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月代探偵事務所物語  作者: 赤羽 翼
爆弾魔の頼み事
6/12

夜の向こう側【解決編3】


 全ての真相を語り終えた蘭丸は一息つくと、会話という名のボールを金村へ投げつけた。

 金村はほどけたような笑みと共に肩をすくめる。


「正直、見くびっていた。事務所でのテキトーさから、ただの見かけ倒しかと思ったんだが……。全部合ってるよ。大した名探偵だ」

「ありがとうございます。よく言われます」

「昼間の時点でどこまで気づいていたんだ?」

「細かい部分はあなたが帰ったあとに知人の刑事さんから話を聞いて埋めましたけど、大体はわかってましたよ。犯人はすぐにわかりましたし、あなたが事務所にきてやったことはゴミ捨て場を爆破したことだけ。それにより起こったのは警察が訪ねてくるびっくりイベントのみ。あのイベントであなたが得た情報は、訪ねてきた警察官の声と顔だけです。そこから逆算すれば、大凡の真実は見える」

「そういうことか。……それで、お前は何をしにきたんだ?」


 尋ねながらも、金村には見当がついていた。自分ごと妹を殺した犯人の命を散らそうとする復讐。それを直前で呼び止め謎を解く探偵。あまりにもリアリティのない事態に苦笑してしまう。それ故に次の展開も読めるというもの……。

 蘭丸はおもむろに金村に近づくと、右手を差し出した。予想と違う展開に金村は首を傾げる。


「何だ?」

「報酬」

「は?」

「ですから、報酬をもらいにきたんです。言いましたよね? ()()()()報酬をいただくと。私は今全ての謎を解きました。報酬を、お願いします。確か、有り金全部でしたよね?」


 金村はバツを悪そうな顔でジーンズのポケットを漁ると、財布を取り出して蘭丸に渡した。彼女は頬をほころばせ、瞳をキラキラと輝かせながら財布の中身を覗く。……その表情が徐々に曇る。


「あの、二〇七円しか入ってないんですけど……」

「それが全財産だよ」

「お金下ろしてきてください!」

「口座なんて全部止められてる。まあ、止められる前に全額引き出して、もうそれだけなんだが……。ゴミ捨て場に仕掛けた爆弾やつと今巻いてる爆弾こいつの材料を集めるのに、大半使ったからな」


 先ほどまで生き生きしていた名探偵はどこへやら。蘭丸は真っ白に燃え尽き、風に吹かれたら今にも飛んでいってしまいそうなほど足がフラフラともつれている。彼女は愕然とした表情でとぼとぼと金村の脇を通り過ぎていった。


「お、おい、それだけか!? 俺を止めはしないのか?」


 蘭丸は立ち止まると、すこぶるどうでもよさげに振り返った。気の抜けた声で答える。


「止めてほしいんですか?」

「いや、そういうわけじゃないが……なんか、モヤモヤする」

「何なんですか。……止めるつもりならあらかじめ警察を呼んでおきます。その爆弾、たぶん手榴弾のように爆発そのものより、吹き飛んだ破片で人を殺傷するタイプのものなんでしょう? 大爆発して無関係の人間を巻き込むものではないはずです」


 金村は目を見開く。


「何故わかった?」

「あなたが許せないのは自分と犯人だけだから。曲がりなりにも不殺を謳ってきた組織の一員なら、雑にそれを曲げたりしないでしょう。……私はあなたたちが死のうとも、どうでもいいんです。他人を巻き込まないのなら気にしません」

「あんなやつも同類みたいに言ってくれるな」

「ほぼ同じでしょう」

「何だと……?」


 その言葉に、金村は眉をぴくりと動かす。自分がこれまで行ってきたことと、内海が行ったことが同じレベルだと言っているのだろうか? 自分のしてきたこと全てが侮辱された気がした。彼の中で何かが切れる。


