爆弾魔流、解決編【解決編2】
被害者本人が呼んだ警察官ならば、訪ねてきたら当然鍵を開けて家の中へ招き入れる。自然なことだ。
金村は沈黙したまま何も言わない。
「犯人の名前や寮のことは、知人の刑事さんから聞いたんです。なかなか来ないので、もしかしたら推理が間違っているのかとも思いましたが、これは正しいということでいいんですね?」
「どうだろうな。まだ、俺が何をしていたのか、聞いてないぞ」
「さっさと本題に入りたいんですけど……。まあいいや」
蘭丸は面倒くさそうに顔をしかめながらも、小さく咳払いをした。
「内海が殺人犯なのは間違いないとして、ストーカーだったかどうかまではわかりません。まあ十中八九そうだと思うので、それを前提として状況を整理してみましょうか。まず妹さんが家の外にストーカー――内海ですね――がいるのを目撃します。怖くなり、彼女は唯一信頼していた警察官である内海に電話をかけた。しかし再三言っているように、彼こそが犯人です。電話を受けた彼はたまたま近所にいたからとか何とか言って、妹さんの家へすぐに現れた。自分で招いたのですから、妹さんは当然彼を家へ入れます。そこで、色々あって内海は妹さんを殺害した。内海はすぐに逃げ出すと、事態をごまかすため交番にいる上司に連絡をした。その後、上司が妹さんの遺体を発見し、急いで駆けつけた風を装って内海が合流する」
蘭丸は疲れたように息を吸うと、
「彼にとって幸運だったのは、偶然にも妹さんのストーカー候補の三人が事件発生の前後に現場の周辺で目撃されていたことです。警察官という立場故に元々怪しまれにくいというのに、無防備な容疑者が三人も現れた。ラッキーと言う他ありません。……ですが、彼は気づいていないのでしょうね。そんな幸運を帳消しにしてしまうほどの不運が起こっていたことに。無理もありません。現場に被害者さえも知り得ない第三者が潜んでいたとは、流石に考えない」
金村が物憂げに地面に目を落とした。
「真新しいピッキングの痕跡は、その第三者が妹さんの帰宅前に侵入した際、ついたものだった。……その人物こそが、金村さん。あなたですね」
彼は何も答えなかった。しかし、彼が今こうしてここにいることが、全ての答えであると蘭丸は理解している。
「自分以外の構成員が警察に捕まり、自身も全国に指名手配された。唯一身を隠せそうなのは実家だけれど、おそらく妹と鉢合わせしたら通報される。でも他に隠れる場所はない。そう考えたあなたは実家へ帰ってきた。幸か不幸か、あなたの情報を売ったのが妹さんだったので、庇うことはないだろうと考えた警察は、訪れそうな実家を見張ってはいなかったのでしょう。鍵が変わっていたため、あなたはピッキングで鍵をこじ開けて家に忍び込んだ。やがて妹さんが帰宅し、あなたは咄嗟に身を隠す。しかし、妹さんの様子がおかしい。急に誰かに電話をかけ始める。聞けばストーカー云々かんぬん。やがて、何者かが家へ訪ねてきます。妹さんの対応から、やってきたのは電話の相手だと気がついたことでしょう。ここで悲劇が起こります。来訪者の男が妹さんを殺害してしまったのです。犯人は即座に逃亡。隠れていたあなたは廊下へ出て、妹さんの亡骸を発見してしまった。どうするか悩んだ末、あなたは逃げた。もしかしたら犯人を追ったのかもしれませんが。どちらにせよ、タイミングはよかった。すぐに警察が駆けつけてきたのですから」
長く話したせいで疲れたのか、蘭丸は何度か深呼吸をする。喉を鳴らして声を整え、
「あなたはきっと、果てしない後悔に包まれたことでしょう。今のように、不殺の信条を捨てようとしているのがその証拠です」
金村はふっと息を吐くと、上着のジッパーを下ろして広げる。昼間と同じように爆弾が胴体に巻かれていた。しかし、種類や質のようなものが、幾分か異なって見られる。
「それは、昼間のと違って本物みたいですね」
「気づいていたのか。あれが偽物だということに」
「ええ、まあ。ゴミ捨て場の爆弾のスイッチにはガラスカバーがついていました。ですが、握っていたスイッチにはそれがなかった。あれが本物なら、とてもポケットに入れて持ち歩けませんよ。下手したら事務所に来る前に爆死してしまいますから」
「ガラス代をケチったんだ。気づいてた割に随分とテンパってたが、あれは演技だったのか」
「いえ、あのときは普通にテンパってました。途中で冷静になって気づいたのです」
ドヤ顔で語るが、どうにもしまらない探偵だ。
その探偵は話を続ける。
「自分が世直しだなんだと言っている間に、妹はストーカー被害を受け、自分が現場に居合わせていながら殺されてしまった。自分がいつでも妹から相談を受けられる良い兄だったなら、そうでなくとも、堂々と実家に帰ってこられる普通の兄だったなら、妹は殺されずに済んだのではないか。あなたはそう考えた」
あらゆる図星をつかれ、金村は自嘲するような笑みを浮かべた。事件後、自分が思ったことと寸分違わぬ言葉だったのだ。
「あなたは不殺の信念を捨て、復讐を決意した。ですが、問題は山積みです。指名手配犯故にあまり目立つ行動は取れない。おまけにあなたは隠れていたがために、事件の一部始終を聞きはしたが、見ることはできなかった。これでは犯人を見つけることは困難を極めます。……しかし、容疑者さえわかればその限りではない。あなたは犯人の声を聞いたのですから。尤も、派手に動けないことには容疑者も調べようがありません。八方塞がりであることに変わりはなかった。妹さんのご友人と会うまでは」
