フードコート戦争【先攻】
【登場人物】
◆赤坂 大(あかさか だい)◆
高1。身長147センチ。超ネガティブ思考の男子。御勅使さんが好きになった。
◆御勅使 美波(みだい みなみ)◆
高1。身長148センチ。背の高い男子に威圧的な態度をとる女子。赤坂君が好き。
10月に入って久しぶりの冬服に袖を通したものの、まだその着心地にイマイチ馴染めなかった1週間を何とか過ごして迎えた週末の3連休。釜無高校1年3組の《赤坂 大》は市内にあるショッピングモールの2階のフードコートで食事をしようとしていた。そう、ボクのことだ。
今日は連休最終日の体育の日(※)、でも先日の体育祭でHPを激しく消耗したボクは身体を動かしたくない。なので今日は親友の《大垈 竜地》君とショッピングモールの2階にある、「本屋」なんだけど本とは関係ないモノが大半を占めている変わった「本屋」に来ていたのだった。
いつもは竜地君と2人っきりで来るけど、この日は竜地君が弟の「響くん」を連れてきた。響くんは中学生だがスリムでちょっとイケメン……兄の竜地君とは全然違うタイプだ。ボクたちとは趣味が合わなさそうだったが、それでもマイペースな兄にピッタリと寄り添い、とても仲が良さそうに見えた。
ボクはひとりっ子だが、この2人を見ていると「いいなぁ、ボクも兄か弟が欲しいなぁ」と思ってしまう……まぁ姉や妹でもいいんだけど、何かイジメられるかバカにされそうな気がするのでやっぱり男の兄弟が欲しい。
午前中は3人で買い物をした後、隣の建物にあるゲームセンターで遊んだ。すると、響くんが午後から用事があるとかで大垈兄弟はお昼に帰ってしまった。
ひとりでぶらぶらしても特に楽しくないので帰ろう……と思ったのだがお腹が空いてきた。今日は午後もモールにいる予定でいたので、家に帰ってもお昼ごはんは用意されていない……仕方ない、ボッチ飯になってしまうがここで食べていこう。
1階のレストラン街でボッチ飯はさすがに無理。でも、2階のフードコートならひとりで食べている人も大勢見かけるし……ここなら大丈夫だろう。
ひとりでフードコートに来るのは今回が初めてだ。何軒かお店があるがボクはいつも、エスニックっぽい店名なのになぜか丼ものやそばなど和食がメインのお店で一番安い「ざるそば」を食べている。でも今日はお小遣いが入ったばかりだし、たまにはリッチな食事でもしよう……ま、フードコートだけど。
いつものお店の隣にあるパスタの店に決めた。とはいってもいつものお店と厨房がつながっているからほぼ同じ店だ。ナポリタンとか定番のパスタもあるが、今回は「塩カルボ」とかいうパスタを注文した……でも、カルボって何?
今はもう1時過ぎ……混雑しているときなら正面に八ヶ岳が一望できるカウンターの1択だが、空いてきたので4人掛けのテーブルにひとりで座った。買った物を隣の椅子に置きたいのと、呼び出しがかかるまで落ち着いてゲームをしたかったからだ。ボクは急いでスマホを取り出すと、オンラインゲームの続きを始めた。
〝ピピーッ! ピピーッ……〟
注文したときに店員さんから渡された呼び出しブザーが鳴り出したので慌てて取りに行った。思ったよりも早かったので全然ゲームが進まなかったなぁ……でもゲームを優先するとパスタが冷めてしまうからいったん中断、先に食事にしよう。
――いただきまーす!
うわぁ、美味しそうだ。普段ボクはナポリタンやミートソースしか食べないのでこういう白っぽいパスタはちょっとした冒険だ。こういうのって、クリームパスタっていうヤツなのかな?
……何だコレ? チーズの味? 上にかかっている黒いのは……コショウ? あと、この緑色の野菜は……何だろう、よくわからないや……でも美味しい!
ところで……フォークはわかるけど、このスプーンって……どうやって使うの?
2口ほど食べたとき突然、ボクは何なのか説明できない妙な気配を感じた。何だろう? ボクはふと前方を見た。
――あれ?
ボクが座った席の4つくらい向こうの席に座っている女の子……何か御勅使さんに似ているような……?
