日直戦争【後攻】
【登場人物】
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。右隣の席に座っている人が苦手。
梅雨明け後、気温がぐんぐん上昇し毎日が「真夏日」か「猛暑日」の二択しかない絶望的な暑さの中、せめてもの救いである「受験勉強の影響が比較的少ない高校1年の夏休み」の到来をまだかまだかと待ちわびている7月中旬のある日。
6時限目の授業が終わり、クラスメイトが部活や帰宅で教室を後にしていく中で、釜無高校1年3組の《御勅使 美波》はこの日、4回目の日直のために教室に居残っていた。そう、私のことだ。
「じゃあねー美波、アタシ部活行ってっから!」
「はいよー! あっ遊! もし陸上部の小瀬先輩見かけたら、今日は日直だから遅くなるって伝えてくれる?」
「ええーっ! そんなのアンタがニャインすりゃいいじゃんけ」
「そりゃそうだけど……どうせ部室近いんだし顔合わせるでしょ!? けちー」
「わーったよ、陸上部だったら誰でもいいずら?」
会話の相手は私の中学時代からの友人、《玉幡 遊》。ネタではなくガチの甲州弁を話すウチのクラスの学級委員長だ。ちなみに彼女はソフトボール部で部室が隣同士、なのでお互いの部員とはよく顔を合わせることが多い。
「あっ!」
教室を出ようとした彼女が突然、思い出したように私のところに引き返してきた。そして私の耳元でささやくように……
「おい……2人っきりだからって……いかがわしいこんしちょし~!?」
「なっなななっ何考えてんのアンタは! するワケないでしょー!!」
「いやいや、アタシは委員長としてだなー、風紀の乱れは良くないと……」
「とっとと部活に行け(怒)」
――乱れているのはオマエの脳内だ。
玉幡 遊の余計な一言の理由、それは教室に残っているもう1人の日直のことを言っている。
このクラスの日直は、一番右前の席から順番で「横に」2人1組で回していく決まりだ。たまに日直に当たった人が欠席した場合、ズレることもある。
列は男女でわかれているので日直は自然に男女ペアとなる。私の席は左から2番目なので組むのは「右隣の男子」か「左隣の窓際の男子」そう、私がいま教室内で一緒にいるのは……
――《赤坂 大》君だ。
赤坂君と日直を組むのは今回で3回目だ。1度だけ「右隣の」高砂君と組んだことがあるが、黒板の高い所を消せない私に対して、それをネタに何度もイジってきて最悪だった。頭にきたのでその時のヤツの暴言をこっそりスマホで録音、データをクラスの女子のニャイングループで共有した。翌日、ヤツはクラスの女子全員からシカトされた。特にクラス一の巨乳女子・水辺さんは胸の大きいのがコンプレックスで(私からしたら羨ましい限りだが)、普段から『私、体型をネタにする人キライ!』と言っていたので全力で嫌っていた。これにはかなりショックを受けていたようだ……ざまあみろ!
その点、赤坂君は私の低身長のことを一度もイジってきたことはない。そりゃそうだ、彼は私よりわずかながらだが身長が低い。そういえば赤坂君も一度だけ、1つ後ろの一番右側の席にいる《鶴城 舞》ちゃんと日直組んだことがあった。舞ちゃんは私の友達、吹奏楽部でクラリネットを担当しているとっても女子力の高いカワイイ子だ。
赤坂君も舞ちゃんの可愛さに心動かされたことだろう。でも安心したまえ!彼女はF組に「ユウキ君」という同じ吹奏楽部の彼氏がいるのだ……残念だったね!?赤坂君。
2人で教室の窓の戸締りを確認し、赤坂君は6時限目に書かれた黒板の文字を消していた。私は一番前に座っている《上条 志麻》ちゃんの席で学級日誌を書いている。ちなみに志麻ちゃんも仲のいい友だちで私よりも背が低いメガネっ子だ。
日誌を書きながら、ペンケースから出した「消しゴム」に目をやる。消しゴムカバーで隠れた場所にこっそり赤坂君の名前を書いてある。ベタな「おまじない」だが、5月に彼の名前を書いてまだ4分の1も減っていない……使い切るのはいつだろう?それに使い切ってもこの恋が成就できるのか?
