表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/38

日直戦争【先攻】

【登場人物】


◆赤坂 大(あかさか だい)◆

高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。右隣の席に座っている人が苦手。

◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆

高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。

 梅雨明け後、気温がぐんぐん上昇し毎日が「真夏日」か「猛暑日」の二択しかない絶望的な暑さの中、せめてもの救いである「受験勉強の影響が比較的少ない高校1年の夏休み」の到来をまだかまだかと待ちわびている7月中旬のある日。

 6時限目の授業が終わり、クラスメイトが部活や帰宅で教室を後にしていく中で、釜無高校1年3組の《赤坂(あかさか) (だい)》はこの日、4回目の日直のために教室に居残っていた。そう、ボクのことだ。



「それでは赤坂殿、拙者は先に帰らせていただくでござる」

「うん、じゃあね竜地君!」

「本日は左様な事情により一緒に帰れず誠にかたじけない……では、さらば!」

「いいよ別に!どんな感じだったかまた後でニャインしてね!バイバイ!」


 会話の主はボクの中学時代からの友人、《大垈(おおぬた) 竜地(りゅうじ)》君だ。彼はアニメやゲームなどの趣味でボクと気が合う。家も近いし2人とも帰宅部なので、いつも日直の日はお互いが終わるまで待っているのだが、この日は彼が大好きなゲーマーさんのライブ配信があるということで一足先に帰っていった。彼はオタクだがボクなんかより全然明るいキャラでとてもいいヤツだ。ただ、なぜか時代劇口調の話し方という変わったキャラでもある。


 さて、竜地君も帰った静かな教室にはボク1人……じゃなかった、もっ……もう1人い・る……ん……だった。

 このクラスの日直は、一番右前の席から順番で「横に」2人1組で回していく決まりだ。たまに日直に当たった人が欠席した場合、ズレることがある。


 列は男女でわかれているので日直は自然に男女ペアとなる。ボクの席は一番左、つまり窓際なのでボクと組むのは「1つ後ろの一番右側の席の女子」か「()()の……」そう、ボクがいま教室内で一緒にいるのは、あの――



 ――《右隣の席に座っている人》だ。



 しかもこの《右隣の人》とは今回を含め3回も日直を組んでいる。1度だけ《1つ後ろの一番右側の席の女子》と組んだことがあるが、とても優しそうな雰囲気で可愛らしい人だった。ただ、その分女子力がメチャ高くて、ボクは緊張して一言も話せず、この《1つ後ろの一番右側の席の女子》に言われたことを言われたままにやっただけ……という記憶しかない。

 まあボクのような「スクールカースト最下層」は女子と話すのは100万年早いということだ。そういう点ではこの《右隣の人》はただ「怖いだけの人」。ボク的には「女子に分類されない存在」なので少しは気が楽……()()()


 でもつい先日、ボクが弁当を忘れたとき《右隣の人》が、ボクを購買へ買い物(パシリ)に行かせたのに、やっぱ弁当あったとか言ってパンをボクにくれたことがあった。

 どう考えても不自然な行動で、はじめからボクにパンをおごるつもりだったようだ。それ以来、この《右隣の()()》のことが気になっていた。


「あ~ゴメンね~赤坂君!黒板消しやらせちゃって」

「え……う、ううん」


 ボクは6時限目に書かれた黒板の文字を消して、《右隣の女子》は一番前の席に座り学級日誌を書いていた。


「まったく……数学の池田先生って黒板の一番上までびっしり書き込むから消すの大変だよね~!?」

「う……うん、そうだね」


 ボクは身長147センチ、黒板の一番高い所まで消せないから自分の席のイスを持ってきて、その上に立って消している。カースト最下層なので他のクラスメイトのイスなど恐れ多くて使えない。

 《右隣の女子》も身長がボクとほとんど変わらないので、高い位置に書かれた文字はボクが自発的にこの方法で消すようにしている。スカートの女子にそのようなことは頼めない。