御勅使さんとは、ボクと同じクラスで席が隣の《御勅使 美波》さんのことだ。先月の体育祭、二人三脚でペアを組み、その日……ボクがとても好きになってしまった人だ。あの日以来、教室で会っても緊張して顔もろくに見られない。
――あの席にいるの……御勅使さんかな?
いやいや……ちょっと待て赤坂大! 今、ボクは好きな人だから何かにつけて見たモノが全て御勅使さんに見えてしまう「病気」を患っているんだ! よく見たまえ、こんな所に御勅使さんがいるワケないだろう……ボクは目を凝らしてもう一度よく見てみた。
――え?
――え!
――えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
間違いない、やっぱり…
やっぱり御勅使さんだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
【開戦……いや、ちょっと待って!
確かに、目の前にいるのは御勅使さんだ。いつもならここでボクの心の中の戦争が開戦するんだけど……あれ?
御勅使さんはひとりで席に座っていたが、そこに……
『男の人』がやってきた。そして、何やら御勅使さんと親しげに話をして……え?
同じテーブルに向かい合わせに座った。
えっ? その男の人……だっ……
誰なんですかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
【開戦】
御勅使さんは男の人と「2人っきり」のようだ。ボクはてっきり御勅使さんと仲のいい《玉幡 遊》さんや《鶴城 舞》さんたちと一緒なのかと思っていた。
離れているので会話は聞こえないが、何かじゃれ合っているように見えてとても仲がよさそうだ……これは友だちという間柄ではない、これはひょっとして……
――彼氏!?
そっ……そんなぁああああああああああああああああああああああああああ!!
先月の体育祭で、御勅使さんのことが好きになって……
その思いを伝えないまま……
今日、彼氏がいることが判明……撃沈!
失恋だ……しかも戦わずして敗北決定! 不戦敗だ。
――何やってるんだろうボクは……
よく考えたらボクが浅はかすぎた。誰かを好きになったのなら、まず最初に付き合っている人がいるかどうか確認するのが一般的な常識だろう。ボクみたいな陰キャ勇者が、すでに彼氏持ちの女の子を奪ってこっちのパーティに合流させる……などというチート能力なんか装備しているワケがない。
御勅使さんと一緒にいる男の人……背が高くて茶髪。いかにも遊び人っぽい感じの……ああいうの何て言ったっけ……そうだ! チャラ男だ。
ウチの高校、茶髪はもちろん校則でNGだ。なのでウチの高校じゃない……大学生? にしてはチャラすぎる……まさか、あの隣町のヤバい高校の生徒? だったら不良じゃん!
御勅使さん、不良と付き合ってるの? こっ怖い! ていうか、こういう人がタイプなんだ……ボクとは真逆の存在だ。なんだ、じゃあボクがどう頑張っても御勅使さんのお眼鏡にかなうことはなかったんだ。
ボクは何かいけないものを見てしまった気分になった。心臓がバクバクして、身体じゅう震えが止まらなくなった。そして手も震えてしまったボクは、持っていたフォークを床に落としてしまった。
〝チャリーン〟
するとその音に気付いたのか、御勅使さんがこっちを見たので目が合ってしまった。御勅使さんは一瞬こっちを見て目をまん丸くして驚いた様子だったが、すぐにバツが悪そうな顔をして目を逸らした。
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ最悪のシチュエーションだぁああああああああああああああああああああああ!!
御勅使さんは学校でも、大っぴらに誰かと付き合っているという話を聞いたことはない。同じクラスの押原君と西条さんのカップルとは違う。ってことはクラスの誰にも気づかれないようにコッソリと付き合っているんだ……これは完全にマズいモノを見てしまった状況だ。
うわっ! 御勅使さんと一緒にいる不良の人がボクの方を指さした。御勅使さんと何やら話しているようだ……これはヤバい! 知り合いに隠密デートがバレたんだ……ってことはきっとこの後、口封じのために……
あぁあああああああああああああああああああああ、不良の人が立ち上がった! そして真っすぐこっちに向かってくるぅううううううううううううううううう!! やばいっこれはボコられる! そしてこのまま拉致されて釜無川に沈められて……殺される! 逃げなきゃ……あぁっ、でも恐怖で足がすくんで動けない。
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!! 目の前に立ったぁあああああああああああああああああああああ!! 万事休す! 近くで見てもやっぱ背が高いなこの不良さん……170センチは余裕で超えているなぁ。150センチ弱の身長のボクから見たらまるで巨人だ。
「ねぇ、キミが赤坂く~ん?」
うわぁああああああああああああああ!! 予想外の話しかけられ方をされた。ボクはてっきり「オメー何ガン垂れてんだよ」とか「俺の女に付きまとってんじゃねぇよ」と脅されるかと思っていたけど……でもこれはこれで怖い! 怖すぎて声が出ない……少し首を縦に振るのが精いっぱいだった。
「あっそぉ~、ウチの美波と仲いいんだってぇ~?」
出たぁああああ!! 「テメー調子こいてんじゃねぇぞコラァ」のパターンだ! しかも「美波」なんて呼び捨てにして……完全に彼女じゃん! ごっごめんなさぁああい! 一時的とはいえ、貴方様の彼女様に対して淡い恋心を抱いてしまった御無礼をここに……ここにお詫び申し上げる所存でございまするぅうううううう!!
