決意戦争【先攻】
【登場人物】
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長148センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんの態度に悩む。
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。赤坂君が好きだけど現在絶賛誤解中。
◆大垈 竜地(おおぬた りゅうじ)◆
高1。身長166センチ。赤坂の親友。「三国同盟」のひとり。
何でぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?
もう1ヶ月近く御勅使さんの様子がおかしい……。
隣の席の《御勅使 美波》さんは、先月ボクと日直を組んでからずっとボクのことを避け続けている。日直当日に逃げるように帰って翌日は学校を休み……その次の日からは登校してきているものの……
〝キーンコーンカーンコーン〟
「あっ……みだぃ……さ……」
〝ガタガタッ……スタスタスタ……〟
――まただ。
ボクは御勅使さんに何があったのかを知りたい。もしボクが何か失礼なことをして不愉快な思いをさせたというのなら謝りたいと思っている。なので勇気を出してボクの方から話しかけようとしているのだけど、授業が終わると御勅使さんはすぐに席を立ち、ボクを無視して教室を出ていってしまう。
なのであれ以来ずっと御勅使さんの顔を見ていない。授業中に御勅使さんの方をそーっと見ようとすると、すぐに気づかれプイっとそっぽを向かれてしまう。
これって……
完璧に嫌われてるじゃないかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
そしてボクはショックで机に伏せて……もう1ヶ月もこのループが続いている。
休み時間中ボクは机の木目の形を模写できるほど下を見ながら自分を責め続けている。なぜボクは御勅使さんから避けられている? なぜボクは御勅使さんから嫌われている?
ボクは、御勅使さんのことが好きなのに……。
「ぉぃ!」
考えられるのは日直の日……ゲームの相談に来た《上条 志麻》さんに、成り行きとはいえ御勅使さんが好きだということを白状してしまったことだ。たぶんそれを御勅使さん本人に聞かれたことで気持ち悪がられているのだろう。
「ぉい!」
それともその次の日……ボクの方から御勅使さんに初めてニャインを送ってしまったが、もしかしたら何か失礼なことを書いてしまったのかも……とは言ってもあの文章は上条さんが書いたものだ。でもボクのスマホから送ったのだから結果的にボクの責任になるはずだ。
「おい! 赤坂!!」
「はぁああはひはひっ!」
突然名前を呼ばれたボクは思わず変な声を上げて飛び起きた。おかしいなぁ、授業中じゃないのに誰なんだろう? ボクは呼ばれた方を向いて……驚愕した。
――さっ……西条さん!?
えぇっ! 何でこの人がぁああああああああああああああああああああああ!?
ボクに声を掛けてきたのは《西条 彩》さん。ボクの隣……御勅使さんの後ろの席に座っている人で学級委員長の《押原 蛍》君の彼女だ。そして御勅使さんの友人でもある。
見た目は完全にギャルだけど成績は優秀……間違いなく押原君とともにスクールカーストの頂点に君臨する人で、ボクのような最下層(御勅使さんはカーストなどないと言っていたが)とは接点がない。実際、この人とは高校入学以来1対1で話などしたとがなかったので今の状況が信じられない……そしてコワい。
「オマエ……最近彼女と上手くいってないのかよ?」
すると突然、西条さんがとんでもないことを聞いてきた。えっ「彼女」って……それボクに話してますか? だとしたら人違いなんですけど……。
「えっ……かっ、かの……じょ?」
「何言ってんだよ、美波のことだよ! オマエら付き合ってんじゃねーのかよ」
……は?
何でそういう設定になってるんですかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!? ボッ……ボクが御勅使さんと付き合ってるって話は初耳……いや、寝耳に水なんですけどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
「あっ、いっ……いえ、付き合ってません……けど」
「えっ!? オマエら付き合ってたんじゃなかったのかよ!?」
西条さんは驚いた顔をしていたが……驚いたのはこっちだよ! 何でボクが御勅使さんと付き合っているという設定に?
