10話
「覗くかボケ!」
毬の激しい突っ込みを背に部屋に入っていく。
大きさは10平米程度、ベッドを2台と小さなテーブルを置いただけの簡素な部屋だ。正面には窓があり、一、二階層を見下ろすことができる。しかし、ここに4人で泊まるとなると少し手狭だろう。
小さな部屋にレイが服を脱ぐ音だけが聞こえる。
「お前、躊躇なく脱ぐんだな」
「コウこそ躊躇なく見るよね。葛藤とかはないのかい?」
え、なにこいつ。従妹の体を見るのに躊躇とかないだろ
◇◆◇
さて、この世界の一般的な服はあまり着心地がよろしくない。
硬くてゴワゴワしているから体がかゆくなりそうだ。
部屋から出た俺とレイは階段を下りていき、宿のロビーへと向かう。
ロビーではなにやら毬と美波が椅子に座って話し合っていた。
仲がいい…というより美波が過保護すぎるのだが。
「やっと着替え終わったんか。待ちくたびれたで」
かわいいもの好きな美波に構われすぎたのか、疲れた様子の毬が立ち上がってやって来る。
「それで、これからどうするのかしら?」
「さっき言っていたスキルツリーに向かい、スキルを取得。それが終わったら美波以外の武器の購入だな」
現状まともなダメージを出せるのが美波の【SAMURAI】で出現する武器だけというのは効率が悪い。俺や毬はともかく【勇者】スキルを持ったレイを遊ばせておく手はないだろう。
というのも、俺は一刻も早く強くなり、童貞スキルを捨てたいのだ。切実に。
「服を着替えるだけで一気に雰囲気が出るでなぁ」
「異世界に制服っていうのもよくあるけどな」
スキルツリーがあるのは1階層の北側だ。このまま3階層の北に行けば、下のほうにスキルツリーが見えるだろう。
「それにしても、お昼だというのに全然人がいないのね」
「3階層に住めるのはちょっとした富裕層、もしくは稼ぎのいい冒険者くらいだ。冒険者はこんな時間に町をぶらつく程暇じゃないから必然的に一、二階層より人が少なくなるんだろう」
「へぇ、冒険者って稼げるんやなぁ」
「命張ってるからな。まぁ、ほとんどの冒険者は博打や酒で金を使い込んであまり裕福じゃないんだが」
「え、貯金とかしないの?」
「冒険者にその質問をしてみろ、90%の確率で「ドラゴンを倒したら一生遊んで暮らせるだろ」とかいう意味の分からん答えが返ってくる」
「博打やん」
「残りの一割は?」
「「そうか、じゃあお前から頂いた金で貯金してやるよ」と言われ、戦闘が始まる。負ければ所持金をすべて持っていかれるぞ」
「糞イベント過ぎない?」
因みに勝てばギルド内での評判が上がり、ちょっとしたいいことがある。
それからしばらく歩いていると一階層にある城壁が見えた。城壁は一部分が凹んでおり、そこに城壁と同じ位の高さの巨木がおさまっている。
木は全体的に緑色の淡い光を放っている。葉の部分にはここからでも見えるほど大きな果実が実っており、こちらは赤く、そして街頭並みの光で輝いていた。
「うわ…なにあれ、絶対に自然界には存在しないような見た目してるよね」
「発光する大木なんて幻想的ね」
「せやな、あれがスキルツリーなんていうふざけた名前をしていなければの話やけど」
それにしてもこの国は階段が多い。それも、なだらかな階段だ。まっすぐ一直線に降りるタイプの階段とは違い、山道のようにグニャグニャと入り組んでいるため、近くに見えても意外と時間がかかってしまう。スキルツリーまでどれ位時間がかかるのだか……早く移動系のスキルが欲しい。
「そうだ、さっき僕に取るべきスキルを教えてくれたけど、毬と美波はどんなスキルを取ったらいいんだい?」
「まぁ、後からリセットできるから好きなやつ使えばいいんじゃないか?」
美波と毬がじっとこちらを見てくる。やめろ。そんな目で俺を見るな。
「街に入る前は偉そうに講釈を垂れていたのに、肝心なことは言わないのね」
「仕方ないだろ!お前らの職業は特殊すぎて俺にもよくわからないんだよ!」
「「……」」
「わかったよ、内容まではわからんが、目安として助言しておく。とるべきスキルの優先順位は、技能>バフ>デバフ>技だ。まぁ、技能の内容にもよるが、もし分からないものがあればその時言ってくれ」
「まぁ、今回はそれで許しといたるわ」
「お前らの職業は特殊~って言ったけど、職業なんて選んだっけ?」