こんなことなら……出かけるとき遺書を書いておけばよかったぁああああああ!
「ま、これからもシクヨロ~! じゃあねぇ~!」
そう言うとその不良の人は御勅使さんの所へ戻っていった。
――え?
殺されなかった……とりあえず……無事だ。
――でも、結局……
アナタは一体誰なんですかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
――何か不良というよりは、完全にチャラ男だったなぁ……。
御勅使さんの所に戻ったチャラ男さんは、何か御勅使さんに怒られているようにも見えたけど……やっぱじゃれ合っているようで2人は仲がよさそうだ。
あんまり凝視してまたチャラ男さんがやってきたら怖いから、できるだけ見ないようにしたいけど……やっぱり気になる。ボクは気づかれないようにチラ見して様子をうかがった。すると……
〝ブゥゥゥゥゥゥン!〟
ボクのスマホのバイブが震えた。ニャインが来たようだが……誰だろう?
――げっ!!
御勅使さんからだった。スタンプが1つ送られてきたのだが、その少しムスッとした表情のキャラクターのスタンプに書いてあったメッセージには
『関係ないからね!』
とあった……。
こっこれはきっと、『(赤坂君とはもう)関係ないからね!』って意味だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! もう関わるな! っていう警告メッセージだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ボクは御勅使さんの方を見た。あっ、マズい! すごい形相でこっちを見た御勅使さんと一瞬目が合った。すると今度は御勅使さんが立ち上がって……うっうわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
今度は御勅使さんがこっちに向かってきた。こっこれはきっと「ジロジロ見るなよこのストーカー! 他人のデートの邪魔しないでよ!」と罵られるパターンだ!
ごっごめんなさいっそんなつもりじゃないんです! たまたまここに居合わせただけで……決してストーカーじゃないんで通報しないでくださぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!
御勅使さんが目の前に来た! ボクは御勅使さんに今まで……消しゴム渡したら睨まれたり、前の席の女子の透けブラ見たら脅されたり、御勅使さんの名前を覚えていなかったので黒板に打ちつけられたり……いろんな恐怖体験をさせられてきたけど、今日が一番の恐怖だ!! たっ……助けてぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
「あ……赤坂君」
うわぁああああああ……え? ちょっと待ってください御勅使さん! 何で……なんで顔を背けて目線を合わせずに話しているんですかぁあああああああああ!? やっぱ、後ろめたい「何か」があるんですよねぇえええええええええええええ!?
「はっ……はいっ!?」
「あ、あのさぁ……」
しかも何で小声なんですかぁああああああああああああああああああああああ?
「あの人、その……そういうんじゃないからね」
それだけ言うと御勅使さんは自分の席に戻っていった。
そ、そういうんじゃないって……じゃあ……
どういう関係なんですかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
頭の中の怪しさ測定器のメーターが振り切れてしまった。もう確定でいいよね?
――はぁ。
結論が出た……あの2人は恋人同士だ。ボクの入り込む余地はない。
あきらめよう……以前、御勅使さんも言ってたじゃないか! 「あきらめるのは新しいことにチャレンジするキッカケ」だって……前を向いていこう。
だいたいボクみたいなのが人を好きになる資格なんてなかったんだ。
せめてもの救いは……告白して爆死しなくて済んだことだ。
あ、そうだ! すっかり冷めてしまったけど、ゴハン食べなきゃ……あ、でもフォーク落としちゃったんだっけ? お店に新しいフォーク取りに行くのも恥ずかしいな……あ、
ボクはスプーンで残りのパスタを食べた……食べにくかったけど。
よく、こういう状況だと食事がのどを通らないとか言うけど……なんだ、普通に食べられるじゃん! そこまで「本気じゃなかった」ってこと? でも……
――何かしょっぱい……涙の……味?