「いや、最近美波がオマエを避けているように見えるから……てっきり痴話ゲンカでもしてるのかと思ったんだわ」
何ですか「痴話ゲンカ」って……そんな風に見られてたんですか? するとボクと西条さんのやり取りを聞きつけて、
「あーそういえば美波、最近様子がおかしいわね……」
話に入り込んできたのは《鶴城 舞》さん……この人も御勅使さんの友人だ。
「ていうか彩~っ、この2人が付き合ってるワケないじゃな~い」
「えっ、何でだよ」
「だって、美波の性格……考えたらわかるでしょ!」
「……あーそうか! よく考えたらありえねーわ」
2人で納得していた。えっどういうこと? 意味がわかんない。
「でも赤坂君、たぶんだけど……最近美波の様子がおかしいのって、きっとあなたが原因だと思うの! 何か思い当たる事ないの?」
鶴城さんが聞いてきた。やっぱボクのせいなんだ! 思い当たる事? それ、ボクが知りたいんですけどぉ……。
「あっ……いえ……わからない……です」
うわぁあああああああああああああっ、この人たちと会話するの……苦手だぁ!
鶴城さんとは1学期のとき、1度だけ日直で一緒になったことがある。でもそのときは、ほとんど会話することがなかった。正直、ボクはほとんどの女子と会話したことがない。
唯一の「例外」が御勅使さんだ。御勅使さんとは最近、色々なことを話せるようになってきた。やっぱボクにとって……
――御勅使さんは特別な存在なんだ。
――だから今の状況は……つらい。
それにしても……
西条さんはボクが御勅使さんと付き合ってるなんて誤解してるし、鶴城さんは御勅使さんの様子がおかしいのをボクのせいだと言ってる。今も西条さんと鶴城さんがボクの目の前でヒソヒソ話をしてはボクの方をチラチラと見てくる。
何かボクと御勅使さん……そういう間柄って周りから誤解されてるのかな? だとしたらそれは、御勅使さんに迷惑が掛かるからとても困る。この場はボクが御勅使さんを好きだという感情……これを悟られないようにしよう!
「ねぇ赤坂君!」
すると、鶴城さんが話しかけてきた。
「あっ……はい」
「赤坂君は、美波と付き合っていないんだよね?」
そうですよ! どこからそんな「誤解」が生まれたのか……
「えっ、えぇもちろんです……」
平常心平常心……。
「……でも赤坂君、美波のこと好きなんでしょ?」
〝どっか~ん〟
平常心……終了。
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 何で……何でバレた?
いやいや待て待て、落ち着け赤坂大! これはきっと誘導尋問だ! とりあえず自分の感情を殺してシラを切ろう。
「えっえええ? ちっ……違いますよそんなの……」
すると西条さんがボクの耳元で
「ウソつくなよ……もうバレバレだわ」
感情の自殺……未遂に終わる。
ひぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ! 何で見抜かれたの!?
「えっなっ何で?」
「女のカンってヤツよ! つーか赤坂のきょどり方みてりゃイヤでもわかるわ」
うわぁ! これがかの有名な「女のカン」ってヤツなのか。そしてこの後、この2人の「女のカン」が冴え渡ることになる。
――あっ、そういえば……
この2人は彼氏持ちだ。西条さんの彼氏は押原君、鶴城さんの彼氏は1学年上で、鶴城さんと同じ吹奏楽部の先輩……って御勅使さんから聞いたことがある。この2人ならどうやって付き合ったのか教えてもらえるんじゃ……。
「おい、赤坂」
「えっ、ははっはい!?」
「オマエ今、アタシたちがどうやってカレシと付き合ったか知りたいんだろ?」
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああ女のカン怖いぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
「えっえぇっそそそそんなこと」
「知りたいんだろ?」
「えっえぇぇぇ…………は、はぃ……」
この人たちにウソは通用しなさそうだ……ボクは白旗を上げた。
「そんなの簡単だわ、オマエが告れ!」
そっ、そんな簡単にできないから悩んでいるんですよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「そっそそそんなのムリです」
「何でだよ!」
「だって、ボクからそんなこっ、告白なんてされたら……引きますよね? 気持ち悪いって思いますよね?」
「あのねぇ、赤坂君」
ボクの態度を見てあきれた顔をした鶴城さんが
「どんな男の子から告白されたって悪い気はしないわよ! 自分の存在が認められているってことだから……そりゃ嫌いな相手だったら心は動かないけど、決してマイナスにはならないわよ」
そして西条さんが
「まぁそうだわな……OKするかどうかは別の話だわ」
――そっ、そうですよねぇ……
「おーい、オマエら! 寄ってたかって赤坂イジメてんじゃねーよ」
「は? イジメてねーし」
――えっ、誰か話に入ってき……うっうわぁああああああああああああああ!!