「あぁ、それか。スキルの中には幾つか職業スキルというものがあってな。そのスキルを手にいれたら同時に、特定の職業を入手することができるんだ。スキルの詳細を開いたら、下のほうに取得職業っていうのが書いているだろ?」
「へぇ、じゃあ僕の【剣聖】も職業スキルなのかい?」
「いや、レイの【剣聖】と俺の【童貞】は職業スキルじゃない」
「なんや、コウの職業は童貞とちがうんか」
「それはどっちの意味で言っている」
ははは、と愛想笑いをしながら頬をポリポリと搔いている毬とじゃれていたら巨木のもとへたどり着いた。
「じゃあこの木に意識を注目してみろ。スキルの画面が現れるだろう?」
3人は俺のほうを見ながらうなずいた。
「まぁ、一度好きにとってみろ。気に入ったスキルは何段階か特化させるのもいいかもしれないな」
そういうと、各々が自分のスキル画面とにらめっこを始めたので、俺も予め決めていた初期職業を選択し、スキルを取っていく。
選択した職業は【回復師見習い】筋力と俊敏性に下降補正がある代わりに、精神とMPに上昇補正が掛かる。
初期職業は、固有能力こそないものの、スキルポイントを10個消費するたびに上位の職業に上がることができるため、最終的にはそれなりの戦力になるのだ。とは言ったものの、やはりなるべく早い段階でレアリティの高い職業に就いておきたいところだ。
俺のレベルは4、スキルポイントはレベルを上げるごとに2つ手に入るので、現在はポイントを8個しかもっていない。
なけなしのポイントを振り分け、取得したスキルは【癒し手】と【ファーストエイド】だ。「癒し手」はスキルによる回復量を5%上昇させるのだが、3段階特化させたので現在は15%上昇となっている。「ファーストエイド」は精神の10%の値で回復を行うというもの。こちらも3段階特化させ、補正が10%から40%に、追加効果として、対象のHPが最大HPの95%以上なら、クールタイム(CT)と消費MPが0になるという効果が表れた。
俺のスキルポイントは振り終わったので、現状最もレベルの高い毬のもとへ行く。
「お、ええところに来たわ。この【技能:精霊術】って強いんか?説明読んでもピンと来えへんねん」
「説明は、召喚した精霊の最も高いステータスを一つ、1%上昇させる…か。」
「1%、それも一つだけとかしょぼいと思わへん?」
「十中八九、特化前提のスキルだな。何段階か特化させると全く別の効果が追加されたりするんだ」
俺が取得した「ファーストエイド」もそうだ。追加効果はしょぼいように見えて、実はフィールドダメージ等のチクチク系を封殺できるため意外と使える。まぁ、それ以外では腐るのだが。
「ほな、特化さしてみるなぁ」
そういって毬は精霊術を一段階特化させた。
【精霊術:特化1】
召喚した精霊の最も高いステータスを一つ、2%上昇させる。
しょっぺぇ……
あ、あれかもしれん。効果は薄いが特化できる回数が多く、レベルマックスかつ、ほぼ全てのスキルポイントをつぎ込んで最強にするタイプのスキル……
そんなものあるのか?と思うかもしれないが、【術師見習い】の初期スキルがそういう効果だ。
因みに毬は既に精霊術のスキルを特化5段にまでしている。
もし術師のそれと同じなら、今どれだけ特化させてもほとんど意味をなさない。
が、真剣な表情で淡々と特化し続ける毬を見ていると止める気にはならなかった。
【精霊術:特化9】
召喚した精霊の最も高いステータスを一つ、10%上昇させる。
俺はというと、すべてのポイントを使い果たした毬にどんな煽り文句をかけてやろうかを考えていた。
その時
【精霊術:特化15】
召喚した精霊の最も高いステータスを一つ、15%上昇させる。
精霊を召喚した時、その精霊の持つスキルを一つ選択し、一時的に自分のスキルとして使用することができる。使用可能時間:1分 CT1時間
「「は?」」
まじか、そっちか。てっきり爆笑オチかとおもっていたんだが。
「でもこれ、使えるのは精霊が持っているスキルだけだろ?毬が使っても変わらないんじゃないか?」
「ほんまか?毬の持っとるスライムのパッシブスキル【物理攻撃無効】なんやけど?」
毬は渾身のどや顔でそう言った。
ぶっ壊れじゃねぇか。CT1日でも強いだろ。俺との格差おかしいだろ。いい加減にしろ。