 黒板の文字をだいたい消し終わって、最後に一番右側の「日付」と「日直」の文字を消そうとしたとき、ボクの手が止まった。

 日直のところに書かれた名前――


 ――『御勅使』という字だ。


 もちろん一緒に日直を組んでいる《右隣の女子》の名前ということはわかっている。問題は――




 ――何て読むのだろうか?――という件。




 もちろん同じことは過去に2回あった。だが当時は《この人》は怖い存在で正直関わりたくなかったから、ぶっちゃけ知らなくても名前など呼ぶことのない存在だからいいや――と思っていた。

 けれど、先日のパンの一件以来、《右隣の女子》のことが(クラスメイトとして)気になる存在になってきた。しかもその時、お釣りも含めて300円ももらっていたから何かお礼がしたいと考えていた。


 ただ……何て読むんだ?かなりの「珍名」だ。


 黒板の前でしばらく考えていたら、学級日誌を書き終えた《右隣の女子》が背後から近づいてきてこう言った。


「珍しい苗字でしょ?漢字だけだとなかなか読まれないのよねぇ~……

 でも赤坂君、当然、クラスメイトだから名前……()()()()()?」



「!!!!!」





 ボクの心の中の戦争が――





【開戦】





 うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


 今まで《右隣の――》と呼んでいたからわかると思うが……

 そう、ボクは――


 ――この女子の名前を知らなかったのだぁああああああああああああああ!!


 っていうかボクは……



 クラスメイトの名前を(大垈君を除いて)()()()()知らなかったのだ!

 もうすぐ1学期が終わるというこの時期になっても……だ。


 もちろん名前を知る機会は何度かあった。

 まずは入学して一番最初のホームルームだ。最初にクラス全員「自己紹介」をすることになっていた。

 ここでお互いの顔や名前、特徴などを知ることによって、別々の中学校出身者でもこれを()()()()に新たな友達や仲間を作ったりできるお約束のイベントだ。


 しかし、ボクは自己紹介――つまり自分をアピールすることが大の苦手。とはいえ中学時代の陰キャな自分を払拭し、新たな自分を創り上げて華々しく「高校デビュー」しようと前日に猛練習したのだが……


 ――結局、緊張のあまり高熱が出てその日は学校を休んでしまった。


 他にも――授業初めに出席をとる先生はいたが、ボクは《あかさか》だから一番最初に呼ばれるが、いつも声が小さかったり裏返ったりして教室のあちこちから失笑を買ってしまう。それでいつも凹んでしまうのでそれ以降の出席確認はほぼ聞いていなかった。

 授業中に誰かが先生に指されることがあるが、ボクは自分が指される「恐怖(答えがわからないのではなく、1人だけ起立するという目立つ行動が怖い)」から逃れるべく、いつも下を向いて指された人の顔など見たことがなかった。


 結果的に、大垈君以外の名前は誰もわからず、また誰からも話しかけられることもなく「2次元趣味のチビ陰キャキモヲタスクールカースト最下層」で「ぼっち」キャラが確定したのだった。


 話を戻そう。今はこの《右隣の女子》、『御勅使』という難読苗字の読み方だ。

 どのような理由があろうと、さすがに入学してから4ヶ月、1学期も終わろうとしているこの時期、しかも日直を3回も組んで、先日はパンまでおごってもらった相手に対して――


 すみません、読めないです――は即時に殺されても仕方ない所業だ。


「ん、どうしたの?読めるよね?」


 いつもより優しい口調で聞いてきた。逆に怖いぃいいいいいいいいいいいい!

 これは完全に「試しにかかっている」口調だ。体中からヘンな汗が噴き出している。これは暑さのせいじゃない!


「う……うん、もちろん知ってるよ!」


 ………………・


 ウソついてしまったぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 ボクは「心の中で」頭を抱え込み机にバンバン叩きつけた。パニック状態だ。


 まてまてまてまて落ち着け自分!ここはひとつ冷静になって一つ一つの漢字を読みながら推理していこう。


『御勅使』のうしろ2文字、『勅使』はわかる――「ちょくし」だ!

 勅使とは「勅旨」を伝えるために天皇が派遣する使者のこと(byウィ●ペディア)だ。


 つまり、「(ナントカ)ちょくし」さんだ!これ以外には読み方がないのでこれで間違いないだろう!


