誤解戦争【後攻】
【登場人物】
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。赤坂君が好きだけど志麻の接近で誤解をしてしまう。
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長148センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんに誤解を与える。
◆上条 志麻(かみじょう しま)◆
高1。身長146センチ。美波の友人。実は陰ながら2人を応援しているのだが……。
何でぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?
昨日の日直……私は右隣の席に座る《赤坂 大》君と組んでいたけど、私が学級日誌を職員室に提出して教室へ戻ってくると赤坂君は、なぜか他の女子……しかも私の友だちの《上条 志麻》ちゃんと2人っきりで仲良く話をしていたのだ。
――えっ? 赤坂君って志麻ちゃんと仲良かったっけ?
赤坂君は私の片思いの相手だ。そんな彼が他の女子と2人っきりでいるだけでも心中穏やかではないのに、教室の扉の陰で2人の会話を盗み聞きした私は心臓が止まるような衝撃の事実を耳にしてしまった。
赤坂君の声は小さくて全く聞き取れなかったが、志麻ちゃ……いや、あの「泥棒猫」はとんでもねぇ発言を連発しやがったのだ!!
『(美波は)やめた方がいいよぉ!』
『私は(赤坂君に)告白するわよ!』
『(美波なんか)関係ないわよ! 告ったもん勝ち!』
『赤坂君……ダイツキだよ!』
『赤坂君、よかったら連絡してね! 一緒に(●●●を)やろうね!』
(注※カッコ内は全て御勅使さんの妄想による脚色です)
うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
あの淫獣泥棒猫! 私の赤坂君に……許せん!!
……あれ? ちょっと待てよ。
私は赤坂君に片思いしているだけ……つまり赤坂君はフリーってことだ! 彼が誰と付き合おうが何の問題もない。
これでもし私が赤坂君と付き合っていたというならば、志麻は強引に私から赤坂君を奪っていった「泥棒猫」確定だが、今の赤坂君は誰のモノでもない……志麻が赤坂君と付き合っても何も悪くない……。
――えっ、じゃあ悪いのは私?
あぁあああああああああああああああああああああああああああああもっと早く告っとけばよかったのかぁあああああああああああああああああああああああ!!
だってさぁ……
草食系を飛び越えて、もはや仙人のように霞でも食ってそうな「霞食系男子」の赤坂君……彼のことを好きになる女子なんて絶対に現れないと思ってたもん!
赤坂君も赤坂君だよぉ! 私は1学期のときからずっとアプローチしてるのに全然なびかずに……ここに来て突然現れた志麻になびいてしまうなんて! 志麻は私より2センチほど身長低いけど低身長が好きってこと? だったらさぁ~私でもいいじゃん! 何で!? 何で……
何で志麻なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
〝バフッバフッ〟
自暴自棄になった私は枕に頭を打ち付けた。
「美波! 何かヘンな音聞こえたけど起きてるの?」
1階からママの声が聞こえた……そう、ここは私の部屋のベッドの上だ。私は昨日の出来事がショックで学校を休んでしまった。
体に異常があるワケではないのでズル休みのようなものだが、実際に食事がのどを通らなかったのでママから「美波、アンタがご飯食べないなんて……もしかして命に係わる病気なの?」と真顔で心配されてしまった。普段私のことをどういう風に見てんだよこの親は!?
――それにしても……あの上条志麻って子は一体どういう子なの?
志麻は高校に入ってから知り合った友人だ。しかも私の親友《玉幡 遊》と志麻の親友《西条 彩》ちゃんが友だちになったことで芋づる式に知り合った……なのでお互いのことはよく知らない。
彼女は赤坂君同様、大人しそうな「草食系女子」に見えるが……あの見た目肉食系ギャル・西条彩の親友だ。もしかしたら私の知らない一面があるのかも?
