透けブラ戦争【先攻】
【登場人物】
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。右隣の席に座っている女子が苦手。
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
梅雨の中休み……久しぶりの晴天に恵まれたと喜んだのも束の間、この日の予想最高気温は32℃とスマホの天気予報アプリに表示されていた6月末の平日。
室温がグングン上がり、そろそろエアコンをつけてほしいと誰もが願っていると思われる4時限目の授業中、釜無高校1年3組の《赤坂 大》は目のやり場に困っていた……そう、ボクのことだ。
ボクの席は窓側の列の中間より少し後ろ……なので授業中、黒板を見るときは右側を向かなければならない。すると、どうしても右斜め前に座る「女子」の後ろ姿が目に入ってしまうのだが……。
今は6月、制服は夏服だ。男子の上着は白のワイシャツ、女子も白いシャツのようなのを着ているが……ボクの右斜め前に座っている女子の……その…………制服の……シャツから……ブ……ブ……ブラ……ジャーの……その……白い……何というか……後ろのヒモとか留め具……のような物が……
――思いっきり『透けて』見えているのだぁぁあああああああああああああっ!
期末テストも近いし今は授業に集中したい……んだけど……黒板を見ようとすると……その……どうしても白いヒモが目に入ってしまう!
しかもこの「右斜め前の女子」はこのクラスで一番の……その……きっ……きょきょきょ……巨……乳で有名な女子だ! ボクの位置からだとほぼ後ろ姿しか見えないが、それでもわずかながら彼女の左脇の下から……その……チラッと……ふくらみが……うわぁああああ!
すると突然、
〝ギギィーーーー!!〟
――はっ!
誰かがイスをずらして教室中に大きな音がした。おかげで我に返った。
――ダメダメダメダメッ! 今は授業に全集中!!
2次元趣味でチビ陰キャキモヲタスクールカースト最下層のボクだけど、一応中間テストは全教科平均点以上とっているんだ。期末テストもこの調子で頑張れと担任の先生に言われている。ちゃんと黒板の内容はしっかりノートに……
うわぁああああああああ! どうしても「右斜め前の女子」の制服から透けて見えるブラのヒモが目に入ってしまう! しかも本人は全く気付いていないようだ。
それにしても他の席の人は気付いていないのか? 誰もザワつくことなく静かに授業が進んでいるが……ボクだけがこのハプニングに気が付いているのか? 何という役得♪ じゃない、違う違うっ! 何という背徳感……。
――だがちょっと待てよ? 本当に気付いているのはボクだけなのか?
しかも、もし「右斜め前の女子」の透けブラを見て無意識のうちにボクの顔が緩んでいたら? おまけにそれを他の誰かに見られていたら……?
そんなの見られたらヘンタイ扱いされてしまう! さすがのボクも「陰キャキモヲタスクールカースト最下層」に「ヘンタイ」というワードまで追加されてしまったら立ち直れない。
まあでも、ボクの顔を見ている人はたぶんいないだろう。ボクは存在感ないからこういうときに助かる。
念のために周りを見渡してみた。大丈夫! みんな授業に集中している。そう確信して右側の席へ視線を移したとき……
――げっ!!
ボクの心の中の戦争が……
【開戦】
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
視線がバッチリ合った。まただ……またこの人だ!!
――ボクの《右隣の席に座っている女子》だあああああああああああああっ!!
しかもこの前みたいにボクを睨みつけているのではなく、ニヤッとした顔でこっちを見つめている……いわゆる「不敵な笑み」ってやつだ! これはこれで怖い。
いやいや……その表情から察すると、もしかしてアナタは何かカン違いしていませんか? ボクはそういうつもりで……待てよ!? まだこの状況だけでは《右隣の人》が「そのこと」でこっちを見ていたとは断定できないだろう。
下手にコチラが動揺すると墓穴を掘るだけだ。とりあえず落ち着いて……この場は無視しておこう。
《右隣の人》を無視し、再び授業に集中した。すると突然、
〝ポトッ〟
――うわっ! 何だ?
ボクの机の上に、何やら変な折り方がしてあるパステルカラーの紙が投げ付けられた。どうやらメモ用紙のようだ。
読めということだろうか? でもイヤな予感しかない……このまま無視して紙を捨てたい気分だが、陰キャキモヲタスクールカースト最下層にそんなことできる資格などない。嫌々ながらそのムダに折り込まれた紙をほどいた。
何か文字が書いてある。そこには一言……
『すけべ』
――ぐはぁあっ!!
