回復効果のある秘湯が山の頂上付近にあったはずだ」


「まさかこの世界で温泉に浸かれるなんて驚きね」

「コウ、混浴は期待したらあかんで?」


 …まぁ、この調子なら皆もやる気を出して頑張ってくれるだろう。



 ◆◇◆◇◆◇


 トージ村はこの国の北に馬車で3時間そこから歩いて40分程度の場所にある。

 買う物、というより買えるものも特にないため着の身着の儘馬車へ飛び込んだ。


「僕たちの少ないお金で上等な馬車を手配できるとは思っていなかったけど、まさかここまでとはね…」

「これは……3時間立っている方が楽かも知れないわね」


 ガタガタと揺れ動くこの馬車にはサスペンションなどついていないのか、地面の凹凸に合わせて体が跳ね上がる。その度、固い椅子にお尻を打ち付けられているもで本当に立っている方が楽かも知れない。


「嬢ちゃん!立ったらあぶねぇぞ!」


 我慢できずに立ち上がった鞠は、御者のおっちゃんがそう言った途端、地面を転がり始めた。

 どうやら小さくない石に車輪が乗り上げたらしく、その揺れに耐え切れなかったようだ。


「だから言っただろが!大人しく座っときな!」


 懲りたのか、馬車が嫌になったのか。俺の膝の上そっと乗る鞠。


「いや、なに普通に乗ってきてるんだよ」

「この椅子ごっつい硬いねん。乙女の桃尻が4LDKになってまうわ」


 言わんとしている事は分からなくもないが、鞠に乗られると椅子からのダメージが加速してしまう。


「鞠、温泉から出たら村の農家の方から牛乳を買ってやる。そろそろ俺の尻も割れそうだ」


「もう一声!」


「卵も買ってやる!温泉たまごが出来るぞ!だからとっとと降りてくれ」

「しょうがないなぁ。その言葉忘れたらあかんで?」


 しょうがないのはお前だけどな



 ◆◇◆◇◆◇


 俺の目の前にあるのは村というより数軒の家が集まっただけの廃れた集落。

 それも日本の様に趣がある奴ではなく、曰くが付いていそうなやつだ。気のせいか、先程から出会う村人から生気が感じられない。


「ようこそおいでくださいました!」


 しばらくすると村人が村長らしき人物を呼んでくれた。

 俺が想像していた排他的な方ではないらしく、思っていたよりも腰の低い人物が現れて驚きだ。


「まさかあの依頼を受けてくださる方がいらっしゃるとは思わなんだ」


「いや、俺達も丁度この近くに目的があったんだ」


「ほぉ、この村は特に目立ったものもありませぬ故、満足いただけるかは分かりませぬが存分にごゆっくりしていってくだされ」

「感謝する」


「村の滞在中はあの空き家をお使いください」


 村長らしき人物が指差した先には廃れた…まさかの小屋。家ですらない。

 広さ的には宿屋と変わらないが、なんというかもうちょっとどうにかならなかったのかという気持ちになる。


「件のモンスターに殺された一家が使っていたため家具等も揃っておりますぞ」


 では。と言い残して村長らしき人物は帰っていった。


「使い辛い!」

「え、なに?この空き家ってそういうアレなの?」

「夜になったら一家の亡霊とかに襲われそうで怖いねんけど」

「…温泉」


 ギィ という音を立てながらところどころ隙間の空いた扉を開ける。

 中には椅子や机、台所などをぎゅっと詰め込んだような生活感あふれる薄暗い空間が広がっていた。


 なんか、重い。空気が。


「取り敢えず聞き込みか?」

「そ、そうだね。じゃあ色々調べて、1時間後に集合ね。ここに」


 恐らく全員が微妙な表情をしていたと思う。

 それは決して狭い小屋に詰め込まれたからではない。いや、多少はそういう所も影響しているが、なんというか不気味なのだ。


 村人が何人も亡くなっているのに、村人達全体が悲しむでも怯えるでもなく、借金取りに追われている様な切羽詰まった様な感じなのだ。

 それに反比例する様に村長が普通なのも不気味さに輪をかけている。


 いや、俺の考え過ぎだろうか?


 謎に生物に襲われたら切羽詰まってもおかしくないし、村長は皆のために無理をしていつも通りを演じているのかもしれない。


 そういうなんとも言えない、底知れぬ不気味さだけが俺たちの中で渦を巻いていた。





「おーい。ちょっといいか?」


「わっ…!なんだ、冒険者様でしたか。それで、私に何か用ですか?」


 そう答えたのは中肉中背のいかにも優男といった雰囲気の男だ。


「いや、モンスターの討伐にやってきたのだが、村長からは特に説明をして貰えなくてな。件のモンスターについて何か知っている人物はいないか?」


「それはそれは。村長が申し訳ない事をしました。しかし、村長は何も知らないのですよ。あなた方が受けた依頼は村長が出したものではありませんから」


 そうだったのか。なら村長が早々に帰ってしまったのも納得だ。


「じゃあ、あの依頼を出した人物知っているか?」

「えぇ、勿論です。なんせあの依頼を出したのは他でもない私ですから」


「そうか、なら手間が省けたらしい」

「そうですね。えぇ。勿論お話致しますよ。あのモンスターについて」


 少し昔話をしましょう…


 ◆◇◆◇◆◇


 あのお家怖過ぎだよ…絶対になんかいる。


 あれ?あの木の下にいる男の子は村の人だよね?

