9話
それは城壁と言うにはあまりにも大きすぎた。大きくぶ厚く重くそして精工すぎた。それは正に…
「すごーい!おおきーい!」
入国の検問を待つ列に並びながら三十メートルはありそうな城壁を見上げる。
城というのは守りやすくするために山頂や、崖に作られることが多い。しかし、だだっ広い平原の中であろうとこの城ならば問題はないのではないかと思えてしまう。実際問題、魔法のある世界なら守りやすさもクソもないのだが。空飛べるし。
それなら交易等の面で利便性の高い平原の方が理にかなっているのかな。と考えるが、結局、元の世界がゲームなので何とも言えない。
「平原地帯は楽勝やったなぁ」
「それはお前が仮病で半分サボったからな」
しかし、実際に体調不良を起こされるくらいならこれ位の苦労は大したことではない。
「それもあるけど、ほら、あの植物型のモンスターめっちゃ弱かったやん?」
「あぁ、『噛みつき草』のことな。確かに盲目からの美波のSAMURAIコンボは凄かった。植物に盲目の効果がるのかわからんが」
噛みつきそう、というか実際に嚙みついてくるそのモンスターは、初期スポーンの近くにいた小さな植物をそのまま大きくしたような見た目をしている。レベル的にも人数的にも勝ち目はなく、その場から動くことが出来ないという仕様のため、一瞬にして轢き殺されたかわいそうな奴であった。
「僕、剣がないから剣聖スキル使えないし、完全にお荷物だよ」
確かに。何もしていないという点においては毬以上にお荷物だった。
「剣とスキルを手に入れたらそれも解消されるだろう。この街のスキルツリーってどこだっけか」
「スキルツリー!?」
「あ、すまん。まだ説明していなかったな。ステータスを開いたらスキルポイントっていう欄があるだろう?スキルツリーはそのポイントを消費してスキルを覚えさせてくれるんだ」
「どこにあるって、スキルツリー、ホンマに木なんか?」
「あぁ、俺もゲームを始めた頃同じような反応をしたな。」
「因みにどんなに弱いスキルも、強力なスキルも消費するポイントは一律一ポイントだ」
「それって…」
「それって強いスキルだけを取っていったら最強になれるじゃん!とか考えるのは素人だけだ。仮に高威力、広範囲の大魔法を強いスキル。低威力の単体魔法を弱いスキルと仮定したとき、その魔法だけを使用するタイマンでは弱いスキルが相手を完封できる」
「大魔法当てたら勝ちじゃん!」
「と、考えるのは脳みそまでタンパク質でできたプロテインジャンキーだけだ。大魔法はそれだけ詠唱にも時間がかかるので詠唱時間中に攻撃を貰い、詠唱キャンセル、一から詠唱してどうぞ^^となるのが落ちだな」
「むぅ…」
「まぁ、読み合いになら出来るが、取り回しの良さで優れた弱いスキルが有利な読み合いを強いる事が出来る」
「優れた弱いスキルという謎の言語…」
「なんや、コウは一発のでかいスキルは嫌いなんか?」
「いや?寧ろそういうロマンスキルは好きだぞ?まぁ、運に任せたぶっ放しよりは、デバフを掛けまくって行動不能になった相手に打つのが好きなんだが」
「長谷川君らしく、いやらしい戦い方ね」
「まぁ、美波はそういう面倒なの嫌いそうだな」
でもなんだかんだで即死コンボとか決めて喜んでそうなんだよな。あとカウンターとか好きそう
◇◆◇
「次の者、前へ」
検問の列はそこまで長くなかったこともあり、十分程度で順番が回ってくる。
一本だった列が検問前で幾つも分岐しているため俺たちは別々になって行動することになった。
因みにゲーム時代では検問なんてものはなく、フリーパスだったので今は少しワクワクしている。
「この国へは何をしに来た」
「おぉ!ファンタジーっぽいな!」
「何を言っている。早く質問に答えないか」
俺の担当はゴツイ大男。如何にも騎士団長っぽい見た目をしていたため、つい声に出してしまった。
「遠方の国より冒険者になるためにやってきました」
「そうか。では、犯罪歴がないか調べる為にこの水晶に手をかざしたまえ」
そういって占いに使うような大きな水晶を指さす。
犯罪を犯したことはないが、これはすごくドキドキするな。…ゲームでの煽り行為って罪じゃないよね。
「犯罪歴なしと。冒険者ギルドはこの道をまっすぐ進むと右手に見えてくる。剣と炎の大きな看板があるから迷うことはないだろう」
「どうも」
特に身分証明とかはいらないんだなぁ、と思いながら検問を抜けると同じようなタイミングで他の3人も出てきた。
よかった。特に問題は起こさなかったらしい。
「おぉ!ファンタジーっぽい街並みだね!」
王城を中心として五段階に階層が分かたれる、計算された街。その性質上坂や階段が多くなるが、地面はタイルで舗装されているため歩き辛さは感じられない。赤いレンガの屋根で統一された街並みは見ていて楽しく、層によって住む人間の地位や扱う物品等がカラリと変わるため、散策をする分には暇をしない街である。