右わき腹に強烈なボディーブローを食らった気分だ。実際に食らったことはないが、たぶんこんな感じだろう。
やっぱりボクのことを疑っていたよ《右隣の人》……思わず右側を見た。《右隣の人》は更にニヤニヤ度合いをアップしてこっちを見ている。
仕方ない、このまま無視していても「誤解」が深まるだけだ(誤解だよね……うん、誤解だよ誤解!)。でもここで必死に弁明したら、ああやっぱそういうこと考えていたんだ~! と捉えられてしまうから、ここでは何を言っているのかわからない……というスタンスで振舞っておこう。
返事を書きたいが……あいにくボクはメモ用紙を持っていないから、さっき《右隣の人》からきたメモの余白に
『何のことですか?』
と書き、適当に折りたたんで《右隣の人》の机めがけて投げ返した。女子みたいに凝った折りたたみ方はできない。
この間の消しゴムの一件で、《右隣の人》はボクのような陰キャキモヲタスクールカースト最下層が触ったモノでも拒絶しないことはわかっていた。そもそもこのメモは向こうから投げ付けてきたきたモノだし……。
さて! 授業に集中しよう。期末テストも近いん……
〝ポトッ〟
――うわぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!
すぐにメモが返ってきた。まるでこちらの返事を待ち構えていたかのような「即レス」だ。恐る恐る、再びていねいに折りたたまれたメモを開いてみた。
『水辺さんのブラジャー見てたろ』
あ~やっぱりそ~お~き~た~かぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
たっ確かに見てたけど……ていうか黒板を見ようとすると必然的に視界に入ってしまうし~不可抗力だし~別に気になっているワケじゃ……ワケ……ワ……わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
それより、右斜め前のブラジャ……じゃない「右斜め前の女子」は《水辺さん》という名前だったんだ。
そういやボクは1学期が終わるこの時期になっても、クラスの人たちの名前をほとんど知らない。特に女子の名前は全員……そもそも口すらきいたことない。まぁ陰キャキモヲタスクールカースト最下層がそんなこと知る必要はないし……。
それより今はこの状況をどうにかしないと……このまま《右隣の人》に「ヘンタイ認定」されて周囲に言いふらされるワケにはいかない。
この「2次元趣味のチビ陰キャキモヲタスクールカースト最下層」だけでも、日陰で生きる高校生活では十分すぎるネガティブワードだ。これに「ヘンタイ」まで追加されてはさすがに生きていく自信はなくなる。
しかもこの「ヘンタイ」は先生たちに対する心証も悪い……推薦などにも影響するだろう。他のネガティブワードとはレベルが違う。
さっそく、《右隣の人》のメモの余白にまた返信を書こう。
『見てません!
言いがかりはやめてください!
証拠はあるんですか?』
再びメモを適当に折りたたんで《右隣の人》の机に投げ返した。ボクは運動音痴でボール投げはコントロールが最悪なのだが、なぜか今日はメチャクチャ精度がいい。火事場の馬鹿力? 窮鼠猫を噛む? 追い込まれた状況でいつも以上のチカラが出たのかもしれない。
ここは毅然とした態度をとろう……下手に動揺しない方が得策だ。大丈夫! ボクが(うっかり)水辺さんの透けブラを見てしまったのはほんの一瞬、もし《右隣の人》がその瞬間を見ていたとしても、クラスで他に見ていた人はおそらく誰もいないだろう。つまり「証人」がいなければボクの「有罪」は立証されないハズ。
立証されないのなら《右隣の人》もあきらめるだろう。全く迷惑な「人」と「光景」だ。テストも近いんだからノートをとらないと……今度こそちゃんと授業を受けようと黒板の内容を写し始めたとき……
〝ポトッ〟
またまたメモが! えぇっなんだよ一体? 証拠なんかないでしょ? 今度は少し大きめに折りたたまれたメモだ……ん? 今度は表に何か文字が書いてある。
『こっちを見ろ』
――え? 何? 怖いこわいコワイ……
ボクは恐る恐る右方向を見た。すると《右隣の人》が不敵な笑みでこっちを見ながら、右手で下の方を指差している。えっ何? ボクは視線を下の方に向けた。
ひっ……ひえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
机の下の方から《右隣の人》が、スマホのレンズをこちらに向けている!
えっ? まさか「決定的瞬間」を撮影したってこと? いや、だってそんな瞬間狙えるワケないし、だいたいそんなことしたらシャッター音が……えっまさか無音カメラアプリでも入れているとか?
ボクは震えながら折りたたまれたメモを開いてみた。すると、そこには背筋が凍りつくような恐ろしい文章が……
『休み時間にクラスの女子を集めて【上映会】するよ!
もちろん水辺さんも一緒にね♪
赤坂被告! 罪を認めるか?』
――詰んだ。
まさか「動画」だったとは……そういやさっき、近くでイスをずらして大きな音がしたが……そのとき《右隣の人》は動画を起動させたってこと? ずっと撮りっぱなしだったら「決定的瞬間」も無音で撮影できるってことか?
