パシリ戦争【後攻】
【登場人物】
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。右隣の席に座っている人が苦手。
平年より10日以上早く関東甲信越地方の梅雨が明け、1学期の期末テストも無事終わり夏休みが待ち遠しくなってきた7月上旬のある晴れた日の昼休み時間……。
仲の良いクラスメイト同士が昼食をとるために机を合わせている教室の中で、釜無高校1年3組の《御勅使 美波》はこの日の天気とは真逆の曇り空のような気分で心配していた。そう、私のことだ。
私の左側の席に座る《赤坂 大》君……私の片想いの相手なのだが、どうやらお弁当を忘れたらしい。カバンの中を必死になって探したあと顔が真っ青になっていた。しかも学食や購買に行く様子もない……お金を持ってないのかな?
あっ、そういえば以前……担任の西八幡先生にお子さんが産まれたから、クラスのみんなで記念品を買う話になって集金したとき、彼は「お金は学校に持ってこないから」と言って友達の《大垈 竜地》君に借りてたっけ。でもその大垈君も今日は休み……どうするんだろう?
大垈君以外にお金貸してもらえる人いないのかなぁ? 赤坂君、他に友達いなさそう……っていうか本人が積極的に他のクラスメイトと関わろうとしてないだけなんだけどなぁ。
私が貸して……ううん、おごってやってもいいし、なんなら私のお弁当を分けてあげてもいいんだけど……彼とはそこまで親しい仲じゃないし、今の状態でいきなりそんなことしたら絶対に不自然だし、彼も不審に思うだろう。
それにそんな状況を見られたらクラス中に、私が赤坂君に好意を持っていることがバレバレで恥ずいし……うーん、何とか彼を助けてあげたいんだけど……どうしたらいいのぉ!?
「ん?」
私は午前中の授業で使った教科書やノートを通学カバンの中にしまったとき、内側のメッシュポケットに挟まっていた紙切れを見つけた。
――あ、これって……。
以前「透けブラの一件」で罪を認めた赤坂君が書いた反省文……じゃなかったメモだ。確か『何でも言うことを聞く』って書いてあったよな?
――そうだ!!
そういえばまだ彼に「命令」ってしていないんだっけ。すっかり忘れてた……そうか! これを使えばいいんだ!
・私がお弁当を忘れたって設定にする。
・そして「命令」って形で赤坂君に購買へパンを買いに行かせる。
・買ってきたら「やっぱお弁当あったからいらない」と言ってパンをあげる。
この方法なら何の違和感もなく赤坂君にパンを買ってあげることができる。そうと決まったら赤坂く……あ、あれ? 赤坂君は?
【開戦】
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
赤坂君が本を持って教室を出ようとしている。マズいっ! このままトイレとかに籠城されたらこの計画はパーだ! すぐに呼び止めないと……
「あっ赤坂君!」
私は急いで教室を出た赤坂君を追って呼び止めた。呼び止められた赤坂君が振り向いて私の顔を見た瞬間、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ! 何でそんな顔すんのよぉ~!? ちょっとショック。
「あのさぁ~……ちょっっっと頼みたいことがあるんだけど~」
ただでさえ彼はお弁当忘れてブルーになっている……いつものように威圧的に話しかけたらその瞬間に泣き出しそうなので、少しニコニコしながら話しかけた。
「私さぁ~今日お弁当忘れちゃってぇ~……悪いんだけど購買でパン買ってきてくれない? お金渡すからさぁ~」
――うわぁ~、柄にもない話し方をしてしまった……ブリっ子か!
その瞬間、赤坂君は苦虫を5~6匹嚙み潰して30秒ほど口の中に含みながら世界の終わりを見たような顔をして(そんなにイヤか?)こう言った。
「どっ……どどどうしてボクが?」
「だってぇ~購買1階で遠いしぃ~パン売り場は男子ばかりで怖いしぃ~……」
自分でも気持ち悪くなるほどのブリっ子口調だ。まあ実際は購買で男子にもみくちゃにされたら、仕返しにその男子を蹴り飛ばすくらい余裕なんですけどー!
すると赤坂君が、
「そっ……そそそそれってべっ、別にボクじゃなくてもいっ……いいいいじゃないですか!? 誰か他の人に頼めないんですか?」
はっは~ん、こりゃ「あのこと」を忘れているなぁ? 私も忘れてたけど。仕方ない! 赤坂君が思い出すようにアレを出すか。
私は、それまでのブリっ子モードを封印、威圧的モードに切り替えた。
「あっそ……」
私はカバンから取り出した例の「メモ用紙」を突き付け
「コレ、覚えてないの?」
メモ用紙を見た瞬間、赤坂君の顔はみるみるうちに真っ青になっていった。
「何でも言うことを聞くっていう話だったよね? だからこれは『命令』よ!」
そう、ここで「命令」を発動するよ――赤坂君のために。
「わ……わかりました」
赤坂君は観念したようにうなだれた。
私は300円を彼に渡した。購買のパンならどれでも買えてついでに飲み物も買うことができるはずだ。
普段から「女子か!」とツッコミたくなるほど赤坂君の弁当箱が小さいのは知っている。少食な彼ならパンは1個あれば十分だろう。
「わっ……私目は何を買ってくればよろしいのでございましょうか?」
完全に「下僕」状態になった赤坂君が聞いてきた。まあこれはこれで気持ちがいい(笑)。あ、でも何を買えばいいかなんて考えてなかったなぁ。
「ん~~~っと……それじゃあ……」
何がいいんだろう? 私が食べる前提だから本人に聞くわけにはいかないし……
私なら迷わず「メロンパン」なんだけど……う~ん困ったなぁ、男子って何が好きなんだろう?