ボクが西条さんと鶴城さんにイジメら……囲まれているところへ入ってきたのは押原君だ。押原君とは体育祭のときに話しかけられたっきり接点がない……だって彼はカーストの頂点だ。教室ではボクの後ろの席だけどもしかしたら階が違うのでは……というくらい彼とは縁がない。
「今、赤坂と恋バナしてんだわ」
「は? 恋バナ? 何だよ面白そーじゃねぇか」
えぇええええええええええええええええええええええ! ちっ違いますよそんな面白い話じゃありませんから話を広げないでくださぁああああああああああい!!
ボクが焦っていると西条さんが何かを思い出したかのように話しだした。
「あぁそーだ、赤坂! 告白っていったらもっとおもしれー話があるから教えてあげるわ! 実はコイツな……」
「おっおい! まさかあの話すんじゃねーだろーな!?」
突然、西条さんが押原君を指差すと、押原君が焦りだした。
「……中学ンとき、アタシに10回告って10回フラれてんだわ」
「てめぇ、それ高校で言うんじゃねぇよ!! それと10回目はオマエOKしたじゃねーか! ざけんな! 何でオレがいきなりもらい事故に遭うんだよ!?」
――えっ!?
――10回……ウソでしょ?
だって、押原君と言えば間違いなくカーストの頂点……男のボクから見てもイケメンで、勉強もスポーツも万能だ。こんな無双チートキャラがフラれるなんて絶対にありえない!
「コイツさぁ、見ての通りのイケメンだろぉ! だっから好きって言われても信用できないんだわー! まぁでも、さすがに10回も告ってきたら本気だって認めるしかねーわな、だからOKしたんよ」
「なーにそれ! 結局ノロケじゃーん! ごちそーさま!」
西条さんが鶴城さんにツッコまれていると、突然の「もらい事故」で機嫌を損ねた押原君が
「ってか何でそういう話になってんだよ!?」
「あー、赤坂に告らせようって話だわ」
西条さんにそう言われると
「あ……あぁ~! なるほどな……そういうことか」
何かを察したようだった。えっ、そういうことってどういうことですか? みんな何を知ってるの?
「おい、赤坂!」
「えっ、あっ……はっ、はひっ!」
急に押原君に呼ばれたので緊張して声が裏返ってしまった。
「当たって砕けろ……だ。一度告って断られたからってあきらめんじゃねーぞ」
と言ってボクの肩にポンと手を置いた。えっ何で? 何でボクが告白するって前提になってるんですか?
それにしても……押原君が西条さんに10回、いや、9回もフラれていたなんて意外な話だ。だとしたら……押原君でもそんなに苦労するんだったらボクなんか御勅使さんどころか人間の女性が全員ムリってことじゃないか!
そんなことを思っていると鶴城さんが
「あれぇ、赤坂君! もしかして押原君の話で自信なくしたのぉ?」
何でボクの心の中がいとも簡単に見透かされるんですかぁああああああああああああああああああああああああああああああ!? もしかして女のカンじゃなくて超能力か何かですかぁあああああああああああああああああああああああああ!?