 問題は『御』の文字だ。いくつか読み方がある。候補は――

「ぎょ」

「ご」

「おん」

「お」

「み」――だ。


 片っ端から当てはめてみよう。


「ぎょちょくし」さん――何か変だ、漁業関係者みたいだ。


「ごちょくし」さん――五目ご飯みたいだけど……まああるかなあ?


「おんちょくし」さん――「ONちょくし」?いやそれはない。


「おちょくし」さん――おちょくっているようにも思えるが……アリかな?


「みちょくし」さん――う~~~ん、全部あるようなないような……考えれば考えるほどわからなくなってきた。時間だけが過ぎていく。



「ねえ、本当にわかっているの?」



 《右隣の女子》がさっきより低めのトーンで聞いてきた。こっこれはマズい。

 何かヒントになるようなモノは……あっ!


 さっきまで学級日誌を書いていた《右隣の女子》のペンケースが目に入った。そこにイニシャルが書いてあった。

『M.M』だ!つまり――



 ――『みちょくし』さんだ!



「ちょっと赤坂君!本当は知らないんじゃないの!?」


 かなりイラついたようなトーンに変わった。これ以上の引き延ばしはムリだ。


「え、ええええっとわかってるよ!……じゃあ、言うね」


 ええい、ままよ!正直、「ちょくし」という呼び方には多少の疑問を持っているが覚悟を決めた!


「えっと……『み』……」

「う、うんそうそう!『み』よ!」


 《右隣の女子》は急にうれしそうな声になった。このまま一気にいこう!


「み……『みちょくし』さん!!」









「え?」








 《右隣の女子》が一言そう言うと教室内が〝シーン〟と、まるで時が止まったかのように静まり返り、心なしか風景がモノクロームになった気がした。

 しばらく沈黙の時間が過ぎたのち――


「ぉい!……このクラスにそんなトリッキーな(奇をてらった)名前のヤツいるか?」


 《右隣の女子》はそう言うと、下を向いて肩を小刻みに震わせていた。



 ま……


 間違えたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 これは確実に「死刑」モノだ。席が隣同士で、今まで日直を3回も組んで、しかも消しゴムを渡したり「透けブラ」の一件でメモをやりとりしたり……で、先日はパンをもらったり、このクラスの女子の中で一番関わりがあったであろう《右隣の女子》の名前を間違えてしまうとは……


 まだ《右隣の女子》は無言のまま下を向いたままだ。


 これは必要性がなかったとはいえ、確実にクラスメイトの名前を覚えようとしなかったボクが悪い。

 顔を上げた瞬間、グーパンチが飛んできても我慢しよう。ボクは目をつむり歯を食いしばって覚悟を決めた。


 しばらくその態勢でいたがグーパンチが飛んでこない。すると前方から――


 〝グスッ〟


 と、鼻をすするような音と


「うぅうっ……」


 という声が聞こえた。なんだろうと思ってそーっと目を開けると……



 ――えっ?



 ――えっ?




 ――えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?



 み……《右隣の女子》が……



 ――泣いてるぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!!


 《右隣の女子》は真っ赤になった顔をくしゃくしゃにしながら目から大粒の涙を流していた。


 ――ええええええっ!?どうしようっどっどうしようっえっええええ~!?


