胸騒ぎ戦争【先攻】
【登場人物】
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長148センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんが好きになった。
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
2学期の中間テストが終わり、その結果と比例するかのように晴れ晴れした天気が続いている11月中旬の火曜日の放課後。釜無高校1年3組の《赤坂 大》はこの日、教室内の戸締りを確認して日直を終えようとしていた。そう、ボクのことだ。
晴れ晴れした天気が続いている……とは言ったがこの日の天気は違っていた。午前中は晴れ間も見えていたのだがお昼ごろ突然、雨が通り過ぎた……にわか雨だ。
空はその後も厚い雲に覆われている。また雨が降り出しそう……。
――何かイヤな天気だ。こんな日は妙な胸騒ぎがする。でも……
今回も日直は、左隣の席に座る《御勅使 美波》さんと一緒だから胸騒ぎなど気にならない。ボクの心の中だけは快晴だ。
御勅使さんとは1学期から何度も日直を組んだが、当時のボクは御勅使さんの名前を……いや、クラスの人ほぼ全員の名前を知らなかった。もちろんまともな会話などしたこともなかった。
でも今は違う。御勅使さんに出会ったことでボクはクラスの人たち全員の名前を覚えて……男子の何人かとは休み時間に話ができるようになった。それに体育祭では、クラス代表として御勅使さんと二人三脚リレーで一緒に走ったこともある。
ボクは高校に入ったとき、中学校時代からの親友《大垈 竜地》君以外に友だちが出来ないまま3年間を過ごすと思っていた。でも、御勅使さんと出会ってからボクは陰キャキモオタスクールカースト最下層ではないと考えるようにした。ときには厳しく、ときには怖い……と感じることもあったけど、御勅使さんはとても親切で優しくボクを励ましてくれる。そんな御勅使さんのことをボクは……
――いつしか好きになっていた……なので、
今日は雨が降りそうだから早く帰りたいが、御勅使さんと2人っきりでいられるこの日直の時間はずっと続いてほしいと思っている。御勅使さんは今、学級日誌を職員室へ届けに行っている。「赤坂君、お待たせ―」と言って教室に戻って来るあの笑顔が待ち遠しい。
――ただ……ひとつ気になることがある。
御勅使さんはボクのことを「異性」として見てくれているのだろうか? ボクのことを「友だち」とは言ってくれたが、「異性」つまり「恋人」となると別次元の話になる。ボクと友だちになってくれているのも、ボクが陰キャでとてもじゃないが見ていられないから「同情」っていう考え方もある。御勅使さんって一見怖いけど、男子とは誰とでも気軽に話せる人だからなぁ……もしかしたらもうすでに誰か付き合っている人がいるのかも……?
あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! どうしたらいいんだろうボク。
それにしても……御勅使さん遅いなぁ。もう職員室から戻ってきてもいい時間なんだけど……。すると、教室の扉が
〝ガラガラガラッ〟
と開いた。あっ御勅使さんが戻ってきた! いつもの「ごめんねー赤坂君、お待たせ―」って笑顔が見られる……と思っていたら
――あれっ?
そこには意外な人物が立っていた。
「あっ赤坂君、日直お疲れさま!」
優しい声で話しかけてきたのは《上条 志麻》さんだ。上条さんは御勅使さんや《玉幡 遊》さんの友だちで、特に《西条 彩》さんとは仲がいいみたいだ。
クラスのみんなは日直のボクたち以外帰ったはずなのに何でいるんだろう……忘れ物でもしたのかな? まぁボクに用があるワケじゃないだろう。ボクは上条さんに軽く会釈をしてそのまま黙って帰り支度をしていると、
「赤坂君……ちょっと相談があるんだけど」
――え?
えぇえええええええええええええええええええええええええええっ!? ボクに用があるのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
【開戦】
ボクはクラスの中で特に秀でているモノなどない。勉強がそこまでできるワケでもなく運動に至ってはクラスで最低レベルだ。強いて挙げれば男子の中で一番背が低いが……これは全く自慢にならない、逆にコンプレックスだ。こんなボクに何を相談することがあるのだろうか?