まあここは無難に? 午後の授業にも耐えられるような炭水化物の多い……
「焼そばパンひとつ買ってきて! 無かったら何でもいいよ」
赤坂君は少し怪訝そうな顔をした。ん? (本当の目的が)バレたか?
マズいマズいっ! 余計な詮索される前にとっとと行かせよう! 彼に考える余裕を与えないよう、私はちょっとイラッとした表情で、
「早く行かないと売り切れちゃうぞ、急げ~!!」
「はっ……はひっ!」
赤坂君は猛獣に追われるウサギのように慌てて購買に向かっていった。
――がんばれ!
でもって……誰が猛獣だ!?
思わず出たボケに自分でツッコんでしまった。
※※※※※※※
さて、教室に戻ってお弁当を食べよう。すると……
「みーなみっ!」
私を呼び止める声がした。
「たまには2人っきりでお弁当食べねーか?」
声をかけてきたのは《玉幡 遊》、ウチのクラスの学級委員長で、私の中学時代からの親友だ。
いつもは数人の女子たちでお弁当を食べているが、今日は珍しく遊ひとりで誘ってきた。まぁコイツと2人きりというシチュエーションのときはたいていロクなことがない。
すると、いきなり彼女は赤坂君の机を動かして私の机と向かい合わせにして、彼のイスに当たり前のように座った。
わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ何してんだよ遊っ! 勝手に赤坂君のイスに座るんじゃねぇよ!! 私だってまだ座ったことないんだぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「ちょ、ちょっと何いきなり赤坂君の席勝手に使ってんの!? 彼、戻ってくるかもしれないのに」
「えっ何でぇ? この席使うだけぇ?……だってあのちっくいのどっか行っちまったじゃんけ?」
おいおい、「ちっくい」って……。遊は背が高くスタイルもいいそこそこの美人だが、昔から甲州弁のクセが強い残念ガールだ。ちなみに「ちっくい」とは「小さい」という意味だ。
「えっ、だってアイツ購買へパン買いに行ったんだよ! また戻ってくるでしょ」
「あぁだったらアタシの席使えばいいっちゅーこん!」
くをらぁああああああああああああああああああああああ! 遊が赤坂君の席に座っているだけでもアレなのに、遊の席に座れってかぁああああああああああああああああああああああああああああああ!? いくら親友でもそれは許せん!!
「つーか、美波は何でちっくいのが購買に行ったこと知ってるでぇ?」
「うっ……」
痛いトコ突かれた。話をそらそう。
「まっまあまあまあ……早くお弁当食べよ!」
私はカバンから弁当箱を出して遊と向かい合ってお弁当を食べ始めた。すると遊はしばらく私の弁当箱を見つめてからこう言った。
「それにしても……相変わらずおまんの弁当は女子力ねーなぁ」
「ほっといてちょーだい!」
今どき「おまん」なんて下品な方言使うヤツに女子力うんぬん言われたくない。
女子力ないというのはママの作ったお弁当にセンスがない――という意味ではない。間違いなく遊が言いたいのは弁当箱の「大きさ」だろう。
私は昔から「大食い」だ。部活は陸上部で主に中長距離を専門にやっていて、運動量が多いせいか普段からメチャクチャおなかが空きやすい。なので弁当箱は男子が思わずドン引きするくらい大きくて中身も詰まっている……正直これでも足りないくらいだ。
「ほんでさ、今日、2人っきりで……つーのは実は前から美波に聞きたいこんあるだけんど……」
お弁当を食べ始めてすぐに遊が話しかけてきた。
「え? 何よあらたまって……」
私は水筒のお茶を飲みながら何のことか聞いた。
「最近、あのちっくいのと仲良さげじゃんけ……付き合ってるだけぇ?」
「ブーーーーッ!!」
思わずお茶を吹き出してしまった。
「ゲッ、ゲホッゲホッ……ちょアンタ何を!」
「いや、この前おまんとう授業中にメモのやりとりしてたらぁ~!? あのイチャつきぶりはどう考えても恋人同士にしか見えんちゅーこん!」
見られてたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
っていうかコイツの席は私たちより後ろだけど、だいぶ右側の席だ……どうやって見てたんだ?
それと、そんな風に見えていたのか……メモのやりとりを。
「えっつつつ付き合ってるワケないじゃ~ん、ななな何言ってんの! ただ席が隣り同士なだけで友だとでもないし~、それにあのときだって水辺さ……」
――しっ、しまったああああああああああああああ!! 《水辺 ふたば》さんの「透けブラ」の話は秘密だった!