不安はあるが、今は教室に2人っきりというこの空間に幸せを感じていよう。
赤坂君は後ろにある自分のイスを教壇まで持ってきて、それに登り黒板の文字を消し始めた。わざわざ自分の席から持ってこなくてもいいのに……。
彼との日直も3回目となると暗黙のルール?で役割分担が決まってくる。私たちはどちらも「低身長」なので黒板消しが大変な作業になる。イスが必需品だ。2回目からはこうやって赤坂君がイスを持ってきて自主的に行っている。おそらく私が制服でスカートだから気を遣っているのだろう。でも実は、部活にすぐ入れるようにランパン(ランニングパンツ)を下にはいているので全然問題はない(笑)。
ところで、なぜ私が自分の席ではなく最前列の志麻ちゃんの席で日誌を書いているのか?それは、黒板消しをしている赤坂君に少しでも近づきたいからだ。
というのも、彼はその身体に比例するかのように声が小さい。このくらい近くないと会話ができないのだ。
しかも彼から話題を振ってくることは皆無なので私から話を振っていくしかない。でも私だって「好きな男子」に対してどんな感じで話しかければいいのか正直わからない。とりあえず無難な話からはじめるしかない。
「あ~ゴメンね~赤坂君! 黒板消しやらせちゃって」
「え……う、ううん」
赤坂君は黒板消しに苦戦している。と、いうのも6時限目の数学担当の池田先生はとても背が高く、めっちゃ細かい数式を黒板の一番上からびっしりと書く。この授業の後で黒板の文字を消すのは「罰ゲーム」に近い。今日は最後でよかった。休み時間が短いとちょっとしたパニックになる。
「まったく……数学の池田先生って黒板の一番上までびっしり書き込むから消すの大変だよね~!?」
「う……うん、そうだね」
…………
――はぁ。
私は小さくため息をついた。
――これだよ。
彼とは「会話が続かない」のだ。
赤坂君が「コミュ障」っぽい性格なのはなんとなくわかる。彼から話しかけることは絶望的にない。
なので、こちらからパスを出すのだが、こんな反応しか返ってこないので、これ以上会話として続けられないのだ。
これって私の話の振り方が良くないのだろうか?彼と共通の話題がもっとあればよいのだが、そこまで詳しく知らないし、詳しく知るためにはもっともっと彼と話をしたいのだが、それには学校だけの時間では足りない。
あ~あ、彼とニャインとかでつながっていればなぁ~、もっと色んなことを知ることができそうだし、面と向かって話せないことももっともっと話せると思うんだけどなぁ……なので、
――赤坂君のニャインIDが知りたい!!
そんな事を考えながらふと黒板の前にいる赤坂君を見ると、彼の動きが止まっているのだ。
どうやら黒板の一番右、「日直」のところに書かれた私たちの名前をじっと見つめている。
――え? 何、私たちの相性診断でもしてる?きゃー♪ って……じゃないよな。
どうやら私の苗字『御勅使』を見ながら考え事をしている……まあ仕方ない。
確かにこれを「みだい」とは普通は読めないだろう。正解を知っていてもこれが『御勅使』とは一般的に結びつかないと思う。
特に「勅使」は一般的に「ちょくし」と読む。なんでこれを「だい」と読むのか正直私にもわからない。
そっか~そんなことを考えているのかぁ~と、思っていたとき、突如として私の心にある疑問が浮かび上がった。
あれ? そういえば私、まだ赤坂君から……
――名前で呼ばれたことが一度もない。
ま……まさかとは思うけど、この人……
――私の名前を知らない!?
いやいやいや、そんなまさかね~?
「みだい」って名前は知っているよね? 単に『御勅使』という漢字に当てはまらないからそこで考え込んで漢字クイズを解いているだけだよね?
でも、黒板を見つめている赤坂君の表情は漢字クイズを解いているというより、まるで花瓶を割って困っている子供のような感じ……私にはそう見えてきた。
――まさか!? いや、でも……
そんな疑問が不安へと変化した私の心の中の戦争が……
【開戦】
おいおいおいおい……
うっそだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
えっ?ってことは私――
ずっと好きだった男の子に名前すら覚えられていないのぉおおおおおおお!?
1学期も終わるというこの時期に?そもそも好きとか嫌いとか以前にクラスメイトの名前を知らないなんてマジでありえないでしょ!?