 小学生のとき、女の子にイジメられて泣かされたことはあったが、女の子を泣かしたことはボクの人生の中で一度もない。


「え?……え?……あの……その……えっと……」


 ――ボクはどうしていいかわからなかった。頭の中が大パニックになった。

 すると《右隣の女子》は再び下を向き、


「やっぱり……」


 と小声で呟くと再び顔を上げた。その表情は先ほどとは一転して、鋭い眼光でこちらを睨みつけた。そして、


「オマエは許さねぇええええええええええええええええええええええええええ!」


 と叫ぶとボクに突っ込んできた。そして《右隣の女子》はボクの胸ぐらをつかむとすごい勢いでボクを黒板に押し付けた。


 黒板が〝ドンッ〟と鈍い音を立て、張付いていたマグネットが2、3個はじけ飛んで床に落ちた。


「痛っ!!」


 背中と後頭部を黒板にぶつけた。とても痛かった。


 しばらくそのままの態勢が続いた。《右隣の女子》の両腕は黒板に押さえつけたボクを離さなかった。


 あ、この態勢ってまさか……


 ――『壁ドン!?』


 いや、黒板だから「黒板ドン」か?チョークを置く場所(粉受)が背中に当たって少し痛い。


「1学期ももうすぐ終わるよ!4ヶ月経ってんだよ!……私は……私は最初から赤坂君のこと名前(苗字)で呼んでたよね!?……なのに……なのにぃいいいいいいいい!」


 《右隣の女子》はボクを押さえつけたまま、再び涙声になってこう言った。


 わっわかりましたボクが全面的に悪いです!だから興奮しないでください、キレないでください!

 こうなったら一言でも多く謝ろう!キレられても困るし泣かれても困る。


「ごっ!……ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいぃいい!ボッボクが悪いですぅうう!何でも……何でもしますから許してくださいぃいいいい!」


 また言ってしまった……クセになっているようだ。でも仕方ない、今回はどんな理不尽な要求でも聞き入れよう。


「はぁあ?何でもするぅ~~!?」


 何か急に《右隣の女子》の目の色が変わったような気がする。怖いなぁ~何言われるんだろ?


「だったら……」


 こっ怖い!思わず息をのんだ。


「だっっったらぁあ!」


 怖いコワイこわいぃいいいいいいい~!

 もうボクが泣く寸前だ――


「ニャインのID教えろぉおおおおおおおおおおおおおお!」






 ………………・


「へっ?」


 思わず声が裏返った。突然のしかも予想外の要求でワケがわからなかった。



「何で?」


 ボクは思わず聞き返した。《右隣の女子》もまるで自分が言ったセリフなのか理解できないように呆然としていた。



「え……あっ……」


 《右隣の女子》は慌てるように、


「あの……こっこここ今度、夏休みに入るからクラスのニャイングループ作ろうかっていう話があってさぁ~……だから……その……」


 《右隣の女子》はボクから両手を離し、バタバタさせながら焦るように言った。

 え?でも何で今この状況で?


「とっとにかく!ID教えてよ!何でもするって言ったよね?」

「う、うん……わかったよ」


 ボクは自分の机に行き、カバンからスマホを取り出した。


「あ……ていうか赤坂君ニャインやってるよね?今さら聞くけど」

「う、うん……一応」


 友達はほとんどいないけどニャインはやっている。とはいっても登録してあるのはお母さんと、唯一の友、大垈君だけだが。

 ボクは黒板の前にいる《右隣の女子》の元に行き、2人で教壇に腰掛けた。そして《右隣の女子》に二次元コードを見せ、お互いのIDを交換した。


 はじめての「異性の同級生」が登録された。まあ同級生は他に大垈君だけだが。

 あ、そういえば……スマホの画面を見ながら思い出した。


『御勅使』――結局、何て読むんだ?