「えっ、あっあの……」
「そうじゃないよ赤坂君! 1回や2回くらいのチャレンジであきらめちゃダメってこと! 赤坂君、ゲーム好きだよね?」
「あっ、は……はい」
「赤坂君ってゲーム1回でクリアできるほど上手なの?」
「あっ、いっいいえ! そんなことなぃです」
「それともう1つ、赤坂君はコントローラーを操作しないでゲームできる?」
――えっ、変なこと聞くなぁ……。
「そっそれはいくらなんでも……ムリですよ」
「でしょ? ゲームだって自分で操作しなきゃ先に進めない、しかもたいていの人は1度や2度のゲームオーバーじゃあきらめないよね? それと同じよ!」
「……え?」
「だから自分から進まなきゃダメ! それと、あきらめちゃダメ!」
そっ、そうか、やっぱりボクから気持ちを伝えなきゃダメなのか。でも……
ボクなんかが御勅使さんに告白したらドン引きされないかな?
気持ち悪い、生理的に受け付けないって思うんじゃないのかな?
これから先、御勅使さんの心の中に黒歴史として残るんじゃないのかな?
あきらめずにアタックって……それってストーカーじゃないのかな?
すると西条さんが、
「まぁ心配することないわ! もしオマエが本気でイヤな相手だったら何回か告ってきた時点で警察呼ばれるだけだわ」
やっぱそうなりますよねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
「でもイイ方に考えりゃ、警察呼ばれなきゃワンチャンあるってことよ!」
いやもぅ警察呼ばれた時点で人生における様々なチャンスを失うんですけどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
〝キーンコーンカーンコーン〟
「おっ、チャイム鳴ったぞ……じゃあな赤坂! 頑張れよ」
「いいか赤坂! ぜってーオマエから告れよ」
「赤坂君、あきらめちゃダメよ……ファイト!」
――うわぁああああああ! プレッシャーに押しつぶされそうだ!
※※※※※※※
「ふぅ……」
学校が終わってボクは帰り道をトボトボと歩いていた。
今日も御勅使さんとは口をきかないどころか、目すら合わせてもくれなかった。
西条さんたちは「告白しろ」なんて無責任なこと言ってたけど、やっぱこんな状況で告白なんてとてもじゃないけどできない。
まずはなぜ御勅使さんの機嫌が悪いのか? それがわかってから……いいや、わかったところで御勅使さんがボクの方を向いてくれるワケじゃない。
鶴城さんは「悪い気はしない」って言ってたけど……でもここでフラれたら1年生の残り約3か月、しかも席が隣同士……気まずいなんてレベルじゃない、下手すりゃ登校拒否か自主退学パターンだ。
じゃあ春休み前に? でも2年生になってもこの学校にいる間は顔を合わせることもあるだろうし、うっかり学校中のウワサにでもなったら軽く死ねる。
――あっ!
そういえば先日の文理選択調査……ボクは迷わず理系を選択したけど、御勅使さんは……おそらく文系だろう。つまり2年からクラスは別々ってことだ。
どうしよう、御勅使さんと同じクラスでいられる時間は残り少ない。かといって焦って告ったらゲームオーバーが早目に来るだけだ。
そもそも、ボクに告白なんてできるのだろうか?
御勅使さんに断られたら……せっかく友だちになれたのにその関係も終わってしまう。それどころかそんな目で見ていたことがバレて嫌われてしまう。クラスのみんなから「身の程知らず」のレッテルを張られて高校生活は地獄……進路にも影響を受けてボクの人生は真っ暗闇……。
あぁああああああああああああああああああああああああああああああああもうわかんないよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおどうすりゃいいんだぁあああああああああああああああああああああああああ!?