 モンスターについて何か知っているかも知れないから少しだけ話しかけてみようかな。


「やぁ、ボク。こんな所で素振りかい?」


話しかけたのは中学生くらいの元気な男の子。全体的に線が細く、優しい顔立ちをしている。


「お姉ちゃん達誰?俺と勝負する?」


「僕はレイだよ。勝負なら受けてたとう!」

「話をややこしくせんといて。ウチは鞠っていうんや。よろしくなぁ」


「俺はイオだ。お姉ちゃん達って山の洞窟にいるモンスターを退治しに来たのか?」


 おや?もしかしていきなりアタリを当てちゃった?


「せやで。でもモンスターの事知ってる人がおらんくて困っとってんや。なんか知らへん?」


「知ってるよ!偶に村に降りてきて、女の子を攫うんだ」

「それは女の子限定なん?」


「女の子じゃなくても攫われた子はいるよ。今はモンスターって呼ばれてるけど、昔は神様って呼ばれてたらしいし」


「古今東西神様の生贄に生娘が要求されると言う話は多いからなぁ。その類かも知れへん」

「それで、なんで神様とよばれてた奴が今になってモンスターって呼ばれるようになったんや?」


「父ちゃんは、神様が約束を破ったからって言ってた」


 それだけ?確かに良くない事だけど、神からモンスターになる程の事なのかな?


「鞠、そんな話聞いたことある?」

「知らん」


「ねぇ、お姉ちゃん」

「なんや?」


「お姉ちゃん達、これからモンスターを倒しに行くんだろ?俺も連れていってよ」



 ◆◇◆◇◆◇


 昔々、あるところに、優しい神様がおりました。


 その神は天界より生まれた由緒正しい神ではなく、人々の願いより生まれた土着神の類いです。


 名前はありません。強いて言えば神様と呼ばれていました。ある時神として生み出され、その土地の人々に安寧と幸福をもたらしますが、ひとたび信仰心が薄れたり忘れ去られると力を失い、消えて無くなるのです。


 元から存在しなかったかの様に


 それがこの神の使命です。


 神は人々を愛していました。それが人々より生まれた特性か、彼の性分かは分かりません。


 子が親を愛する様に、親が子を愛する様に、無償の愛を注ぎ続けるのです。


 この村が今よりも豊かであった時は彼を信仰する者も多くおりました。


 愛する者に囲まれる生活はさぞかし幸せだったでしょう。



 ある時彼は一人の女性と出逢いました。身なしの子です。

 しかし、己の祭壇を毎日丁寧に掃除をし、水を入れ替える。それはそれは心の美しい者でした。


 最初は彼女の楽しそうな笑顔を見ているだけで幸せでした。


 それがいつからか、彼女と話してみたい。触れてみたい。触れられたい。


 そう思うようになったのです。


 神は人々を等しく愛するもの。それは、裏返せばだれか特定の人間を愛してはいけない。そういう制約だったのです。


 しかし、例え己が地に堕ちようと、人の身になったとしても彼女と共にいたい。


 彼が初めて持ったその願いは、偶然か、はたまた神の悪戯か。無から肉体を創造し、その肉体に入り込む事で叶ったのです。


 彼女は大いに喜びました。貴方が運命の方だと。

 彼も同じ気持ちでした。


 しかし、幸せも束の間。神の加護を失ったその村は徐々にその栄えは過去のものとなっていきました。


 神は二択を突きつけられたのです。


 再び神となり、村を護っていくのか。

 それとも彼女と二人、人として死ぬのかを。


 そんなある時、彼女の妊娠が分かりました。

 本来不可能とされる人と神の子です。


 彼は…とても悩みました。自分がいなければお腹の大きな彼女を支えてあげる事ができない。しかし、自分がここに居れば、彼女と子供に豊かな食事をさせてあげる事ができない。


 神に戻るにも、そのままで要るにも代償がいるのです。


 少しだけ、あと少しだけしたら神に戻り、彼女を見守ろう。

 もう少し、子供が生まれたら彼女と子供を守るためここを去ろう。

 この子がもう少し大きくなれば、この子が彼女を護ってくれる様になる。


 そうすれば私は神に戻るのだ。


 そうこうしている間に彼女は殺されました。


 生贄になったのです。


 不作と日照りが続いたから。雨乞いの為に。


 私は人々を愛する為に愛していましたが、人々が私を愛するのは加護のある間だけだったのです。


 何故なら彼らが愛するのは私でも、私の加護でもなく、愛する者を護ってくれる神様だったから。


 神が個人を見ないように、人々も神をという個を見ていなかったのです。



 残ったのは形だけの祭壇と彼女の残したひとりの子供。


 そして依代に入る前に残していった御神体。

 正のエネルギーの力を抜き取られた絞りカスの神体に残るのは負の力のみ。


 それでもその体は人々に幸福を届けようと力を奮っているのです。

 それが負の力だとは知らずに。


 だからどうかお願いです。

 私がこの地を滅ぼしてしまう前に、私の子供を、たったひとりの愛すべき人間の子供を


 ここから連れ出してください。


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