赤坂くん! アナタとは席も隣同士だし今まで3回も日直組んでいるし、お弁当を忘れたときもいろいろ話したじゃん! 他の女子に比べて私とは交流があるほうだと思っていたけれど。
本当に私の名前を知らないの? それとも『御勅使』という漢字を不思議に思っているだけなの? ……どっちなんだろう。
不安だ。怖いけど本人に確認するしかない……知っていると信じたいけど。
疑ってかかって知っていたなら赤坂君に対して失礼だ。ここはひとつ、冷静に対応して「探り」を入れていくことにしよう。黒板の前で立ちすくんでいる赤坂君の背後から近づきこう声をかけた。
「珍しい苗字でしょ? 漢字だけだとなかなか読まれないのよねぇ~……
でも赤坂君、当然、クラスメイトだから名前……読めるよね?」
…………あれ?
反応がおかしい。
小刻みに震えて振り向いた赤坂君の目が泳いでいる……いやマジで読めないのか? って言うか……
――本当に私の名前知らない?
いやだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
ウソでしょ!? ウソウソ信じたくない!!
何かの間違いだと思いたい。怖いけどもう一度聞こう。
凄んで聞くと、もし知っていても記憶が飛んでしまう可能性もあるからここは優しくソフトに……
「ん、どうしたの? 読めるよね?」
赤坂君はしばらく沈黙したのち、
「う……うん、もちろん知ってるよ!」
と答えたがその声は完全に裏返っていた。しかも体中汗をかいている。確かに今日は暑いがそれとは何かが違う。
又聞きのうろ覚えでもいい!「みだい」じゃなくて「みない」や「みたい」でも、そのくらいの間違いだったら許す!知ってんだったら答えてくれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
…………
こう着状態が続いた。
『知ってるよ』――このセリフ絶対ウソだ~! 完全に知らないな?
このまま時間を止めてはダメだ。部活もあるし、もう少し急かしてみよう。
「ちょっと赤坂君! 本当は知らないんじゃないの!?」
少しイラついたトーンで赤坂君に煽りを入れてみた。
「え、ええええっとわかってるよ! ……じゃあ、言うね」
いやたぶんわかってないだろう。でもいい、こうなったらカンでもいいから当たっていれば許す!だから早く答えろ!!
「えっと……『み』……」
そぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!『み』だよぉおおお『み』!『み』!『み』ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
「う、うんそうそう!『み』よ!」
あと2文字!『ない』『たい』『かい』全部オッケーにするよぉおおお!
「み……『みちょくし』さん!!」
「え?」
頭の中に「ゴーーーーン」という大きな音が響いた。例えるなら身延山久遠寺の鐘の中に入って撞かれた感覚だ。
――『みちょくし?』私は自分の耳を疑った。
確かに『勅使』は「ちょくし」と読むけどさぁ~、『みちょくし』って……せめて『勅使河原』と書いて「てしがわら」という苗字があるんだから「みてし」とかって発想なかったのかなぁ~まあそれも変わっているけど。
どっちにしろ私の名前を知らなかったのは確定だ。「み」だけ合っていてもこれは「惜しい」とか「かすった」というレベルではない。
ショックだ。ショック過ぎて声も出せない状況だが、私は自分の手をぐっと握りしめ声を絞り出すようにしてこう言った。
「ぉい!……このクラスにそんなトリッキーな名前のヤツいるか?」
この高校に入学して、このクラスになって、クラスメイトが最初のホームルームで「自己紹介」して、授業始めの出欠確認で「名前を呼ばれ」て、授業中も先生に「指名」されて、友達同士で「名前を呼び合って」……早4ヶ月。
――どこに『みちょくし』なんてヤツがいた? あぁああああああああああっ!?
