プロローグ
短い短い夏休み明けの今日。
周りの生徒は夏休みが始まる前よりも肌が黒くなっており、心なしか身長も大きくなっている気がする。そいつらは怠いやら、眠たいやら騒いでいるが俺はお前らの50倍は怠いし、100倍眠たい。そんなことを思ってはいても口に出すことはできず、教室の端っこでスマホを触るふりをしながら時間が過ぎるのを待っていた。
2徹明けで鉛のような瞼と格闘しながら、ようやくやってきた尿意の処理のためトイレへと向かう。教室の入り口ですれ違った180㎝はあろうワイルドな大男にカバンをぶつけられ、げんなりしながら足早にトイレに駆け込んだ。
中にいたのは美女、いや、美男子だ。口にハンカチを咥えながら手を洗うだけで一枚の絵画にできそうな飛び切りの美形、細長い体系はモデルと見紛う程だ。
「ん?コウじゃないか。おはよう!」
「おはよ」
チラリと俺を見ると人懐っこい爽やかな笑みを浮かべる男は奥御 玲。
俺の従妹だが、幼いころから一緒に遊んでいたため、従妹というより一人の男友達だ。
というより、レイを友達にカウントしておかないと俺の友人の人数がゼロになってしまう。
「なぁ、初期ステータスに生じる格差って許されないと思わないか?」
「またゲームの話かい?楽しいのは分かるけどちゃんと学校は卒業できるんだろうね?」
いいえ。現実の話ですよ?特にてめぇの顔面のな。
「もちろんだ。因みに、学校は卒業見込みだがアッチの方は卒業済みだ!」
「あっち…?」
おい、やめろその純朴な顔
「…童貞」
「噓でしょ?あのコウが!?」
「失礼だな。まぁ、嘘だが」
「やっぱり嘘じゃないか!でも抜け駆けはだめだよ!卒業は同時だからね!」
なんだその女子会みたいなノリは。
あと同時ってどういうことだよ。ディストピアかな?
「じゃあレイも早く相手を見つけてくれ」
「相手はいっぱいいるんだけどねぇ…僕はちんちんが生えた女の子じゃないとだめなんだ」
「イズムが濃すぎる」
違う。レイはふたなりスキスキ系男子じゃないんだ!
トランスジェなんとかで戸籍上は女の子だけど心は男の子なのだ。
あぁ、いや、じゃあやっぱりふたなりが好きな男か。
「お前さ、属性盛りすぎじゃない?」
「はっはっは。属性が多いのは誇るべき僕の初期ステータスだよ!」
「これが…生まれながらの格差か……負けたぜ」
そんな談笑をしながら教室へと戻る。
教室に入ると目の前には女女女。そして男男
「おっおはようございます!」「今日もいい天気ですね!」「今日の放課後空いてるか⁉良ければ一緒に…!」
等々。ご親切に足並みを揃えて畳み掛けてくる。もちろん俺が急激に人気者になったわけではなく、
「「奥御さん!」」
こいつらの目的はレイだ。ここまで熱心に来られると逆に怖いな。
男女ともに素敵な“異性”を見る目で詰め寄ってくる。
「やぁ、おはようみんな…」
そんな者たちをいつもの様子で対応する。一人一人しっかりと対応し、決して無下に扱わないのはこいつの美徳だなぁ。
そう思っているとチャイムが鳴り、レイと話していた者は名残惜しそうに己の席へと戻っていく。
俺とレイも席へ戻るが、途中にレイが呟いた
「恋人も友達もよく分かんないや」
その言葉の意味を考えているうちに午前の授業は終わってしまった。
◇◆◇
4限目の授業が終わり、皆が三々五々に散っていく。
俺も唯一の友人と昼食を食べるべく、レイの元へと向かうと、彼は今朝声をかけていた男女数名に囲まれていた。上級エリート陰キャボッチである俺ごときが陽キャの塊の中へ入っていけるわけもなく、今朝と同じように教室の隅っこの方で小さくなってみる。
「どいてくれないかしら?」
とても聞き取りやすい丁寧な発音、だが、それ以上に冷たい印象を感じさせる声が響く。
同時にレイに話しかけていた数名が道を開けた。
「玲。今日はお弁当を持っていないの?」
もちろんお目当てはレイだ。
「うん。だから食堂で食べようと思ってね。美波をまっていたんだよ!」
歯の浮くようなセリフだが、本心だからか見た目が良いからか、全くキザな印象を与えず言ってのけるのはさすがといったところだろう。
「毬もおるんやけど!」
美波とは対照的に鈴を転がしたような明るい声。
美波を和服が似合う薙刀とかを持っていそうな美人だとしたら、
毬は海外のゴスロリを着た人形を日本人向けに萌え化させたような女の子だ。
因みにとても小さい。今日日の小学6年生でももう少し身長があるだろう。知らんけど。
要約。俺の視界がとても華やかなことになっているわけだが、
「さぁ!コウも食堂行くでしょ?」
俺は遠巻きに見ているだけじゃだめですかね?
よくもまぁ「毎度毎度そのクラストップのカーストに俺を巻き込んでくれるな」と、レイに非難の目を向けるが、本人は全くと言っていいほど気にした様子はない。
レイから離れていく男女5人に「なんだお前」といった顔をされるが、むしろ俺が俺自身に同じ目を向けたいくらいだ。変われるなら変わってほしい。
結果的に、3人の美形と一人の冴えない陰キャという謎の4人組が完成した。
「おなかぺこぺこだよ」
「毬はそないにかな」
「あなたはもっといっぱい食べるべきよ」
「……」
最近はずっとこれだ。俺の場違い感がオーバーフローして逆にお似合いだな⁉
そんなよく分からない思考で教室を出ようとしたとき、教室の床が青白く光りだした。
俺は眩しさのあまり目を閉じてしまう。閉じたうえでも昼間のように明るく、目を強く刺激される。
教室からは叫び声、机や椅子の倒れるような音、そして異臭が立ち込めており、地震のようにぐらぐらと地面が揺れ始めた。もはや阿鼻叫喚と化した教室からは先ほどのような平穏は存在しない。
もしも近くに爆弾が落ちたらこんな風になるだろうか?いや、爆弾などではない。ましてや自然災害ですら。
謎に満ちた脅威に身も心もキャパシティーがオーバーしたのか力を入れることすらできなくなった。
立っていることすらできなくなり、視力を失っているために平衡感覚を失ったまま地面から足が離れていく感覚と、地面が体にぶつかってきたような衝撃。そして俺の上に掛かる衝撃。
衝撃と衝撃により板挟みにあいながら、こんな状況に驚いている俺の心境も合わせたら四方八方を衝撃で囲まれているじゃないか。やはりそんなよくわからない思考を最後に、俺は意識を手放した。