 察したように《右隣の女子》が言った。


「〈みだい〉って読むの。変わった苗字でしょ?」

「え?そ……そうなんだ」


 さすがに読めるワケがない。これがゲームなら完全に無理ゲーだ。


「〈み〉〈だ〉〈い〉って打っても普通は変換できないよ」


 と言いながら《右隣の女子》じゃなかった《御勅使さん》がボクのスマホ画面を見て少し引いたような顔をした。


「ゴメン赤坂君、登録してある友だち、ずいぶん少なそうだけど……」


 ――おっしゃる通りです。


「あのさぁ……まさかと思うんだけど……」


 ――え?ナニナニ?何を言われるんだろう。


「赤坂君、もしかして他の……クラスメイトの名前とか……」


 ――ぎっくぅうう!!そっ……その「まさか」なんですけどぉ~。


 しらばっくれていたがボクの様子を見た御勅使さんは、


「え?……マジで!?ウソでしょ」


 信じられないといった感じで声を上げた。ボクは正直に答えた。


「実は……最初の自己紹介の時に学校休んじゃって……それで」

「あ~そういえばあの日休んでいた人いたけど……そっか、赤坂君だったよね。え?でもその後だって(名前を)聞く機会あったじゃない!?信じらんない~」


 はい、ごもっともです。ボクがコミュ障な故にこうなって現在に至ります。


「で、でもさぁ~……がっ……学級委員長の名前くらい知ってるよねぇ?」


 学級委員長――ボクが弁当忘れて購買から帰ってきたとき、ボクの席に座って御勅使さんと一緒に弁当を食べていた甲州弁のクセが強い人だ。

 正直、名前を知らない。ただ、委員長で目立つ存在なので何度か名前を耳にはしている。


「う……んんうううん……」


 ボクは小声で「うん」とも「ううん」ともとれるようなあいまいな返事をした。


「え?まさか知らないの!?クラスの代表だよ」


 あいまいな返事に御勅使さんは、ウソだろ?って感じでボクの顔を見た。これはマズい。


「し……知ってるよ……」

「じゃあ言って」


 またしても絶体絶命のピンチだ。でも確か「玉なんとか」さんだったことは覚えている。

 そして以前、何かのプリントで漢字で書かれたのも――確か、苗字は


『玉幡』


 ――だったハズだ。


 問題は「たま〈は〉た」と読むのか「たま〈ば〉た」と読むか?

 ボクの予想は「たま〈ば〉た」なんだが……自信はない。


 今ここに本人がいないとはいえ、この人は御勅使さんの友達だ。間違えたらシャレにならない。

 とりあえず「ば」「は」どちらでも聞こえるような発音でごまかしてみよう。


「ええっと……たま……」


 御勅使さんはウンウンうなずいて聞いている。


「……たっ……たま()()さん!」




 し……しまったぁああああああああああああああああああああああああああ!

 ごまかそうと思ったら滑舌が悪くて「ばか」なんて言ってしまったぁああああ!


 さすがにこれはマズい。自分の友達が「ばか」呼ばわりされたらそりゃ怒るだろう。いくら過失でもこれは「鉄拳制裁」あるいは「本人に報告」されてボコボコにされるパターンだ。


 御勅使さんはしばらく下を向いて肩を小刻みに震わせている。あれ?既視感(デジャヴ)?さっきと同じような光景だ。

 こりゃ良くてビンタ、最悪グーパンチだろう。ボクは歯を食いしばって覚悟を決めた……すると、


「ぷぷっ……」


 という空気が漏れたような声、そして


「くっ・・くっく……ふふっ……」


 御勅使さんは押し殺したような声を出したかと思ったら次の瞬間、


「ぷぁあ~っはっはっはっははははは~ひぃ~おかしいぃ~」


 一気に噴き出して大笑いした。


「あははははははははは……あ、アンタねぇ~それ本人に言ったら間違いなく殺されるよ……ってあぁ~おかしいぃいいい」


 笑いのツボにハマったようだ。それにしてもこの人、泣いたり怒ったり笑ったり……感情の起伏の激しい人だ。

 今まで、単に怖いだけの人かと思っていたが、もしかしたら一緒にいると楽しい人かもしれない。


「しょうがないなぁ~、後で座席表作って送ってやるから。夏休み中に名前を覚えなさい!」


 そう言うと御勅使さんはそのまま部活に向かった。ボクは学級日誌を職員室に届けてそのまま帰宅した。



 ※ ※ ※



 その日の夜――


 明日の授業の予習を終えたボクは自分の部屋で、友人の大垈君と今日の生配信の感想などをニャインでやりとりしていた。

 大垈君とのやりとりを終え、ニャインの画面を見たら、御勅使さんの名前が目に入った。


 そういえば、今日は色々あったなぁ……


 ついこの間まで他のクラスメイト同様、スクールカースト最下層のボクが絶対関わる事のない人だと思っていた。


 そんな人を、まさか自分のニャインに「友だち」登録することになるとは……


 そういえばせっかく登録したのにまだメッセージも何も送っていない。

 でも……どんな内容の話をしたらいいんだろう?全くわからない。


 あっそうだ、まだパンのお礼を言ってないな。お礼をしておこう。でも、どんな風に送ったらいいんだろう?


 あいさつ?――どんな感じで?


 真面目に手紙のように?――それは引かれそう。


 フランクな感じで?――ボクみたいな最下層が?


 絵文字は?――ボクが使ったらキモいよな……?