私は怒りに震えた。肩が小刻みに震えているのがわかる。でも――今は怒りを超える感情が私の心の中を包み込んでいた。
――悲しい。
――空しい。
――情けない。
入学早々、最初のホームルームがあった日に欠席した人がいた。翌日、コソコソと挙動不審な態度で登校して私の席の隣にやってきたのが赤坂君だ。
その日の授業の出欠確認で彼の名前と、返事の声があまりにも小さすぎて先生から「おーい、いま蚊が返事したのかー?」と突っ込まれクラス中が爆笑したことを覚えている。
私は、背が低いけど活発な方なので、男子からはあまり「女性として」扱われずいつも下に見られていた。
でも赤坂君だけは背丈も態度も私のことを下に見ることはなく逆に、この日直の黒板消しのように私に対して気を遣ってくれたりもしたのだ。
――いつしか私は、赤坂君のことが好きになっていた。
私が消しゴムを落とした時、拾ってくれたのがうれしかった(渡し方に若干の不満はあったが)。
前の席の水辺さんの透けブラをみてニヤついていたときはメチャ嫉妬した。
お弁当を忘れたときは、周りに気付かれないようにどうやって助けてあげようか必死で考えた。
日を追うごとに、私は赤坂君のことを「なんとなく好き」から「むちゃくちゃ好き」に変わっていったのに……
――全てがムダな時間だった。だって……
当の本人は私のことを好きとか嫌いとかいう以前に――
私の名前すら知らなかったのだ。
恋人以下? 友達以下? いや、クラスメイト以下=赤の他人だ。
そんなことを考えていたら……泣けてきた。
〝グスッ〟
いやいや美波、そこは耐えろ! そんな顔は赤坂君に見せたくない……と、自分に言い聞かせてみたが……ムリだ。
「うぅうっ……」
――涙が止まらなくあふれだしてくる。
もうぅわんぅわん大泣きしたい気分だが、そんなことをしたら完全に私の「ひとり相撲」だ。
勝手に惚れて勝手にショックを受けて勝手に大泣きしている私というおバカの「ひとり相撲」だ。
――私は、心の中で大泣きした。
うっうわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああん!何なんだよぉお名前すら知ってもらえないってぇえええええええクラスメイトなのにぃいいいいいい隣の席なのにぃいいいいいいパンまでおごってあげたのにぃいいいいいいもぉ何なのぉおおおおおおもぉおおおおおおおおおおおおおおこんな現実悲しいよぉおおおおおおおおおおおおお今までの努力が空しいよぉおおおおおおおおおおおおおこんな私が情けないよぉおおおおおおおおおおおおお!!
心の中で大泣きして、心の中にあったモヤモヤしたものが通り雨のように去っていった。すると今度は、別の感情がこみあげてきた。
――やっぱ赤坂君、おかしくない!?
いくらなんでも1学期も終わりのこの時期、隣の席でしかも日直を3回も組んでる相手の名前をいまだに知らないなんて……どう考えても普通じゃないと思う。
――だんだん怒りがこみあげてきた。
「え?……え?……あの……その……えっと……」
赤坂君……もとい、このコミュ障は私が突然泣き出したことでオロオロしている。私が泣いたのは「自分の情けなさ」と同時に「オマエの情けなさ」も原因だ!
「やっぱり……」
こんなコミュニケーション能力のないヤツは一発ぶん殴ってやる!もう好きな人とか関係ない、付き合えなくてもいい!吹っ切れた。
「オマエは許さねぇええええええええええええええええええええええええええ!」
黒板に押さえつけて身動きできないようにして殴ってやる。私は赤坂君に突進し、胸ぐらを両手でつかむとそのままの勢いで黒板に押さえつけた。
黒板が〝ドンッ〟と鈍い音を立て、張付いていたマグネットが何個かはじけ飛んだみたいだ。
「痛っ!!」
赤坂君が声を上げた。あっゴメン痛かった?……でも私の心の中の痛みはそれ以上なんだよ。
「1学期ももうすぐ終わるよ!4ヶ月経ってんだよ!……私は……私は最初から赤坂君のこと名前(苗字)で呼んでたよね!?……なのに……なのにぃいいいいいいいい!」
このまま一気に顔面をグーパンチしようと思ったが…………やっぱりできなかった。
私は、自分の今の感情を伝えるのが精いっぱいだった。
「ごっ!……ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいぃいい!ボッボクが悪いですぅうう!何でも……何でもしますから許してくださいぃいいいい!」
「はぁあ?何でもするぅ~~!?」
――また言ってきたな「何でもする」って。
「だったら……」
――私は興奮状態でそんなこと考えている余裕はないハズだが、
「だっっったらぁあ!」
――なぜかこのときして欲しいことがひとつだけ心の隅でスタンバイしていた。それは、
「ニャインのID教えろぉおおおおおおおおおおおおおお!」
赤坂君が裏返った声で
「へっ?」
と一言発した。
しまったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ私は何を言ってるんだぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?
「何で?」
赤坂君が聞いてきた。ですよねぇええええええええええええええええええこの流れで「何で?」ってなりますよねぇええええええええええええええええええ!?