あ゛、そうじゃない……これ、「塩カルボ」だった。
御勅使さんとチャラ男さん(仮名)がいる席も静かに食事している。さっきは動揺して気がつかなかったけど、冷静になって見てみたら御勅使さん……メチャクチャ食べてるじゃん! どんぶりが2つも置いてある。
御勅使さんって学校でも、他の女子とは弁当箱の大きさが明らかに違っていてメチャクチャ大きい弁当箱だった! 男子でもあのサイズの弁当箱を持ってきている人はなかなかいない。
そういえば御勅使さんって……今もそうだけど、ゴハン食べるときとても美味しそうに食べるんだよなぁ。とってもいい表情でゴハン食べるから、その顔を見ると小食のボクもついつられて食が進んでしまう……。
――あ。
やっぱりボク、
御勅使さんのことが好きだ。
でも……
どうしたらいいんだろう? 御勅使さ……あ。
いつの間にか、2人ともいなくなっていた。
――はぁ。
もう今日は最悪だ。とりあえずお母さんに頼まれていたコーヒー豆を、1階にあるコーヒーショップで買って帰ろう。入口で店員さんから試飲のコーヒーをもらって買い物を済ませた。本当は甘いコーヒーのはずだが、とてもほろ苦く感じた。
買い物を済ませ、モールの通路をトボトボと歩いていた。すると前方から……
――あ!!
御勅使さんとチャラ男さん(仮名)のカップルだ。相変わらず仲がよさそうだ。何か洋服でも買ったみたいだ。
向こうもボクに気がついたみたいだが、せっかくのデートの邪魔をしてはいけない。ボクは2人に軽く会釈をしてそのまま通り過ぎようとした。すると、
「あっ、赤坂君! 待って!!」
御勅使さんに呼び止められた。え? 何?
「あっあのさっ…………この人、私の……『兄』なの!」
「どぉもぉ~! 兄どぅおえっ~~~~~っス!!」
――え?
――え?
えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ一度息継ぎしてからええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!
こっ……こんな……
こんな身長差のある兄妹いるのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
一番ありえないパターンだ。兄妹という発想は1ミリもなかった。
モールの外に出た。雲一つない秋晴れの空にグライダーが舞っていた。
【終戦】
※※※※※※※
〈1年後〉
〝プップー!!〟
家の前で車のクラクションが鳴った。
「おーい、小! 迎えに来たぜぇー!」
「あ! 今、行きまーす!」
ボクは急いで家から出ると、家に横付けした車に乗り込んだ。運転席にはチャラ男さん、そして……助手席には美波さんの姿があった。
今、ボクは《御勅使 美波》さんと付き合っている。運転席にいるチャラ男さんは《御勅使 福嗣》さん……美波さんのお兄さんで大学生だ。
「ごめんね大くん、また余計なのが一緒だけど……」
「お~い、車出せって言ったのオマエじゃん!? だったらチャリで行けよぉ~」
「うるさいバカ兄! しかも大くんのことを『小』って……失礼だ!」
「い~いじゃねぇか、小せぇんだから小で! このノ美波がぁ~!」
「言ったなぁこのFラン! 氏ね! もぉ~大くん、ひどいでしょコイツ……」
「あははっ、相変わらず仲がいいんですね」
「「よくねぇよ!!」」
ちなみにお兄さんからは名前の「大」ではなくて「小」と呼ばれている。見た目がチャラ男で一見絡みたくない雰囲気の人だが、とてもいい人だ。
運転免許を持っているので、ときどきこうやって美波さんの家の車で出掛けることもある。
そういえば……先日、初めて美波さんの家にお邪魔して夕食までごちそうになったのだが、そのとき出されたのが「カルボナーラ」とかいうパスタだった。あのときの「カルボ」ってカルボナーラを略した言葉だったんだ。
で、夕食後に談笑していたときに福嗣さんが、
「小~、オマエが本当の弟だったらいいのになぁ~」
と、言っていた。
え? それって……もしかして? えっえぇええええええええええええええ!?
(※この物語はコロナ渦前の2017年を想定して書いています。当時は「スポーツの日」ではなく「体育の日」でした)
最後までお読みいただきありがとうございました。
次は御勅使さん視点の【後攻】に続きます。