 あぁ~~何か緊張するぅうううううううううううううううううううう!!

 ボクは学習机に両肘をつき頭を抱え込んだ。


 すると――


 〝ピコピコーン〟


 通知音がきた。え?まだ大垈君、言い足りない話でもあるのかな?

 画面を見ると表示されていた名前は――




『御勅使さん』




 うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 来たぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 すすすっすごい緊張する。本人に直接会っている時よりも……

 〈メッセージ〉だ。何が書いてあるんだろう?


 『こんばんは!【みだい】美波です!』


 ――なんだこれだけか。まあこんなもんだろ。


 それにしても「御勅使」をわざわざ()()()()で書いて括弧で強調してあるって……絶対イヤミだな……すみません、ボクが悪かったですよ!


 そういえば下の名前は《美波》さんっていうんだ……声優さんでもいたよな同じ名前の人……


 これだけの内容のメッセージなのにしっかり絵文字とか使って……女子のメッセージってこんな感じなんだ。


 あっそうだ、返信しないと。でも悩むなぁ~っ、と思っていたら新しい通知がきた。え?誰?画面を見ると……



 『御勅使さん』



 ――えっまた御勅使さん!?今度は何?


 『こんばんは!【みだい】美波です!』


 え?……同じじゃん。誤送信?

 すると間髪入れず御勅使さんからメッセージが――えええっ!?


 内容は……また同じだ。するとまた〝ピコピコーン〟ええっ!?


 『こんばんは!【みだい】美波です!』

 〝ピコピコーン〟

 『こんばんは!【みだい】美波です!』

 〝ピコピコーン〟

 『こんばんは!【みだい】美波です!』

 〝ピコピコーン〟……


 えええええええええええええええええええええええええええええええっ!?


 同じ内容のメッセージが全部で10通送られてきた。

 えっ何これ!?誤送信?設定ミス??怖い怖い……


 これはおかしい。とりあえず『誤動作してますよ』とでも教えておこう……と、メッセージを作成していたら再び


 〝ピコピコーン〟


 なっ何なんですか御勅使さんこれは!?

 11通目のメッセージは……



 『大事なことなので10回言いました~ww』



 続けて『忘れるなよ~』という文字が書かれた可愛らしいキャラクターのスタンプが送られてきた。



 やっぱこの人怖いよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!



【終戦】



 ※ ※ ※


 〈1年後〉


 今、ボクは《右隣の女子》……じゃなかった《御勅使(みだい) 美波(みなみ)さん》と付き合っている。

 この「恐怖のメッセージ(笑)」を受け取った後、彼女のニャインメッセージに返信をして、それからは学校で会って話す以上にニャインで話すようになった。元々ボクは人と話すのが苦手なのでニャインの方が気軽に話せるみたいだ。


 名前を知らなかったことは今でも彼女に申し訳なかったと思っている。当時は(今でも少しだけ)人と交わるのが苦手で、本当は友だちがいっぱい欲しいにも関わらず、なかなかこちらから踏み込めずにいた。だから名前を覚える努力もしなかった。


 後日、彼女からお手製の座席表ファイルがニャイン経由で送られてきた。ボクは夏休み中、クラス全員の座席の位置と名前を覚えた。ただ残念なことに2学期に入りしばらくすると席替えが行われたが、それでも席替えまでの数日の間にほとんどのクラスメイトの顔と名前を関連付けることができた。


 彼女に出会ってボクは大きく変わった。でもまだこの時は恋愛感情というのはなかったけど……。



 そういえば以前、彼女から「大くん、もう付き合ってだいぶ経つのにいい加減『御勅使()()』はおかしいと思うんだけど」と言われた。

 まあ確かに仲のいい友だちでも下の名前で呼び合ったりしているし……それで今は『美波さん』と呼んでいる。


 しかし最近、「あのさぁ、やっぱ『さん』はまだ他人行儀な気がする」と言われた――え?ってことは美波『ちゃん』と呼べってこと!?




『美波ちゃ……』――あぁっ!やっぱ『美波さん』じゃダメですか?


最後までお読みいただきありがとうございました。


次は御勅使さん視点の【後攻】に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