思えばさっき、赤坂君と会話が続かないからニャインしたいなぁ~って考えていたんだっけ?でも名前すら覚えてもらえなくて、もう好きとかっていうのはやめようと考えていた相手に対してこれは不自然な要求だ。
「え……あっ……」
どうしよう、何かうまい言い訳を考えなくては……そうだ、
「あの……こっこここ今度ぉ、夏休みに入るからクラスのニャイングループ作ろうかっていう話があってさぁ~……だから……その……」
かなり苦しい言い訳だ。もちろんグループ作ろうなんて話は全く無い。あとは力業で押し切ろう。
「とっとにかく!ID教えてよ!何でもするって言ったよね?」
「う、うん……わかったよ」
納得してくれた。素直なヤツでよかった。
赤坂君は自分のイスを席に戻し、カバンからスマホを取り出した。
あれ?そういえば何も考えず話が進んだけど、このコミュ障はそもそもニャインやってるのかな?
「あ……ていうか赤坂君ニャインやってるよね?今さら聞くけど」
「う、うん……一応」
へ~やってんだ、意外だ。
赤坂君と2人で教壇に腰掛け、二次元コードを見せてお互いのIDを交換した。
登録された画面を見ながら、赤坂君がまた考え事をしているようだ。
――ああ、そういえばまだ正解教えてないや。
「〈みだい〉って読むの。変わった苗字でしょ?」
「え?そ……そうなんだ」
「〈み〉〈だ〉〈い〉って打っても普通は変換できないよ」
と言いながら、赤坂君のスマホの画面を一瞬見て思わずギョッとした。
友だち画面に2、3人しか登録されていなかったのだ……いくらコミュ障とはいえ少なっ!
「ゴメン赤坂君、登録してある友だち、ずいぶん少なそうだけど……」
思わず聞いてしまったと同時に、ある「疑問」が浮かんできた。
「あのさぁ……まさかと思うんだけど……」
――まさかコイツ、私以外の……
「赤坂君、もしかして他の……クラスメイトの名前とか……」
――知らない……とか?
赤坂君の目は完全に100メートル自由形。
「え?……マジで!?ウソでしょ」
怖い怖いコワい……怖いよマジでこいつ。どんだけコミュ障だよ。すると赤坂君は観念したようにこう言った。
「実は……最初の自己紹介の時に学校休んじゃって……それで」
「あ~そういえばあの日休んでいた人いたけど……そっか、赤坂君だったよね。え?でもその後だって(名前を)聞く機会あったじゃない!?信じらんない~」
――だったよね。と言ったが本当は休んだことを知ってる。でもそんな事まで覚えていたら「赤坂ストーカー」と思われそうなので知らないフリをしていよう。
ところでこの人は、どれだけクラスメイトの名前を知っているのだろうか?まさか遊(学級委員長)の名前まで知らないなんてことは……いや、まさか?
「で、でもさぁ~……がっ……学級委員長の名前くらい知ってるよねぇ?」
メチャクチャ怖いけど聞いてみた。
「う……んんうううん……」
――何だその「うん」とも「ううん」ともとれるあいまいな返事は!?
「え?まさか知らないの!?クラスの代表だよ」
「し……知ってるよ……」
「じゃあ言って」
もう猶予なんか与えないよ!私の(一応)大事な親友だ。間違えたら本人に伝えてやる!アイツならグーパンチじゃなくて「蹴り」がくるぞきっと。
「ええっと……たま……」
おっけぇえええええええええええええええええええ!「玉」まで知っていれば大丈夫だろう。あとは「幡」だぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「……たっ……たまばかさん!」
――は? ばか??
た ・ ま ・ バ ・ カ?
言うに事を欠いて「バカ」とは……おいおい、それは本人に対して失礼……うっ……「バカ」……
「ぷぷっ……」
やべぇ吹き出しそうだ……いやいやここは私も耐えないと……
「くっ……くっく……ふふっ……」
バカ……遊……玉……「バカ」……もっもうムリぃいい……
「ぷぁあ~っはっはっはっははははは~ひぃ~おかしいぃ~」
――もう笑うしかないわ。遊のバカっ面が頭から離れん。
「あははははははははは……あ、アンタねぇ~それ本人に言ったら間違いなく殺されるよ……ってあぁ~おかしいぃいいい」
――今度アイツの目の前で使ってやろう。た~ま~バカぁああああああああ!