もう少し志麻のことを知っておきたい。私は1時間目の終わった頃を見計らって西条彩にニャインしてみた。
『ねぇ彩、ちょっと聞きたいんだけど』
『あれ珍しいじゃん! 美波がグループじゃなくてこっちに来るのゎ』
『それより大丈夫? 具合どうょ?』
『ありがと、少し良くなったよ!』
『それより志麻ちゃんのこと聞きたいんだけど』
『えっ、私じゃなくて志麻のことかょ』
『ごめーん!』
『志麻ちゃんてさぁ、中学のときってどんな子だったの』
『中学? どゆことょ?』
『んーと……恋愛関係とか』
『あぁ、それ聞くんだゎ……』
それまでスムーズにやり取りしていたのだが、彩のこの意味深なメッセージに、もしかして聞いてはいけないレベルの話なのか一瞬ドキッとした。
『えっ、何?』
『コワい』
『アイツねぇ、見た目はあんなんだけど恋愛は超肉食系だゎ』
にっ……肉食系だとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
彩から最も恐れていたワードが飛び出した。さらに……
『アイツ、彼女がいる男を好きになるクセがあるんだゎ……で、略奪するんょ!』
『でも、いざその男と付き合い始めたらすぐに別れるんだゎ』
『えぇっ! そうなの?』
『ウチの(出身)中学では有名だょ! でもって志麻を含めて、そーゆーえげつない恋愛をした女子をまとめてウチの中学では【外道の女たち】って呼んでたゎ』
――げっ……外道!?
うわぁああああああああああああああああああああああああとんでもないヤツとかかわってしまったぁあああああああああああああああああああああああああ!!
赤坂君! 志麻には気を付けた方がいいよぉおおおおおおおおおおおおおおお!
付き合ったと思ったらポイっと捨てられるんだよぉおおおおおおおおおおおお!
人は見かけによらないって言うけど……
志麻はとんでもない泥棒猫……いや、外道だわ!!
『何だ美波、アイツもしかしてオマエの彼氏にでも接触してきたのかょ?』
――ギクッ!? か……彼氏?
『いや、そうじゃないけど』
『そっか、ならいいけどょ』
『もしアイツが美波の彼氏に近付いたら私が注意しといてやるゎ』
『そんなんじゃないけど……でもありがとね彩!』
『おぅ、お大事にぃ! 早く治して明日は学校に来いょ!!』
彩は何で私に彼氏がいるって前提で話しているんだ? もしかして私が赤坂君と付き合っているとでも思ってる?
まぁいい、これで志麻……いや、あの外道の本性がわかった!!
とりあえずヤツとは絶交!! ニャインはブロックしておこう。
はぁ、何か疲れて眠くなってきた。しばらく寝ようっと!
※※※※※※※
あ……。
気が付いたらもうお昼前だ。明るい時間帯に寝るなんて何年ぶりだろうか、そういや高校に入ってから休むの初めてかも……。
私は目が覚めたと同時にスマホチェックをした。
うわぁ~、お見舞いニャインいっぱい来てる! クラスニャインはまとめて返事できるからいいけど個別で来てるヤツはさすがに返信めんどくさいなぁ~!
休んだことないから相当珍しがられてるなこりゃ……うわっ、遊からもグループじゃなくて個別で来てやがる!
『おいどうした健康優良児! この世を破滅に導くつもりか?』
どういう意味だよ……ってか、健康優良児って死語だろ? こんなもんクラスニャインで送ってこいよ!
あれ? スタンプの下にもうひとつ遊のメッセージがあるなぁ……
『何か悩み事でもあるのか? あったら相談に乗るぞ』
――げっ!?
今日、体調不良で休みってことになってるのに! なっなんでアイツ……私が悩んでいるってわかるんだ?
他にも個別にメッセージが……うわっ、《高砂 農》からも来てやがる! どうせコイツはからかいに来たんだろう。
『おい御勅使、大丈夫か? オマエが学校休むなんて心配だぞ』
あれ? 珍しくマジで心配してる?
『小児科だったらいい病院紹介するぞ……あぁすまん、動物病院だったか』
……やっぱな! ってか、コイツをブロックするの忘れてたわ。
とりあえずみんなには「心配かけてごめんね」、そしてバカ砂には「●ね」とひと言書いて返信した。
返信疲れだ。でもみんなのニャイン読んでたらお腹空いてきた……お昼食べてもう一度寝よう。
※※※※※※※
『♪~♪ 小中学生の皆さん、そろそろお家に帰りましょう……』
窓の外から防災無線のチャイムが聞こえてきた。あれ、もう夕方か……こんな時間まで寝てたんだ。
私は枕元に置いたスマホの画面を見た。あれ? またニャインのメッセージが届いてるようだけど……誰だ?