「赤坂君……『ドリクエ』やってるよね?」
「え?」
ドリクエとは「ハッピー・ドリンク・クエスト」というスマホゲームの略称だ。これはプレイヤーがあらゆる場所に点在する自販鬼というモンスターと対決しながら飲み物をゲットしていくMORPGだ。ソロ向けだがパーティーも組める。
「あっはい……やって……ますけど」
「よかったぁ! ちょっと教えてほしいんだけど……北の都市は攻略した?」
「はっはい! しました……え? 上条さんもこれやって……るんですか?」
正直これはかなりマイナーなゲームだ。まさかこの学校で……しかも同じクラスでやっている人がいるとは思わなかった。ゲーム仲間の竜地君ですら「武士の設定がない」といってプレイしていない……まぁ他のゲームでも騎士のキャラ設定はあると思うが、武士の設定ってあまり見かけたことがないけど……。
こんなマイナーなゲームをやっているとは!? まぁ上条さんは大人しそうっていうか陰キャっぽい見た目だからゲームとかやってそうなイメージはする……ボクが言うのも何なんだが。
背は御勅使さんより低くてやせ型、眼鏡をしていて体調不良で欠席することが多い人だ。でもクラスで一番の陽キャ女子(っていうかギャル)の西条さんとは中学時代から親友……だと御勅使さんから聞いたことがある。
「うん、やってるよ! でさぁ……」
というと上条さんはスマホを取り出してゲームの画面を見せてきた。
「このアイテムの取り方がわかんないんだけど……」
「あぁこれですか? これはわかります! これは普通にコインを投入しちゃダメです! 一度返却レバー使ってコインを出して、そのコインを投入して←↑↓↓の順に商品選択ボタンを押すと……」
〝ガチャン! ゴトンッ!〟
「ホントだぁ! 出てきたぁー! 赤坂君ありがとー」
「いっいえ……お役に立てて……なにより……です」
すると上条さんはニッコリ笑って
「もう! クラスメイトに向かって何緊張してんの!?」
「あ……すみません……」
えええええええええええええええええええっ! そっそんなこと言われても……
よく考えたらこのクラス……いや、この学校で御勅使さん以外の女子と会話することはほぼあり得ない。まぁ御勅使さんの親友の玉幡さんとは少し話すけど、たいていボクがイジられるパターンだ。
ボクは御勅使さんが好きだから他の女子に対してそういう気持ちはないけど……でも女子と、しかも2人っきりで話をするなんて緊張するよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「ありがとね赤坂君……あっそうだ! ねぇ、ニャイン交換しない?」
えっ……
えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
ボクは夏休み前に御勅使さんと(ほぼ脅されて)ニャイン交換をした。家族と竜地君以外で初めて友だちに追加した人だ。その後、体育祭の後にクラスの男子数人からID聞かれたので交換した……ほとんど使ってないけど。
女子は御勅使さん以外まだ誰とも交換していない。まぁボクなんかと交換しても何のメリットもないだろうし……。
なのに上条さん、何でボクと交換しようとしているんだろう?
「えっ……何で?」
「えっ?」
うわぁああああああああああああああああああああああああああああ! 思わず心の声が漏れて「何で?」なんて聞いちゃったよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! これじゃボクがID聞かれるの迷惑がっているみたいじゃないかぁあああああああああああああああああああ!?