ボクは橋の上を歩いていた。学校名と同じ名前の川に架かっているこの橋はとても大きくて長い。橋の両側には広い歩道があって、ボクは向かって左側の歩道を葛藤しながら歩いていた……この橋を渡れば家までもうすぐだ。
そのとき……
〝ビィィィィィィィィ……〟
車道の後ろからバイクが近付いてきた。このまま通り過ぎ……あれ?
このバイク……いや、スクーターがボクの隣で停まったのだ。スクーターにはフルフェイスのヘルメットを被った人が……えっ、何でボクの隣に停まったの? まさか暴走族? いや、1人だし高校の制服を着ているし……誰? ボク何か上級生から恨み買われるようなことしたのかな?
イッイヤだ怖いこわいコワいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!
「おぅ赤坂殿!」
えっ……えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
「り……竜地君?」
ヘルメットに付いているサングラスみたいな黒いシールドを持ち上げて顔を見せたのは……親友の《大垈 竜地》君だった。
※※※※※※※
「えっ竜地君バイク通学してたの? 免許取ったんだ」
「うむ、拙者は10月に16歳になったでござる! (通学)距離もあったから学校から許可が下りたのじゃ! 免許はすぐに取れたのじゃが『愛馬』を選ぶのに時間が掛かってしまってのぉ……今週から原動機付自転車通学でござる!」
「愛馬? でもバイク通学の割に帰りが遅いよね、寄り道してたの?」
「う゛っ! うむ、まぁ一触即は……色々あってだな、遅くなったでござる」
ボクが通う高校は、通学距離が長い生徒に対しバイク通学の許可が下りる。一般的には不公平感を無くすために、全員が16歳になった2年生からバイク通学OKとなる高校が多い。
ところがウチの高校は通学距離に加え、公共交通機関を使うのが難しい生徒には1年生でも16歳になった時点で許可が下りる。ちなみに山梨県は高校生のバイク通学の割合が全国トップクラスらしい。
竜地君は自宅までの距離があり、しかも学校まで直結のバス路線が無いので許可が下りたようだ。バイクに乗ってきた竜地君が急に大人に見えてきた。
ボクたちがいるこの橋はとても長いせいか途中に休憩スペースが左右で6か所もあり、それぞれにベンチが設置してある。竜地君は「黒雲(武田信玄の愛馬)」と名付けた原付スクーターのエンジンを止めて歩道の隅に置き、ボクたちはベンチに腰掛けた。
「赤坂殿! 久しぶりに勝負するでござるか!」
竜地君と2人っきりになるのは久しぶりだ。ボクたちはスマホを取り出し、対戦型ゲームを始めた。
「しかし……寒いのぉ」
まだまだ本格的な冬の寒さ到来とは言い切れない12月初旬。しかし橋の上は予想以上に寒かった。
「よっしゃぁー! 拙者の勝ちでござる!」
「あぁー、負けちゃった……何かツイてないなぁ……」
「なぬ……幸運てない?」
ボクの何気ない一言に竜地君が反応した。
「そういえば、最近お主に対する御勅使殿の態度がおかしくないか?」
「ぶぶっ!!」
橋の上が寒かったので竜地君は、ベンチに座る前にUターンして近くの自動販売機でホット缶コーヒーを買ってきてくれた。それを飲みながらゲームをしていたが今の一言で思わず吹いてしまった。
「りっ、竜地君! 何でその名前が……げほっ」
「お主の御勅使殿に対する感情など言わずもがなじゃ!」
「えぇええええっ! なっ……何? どういうこと?」
「どういうこと……じゃと? ならば単刀直入に言うでござる! お主……御勅使殿に『ホの字』じゃろう!」
えっえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
なっ、何でナンでなんで!? もしかしてボクの顔に「御勅使さんが好き」って書いてあるの? それとも、もしかしてクラスのみんなは超能力が使えるの? それと竜地君、「ホの字」って間違いなく死語だよ!