ん……赤坂? なんだ、赤坂君か……
〝ガバッ!!〟
私は反射的に飛び起きた。
えっ……えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!? 赤坂君からニャインが来てるぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!
私は赤坂君と1学期終わりに、半ば彼を脅すような形でニャイン交換した。以来何度もニャインのやり取りをしているが、いつも最初は私からメッセージを送っていた……赤坂君から先に来たことは一度もない。
〝ドキドキドキドキ……〟
私は胸が高鳴った。初めて赤坂君から先に送られてきたメッセージだ。
私はニャインのポップアップ画面を恐る恐る見た。そこには
『美波ちゃん大丈夫? 具合でも悪いの? 早く元気に……』
赤坂君……今まで自分からメッセージを送ったことのないヘタレだったのに、私のこと心配してくれて勇気を出してメッセージ送ってくれたのね!? ありがとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
って……あれ?
おかしいぞ……このメッセージ。
……『美波ちゃん』?
赤坂君、今まで一度たりとも私のことを……
下の名前で呼んだことないんですけどぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおしかも「ちゃん付け」なんて絶っっっっ対ありえないしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいそれはニャインのメッセージでも同じだぁあああああああああああああああああああ!!
私は赤坂君のトークルームを恐る恐る恐る恐る恐る恐る恐る恐る開いた。そこにはポップアップ画面では表示されなかった「恐るべき」全文が隠されていた。
『美波ちゃん大丈夫? 具合でも悪いの? 早く元気になってまた会おうね! それと志麻ちゃんがLI●Eにメッセージ送ったのに全然既読がつかないんだけど何で? って聞いてたよ! それじゃお大事にね♥♥♥』
のっ……
乗っ取られてんじゃねえかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアイツが♥♥♥なんか入れるワケねぇだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
これはどう考えても「外道の女」が乗っ取ったんだ!!
アイツ……私がブロックしたのに気付いて赤坂君のニャインを使ったんだよきっと! おかしいと思った……赤坂君が私のことを「美波ちゃん」なんて呼ぶワケないじゃん! これは絶対にあの淫獣泥棒猫が赤坂君のスマホを借りて書いたんだ!
既読がつかない? たりめーだ! オマエみたいな危険人物……ブロックするに決まってるだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
赤坂君も赤坂君だよ! そんな簡単にスマホを淫獣泥棒猫に貸すなんて……もしかしてお互いのスマホ自由に貸し借りできるほどの仲なの?
だとしたら……
『ねぇ大くん! 私、美波にニャインブロックされちゃったからスマホ貸して』
『えぇっ、志麻ちゃんマジで? じゃあ貸してあげるよ』
『ありがとー……それにしても性格悪いわよねあの威圧女!』
『ホントだよ! 小っちゃいのは体だけじゃなかったんだねあのラーテル……』
(※以上、御勅使さんの妄想でした)
いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
――もうダメだ。
私は志麻から「赤坂君」を乗っ取られた……身も心も……ニャインまで。
もう赤坂君は志麻のモノだ。まぁ初めから私のモノだったわけじゃないので文句を言える立場ではない……でも、
私は1学期のときからずっと赤坂君のことが好き! ううん、実は高校受験の日に彼の存在を知ってからずっと気になっていた! 同じクラスになったとき運命的なものを感じて、席が隣同士になったときは……天にも昇る気分だった。
その日の夜、ネットで調べた「消しゴムのおまじない」をやってみた。赤坂君がお弁当を忘れたときは、パンをおごってやった……まぁこれは受験のとき全く逆の立場だったから借りを返したようなものだったけど……。
夏休み前の日直のとき、赤坂君が未だに私の名前を知らないということがわかった……ショックだった。でも彼はクラスメイトの名前をほとんど知らなかった。そしてクラスの女子で初めて名前を覚えてもらったのが……そして初めてニャイン交換したのが私……のはず。
赤坂君と一番多く日直を組んでいたのも私! 相合傘をしたのも私! 赤坂君の家にお邪魔したのも私! 赤坂君とお互いの昔話をしたのも私! 体育祭で二人三脚を組んだのも私! そして……そして、カラオケでかっ……かかか間接キスをしたのも私!