「俺を……いや、俺たちを卑劣な殺人犯と同列に語るな! 確かに俺は妹の危機にも駆けつけられない、ろくでもない男だ。けどな、俺たちは不殺の信念という誇りを持って活動していた! お前からしたらただのテロリストだったろうが、それでも一線を守ってきたんだ! それを、警察官でありながら女性に付きまとい、あまつさえ殺害するようなゲスと同じだと!? ふざけるな!」


 激昂し、激しい呼吸と共に肩を上下させる金村。爆弾を身にまとっていることを忘れて今にも殴りかからんばかりの雰囲気だ。

 しかし、そんな彼を目の当たりにしても、蘭丸のマイペースさは揺るがなかった。彼女は酷く冷めた目を金村に向けると、大きな、大きなため息を吐いた。まるで呆れ果てるかのような……。

 蘭丸は頭を掻きながら口を開いた。


「何を仰りますやら……。あのですね、不殺の信念なんてものは地球に住む人間の大半が、掲げるまでもなく当たり前のように持っているものなんです。そして大多数の人はそれを完遂しています。自分たちで勝手に過激なことを初めておいて、不殺を掲げて実践してるから他の犯罪者と比べて偉いって? 馬鹿ですか」

 

 金村は二の句が告げなくなった。情けなく口をあんぐりと開け、目をぱちくり瞬いている。蘭丸は続け様に言う。


「あなたたちがどれだけ計算して死傷者を出さないよう努めていたかは知りませんが、そんなもの善良な一般市民の気紛れな行動一つで結果が変わります。自分たちはただ運がよかっただけという自覚がありますか? 死傷者が出る前に警察に検挙されて本当によかったですよ。今は幕末でも明治剣客浪漫譚でもありません。令和です。人を殺さないのは当たり前。私刑も許されません。そしてあなたは運が良かっただけのテロリスト。あなたは自分の命だけでなく、唯一恵まれていたその運さえも捨てようとしているんですよ? 愚かすぎて、私の中では内海と何も変わりません」


 蘭丸は硬直している金村に背を向ける。


「あちこち爆破したにも関わらず運良く一人も傷つけなかったテロリストの馬鹿兄貴と、あちこち爆破した挙げ句最期は大多数の人が危惧した通り人を殺して爆死した傍迷惑なクソ馬鹿。どちらが天国の妹さんの笑い物になるか……よく考えてみることです」


 その一言に金村ははっとする。蘭丸を見れば、彼女はもう歩き始めていた。


「止めないって言ってた割に、説得はするんだな」


 金村が蘭丸の背中に投げかける。彼女は足をとめた。


「私はどうでもいいですが、浅倉さんは気にすると思うので。彼は私と違って人が良いですからね」

「助手思いだな」

「彼は別に助手ではないんですが……。私はできた大人で彼はまだまだ子供。だから気を遣うのは当然でしょう」

「そうかい……」


 金村はどうでもよさげに呟くと、視線を地面に落とした。息を吸い、


「俺はどうすればいいと思う?」

「お好きなように。何度も言ってますけど、私はあなたのことなんてどうでもいいです。ただ、ベターなのは今すぐ出頭して、警察に全てを話すことでしょうね」

「今更、警察が俺の話を信じるわけがない」

「それは自業自得でしょう」

「手厳しいな」


 金村が苦笑すると、蘭丸は三度歩き出した。もう立ち止まる気がないのだと雰囲気で察せられる。


「正論を厳しいと感じる生き方をする方が悪いんですよ」


 金村は蘭丸の姿が見えなくなっても、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 復讐して死ぬのは勝手だが、お前は人のことをとやかく言う前にまず自分の罪を償え。彼女が言っているのは、きっとそういうことなのだろう。