「えぇっ、そんなこと……なっなぃ……」
「おぅおぅおぅ! まだシラを切るってーのかぃ! この桜吹雪に見覚えがねーとは言わせねーぜ!」
えぇっと、色々とツッコミどころが多すぎるんだけど……要するに遠山の金さんは全てお見通しってことか……恐れ入りました。
「うっ、うん……まぁ……そうなんだけど……」
「やはりそうであったか……それともうひとつ! 上条殿のことだが……」
「あっ、竜地君が『ドリクエ』の攻略でボクを紹介したんでしょ」
「聞いた話だとお主ら……二人きりで密会していたというではないか」
――何だよ密会って……そんなやましい言い方やめてくれよ!
「で、その後から御勅使殿の態度が急変したのでござるな」
「えっ、うん、確かにその通りだけど……えっ、何? どういうこと?」
「まだわからぬか? 御勅使殿は……お主を意識しているということじゃ!」
えっ、なっ……なにそれぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
「意識って……もしかしてボクを毛嫌いしてるってこと? それとも気持ち悪がってる? 見下してる? 軽蔑してる?」
「なぜそっち方向になるのでござるか? まぁよい、いずれにせよ、この状況を打破する方法はただひとつ……」
「えっ、あるの?」
「御勅使殿にお主の意思を明確に伝えるということじゃ!」
「えっ、意思って……どういうこと?」
「まだわからぬか」
「えっ、竜地君! 何を……」
竜地君はガッとボクの両腕を掴むと鋭い眼光で見つめてこう言った。
「御勅使殿に告白するでござる」
何でそうなるのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?
竜地君まで……なっなんで! 今日、みんなおかしいよ!
「えっ何で何で!? なんでそうなるのさ?」
「赤坂殿! 御勅使殿があのようになってしまったのはお主のせいでござる! お主が自分の想いを御勅使殿に伝えればすべてが解決するでござる」
「えぇええええっ、でっでも竜地君」
「何か問題でも?」
「ボッボクがそんなこと言ったら御勅使さんボクのことをキモいと思……西条さんや鶴城さんは悪い気はしないだろうって言ってたけど……でも、御勅使さんはきっとボクのことを恋愛対象になんて見てないから絶対にOKしてくれないだろうし……だったら言わない方が御勅使さんも安心するでしょ」
「赤坂殿! いや、赤坂!!」
突然、竜地君の語気が荒くなった。
「今は御勅使殿に対する忖度はどうでもよい! お主の気持ちを聞いておる!!」
普段温厚な竜地君がこんなに怒った顔をしたのを初めて見た。
「ボッボク!? ボクは……その……」
「はっきりせい、漢じゃろ! それともまだ迷っておるのか!?」
「すっ…………好き……だよ……でも……」
「赤坂殿……お主は武士道を極めたいとは思わぬか?」
「えっ……ボク、正直思ってないけど……」
竜地君は武士とか侍モノが好きな中二病だ。
「武士道を説いた『葉隠』という書物がある」
「いやいや、武士道極めるつもりないのに話を進めないで」
「この書に有名な一節がある。『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』と……」
「何それ、ボクに死ねっていうの?」
「そうではない! 人生において重要な選択……生きるか死ぬかのような選択を迫られたとき、そのときは死ぬ方を選べばよいのじゃ!」
「えっ、よくわかんない」
「お主のことだ、告白しなければ何事もなかったことになるから自分も含めて誰も傷つかないと思っておるのであろう」
――う゛ぅっ! 図星だよ竜地君!
「それはただの腰抜けじゃ! そのようなときは死ぬ方を選ぶのでござる」
「えっ?」
「この場合は『告白する』という選択肢が死ぬ方じゃ! もし失敗したらお主は色々と『死ぬ』であろう」
しっ、死ぬよ色々と……御勅使さんから嫌われクラスのみんなから笑われて「身の程知らず」のレッテルを貼られてボクの高校生活は終わり……死を迎えるよ。
「だがそれで良いのでござる! 周りからは阿呆と呼ばれるかも知れぬがそれは恥ではない。それは武士として誇りでござる! つまり、死ぬ気で行動することが大切なのでござる……赤坂殿! 楽な方ばかり選んでは結果的に無駄死にして終わりの人生でござる! 体育祭の二人三脚を思い出すでござる!!」
――はっ!!