蘭丸は乾いていた唇を湿らせる。
「どういう経緯で遭遇したのかは知りませんが、妹さんの友達はストーカー候補三人の動向を調べていました。あなたはどうにかこうにか、その方と協力を取り付けた」
「彼女が家の周りで聞き込みをしているところを目撃して、声をかけたんだ」
「なるほど。そうしてあなたは容疑者の情報を得た。聞いたのは若い男性の声だったでしょうから、五十代の冴沼さんは除外されます。あなたは残り二人の声を聞くべく、池崎さんがバイトをしている書店、今泉さんが経営している弁当屋へ声を聞きにいった。しかし、どちらもあの夜に聞いた声ではない。三人の中に犯人はいなかった。悩むあなたに、メディアの報道が飛び込んできました。被害者はまず相談していた警察官に電話を入れ、その警察官は上司に妹さんの家へ向かってほしいと連絡をした、というね。現場にいたあなたからすれば、それは明らかな誤りだと気づいたはずです。そして、そんな嘘をつける人間は最初に連絡を受けた警察官だけであることも」
蘭丸は唾を飲み、
「あなたは妹さんの友達から、妹さんが町の交番に相談したことを聞き出します。そのうちの一人が親身に接してくれたらしいことも。あなたはそれが犯人だと悟る。しかし、その友人は警察官の名前までは知らなかった。大の警察嫌いだったようなので、交番には聞き込みにいかなかったのでしょうね。警察の言うことなんて信じないと公言するような方ですし。あなたはその人物を突き止めようとしますが、指名手配犯には簡単なことではありません。真正面から乗り込めば他の警察官に逮捕されてしまう可能性が大。せいぜい遠目に交番を観察するのが限度です。妹さんの友人を代わりにいかせるのも、あなたの復讐という目的を考えるとよろしくない。おそらく、その方は犯人を捕まえることを目的としていたのでしょう。あなたも彼女に話を合わせていた。その警察官が怪しいという話をしてしまえば、復讐の機会を奪われかねませんから」
「それもあるが、単純に彼女を殺人犯に近寄らせたくなかっただけだ。下手なことを口走って目を付けられたら、彼女の命も狙われかねない」
「それはご親切なことで。……あなたはどうしても犯人の顔と声を一致させなければなりませんでした。これも知人の刑事に調べてもらったことなのですが、あの交番は三交代制で、二人一組三グループの警察官たちが勤務しているそうです。あなたは遠目から観察を続け、交番の面子とシフトを知った。それがわかれば、妹さんの友人から妹さんが警察に相談しにいった日付と大凡の時刻を聞き出し、そこから逆算すればどのグループが担当だったのかがわかります。あなたが辿り着いたのは、二十代の男二人のグループでした」
大した行動力と忍耐力です、と蘭丸は呆れ混じりに賞賛すると、更に続ける。
「そこからも大変です。あなたはどちらか一方の顔と声を一致させる必要がありましたから」
一方でよいというのは、例え犯人ではないハズレを引いても、二択ならば消去法で答えが決まるからだ。
「交番に電話をかけるというのも、受話器越しでは正確な声が聞けませんし、電話に出た相手の顔もわからない。帰宅途中に声をかけるというのも、容疑者二人ともあの警察寮に住んでいるので、一緒に帰るのがいただけない。犯人がどちらかわかっても二対一では勝ち目は薄いですし、お得意の爆弾も無関係のもう一人を巻き込みかねないので使えません。その場は逃げようにも、金村総司だということがバレたら追われて全てがおじゃんです。……迷った末に、あなたは一計を案じた。騒ぎを起こすことで、容疑者を任意の現場に引っ張り出そうとしたのです」
金村は目で蘭丸に続きを促す。彼女は嘆息しつつ、
「……しかし、ここでも問題が生じます。野次馬に紛れて顔と声を確認しようにも、あなたは指名手配犯。顔は晒したくない。でも騒ぎの中、顔を隠していては怪しまれること必至です。野次馬の中でおかしな挙動を取るのは、リスクが高すぎる。とはいえ距離を取っては肝心の声がよく聞こえない。そこで、月代探偵事務所を利用した計画を立てたわけですね?」
蘭丸はため息を吐く。
「野次馬になりたくなかったあなたは、ちょうどいい立地にあった探偵事務所の威を借りた。ゴミ捨て場を爆破すれば、110番通報を受けた警察署が近くの交番の警察官を向かわせる。現場が村根ビルの利用者が使用しているゴミ捨て場となれば、警察官がビルへ軽い聞き込みや注意喚起にやってきます。あなたは探偵事務所への依頼人を演じることで、野次馬から距離を取りつつ若い警察官の声を聞くことに成功した。あの警察官が去るとき、あなたがちらっと振り向いたのは、彼が離れるのを見届けるためではなく、あの警察官の顔を見るためだったんですね。そして、あの警察官こそが内海でした。爆弾で警察官を呼び出し、月代探偵事務所に聞き込みにこさせること……それがあなたの、唯一の目的だった。私たちは体よく利用されてしまったわけですね」
金村は端から蘭丸の力などあてにしていなかった。彼はあの場で誰も知らない解決編をたった一人で行っていたのだ。爆弾による脅しも、事件の情報をつらつらと述べていたのも全て、警察官がやってくるまで場を繋ぐための茶番に過ぎなかったのだ。