 後ろを振り向けば、仇敵が住まう寮がある。金村はポケットから起爆スイッチを取り出し、しばらく見つめていた。



 ◇◆◇



 翌日の夕方のこと。浅倉剣也は事務所のテレビで報道番組を見ながら唖然としていた。


「金村さん出頭したのか……。おまけに葵さんを殺した犯人が警察官で、金村さんの証言がもとで捕まってる。意味がわからん。昨日の今日で何があったんだ?」


 困惑する剣也を尻目に、蘭丸はカセットコンロで沸かしたお湯にインスタントラーメンを放り込んだ。鍋から勢いよくお湯が跳ね、反射的に後ろへ下がる。


「蘭丸さんは、何か知らないんすか?」


 剣也がソファの背もたれから身を乗り出し気味に尋ねた。蘭丸は菜箸でラーメンを押さえつけながら、


「色々知ってますが、報道されていることが全てですよ」

「昨日、金村さんが帰って俺がトイレにいってたとき、ジョウさんと話してましたよね? あれは何を訊いてたんすか? やっぱり、知りたがってた葵さんの通話履歴?」

「ああ、あれはそこまで重要ではないので訊いてません」

「え? じゃあ、どうして是非とも知りたいなんて……」


 蘭丸はほぐれてきた麺をかき混ぜる。


「内海の容疑をより固められると睨んだからです。被害者から電話がくるも、交番の方が近いので連絡して先に向かってもらい、自分も後から駆けつける。一見警察官として満点の行動に見えますが、これでは後一つ足りません。さて、どこでしょう?」


 突然のクイズ形式に剣也は焦ったように首を捻る。


「うーん……俺なら、交番に連絡した後、もっかい被害者に電話をしますかね。他の警察官が来るまで電話を繋ぎ続けるかもしんないす」

「正解。内海がその行動を取ったかどうか知りたかったんです。犯人だとしたらそんな無駄な行動はしませんからね。着信履歴がなかったから、怪しさレベルが上がるんです。ま、それだけですけど」


 蘭丸は鍋にもやしを投入した。剣也が体勢を戻して感嘆の息を吐く。


「金村さんの話を聞いていた段階で犯人に目星をつけてたってわけか……。犯人はいつ葵さんを知ったんですかね?」

「交番に相談しにきたときだと思います」

「え、でも葵さんはストーカー被害を受けていたから相談したわけでしょ?」


 蘭丸は言い辛そうに顔を歪める。


「ストーカー被害については……まあ、失礼な話になりますが、葵さんの勘違いだと思います」

「え? マジすか?」

「純然たる勘ですけどね。そそっかしくて被害妄想が強いと金村さんも言っていましたし。冷静に考えれば、このご時世に若い女性がストーカーの相談をしにきたのに、内海以外まともに取り合わないというのは変です。SNSで炎上確定。それでも取り合わなかったのは、おそらくよほど葵さんも証言がトンチキだったからでしょう。内海はそれを利用して、存在しないストーカーと成り代わった」


 剣也は難しい顔で腕を組んだ。


「なんか複雑だな。……それにしても、よく警察は金村さんの話を信じましたね」

「内海は警察官の立場故に怪しまれていなかっただけです。ちょっとでも調べられたらボロは見つかりますよ。警察寮は、人の出入りに厳しいですからね」

「ふぅん」

「ですが決定的なのは、おそらく基地局です。金村家と警察寮では、電波を中継する基地局が違うんだと思います。内海はずっと金村家の周囲で電話を使っていたはずですから」


 剣也は感心したように頷くと、


「蘭丸さんが、金村さんを説得したんすか?」


 ニヤニヤした顔で尋ねた。蘭丸は相手にする素振りすら見せず、ラーメンの液体スープを鍋に入れる。


「私は何もやってませんよ。彼は自分がベストだと思う行動を取っただけです」

「そういうことにしときます」


 蘭丸はラーメンをどんぶりに移すと、事務机へ運んで腰掛けた。麺を啜りながらスマホをいじる。気まぐれに『グッドジョブサーチ』を開くと、


「あ……」


 月代探偵事務所の評価とレビューが一件ずつ増えていた。五つ星とともにこんなレビューが着ている。


『優秀な名探偵がいます。困ったこと、不可思議な出来事が起こったら相談してみるのも一興かと。

 ありがとう。   いらないなら財布返せ』


 蘭丸は顔をしかめながらちゅるちゅると麺を啜り上げた。机の上にある、昨日受け取ってそのまま持ち帰ってしまった財布を見つめると、


「安い報酬ですね……」


 ため息混じりに呟くのだった。

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