上条さんも思わず「えっ?」って……オマエが断ってくるなんて何様のつもりだよ? みたいな空気になってしまったよぉっ! ちっ違いますよ上条さん! これは突然のことでビックリして……
すると上条さんはクスッと笑いながら
「あぁ、赤坂君とはゲームの相談もしたいし、それに……今度協力プレイとかしてみない? 赤坂君、クラスニャインに入ってないから連絡取れないし……だから、いいでしょ?」
「は、はぃ……あっ……うん、いっいいです……よ」
うわぁああああああああああああああああああああああ! するなと言われても緊張するよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「ええっと、どうやったっけ……」
ボクはスマホからニャインのアプリを起動させ、バーコードを出そうとした……が、緊張して出し方をど忘れしてしまった。
「え? ちょっと見せて! ええっとね、ここをこうやっ……あれ?」
上条さんがボクのスマホ画面をのぞき込んだ瞬間、
「あれぇ~? 何で美波の名前入ってるのぉ~!?」
し……しまったぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
上条さんは、ボクのニャインの友だちリストに載っていた御勅使さんの名前を見つけてしまったのだ。
これはクラスのみんなには内緒だ! なぜならこれが見つかってしまったらボクが女子とニャインしてるってキモがられる以前に、御勅使さんが「えー、こんなのとニャインやってるんだぁ、趣味悪いー!」って思われ迷惑をかけてしまう!
「ふぅ~ん……ねぇ、赤坂君……」
上条さんがニヤニヤした顔でこっちを見た。うわっヤバい! これをネタに何か脅されるのかなぁ……ボクはいいけど御勅使さんに迷惑をかけないでください!
すると上条さんは……とんでもない『爆弾』をボクに投下した。
「前から思ってたんだけどさぁ、赤坂君って……美波のこと、どう思ってるの?」
〝どかーん!〟
――そっ……そんなこと
言えるワケないじゃないですかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
――そのっ……『好き』だなんて……
ここは適当にごまかしておこう。
「あっあのっ……御勅使さんとは……あのっ体育祭で一緒に……そのっ、その前に席が隣で日直がよく一緒になって……」
「いや、関係性のこと聞いてないわよ、どう思ってるの?」
「どっどどどどうって……御勅使さんのことはそっその……上条さんが……思ってるような……そのっ……」
ボクが戸惑っていると上条さんは少しムッとした顔になり
「あのさぁ、さっきから言おうと思ってたんだけどぉ……クラスメイトに敬語とかさん付けって……そういうのやめた方がいいよぉ!」
「えっあっその……」
「で! 言えないんだったらこっちから直球で聞くけど…………赤坂君! 好きなんでしょ? 美波のこと」
どストレートで聞いてきたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 大谷並みの速球だ……打ち返すのムリ。
ていうか……もしかしてバレてる?
「えっそっその……すっすす好きっていうよりその……」
「だーめ! イエスかノーでしか返事は受け付けませーん」
「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
経験値ゼロでラスボスに挑んでいるような無力感を感じた。
「赤坂く~ん! 早く答えないとキミのニャインの友だちリスト、女子はなぜか美波だけが登録されてるって……3組女子全員に言っちゃうよぉ~」
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! そっそれだけはやめてぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
上条さん……大人しそうな顔をしてるけど御勅使さんよりコワい。
「……イ…………イエ…………s」
「えっなーにー? 聞こえないよー」
うわぁイジワルだなこの人! ここでボクがイエスと答えるとキモ男に目をつけられた、ノーと答えるとキモ男から下に見られた……どのみち御勅使さんにとってマイナスイメージだ。ならばここは正直に答えるしか道はない。
「だ……黙っててくれますか?」
「え?」
「このことは……誰にも……言いませんか?」
「え……あぁ、もちろん! 誰にも言わないわよ!」
女子の「誰にも言わない」は信用できないけど……覚悟を決めた!
「は……はい、す……好き……です」
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ言ってしまったぁあああああああああああああああああああああああああああ!!
これでボクは身の程知らずのキモ男認定だぁ~! 御勅使さんはキモ男に目をつけられた二次被害者だぁ~!
すると上条さんはニコッと微笑んで、さらに強力な『爆弾』を投下した。
「あっそぉ……じゃあさ、赤坂君!」
「えっ……はぃ?」
「思い切って『告白』しちゃいなよ!」
〝どっかーーん!!〟
でぇー
きぃー
るぅー
わぁー
けぇー
……ないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
せっかく御勅使さんと友だちになれたのに……ボクが告ったりしたら場の空気が悪くなってしまって御勅使さんから拒否られて絶交されちゃうかも……いや、絶対されるって!!