初期ステージにほど近い国のため、壁外への討伐クエストや採集クエストの報酬が軒並み低いのが唯一の不満点だ。
因みに、ゲームでは貴族の住まう4階層以上も自由に立ち入ることができたが、この世界ではどうか分からない。
「冒険者ギルドはまっすぐ行って右って言ってたよ!」
「いや、まだ冒険者ギルドには行かない。まずは・・・」
~~~~
「あぁ、なるほどね。確かに僕たちの格好はファンタジーっぽくなかった」
まずはこの制服をどうにかしなければならない。
ファンタジーっぽくないという気分の問題ではなく、不要なトラブルに巻き込まれないためだ。
「らっしゃ……い、いらっしゃいませ!本日はどういったご用件でしょうか!?」
つまりこう言うことだ。
高校のブレザーはこの世界であまりに目立ちすぎてしまう。どこかの貴族かと勘違いした中年女性の店員が手揉みをしながら近づいきた。
「まずはこの魔石を買い取ってくれ」
そういってインベントリを漁り、フォレストサーペントから手に入れた手のひらサイズの石ころを取り出した。
魔石はモンスターを討伐した際にドロップするアイテムで、様々な物に利用されるため大抵はどこの店でも買い取って貰える。
「ほう、なかなかのサイズですね。ではこれ位で如何でしょう?」
そういって中年女性は鉄貨を五枚出してきた。
俺はそれを受け取ると、平民が着るような服を上下一枚ずつ、四セット分注文する。
そうして差し引きで鉄貨四枚と銅貨六枚になったお金を持って外に出た。
「コウ、人と話すの緊張しすぎだよ」
「うるさい。陰キャにコミュニケーション能力を求めるな」
「結局服を手に入れたのに着替えれてないしね」
完全に盲点だった。ゲームではプレイヤーが街中で服を着替えるという行為は至って普通だったため、気にも留めていなかったのだ。
「どのみちあの店で着替えさせて貰うわけには行かなかったもの。宿を取ってその中で着替えましょう?」
「それもそうだな、じゃあ今回は安全性と信頼の高い3階層の宿を取るか」
この街の3階層からは清潔感のある宿が多くなり、衛兵も多く巡回しているので安心できるだろう。その分値段が高くなるが仕方がない。なんせ俺たちは傍から見れば4人中3人が女性で構成されたパーティーなのだ。ある程度実力のあるパーティーだと思わせて、面倒事に巻き込まれないようにするためにも、必要経費と割り切るしかない。
その時、
ぐぅぅぅぅ……
誰かの腹の虫が鳴った。そういえばもう昼時なのか。ゲームと違い、時間が表示されていないためわかりにくくて仕方がない。
「それじゃあアンケートを取るぞ。食事は宿か、飯屋、屋台のどれで食いたい?」
「どこでもええからはよなんか食べたい」
「屋台!食べ歩きしたい!」
「皆に合わせるわ」
「じゃあ適当に食べ歩きながら3階層に向かうか」
そういうと、毬は待っていましたと言わんばかりに駆け出して、一軒の屋台の前に立ち止まった
「おっちゃん、この一角ウサギの串焼き4本頼むわ!」
「あいよ!」
隣ではウサギ…とか、4本って事は僕たちも…という声が聞こえてくるが、この世界で一角ウサギはポピュラーな食べ物である。ある程度割り切ってもらわないと今後の活動に支障をきたすかもしれない。
「コウ!お金持っとらんかったわ!代わりに払うといて!」
そそっかしい奴だ。店のおっちゃんも苦笑いである。
串焼きは4本で銅貨2枚。どうやらゲーム時代よりも物価が低くなっているらしい。理由は知らん。
「結構うまいなぁ!これなら10本位買うといてもよかったわ」
味付けは塩のみだが、なかなかどうして癖になる味をしている。確かにこれなら10本くらい食べれただろう。
因みに俺が全員の代わりにお金を出すシステムは嫌なので各自に鉄貨を一枚ずつ渡して、自由に食事をしてもらうことにした。
3階層に着くまでに毬はハンバーガーっぽいものを気に入り、鉄貨一枚分購入してインベントリに詰め込んでいた。インベントリの中は時間が止まっているとはいえ、そんな一度に買い込むようなものではないだろう。
美波はクラウドシープの肉種を小麦の生地で巻いた謎の料理を。
レイはウキウキでタコスっぽいものを食べていた。
俺はというと、それらを見ながらそこら辺で売っていた黒パンを齧る。
こいつらは金を使い切りそうなスピードで購入していくので、俺が食事代を切り詰めて差し引きをゼロにする作戦だ。
「コウ、そういえばなんで制服を売らんかったんや?店主の食いつきもよかったし、高くで売れたんと違うんか?」
「食いつきがよかったからだ。冒険者になるとはいっても、あの服のほうが便利なこともあるだろう。それに、元の世界に戻った時、もう一度制服を購入するのは嫌だからな」
「なるほどな」
よかった。なんか納得してくれた!普通に売るの忘れてただけなんだけど!