ボクは思い出した。体育祭で御勅使さんと組んだ二人三脚リレーのことを……。
あのときボクと御勅使さんはゴール手前で転倒してしまった。本当は恥ずかしくて情けなくて……そのまま棄権したかった。
そうだよ……ボクだって「死ぬ方」を選んだことあるじゃないか!
選択肢として当然「楽な方」は棄権することだった。でもボクは情けなくても苦しくても「死ぬ気でやる方」、つまりゴールする方を選んだんだ!
ボクは御勅使さんをゴールまで連れて行こうと最後まであきらめなかった。あまりに不甲斐ない結果だったけど、クラスのみんなは誰ひとりとしてボクを責めたり嘲笑ったりしなかった。
だから今回も「死ぬ方」、つまり「告白する方」を選べば返事はどうであれ良い結果が残せる……はず!!
「ありがとう竜地君! やっぱ君は親友だ!」
「そうか赤坂殿! 告白する気になったか」
「うっ……うん、まだ怖いけど……できるだけ早く……」
「いいや! 明日告白するのじゃ!!」
そうだね、じゃあ明日……って明日ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
「そそそっそんな! いくらなんでも明日って……まだ心の準備が」
「いいや、『善は急げ』『思い立ったが吉日』と言うではないか! ここで躊躇していたらいつまでたっても行動できぬでござるぞ! それに……」
「それに?」
「あっいや……何でもござらぬ。とっとにかく……先延ばししておったら不安が募るだけでござる!」
「そ……そうだね、でも……やっぱ怖いなぁ」
12月に川を伝って吹いてくる風はとても冷たい。ホット缶コーヒーで温まったのも束の間、今はすっかり体が冷え切っていた。
「おぉっ、もう酉の刻になる頃か……長居したな」
「ホント、いつまでもいたら寒いよ……あっ」
西にある山々のせいで、この地域は日が暮れるのが早い。周囲はすっかり暗くなり橋の外灯が灯ってしまった。
この橋は「信玄橋」という名前で、いたるところに武田家の家紋などがデザインされている。そしてボクたちがいる休憩スペースには「かがり火」をデザインした外灯がオレンジ色の光を放っていたのだ。
「何か……本陣(本営)のようでござるな」
「ホントだ、戦国時代みたい」
すると竜地君が
「よし、赤坂殿! 鬨の声を上げようぞ!」
「と……トキの声? 何それ」
「えいえいおー! ってやつじゃ! 明日の赤坂殿の勝利を祈って……」
「えぇっ!? こんなところで……恥ずかしいよ」
「大丈夫! こんな田舎の橋、窓を閉め切った車以外は誰も通らぬ」
「えぇぇぇぇっ……」
正直恥ずかしいけど……明日ボクはもっと恥ずかしい思いをすることになるかもしれない。えぇいっ、ままよ!
「それでは釜無高校壱年参組、赤坂大殿の明日の『勝利』を祈願して……えいっえいっおぉー!」
「エイッエイッオー!!」
「えいっえいっおぉー!」
「エイッエイッオー!!」
……
大人になって振り返ったらバカなことをしていたなぁ……と思うだろう。でも、こういうのが青春ってヤツなのかもしれない。
ボクは親友の大垈竜地君に励まされながらこう決意した。
――ボクは明日、《御勅使 美波》さんに告白する!!
色々と恋愛アドバイスくれてありがとう竜地君! でも……確かキミも彼女いない歴=年齢だったよね?
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は私の連載作品ではお馴染みの「地元アイドル」が登場します。