「ん? 何でぇ、水辺がどうしたで?」
「うっ……うぅうぅうぅうん! 何でもないよぉ~」
あぶねぇあぶねぇ! 遊に知られたらどうなることか。コイツは普段から誰にでも面倒見のいい性格なので学級委員長やってるけど、同時にメチャクチャ空気の読めないヤツだ……コイツにだけは知られてはいけない。
――知られたら即、拡散される!
ヤバいなぁ~、こんな状況で赤坂君が買い物から帰ってきて私の前に現れたらますます怪しまれ……
「あ、あの~……」
どわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
――赤坂君が帰ってきた。タイミング悪っ!!
「あぁ~、わりいじゃんね! おまんの席使っちまっとぉ~、代わりにアタシの席使ってくりょうし~」
席を乗っ取られたことだと思ったのか遊が気を遣って答えた。イヤたぶんそのことじゃねーし、そもそも遊の席に赤坂君座ってほしくねーし。
「あっ、いえ……そうじゃなくて。頼まれたパン買ってきましたけど……すすっ、すみません! 焼そばパンが売り切れてしまいまして……その……」
うわぁあああああああああああああああああああああああああ! 今、その話はするなぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!
赤坂君は焼そばパンが買えなかったことを申し訳なさそうにしていたが、それと同時に私の机にお弁当があることを明らかに不審がっていた。
「あっ……あ~あ~ゴメン! よく探したらやっぱ弁当あったわぁ! アハハ……だからそれアナタにあげるわ! お釣りもあげる! バイト代ってことで」
「え? でも……」
「いいからいいから、早く食べないと昼休み終わっちゃうよ!」
「え!? あっはい……あっ、ありがとうございま……す」
あぶねぇあぶねぇっ! 早いとこ赤坂君をこの場から追い出さなければ。ますます遊に怪しまれてしまう。
赤坂君は私たちから離れて歩き出した。すかさず遊が私の耳元にとても低いトーンで話しかけてきた。
「なになになに~ぃ? これは一体ど~いうことずらかぁ~? 説明しろし!」
うっわぁ~あ、完全に疑っているな……。
「べっ別に! 私、今日お弁当忘れたとカン違いして……ちょうどアイツが購買に行くって言うからついでに頼んだだけよ」
我ながらよくこんな作り話をとっさに考えつくもんだ。
「ほーけぇ! 世の中にはこんねん巨大弁当箱がカバンに入ってるちゅうに気がつかんヤツがいるだけぇ~!?」
遊がすっかり冷めた目でボソッと言った……やっぱごまかせないか。すると、
「つーか美波……」
「えっ、ななな何よ!?」
遊が私の耳元でささやいた。
「おまん、コレってまさか入試のときの『お返し』ってこんじゃねーらな?」
――ギックゥッ!
遊は私の焦った顔を見るとニヤリとしたかと思ったら、いきなり教室中に響き渡るような大きな声で
「えぇ~本当けぇ? はじめっからアイツにあげるつもりだったずらぁ~!?」
「ばっ……バカバカバカっ! 何言ってんの、違うわよぉおおおおおお!!」
てゆーか赤坂君に聞こえるじゃん! 空気読め遊ーーーーーーーー!
赤坂君は教室を出ていった。どこか他の場所で食べるみたいだ。
遊の席には目もくれなかった……ホッとした。
【終戦】
「なぁるほどね」
遊が納得したように言った。いやいや、オマエは何を勝手に納得しているんだ。
「要するにおまんがあのちっくいのに片想いっちゅーこんずら?」
うっ! 図星すぎてぐうの音も出ない。
「えっそそそそういうんじゃないし……べっ別にどーでもいいじゃんけ」
動揺しすぎて遊につられたのか思わず甲州弁を使ってしまった。
「まあまあ……美波って中学のときから恋バナとか全然聞いたことないし、いいんじゃねーの?おまんがあのちっくいのと上手くいくようにアタシも応援するっちゅーこん!」
遊は面倒見のいいヤツだ。この言葉に偽りはないだろう。
――だが断る! アンタが絡むとややこしくなるから。
「じゃあ早速、赤坂に美波が『好きだ』ってこと伝えに行かざぁ!」
そっ……
それだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! アンタが絡むとややこしくなるのはぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
※※※※※※※
〈1年後〉
私は今、パンを買ってきた《赤坂 大》君と付き合っている。
細身で低身長、ちょっと威圧されれば涙目になるほど弱い男の子だけど、あのときは空腹の男子でごった返す購買にひとりで向かって行ったんだよね。
付き合い始めてから知ったんだけど、あのとき自分のための買い物だったらあきらめていたそうだ。私のお願いだからもみくちゃにされながらも頑張ったみたい。
まぁ私に対しての「好意」じゃなく「恐怖」に後押しされたみたいだけど……。
でも、この「パシリ」の一件で彼の私に対する考え方が少しだけ変わったみたいだ。でもまだこのときは友だちにも至らない間柄。お互いの連絡先も知らないし、それどころか……
――あ、このときのこと思い出したらまたイラっとしてきた。その話は次回!
最後までお読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!