しかもクラスの女子だけで「上映会」とは……それってもう「有罪」が前提の裁判員裁判じゃないか! どんなに優秀な弁護士がついても勝ち目はない。むしろどんなに無罪の証拠がそろっていても有罪にされてしまう状況だ。
こういう場合は……おとなしく罪を認めよう。ほんの出来心とはいえ、水辺さんの「透けブラ」に一瞬でも心惑わされたのは事実だ。
そして今、一番の重要案件は《右隣の人》の「口封じ」だ。ここでこの人を抑え込めば被害は最小限で済む。しかし……
もし「上映会」などされたら……それこそ人生を「詰む」ことになる。うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
まあいいよ《右隣の人》。ボクのことを、煮るなり焼くなり気の済むまで好きなようにすればいいだろう! その覚悟はできている。この事実を女子全員に広められる恐怖に比べたらこのくらいは大したことない。
ボクは《右隣の人》が渡したメモの裏側に「謝罪文+嘆願書」を書いた。
『ごめんなさい 罪を認めます!
何でも言うことを聞きますから
このことは誰にも言わないでください!!
何でも【命令】して結構です』
あまりの不条理と屈辱で涙が出てきそうになった。書いたメモ……じゃない「謝罪文+嘆願書」を渡そうとしたが手が震えすぎて机を狙って投げられる状況ではなかった。すると《右隣の人》が手を伸ばして受け取ってくれた……まるで完全勝利したかのような「ドヤ顔」で。
――何もかも話しますよ……刑事さん。
刑事ドラマとかで「取調室で落ちた犯人」ってこういう心境なのかも?
ゴメンなさいゴメンなさい! ほんの一瞬でも夏服から透けて見えたブラ紐に心奪われてしまってゴメンなさい!
ゴメンなさいゴメンなさい! 下着メーカーの皆さん、世の女性のために一生懸命作ったブラジャーをそんなエロい目で見てしまってゴメンなさい!
ゴメンなさいゴメンなさい! 右斜め前の席の人が「水辺さん」という名前だと知りませんでしたゴメンなさい! それと……透けブラの「張り具合」から、ほんの一瞬だけですけど……その……おっ……おっぱいの大きさを……妄想してしまいました……ゴメンなさい。
そうか、やっぱりボクは「有罪」だったみたいだ……罰は受けよう。
その後、何事もなかったかのように授業を受けている。それにしても……「何でも言うことを聞く」はさすがに言い過ぎたかも。
それ以降、《右隣の人》からは何のアクションもない。
ちらっと横目で見たら、何やらメモを書いては消し……を繰り返し、ずいぶん考え込んでいるみたいだ。何の「命令」されるんだろう? もしかしたら「上映会」よりも精神的ダメージの大きい「命令」をされるのかな? こっ怖い!
もうすぐ授業も終わる。ギリギリ黒板の授業内容を消される前にノートに書き写すことができた。
ひと安心していたその時……
〝ポトッ〟
再び「爆弾」がボクの机に投げ落とされた。
さっそく「命令」なのか……何が書いてあるんだろう? 心臓が止まるほどの恐怖を感じているが勇気を出して開いてみた。
『上映会は中止するよ!
他の誰にも言わないから心配しないでね
あと、私からの【命令】は
今はまだ何も思いつかないから保留にしといて』
――え……あれ?
とんでもないことを命令されるんじゃないかと身構えていたから、いささか拍子抜けした。しかも「上映会」を中止って……許してくれるってこと??
あれ? 《右隣の人》、意外と優しいのかも……ん? メモの下の方に何か小さく書いてあるぞ。
『↓ウラも見てね』
――えっ何っ何っ? ボクは恐る恐るメモのウラを見た。
『あくまでも保留だからね!?
いつ【命令】するかわからないから覚悟はしておいてね♪
5分後かもしれないし1年後かもしれないよ!?
それまでにスゴいのを考えておくから! じゃあね!
P.S.動画は保存しておくからね! 変なマネしたら
いつでも上映会するゾ~♪』
うっ……
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!
やっぱ《右隣の人》……超怖い!!
明日から学校休もうかな……。
【終戦……じゃなくて休戦?】
※※※※※※※
〈1年後〉
ボクは今、当時のボクを脅した超怖い《右隣の人》と付き合っている。
彼女の名前は《御勅使 美波》さん。このときは右斜め前の《水辺 ふたば》さん同様、彼女の名前は知らなかった。
彼女とは、別に脅されて付き合っているワケではない。ボクも彼女のことが大好きだからだ……ま、こうなるまでに色々あってもう少し時間がかかったけど。
このときの彼女の行動は、どうやらボクに対して「マウント」を取りたかったのと「嫉妬心」の両方だったみたいだ……まんまとやられたよ。
確かに、ボクも男だから……その……巨乳は好きだ。でも、本当に好きな人に対してそんな条件は選択肢に入らない。
実はこのあと、思いがけない出来事により、彼女の「命令」が発動されることになる。でもそのことで、ボクの彼女に対する気持ちに少し「変化」が生まれることになるんだけど……それはまた次回お話しします。
あ、そういえば!
あの「動画」……御勅使さん、削除してくれたかな?
最後までお読みいただきありがとうございました。
次は御勅使さん視点の【後攻】に続きます。