なのに……なのに……
どぉして志麻なのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
告ってないから……?
そうだよなぁ……どんなにアプローチしたって、最終的に自分の意思をハッキリ伝えなければ意味がない。志麻も言ってた、「告ったもん勝ち」と……。
私が赤坂君にしてきたことは全て「外堀埋設工事」だ。そんなもんいくらやったところで、手柄を独占できるのは1人敵陣に乗り込み大将を討ち取った者だけだ。
私にはそれができなかった……私の負けだ。
「……」
私は学習机の上にある小さな消しゴムを掴んだ。
これは赤坂君の名前を書いた……おまじないの消しゴムだ。もう残り5分の1くらいしか残ってなく、学校じゃ使いにくいので家で使っていた。
でも……もうこんな子供じみたことやっても意味がない。
〝ガラガラガラッ〟
私は部屋の窓を開けた。
〝ビュゥゥゥゥ〟
11月の夕方、南アルプスから吹き込む風はとても冷たかった。
そして…………消しゴムを投げ捨てた。
さようなら……赤坂君。
窓を閉めてしばらくベッドで横になっていたが、得も言われぬ気分で寝ることも起き上がることもできなかった。
〝♪~♪〟
スマホのスピーカーから聞こえる呼び出し音……私は遊に電話を掛けた。
※※※※※※※
『おぅ! ズル休みの美波ぃ、何か悩み事でもあるだけ?』
――う゛っ!
いきなり遊から先制パンチ……確かに今日休んだのは風邪とかそういう類ではない。まぁ精神的には重症だが……でも、何で遊にはバレたんだろう?
「何で……ズル休みってわかったの?」
『おまんが病気なんかするワケねぇじゃん! せいぜい腐ったモン拾い食いして腹こわす程度ずら?』
「私はノラ犬かっ!?」
『あっはっは、冗談冗談……わかるさよぉ! おまん朝イチでアタシじゃなく彩にニャインしてたら? ほんで志麻のこん色々聞いてたっちゅうじゃんけ? ほれ聞いたとき何か悩みでもあるずらってすぐわかっとぉ!』
――!? そんなことで?
さすが私の親友だ……コイツの前でウソはつけない。
『何でぇ美波……志麻と何かあっただけぇ?』
遊には全て話そう。私が赤坂君のことを好きだと知っている唯一の人間だ。
「ゆっ遊……実は……」
『……何でぇ?』
――ダメだ! 話そうとすると……言葉より先に涙が出てしまう!
「……グスッ……遊……わっ私……どうしたら……うぅっ……」
『おっ、おい美波! どうしたでぇ!? おまん……泣いてるだけぇ?』
「遊ぅ! 私……私……もう……グスッ……もうダメだぁああっ!」
『美波! ちゃんと話せし! 何でも聞いてやるから……だから泣いちょし!』
日はすっかり落ち、真っ暗になった部屋の中で私は涙をどうしてもこらえることができなかった。赤坂君に選ばれなかったショック、志麻に負けた悔しさ、告白のスタートラインにすら立てなかった自分の不甲斐なさ……
そして……遊の優しさに。
しばらくして落ち着きを取り戻した私は、遊に昨日の出来事を全て話した。
※※※※※※※
この日の夜は快晴だったが月は出ていない。部屋の明かりをつけず窓のカーテンも閉めずに私は、ベッドの上から真っ暗闇の空をただ眺めているだけだった。
――赤坂君……何で私を選んでくれなかったの?
明日どうしよう? まだ心の整理がついていない状態であの2人には会いたくないなぁ……でも明日は木曜日、私が毎週楽しみにしている音楽(芸術科目)のある日だ。この時間は赤坂君や志麻とは選択が違うから、あの2人には顔を合わせずに済むハズだ。5~6時間目だから午後からでも行こうかなぁ?
でも……こうして2人を避けたところで同じクラスなんだから、いずれは顔を合わせなきゃならないんだよなぁ……。
ひとりじゃ抱えきれない悩みだったから思わず遊に話しちゃったし……
だから! だから……
私は明日からどんな「顔」して学校に行けばいいのよ!?
わっ……私はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああいったいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいどうすればぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は赤坂君でも御勅使さんでもない……「あの人」が主役でござる!