それにしても委員長の名前も間違えるってことは、クラスのみんなの名前なんてほぼ知らないな。
「しょうがないなぁ~、後で座席表作って送ってやるから。夏休み中に名前を覚えなさい!」
せっかくニャインもつながったことだし、何か話のきっかけになるかもしれない。それと、友達が多すぎるのも考えものだがせめて赤坂君には一般的な交友関係ぐらい作ってほしいものだ。
こうして、私は新たな「目標」を立てて部活に向かった。
※※※※※※※
その日の夜――
お風呂上り、パジャマに着替えた私は自分の部屋でニャイングループのメンバー、遊や舞ちゃん、志麻ちゃんたちとトークしていた。
クラスの席順ってどんなんだっけ?という話題を私が振った。私だってC組全部の席順を覚えているワケではない。初めは「なんで今ごろ?」と聞かれたが、もちろんこれは赤坂君にあげるためのものだから彼女たちに理由は言えない。
みんな協力してくれたので席順はほぼ埋まった。最後に1ヶ所だけあいまいな所があったから明日確認しようということで解散した。
アプリを終了しようと画面を操作していたとき、お気に入りのリストにある赤坂君の名前が目に入った。
そういえば、今日はいろいろあったなぁ……
まさか好きな人の前で泣いてしまうとは思わなかった。おまけに感情的になって赤坂君に痛い思いをさせてしまうし……。
でも、今回は言いたいことを言ったおかげ?で赤坂君のことを少しだけど知ることができた。それに、私の「勇み足」だったが結果的に自分のニャインに「友だち」登録することができた。
でも、せっかく登録したのにまだメッセージも何も送っていない。
たぶん赤坂君はコミュ障だからこちらから先に送らなければ何もこないだろう。
ただ……何て送ったらいいんだろう?そういえば私、兄以外の男の人とニャインやったことないや。
やっほー生きてるー? ――軽いなぁ。
はじめまして、わたくしは――いや今度は重いわ。
ここは素直に
好きです! 付き合って――ってダメに決まっておろうがぁああああああ!
そういえば、赤坂君を黒板に押し付けて痛い思いをさせちゃった。謝ろう。
今日はゴメン! 痛かった? ――って、
元はといえばアイツが私の名前を知らなかったのが原因じゃないかぁあああ!
今日の「屈辱」を思い出してしまった。なので初めてのメッセージはこれだな。
私は――
『こんばんは!【みだい】美波です!』
と、【みだい】のところだけわざとひらがなでしかも括弧でくくって強調したメッセージを作り、それを10回連続で送った。
さすがに10回も送れば向こうも困惑して返信するだろうからそこへ「とどめ」として
『大事なことなので10回言いました~ww』
というメッセージ、そして『忘れるなよ~』という文字が書かれた私のお気に入りのキャラクターのスタンプを送ってやった。
しばらくして、赤坂君から初のメッセージが届いた。その内容は、
『御勅使さん、勘弁してください』
――完全勝利!今夜はぐっすり眠れそうだ。
【終戦】
※※※※※※※
〈1年後〉
今、私はその「コミュ障くん」と付き合っている。彼とは学校ではあまり会話がなくてもニャインではよく話をするようになった。
私の名前を知らなかったのはマジでショックだった。いや正確にはクラスメイトほぼ全員の名前も知らなかったようだ。
後日、私が書いた手書きの座席表をスマホのカメラで撮って彼のニャインに送った。彼はそれを夏休み中に暗記して、2学期に入ってすぐに全員の顔と名前を覚えたようだ。
今では彼も男女均等に(まあほとんど私と共通だが)友人を作っている。もっとも、彼に友達がいなかったのは他にも原因があったんだけど。
名前といえば……
付き合い始めてすぐに私は彼のことを『大くん』と下の名前で呼んだ。でも彼はいつまでも『御勅使さん』と他人行儀だったのである日、
「大くん、もう付き合ってだいぶ経つのにいい加減『御勅使さん』はおかしいと思うんだけど」
と業を煮やして言ってみた。
それ以降、彼は私のことを『美波さん』と呼ぶようになったが……う~ん、まだ目標には程遠いなぁ~?
目標?最終的には『だーくん』『みーちゃん』とニックネームで呼び合うこと!……もっもちろん2人っきりのときだ~け~で~す~よっ!!
あ、それと――
『御勅使』って名前、今はもちろん覚えていてほしいけど……いずれは忘れてもらってもいいかなって思っている。
なぜかって?それは何年後になるかわからないけど……その頃には私が
『赤坂』を名乗りたいから…………なんてね(笑)
最後までお読みいただきありがとうございました。次回をお楽しみに!