表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

成長記録 宴の庭の日の王子様







 しゃき…と独特の音を立てて、髪が切り落とされる。

 髪切りを任された侍従は、思い切りよく一気に切り落とす。落とされた長い髪は束ねられ、用意された紙の上に置かれた。

 控えていた侍従長がそれを丁寧に包む。


「祈願成就、でよろしいのでしょうか?」

「うん。今日中に神殿に渡して欲しい」

「畏まりました」


 すっきりした髪を更に櫛で梳きながら、侍従が整えていく。しゃきしゃきという音が耳元で続く。


「ヴェルディ様、前髪を整えますので、目を伏せて頂けますか?」


 言われるがまま閉じると、僅かに冷たい鉄の感覚が額をなぞった。ふわりと顔を柔らかいものが霞めていく。少しだけチクチクとした感覚もある。

 その後も何度か櫛が通され、鋏を当てられた。

 やがて動きが変わる。顔や首周りに付いていただろう細かい毛を払うブラシがかけられた。体を覆っていた布も外された。


「如何でしょうか?」


 鏡を渡される。

 長かった髪は自然に流れるように整えられていた。

 ヴェルディはしばらく眺めていたが、ふと壁際に佇む近衛騎士へと目を向ける。


「あれくらい短くても……」

「駄目です」


 侍従はにっこり笑って拒否する。暫く見つめ合った後、もう一度笑顔のまま「駄目です」と繰り返された。

 溜息と共に諦める。

 ハロンがくくっと嗤う。


「そりゃあダメだろ。王子様?」

「そういうものか」

「そういうものだよ」


 さっぱりした首筋に風が通り、思わず手を当てる。


「寒い」

「襟巻でも巻いとくか?慣れるまで」

「…そうしようかな」


 真面目に答えてみると、本当にすぐに出てきた。

 差し出す侍従をしばらく見つめ、無言のまま受け取る。そして首に巻き付けた。

 冷たい空気が遮断されて暖かいが、やはり異様な光景だ。そっと外して侍従に返す。


「あ~あ、ホントに短くなっちゃって。明日シェリオンが見たら、驚くだろうなぁ」

「驚くかな?」

「驚かないか?普通に」

「……驚かないような気もするな」

「いや、あれは驚きが表情に出ないだけで、今は普通に驚くと思うぞ」


 幼馴染の近侍は今日は非番だ。今頃、婚約発表を兼ねたガーデンパーティの支度に忙しくしているのだろう。

 その光景を想い、ふっと口元が緩む。

 あれから、シェリオンの表情は劇的に変わった。淡々と仕事をこなすだけだったのが、いちいち口を挟んでくるようになった。やっぱり怒ってばかりではあるのだが。


「願を掛けた甲斐があった」


 口の中で呟いた言葉は傍にいたハロンにも聞き取れなかったようだ。キョトンとした顔と目が合う。

 それを笑みで誤魔化して。


「さあ、仕事をしようか。明日シェリオンに怒られない程度に」


 近衛たちと侍従を引き連れ、王子宮を出る。

 やはり短くなった髪は目を引くようで、すれ違う宮仕え達が一様に二度見してきた。

 執務室に入れば、執政官たちも同様で、挨拶しようとした口から別の言葉が飛び出てくる。


「殿下?」

「尻尾をどこに置き忘れてきたのですか!?」

「…お前たちが私の髪をどう思っていたのか、よくわかった」


 まさか尻尾と言われるとは思っていなかった。

 あまりの失言に、背後に控えている近衛騎士が笑いを堪えている気配がする。

 突っ込む気にもなれずに、机に向かう。暫く誰かしらに何かしら言われるのだろう。

 

「はっ!失恋ですか!?」


 取り敢えずこいつは減俸でいいだろうか。






   ◆◇◆◇◆◇






 王都の大神殿を訪れた王宮からの使者は、恭しくそれを差し出した。司祭もまた丁寧に受け取る。

 良質な御料紙に包まれたそれは、キラキラと輝く金色の髪。

 これから他の供物と一緒に祭壇に捧げられ、司祭たちの祈りを受けた後、火にくべられて天に還される。

 司祭が受け取ったそれに、別の細長い紙を巻き付けた


「それは?」


 使者も祈願成就の後の祈祷は初めて見る。

 司祭は紙を千切れないように結びながら答えた。


「こちらは、王太子殿下が誓願を書かれ、納めたものになります。成就した際には共に燃やし、この願いが叶いましたと神にご報告するのです」

「なるほど」


 司祭が型通りに紙を結ぶのまで見届けて、使者は帰っていった。後は神殿の仕事だ。




 司祭は祭壇に髪を置く。後から見習いたちが一緒に届けられた供物を並べていく。

 指示を出しながら、司祭は王太子があの誓願書を書いた日を思い出していた。

 酷く憔悴した顔で、王太子は司祭に訊ねてきたのだ。


 ──友人を助けたい。でも、僕の力なんて何の役にも立たないから、神のお力を借りたい──


 神殿であっても、噂話は届く。まして、犯罪にかかわる話となれば。

 司祭は民間の願掛けと共に、神への誓願の書き方を教えた。神は人とは時間の流れが違うから、生きている内には叶わないかもしれないとも伝えて。

 「それでもいい」と王太子は言った。そして願った──どうか、幼馴染たちに笑顔が戻るように。幸せになってくれるように──と……


 準備が整い、司祭は寿ぎの祈りを紡ぐ。

 次は貴方にも幸いが訪れますようにと、ささやかな願いを込めて。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