ボクみたいな人間が御勅使さんとつり合いが取れるようになるには、まだまだ何十年も努力が必要だ……あ、でも何十年も経ったらすでに御勅使さんは誰かと結婚しているんじゃ……あぁっ!!
「そっ……それは……ムリ……」
「何で? キミの立場だったら……私は告白するわよ!」
「えぇ!? でっでも今のボクじゃ……」
「関係ないわよ! 告ったもん勝ち! あんまり先延ばしすると美波、他の誰かと付き合っちゃうかもよ? 早めに告っちゃった方がいいわよ絶対!」
うわぁ、何十年もかかりそうな努力を1週間くらいで完了できる短期集中コースとかないのかなぁ……。
「あっもうこんな時間! 赤坂君ありがとね、それと……頑張ってね」
「う……うん」
「あっそうだ赤坂君! キャラ名とゲームID教えてくれない?」
「え? キャラ名……ですか?」
「うん、今度待ち合わせしてさ……協力プレイとかしてみない?」
「えっいいんで……の? じゃあ、ボクのキャラ名は『丸ポスト』です……だよ」
「丸ポスト?」
「はい……あっうん、家の近くに昔の丸ポストがあるので……」
「あぁ、あのレトロなヤツ? そういえば、学校の近くにもあったよね」
「農協の前で……だよね……あ、これがボクのアバターです」
そう言ってボクはゲーム内で使っているキャラクターを表示させた。
「へぇー、戦士? カッコいいじゃない! ポストさんだね」
「えっ? そ……そうかなぁ? ウケ狙いで作ったんだけど……」
「ううん、そんなことないよ赤坂君! カッコいいよ!」
「そうかなぁ……」
「あ、私のはコレね!」
と言って上条さんが自分のアバターを見せてくれた。
「魔導士……ですか? キャラ名は?」
「名前はね……ちょっと変わってるよ赤坂君……『ダイツキ』だよ!」
「ダイツキ?」
「お母さんがね、大月市出身なの……本当なら『オオツキ』なんだけど、何かそれじゃあストレート過ぎない? だからちょっとひねって『ダイツキ』にしたの!」
べ……別にひねる必要があったのだろうか?
「へぇー、可愛らしいキャラですね?」
「そぉー? こう見えてグイグイ攻め込んでいくタイプだよ!」
「えぇっ、そうなの?」
「じゃあね赤坂君、よかったら連絡してね! 一緒に(ゲームを)やろうね!」
「あ……うん、さようなら!」
上条さんは教室を出ていった。
それにしても驚いた。まさかこんなマイナーなゲームをやっている人がボク以外にいるとは……しかも女子で話が合う人がいるなんて……。
そんなことを思いながらボクはふと、上条さんが出ていった後ろの扉の方を振り向くと……あれっ!?
御勅使さんと上条さんが何か話してる!? 何を話して……
ま、まさか……
ボクが御勅使さんのことを好きだってこと、本人に伝えたのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
いやいやいや、それだけはやめてぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
そっそんなことして嫌われたらどうするのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
上条さんと別れた御勅使さんは、そのままボクの方に駆け寄ってきた。
「あっ……みっ御勅使さ……」
ボクは、自分の気持ちをバラされていないか心配だったが頑張って御勅使さんに声を掛けた。御勅使さんはボクの隣……自分の席に戻りカバンを取ると、逃げるように教室を後にした。
その間、ボクとは一切目を合わせず終始無言で挨拶もしなかった……。
えっえぇええええええええええええええええええええええええ何この反応!?
――まっまさか上条さん、「あのこと」しゃべっちゃった!?
――でもってボク……もしかして御勅使さんに嫌われちゃった!?
えっどういうこと? この御勅使さんの態度って……ボク……ボク……
全然わかんないよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
この日の夜……胸騒ぎが続いたボクは、ゲームにログインできなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次は御勅使さん視点の【後攻】に続きます。