「お、宿が見えてきたぞ」
活気あふれる一、二階層とは違い、三階層からは思い出したかのように気品ある街並みに変わってくる。
「えらい大きい建物やなぁ」
「こんな良さげな宿に銅貨8枚で泊まれるの!?」
そんな訳ないだろ。
ゴブリンの魔石を売ってぎりぎりだ。
「とりあえず今日一日は大丈夫だが、明日以降はクエストを受けていかないと碌に食事もできないぞ」
「やっぱり宿のランクを落としてもよかったんじゃないかしら?」
「俺はフカフカベッドじゃないと寝られないんだ」
この世界の宿は一部屋の人数制限はあれど、一人当たりの宿泊料を取られることはない。
冒険者達を意識したこの宿は、食事や風呂がついていない代わりに三階層とは思えないほどの安価で寝泊まりすることができるのだ。
受付にお金を払い、鍵を受け取ると部屋へと向かう
「一部屋しかとらんなんてコウはいやらしいなぁ?」
「沙魚川君、悪いけど今日は外で寝て頂戴」
「おい、昨日は川の字になって寝たのになんで信用がないんだよ」
「でも唐突に野生の本能が呼び起されて僕らに牙を剥くっていうことも…?」
「ねぇよ、俺は外で待機しておくからとっとと着替えろ」
そう言うと、毬と美波は部屋へ入っていく。
「コウ、覗いちゃだめだよ?」
「覗かねぇよ。今覗いたら今日、この部屋で寝られなくなる」
「倫理的な自制じゃないんだ」
というよりも、覗き等の明確な罪を犯すと、水晶で犯罪歴を調べられた時に捕まってしまう。
まぁ、ゲームではそんなことをするまでもなく迷惑行為はアカウント凍結対象だったが。
「そういえば、今日はこれから何かするの?」
「討伐クエストに行くには遅いからな。これから例のスキルツリーまで行って、スキルを覚える」
「へぇ!スキルってどんなのがあるの?」
「主要なスキルは攻撃系、防御系、移動系、バフ、デバフ系、あとは技能系だな」
「せっかくだから魔法が使いたいよねぇ!僕におすすめの物はある?」
「そうだな。レイ、魔法と聞いて真っ先に浮かんだ属性はなんだ?」
「炎かな?」
「なら炎の初期魔法……【ファイアーアロー】がいいな。魔法はイメージ力が大切だから、思い浮かべやすい物の方がいい。【ファイアーアロー】を取ったらそのスキルを三段まで特化して、あとは剣術の技能を取ればいいだろう」
「スキルの特化…?三段まで上げたらどうなるんだい?」
「まず、特化というのはスキルを得た後、そのスキルを更に強化するシステムのことだ。ファイアーアローの場合は三段から無詠唱になるから取り回しが格段に良くなる」
「無詠唱ってそんなに早くから手に入るものなの!?」
「あぁ、因みにレイの持っている【剣聖】は魔法の詠唱を終えた後、魔法名を唱えなければ、発動するはずだった魔法を剣に纏うことができる」
纏った効果は魔法によってまちまちだが、基本的には属性付与と攻撃上昇が多い。
「あれ?じゃあ無詠唱の魔法はどうやって纏うの?」
「想像するだけで纏える。詠唱なしで、即時にだ!」
「なるほどね。それでイメージ力が必要だって言っていたんだ」
「そういうわけだ。どうだ?強いだろ?」
「強すぎるね。なんでコウがどや顔なのかは分からないけど」
「着替えたわよ。あら?二人ともまだ着替えていないかしら?」
「なんで俺たちだけ外で着替えるんだよ」
「扱いひどいなぁ」
「覗くなよ?」
俺は美波へそう言うと、部屋へ入った。